第2柿 ※ヒトではなく猿です。
静かな早朝の冷えた寝室の寒さで、猿は目を覚ました。
寝室といっても、そもそも猿の家は玄関の戸と
4畳半ほどの居間しかない山小屋なので
それは寝室であり、リビングであり、ダイニングであった。
床は土の上に藁がしかれているだけ。
猿なので料理するはずもなく、キッチンはない。
というか、そもそも電気水道ガス全て通っていない。
猿には契約できないし必要もないのだ。
季節を問わず、山の朝は冷え込む。
猿の家には目覚まし時計がない。
当然といえば当然である。
物語だからって動物が人類の文明を
ほいほい使っていいはずがない。
それは不自然というものだ。
小屋に住んでるだけでも、この猿は良い方である。
時計自体は、あるにはあるが庭の
木の枝で作られた日時計だけで
日が暮れてから特に予定がない猿は
時間を気にする必要もなかった。
目覚ましを持っていなくても、朝はいつも決まって
6時ごろに目が覚めていた猿だったが
今朝は30分ほど寝坊してしまっていた。
まずい、
昨日の練習で身体は思った以上に
疲れていたようだ。
早く支度をしないと
野球の朝練に遅刻してしまう。
猿は慌ただしく高校用のカバンに教科書をつめて
それから野球用具を一式まとめて担ぐと
木で建てられた小屋を飛び出して、
住んでいる山を下り始めた。
小さい山小屋の中で野球用具と教科書という
やけに若い文明に囲まれて寝る猿は、
誰が見ても不自然そのものだった。
甲子園開幕まで残り1ヶ月。
木から木へと飛び移り通学する中で
猿は、山で他の動物をそそのかしては
食べ物をチマチマだまし取っていた自分が
なぜ地方の高校に通いながら硬式野球部で
ピッチャーなんかしているのかを思い出していた。
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