守られてあげる
心の底が冷たい
体の中が震える
言葉が出ない
涙が溢れる
僕は、何を思っているのだろう。
この感情は一体、何なのだろう。
泉が、僕の妹が、僕を、男と…
女?女として?
女として…だと?
僕は。
僕は。
僕は。
僕は…………そっか…僕は、怒ってるんだ。
「ふっっっざけるなぁぁぁぁぁぁ!」
僕は叫んだ。
「えぇ?!ちょっ!お兄ちゃん?!違うの!ふざけてなんかないの!本気なの!!」
このやろう。
ここにきてまだガタガタとぬかしやがる。
僕は立ち上がり、勢いのまま、妹の肩を掴んで言葉を続けた。
「泉!」
「は、はい!」
「泉が生まれてから、お前が僕の妹じゃなかった日が1日でもあるか?」
「え?」
「あるか?」
「な、ないけど…」
「エリートめ。」
「はぁ?」
「お兄ちゃんはな!お、お、お兄ちゃんはな?い、泉がな?あのな?くそぅ…グスッ、グスッあの、、、」
「う、うん、うん、お兄ちゃん。ちゃんと聞くから、ね?お兄ちゃん一回さ、鼻かんだりしよ?私もさ、やばいから。ね?はいティッシュ。」
………
「はぁ。。。ありがと。うん。あのね、泉が生まれてね、お兄ちゃんはね、初めてお兄ちゃんになる事ができたの。泉がね、僕をお兄ちゃんにしてくれたんだよ?」
「う、うん」
「ちょっと長くなるけど、聞いてね?」
「うん、きくよ。」
「あのね、あれは、僕が7歳の時のこと。泉がまだ保育園だった時のこと。お母さんと一緒にお祭り行った時にさ、僕が何かに気を取られて、泉の手を離してしまった事があったんだ。」
祭り囃子の音、屋台からの匂い、まるでタイムスリップしたかのように浮かぶ情景。その中に幼い頃の泉の姿が浮かんで、また少し涙が流れた。そんな僕を見て、つられるように泣く泉。
「結果、泉は迷子になった。お母さんと一緒にどれくらいの時間探したのかな?分からないけれど、その間僕は怖くて怖くてしかたがなかった。お母さんに怒られる事も怖かったけれど、泉と、もう…会えないんじゃないかって。もう…手を繋げないんじゃないかって。怖くて怖くて泣きながら泉の名前を呼んでいたんだ。 」
「グスッ…うん…グスッ」
「…あの日、手を離してしまって、ごめんね、泉。」
「そ、そんな前のこと、覚えてないってば…」
僕は泉をそっと抱きしめて、優しく頭を撫でる。泉の涙や鼻水ですぐにシャツがびちゃびちゃになり、ウッウッと漏れる嗚咽と熱い息が胸元にかかる。びちゃびちゃで、生暖かくて気持ち悪いけれど、なんだか、愛しくて、全然不快じゃなかった。
そんな愛しくて愛しくて仕方のない妹へ、僕は続けて語りかける。
「あの時、テントの中から係のおじさんに手を握られて出てきた泉は、お母さんと僕を見た途端、ぐっちゃぐっちゃに泣きながら僕の所へ駆け寄って来たんだよ?お母さんではなく、僕の元へ、真っ直ぐにね。おにいぢゃーんおにいぢゃーんて。さっき、泉は覚えてないって言ったけど、僕はあの時の光景を、力いっぱい僕に抱きついてきたあの感触を、絶対に忘れない。だってね、お兄ちゃんは、その日に誓ったんだ。泉を不安にさせないぞ、今度は絶対に手を離さないぞ、最強のお兄ちゃんになってやるぞって。」
僕に抱きつく泉の腕が、ギュッと力を込めてくる。ふふっ。イテーよ。いつの間にか、こんなに大きくなりやがって…。
「知ってたか?あそこに飾ってある鉄仮面ライダーのお面、あの日に買ってもらったんだぞ?鉄仮面ライダーみたいに、最強のお兄ちゃんになると誓った、証なんだぞ?」
「あのお面…そうだったんだ…。ちょっと怖いから苦手だったのに。えへへ。そんなの聞いたら…大好きになっちゃったな。はぁ。もう…お兄ちゃんは、ほんとに、ほんとに…(最強だなぁ。。。)」
僕は泉を少し離し、目を見てゆっくりと告げる。
「だから、泉。お兄ちゃんから妹を奪わないでほしい。」
「え…」
「お前が僕を男として見てくれた事は嬉しい。けど、男女の関係なんかじゃ、僕は満足出来ない。だって何があろうと泉は僕の妹で、家族だから。泉、僕はね、彼女や奥さんよりも確かな、絶対の繋がりじゃないと、嫌なんだ…。」
「お兄ちゃん…」
「ねぇ…泉?…お前がいたから僕は…えっと…分かんないや…なんか…寂しいよ…」
最後の一言は弱々しく、私を抱きしめたまま、崩れる様に膝をつきながらの言葉だった。
私は、一生を捧げるつもりで、決死の想いで兄へ告白をした。それは、私の勝手な想いであり、独占欲であり、何時までも兄を繋ぎ留めるための呪いの言葉でもあった。
どんな形であれ、優しい兄が、この想いを無下にするはずが無い、と打算があった気もする。
しかし、最初に向けられたのはまさかの怒りだった。予想だにしない展開に心臓が止まるかと思った。
でも、やはり兄は優しかった。
私の想いを受け止めた上で、ゆっくりと、子供に言い聞かせるように、優しく兄の想いを聞かせてくれた。
今、私は後悔をしている。
兄を、大好きな兄を不安にさせてしまった。
私が一生を捧げようと決意する遥か昔から、とっくに兄は私に、一生を捧げてくれていたんだ。
だから、男女という不確かな存在になりたがる私に、言いようのない不安を覚えたんだ。
最初に怒っていたのは、不安で、怖かったからだよね?ごめんねお兄ちゃん。ごめんね。。。
私達はずっと一緒だった。
居ることが当たり前の二人。
私が妹だから、寂しい思いをしないように、私を守ってくれていると思っていた。
確かに、私は守られていたし、私には兄が必要だった。
だけど、私が兄を必要とするように、兄も私を必要としてくれていたのだと、今、分かった。
お兄ちゃんも寂しかったんだね。私が側にいたから、お兄ちゃんも頑張れたんだね…。
私は嬉しい。
私は幸せだ。
兄と私のそれぞれに、ちゃんと居場所があるんだもの。
しかも、誰も入って来れない特等席が。
はぁ。。。なんか、馬鹿だったなぁ。
気づけば、兄へ対する有り余るパトス的な、異性へのそれが薄らいだ気がする。
今は、なんというか、母性?凄く、凄く優しくて、温かくて愛しくて…。
キスしたい。
「えいっ。」
「ふぇっ?」
「なんで?なんでちゅーした?」
困惑する兄に構うことなく、私は何度もキスをした。
異性に対するそれではなく、兄への、家族へのキス。
変なの、全然ドキドキしないや。
恋から愛へレベルアップしたのかな?
うん、なんでもいいや。
ありがとうや、ごめんねや、これからもよろしくねって気持ちを、唇に込めて。
「おにちゃーん♡おにちゃーん♡ちゅっ♡ちゅっ♡ちゅっ♡」
「ちょっ!ちょっと!おまっちょっ!」
「ふふふ♡さて!お兄ちゃん!!」
「へ?」
「私さ、守られてあげる。妹だから。ずっと。ずっと。一生。」
「う、うん。」
「嬉しい?」
「嬉しい。」
「かわいい?」
「かわいい。」
「愛してる?」
「うん。」
「愛してる?」
「…愛してる。」
「私もー♡じゃ、寝よっか?」
「え?一緒に?」
「うん♡」
「いいけど…」
「あ、シャツ変えてね。」
「うん…」
なんだったんだ…。
それから、甘えんぼモードだったり、お姉さんモードだったり、よく分からないテンションの妹に翻弄されつつも、なんだか疲れていたので、僕も、妹もすぐに眠りについたのだった。
鉄仮面ライダーのお面は、翌日から妹の部屋に飾られた。
日焼けた壁に白く残るお面の跡が、妹の成長を物語っていた。




