第12柿 ゴリラが松井で、松井がゴリラで
ここまでなかなか進展のない仙台育米と
大阪桐陰の試合だったが、いままでベンチ
で控えていた大阪桐陰の4番打者が出てくる
ことによってその沈黙は破られることとなった。
大阪桐陰 4番 センター
ゴリラ松井
明らかに相手校の中でもゴリラ松井は強打者のようで
大阪桐陰の部員たちはテンション爆上がりだった。
「よっしゃあ! いったれゴリラ松井!」
「そうだそうだ!プロ野球界に一番目をつけられている男ぉ!」
「金返せクソが!」
「ここで流れを変えてくれゴリラ松井!!」
みんな口々に応援していた。
ゴリラ松井がバッターボックスに立った。
猿を含む仙台育米チームは、そのゴリラ松井の
巨体に驚きを隠せなかった。
身長は2mを超えるんじゃないかという大男で
顔は髭なのか知らないが、毛むくじゃらである。
手や足も、毛でまっくろくろすけ。
どのくらい毛むくじゃらかといえば、
ゴリラ松井がいま笑っているのか、
それとも真剣な顔をしているのかも
見分けられないほどである。
ゴリラのようなパワーで打つ強打者松井だから
ニックネームがゴリラ松井なのか、それとも
野球ができるゴリラを松井と名付けて
チームにいれているのか、仙台育米にはわからなかった。
じつはゴリラ松井がベンチにいる時から
仙台育米野球部は
(なんかやばいのがいるな)
と彼の存在に薄々気づいていた。
しかし、猿とカニをすでに
チームに引き入れている彼らは
ゴリラやんけ!! と強くツッコめないのであった。
カニはゴリラの体格を確認すると、
キャッチャーミットを低めに構えた。
ゴリラ松井の身長はカニの2倍近くあった。
(彼は身体が大きいから低めの打ちづらいボールを
猿に投げてもらおう……)
猿もカニの考えが何となく伝わったようで
めちゃくちゃなフォームから低めのボールを出した。
球速はやはり170㎞近く出ている。
(いい球。これなら大丈夫……)
カニは安定したコントロールの猿に安心しつつ
これなら、このゴリラにも打たれまいと考えていた。
ところが、
カスッッッ!!!
球は場外まで飛んで行ってファールとなった。
カニは焦った。
周りが気付いているか分からないが、ゴリラ松井の
バットは球にかすっただけなのである。
かすっただけで猿の剛速球を場外まで飛ばしたのだ。
まともに打たれれば、この試合の決定打
になりかねなかった。
(ここは敬遠しなければ……)
カニはこの選手を猿に避けさせることを選んだ。
敬遠とは、わざと4球ボールにして打者を打たせず
一塁に出すという作戦である。
カニはわざとグローブをゴリラ松井から大きく
離して、ボール球を待った。
(あのバカ、どこにミット構えてんだ?)
猿は敬遠を知らなかったのだ。
いや、栗原監督から習ってはいたが真面目に聞いて
おらず覚えていなかった。不真面目さが、ここで
仇となってしまった。
(猿美ちゃんが見てるのにそんなボール球投げられるか!)
猿は、カニの指示を無視してど真ん中に
思いっきりストレートをぶち込んだ。
(猿美ちゃん! 俺のカッコいい投球を見てくれーーー!!)
(嘘!? そんなとこ投げたら……)
ゴリラ松井はここだとばかりに全身の
力をふり絞るようにバッティングした。
カッキーーーー―ンッ!!!!
グラウンドに快音が鳴り響く。
球は大きく仙台育米の頭上を飛んでいき
そのまま気持ちいいくらいの快晴な秋空
突き抜け、遠くへ消えて場外ホームランとなった。
猿たちは為すすべなく、飛んでいく球を
ただ見ていることしかできなかった。
11月のグラウンドは冷たく、冬の到来を告げていた。




