第14柿 カレーはいつ食べても美味い
「うわ、猿じゃん。なにしてるの?」
時刻はお昼。練習試合から帰宅途中の猿。
猿美ちゃんは面倒くさそうな顔で猿を見た。
「いや、たまたま猿美ちゃん見つけたからw 俺んち、この山だしw 猿美ちゃんこそ何してんの?w」
「あたしは猿造くんと話してるの。」
となりにいた猿造が、猿に会釈をした。
猿はこいつを知っている。
なんでも、アメリカ猿と日本猿のハーフで実家
が金持ちだから、すごくモテている奴らしい。
毛並みも整えられていて目力も強い。
この匂いは、銀杏を香水代わりに体につけてるな。
いけ好かない奴だ。
お金がなくて他の動物をだますしかない
猿とは大違いである。
「そういえばあんた、試合はどーなったの? プロになった?」
「なんか負けたw まじ俺のせいじゃないしメンバーのせいだけどw」
「じゃあもういいや。あたしたち、これからとなりの山でジョギングするからもう行くわ。」
「でも次の試合では絶対勝つよ猿美ちゃん!」
猿美ちゃんと猿造は最後まで聞かずに行ってしまった。
(ちくしょお、試合で負けてなければこんなことには……)
悔しさの中で山小屋に着いた猿はウォークマンで
ELLEGARDENのSupernovaを聴きながら、
ふて寝した。
夕方ごろになって、お腹が減った猿は目を覚ました。
気が付けばウォークマンの充電
も切れていたので、山のふもとに
ある謎のコンセントで充電しに行くがてら
木の実でも拾うかと、猿は考えた。
下山している途中、今日一日のことを思い出して
猿はまたイライラし始めた。
(カニのせいで今日は負けたようなもんだ)
(文句言わないと気が済まねえ)
猿は行き先を変更して、先にカニを
怒りに行くことにした。
カニの家は、猿の小屋からそう遠くない
山の中にあった。
人が住まなくなった小さな古民家
でカニ一族は先祖代々暮らしているのだった。
猿がカニの家に着くと、カニは
子供に食べさせる夕食を作っていた。
「おい、カニ! 話がある!」
カニがモールス信号で返事をした。
「あぁ、猿。明日の学校の宿題が分かんないの?」
「いや、今日の試合のことだよ!」
「そっちね。長くなりそうだから先に子供のご飯作らせて。良かったら食べていく?」(モールス)
「ふざけんじゃねーよ、お前の飯なんかいらん!なに作ってんだ!」
「今日は子どもが好きなカレー♪」(モールス)
「やっぱり俺も食っていくわ。そのあと話があるからな!」
猿は、カニの家のリビングに座って
夕食ができるのを待った。
考えてみればカニの家にちゃんと入るのは
これが初めてのことだった。いつもは玄関口で
業務的にやり取りするだけなのである。
カニの家はそんなに広くはなく
教科書や子育ての本、野球の本に
ユーキャンの資格講座の教科書が
あちらこちらに積まれていた。
他にも母子給付金の手続きに関する書類や
シングルマザーのための本なんかもあったりした。
野球用具は倉庫にしまっているらしい。
カニの子どもは生まれて数か月だが
カニなので人間でいえば2歳くらいにまでは
成長しているようだった。
カニの息子が駄々をこね始めると
カニは料理の手を止めて息子をあやした。
洗濯も途中のようで、カニ用の靴下
が濡れたまんまだった。
子どもがぐずるのをやめると、
今度は料理の方がおろそかに
なってしまっているためカニは
リビングとキッチンを何度も
行ったり来たりしていた。
なんか大変そうだなー
と、猿はぼんやり見ていて思った。
(毎日、高校の前とか部活の後もこんなにカニ
は忙しかったのか。知らなかった。)
猿は、だいぶ前に亡くなった自分
の母親のことを思い出した。
猿の父親は無職で怒りっぽく、
よく暴力を振られていた猿だったが、
いつも母親がその仲裁に入ってくれていた。
また、父親が仕事をしないため家に食べ物がなく
母親がいつも遅くまで木の実を拾ってきては
自分に食べさせてくれていたのだ。
猿が他の動物をだまして食事を得るよう
になったのは、母親が死んでからのことだった。
カレーができたようで、カニがリビング
に3皿のカレーを持ってきた。
子カニが嬉しそうに爪を鳴らした。
「でも、栗原監督が生活費を援助して
くれていて助かってるわ。
勉強も野球も続けられるし、
子供をよそに預けられる」(モールス)
「え、そんなもらってんの?
俺、500円しかもらってないんだけど。」
猿とカニは一応勉強と野球をすることで
学校からギャラをもらっているが、猿が
月にもらえるのはいつもお菓子代の
500円だけだった。
(これは改めて監督と話し合わないとな)
カレーは子供用に甘く作ってあった。具も
子カニが食べやすいようにと小さく切ってある。
猿は辛いカレーが好きだったが、
文句は言わなかった。
「そういえば、話ってなんだったっけ」(モールス)
忙しさで忘れていたカニが、
猿が訪ねてきた理由を思い出して
質問した。
「あー、なんだったっけな。カレー待ってるうちに俺もなんだったか忘れたわ。」
「え、よかったの?」(モールス)
「また思い出したら言うわ。」
本当は忘れてはいなかった猿だったが
なぜだか言う気にはなれなかった。
その日は、そのままカレーを食べた後
家に帰った。
そして後日、栗原監督から敬遠という
作戦が野球にはあることを説明された
猿なのであった。




