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プロローグ




7月の終わり。

夏休みを前にして浮かれきった生徒で溢れた放課後の廊下。


僕はすれ違う友人達と軽く挨拶を交わしながら部室へ向かって歩いていると、年齢が1つ違いの妹が友人と話しながらこちらに向かって歩いてきていた。


よし、すれ違いざまにチョップでもしてやろーか、などと考えながらもう一度妹を見やると、なにやら妹は不思議そうに首を傾げながらこちらを見ていた。


ん?なんだ?と思うと同時に、いつの間にか僕の右側に並んで歩く女生徒に気がつく。


あ、向井さんだ。

あれ?何時からいたのかな?何か用事あったかな?なんて疑問が頭を過ぎるが、とりあえず「向井さんも部活?」とでも聞こうと思った矢先、向井さんは決意の篭ったような瞳で僕を見上げてこう言った。






「あなたの女になりたい」






「うん」






僕は真顔でそう言った。






僕の名前は 神田 夕 公立中学に通う2年生。サッカー部所属。


特に目立つ存在ではないし、特別な才能を感じた事もなく、長所といえば明るめの性格と少し運動神経が良いくらいの、まぁ所謂モブ少年ってやつである。


そんな自他共に認めるようなモブキャラであるこの僕が、たった今突然の告白を受けた訳だけど。


反射的に「うん」とか言っちゃった訳だけど。


(………え?なにこれ。告白されたの?今?てかその告白なに?あ、ハニかんだ。あ、かわい。すき。だいすき。てかなんだこれ?なんだ??なんだこれーーー!!)


混乱の極致。

パニパニパニック…いや…パニケスト…とでも言ったらいいのだろうか。

突然の、しかも人生初の告白を受けて咄嗟に返事をしたものの、僕の頭も心も今は絶賛パニケスト状態。

部室に向う予定で歩いていた足はそのままに、今はどこへ向うでもなくそのまま廊下を歩き続けていた。


そんな僕の傍らには、先程告白をしてくれた女の子がうつむきながら歩いている。

一年の時から同じクラスで、吹奏楽部で、眼鏡で、綺麗な栗色がかった髪を肩まで伸ばし、大人しいけど笑顔がすごく可愛い、とクラスでは密かに人気のある 向井 楓 さんその人だ。


そんな文科系で大人しいイメージの向井さんが、ヤンキー女が総長に言っちゃうような告白を、今僕にした。


往来激しい廊下で、立ち止まる事もなく「昨日のテレビ見た?」くらいのテンションで。


正直痺れた。


僕を見つめる瞳には一世一代の賭けをするかのような真剣さを帯び、可愛らしい顔立ちにおよそ似つかわしくない任興味溢れる愛の告白。


強い覚悟と可愛らしさの同居したその告白は、雷に打たれたような衝撃と共に一瞬で僕の心を持っていった。


ついさっきまで、同じクラスの女の子、くらいの認識でしかなかった彼女に、今の僕ときたら既に首ったけだ。




……………………




(なにか、なにか言わなきゃ…)


僕からすれば何の紆余曲折も経てはいないけれど、経緯や形はどうであれ現実として晴れてカレカノ関係になった僕ら。

にも関らず、先程から互いに一言も発しないままにただ校内をグルグルと歩き回っていた。

時間にして10分くらいだろうか、正確には把握していないけれど、おそらく今は3週目って所だろう。

その間、手も繋がず、会話もせず、顔だって全く見れていない。


(さすがに10分間もこんな感じではまずいよな…)


パニケスト状態から徐々に冷静さを取り戻してきた今、男の僕が何かアクションを起こさなければいけないことぐらいは分かっていた。

でも急に日常会話を始めるのも何か変だし、いきなりカレカノっぽく接するにはあまりにも彼女の事を知らないし……ってな具合で、初手のアクションをどうしたらいいのか、それを決めあぐねていた僕は焦燥感ばかりが募っていた。


そこでふと思う。

先程の告白だけど、普段は大人しい彼女にとってはおそらく尋常では無いほどの勇気がいたのではないか、と。

いささか突然過ぎた告白だったとはいえ、そんな彼女に対し僕は「うん」の二文字しか返せていない。

これではさすがにダメな気がする。

頬を赤らめてハニカんでいた彼女のあの表情を見る限り、おそらく返事を聞き取れてはいたとは思う。

だけど、今一度しっかりと返事をしない事には今も彼女は不安で一杯なのではないだろうか…

そう思いたった僕はおもむろに歩みを止めた。



さっきと比べて人口密度の減った廊下、それでも見知った顔がチラホラと視界に入ってはいるけれど、僕はそれを気に留めずに彼女の肩に手を回し、窓側に引き寄せては向かい合わせの形を取る。


そして スーッ、ハーーッ と一つ息を整えた後、不安げな表情で僕を見上げる彼女へ向けてこう言った。





「僕のものになってほしい」





「…はい……喜んで…」  





涙目で微笑む彼女はそう言った。





…うん。さっきの告白に負けてなるものか、との意気込みでこう言ってみたものの、何か間違った気がしてならない。

今のところ呆れられている様子は無いけれど、これ後で思い出したら死ぬほど悶絶しちゃうタイプのアレだ。

なるほどね、黒歴史とはこうやって作られてしまうのか。

いやはや、若いって怖いですね。

そう冷静に考える頭とは裏腹に、真っ赤に染っているであろう顔の火照りを嫌でも感じていた僕だった。




……………………




ともして、客観的に見ても、主観的に見てもどこかおかしな方向で中2を患っていた二人の交際はこうして始まった。


互いにとって初めての恋。

告白こそ「あるあ…ねーよ」な感じは否めないけれど、一瞬で燃え上がった二人の関係は元々の相性の良さもあってとんとん拍子で上手くいっていた。


幾度かのデートを重ね、熱く想いをぶつけ合っては関係を深めていった。

初々しくて、嫌味がなくて爽やかで甘酸っぱい。

そんな、まるで青春恋愛映画の一幕のような誰もが羨む学生カップルだった。


だがしかし、蓋を開けてみればそんなラブラブな二人の関係はたったの一週間で終わりを告げる。


というのも、彼女は親の都合で1学期終了を期に転校する予定で、夏休みに入ってすぐにこの町から去ってしまったからだ。


たった一週間だけの恋人関係に命を燃やした彼。

残ったのは絶望し抜け殻のようになった彼と『セミ』という不名誉なあだ名だけ。


彼はあの日を思い出すたびミンミンと…いや、シクシクと、泣いた。


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