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モブキャラAは舞台袖へ。



「この作者の心境は、トンカツを――」

 俺、古谷歩夢は現代文の授業を聞きながらノートをとっている。

 俺は特にこれといった特技もなく変わった境遇もない、俺にとっては俺は主人公だが他から見ればただのモブキャラだ。家族構成は母親、それに弟が一人いる三人。父親は死別ではなく離婚でいないだけ。部活は帰宅部。友達も多くもなく少なくもない普通。身長体重も平均。運動神経も並み。勉強は一学年四百人いる中で百位以内に入るか入らないくらい。顔だちも普通だし恋人もいない。少しだけ心配性で自分の意見を出したくない性分。俺を普通と形容しても別に俺は怒らない。むしろ普通でいいと思っている。

「藤原はなんでトンカツを食べ始めたんだろうな」

「あぁ、意味が分からん」

 さっきの授業の感想を俺の席の周りで話している白岩と谷原。

「確かにあれは笑ってしまった。大勢の前でトンカツを食べる姿は笑いしか起きない」

 ただ、このまま死ぬまで人とは違うことをせずに天寿を全うすると思うと虚無感はあるものの、別にそれでもいいと思った。人と違うことをするとなると疲れそうだ。それに普通が幸せじゃないとは限らない。普通であることが幸せじゃないのだろうか。いつか結婚し、子供が生まれ、両親と分かち、妻より先に行く、とかそういう幸せがあってもいいと思う。

 何より、そんなことモブである俺ができるはずないんだから考えるだけ無駄だ。




 今日の学校日程が終わり、帰ろうとしたとき、見知った顔が視界の端で見えた。肩にかかるくらいの髪の女性、

 “倭美香”

 かわいく成績もいい彼女はよく俺に話しかけてくる女性だ。声をかけようとしたが、倭さんの隣には男がいた。隣の男は俺よりも背が高くイケメンだった。彼女は俺には見せたことがない笑顔をその男に見せている。

 それを見た瞬間、俺は見つからないように素早くその場から離れる。

 まぁ、そうだよな。彼女は誰にでも優しいんだから、俺に優しくしているのは当たり前なことで、あのイケメンが好きなんだろうな。あーぁ、つまらない勘違いをした。恥ずかしい、そしてこんな自分にひどく憤る。

 モブである俺なんかが彼女の気を引けるわけがないだろう。ましてや人気が高い彼女だぞ? なんで今まで気が付かずに接していたんだよ。本当に自分に腹が立つ。

 俺が何をしようと結局は茶番に過ぎないんだ。だから俺は何もしない。やればできる、やらなければできないと言うが、やればできるとは無責任な言葉だ。やればできる、やらなければできない、ただし時と場合に限りやるだけ無駄という言葉も追加してもらいたいものだ。まぁ、俺に限ればやるだけ無駄という言葉しかないがな。

 自分を嫌悪している中、自転車を自転車置き場から取り出しそれに乗り、いろいろな思考をぐちゃぐちゃにしながら体で覚えている帰路につく。

 何夢を見ているんだ、俺は特別じゃない。主人公じゃない。物語にすら出てこないモブキャラだ。そんな俺がかわいい子と仲良くできるなんてできるわけがない。そういうのは主人公か主人公のそばにいる準主人公だけで十分だ。

 何度も俺自身を乏しめていると、ふと外では適切ではない白い運動下着だけを着た俺より年上な雰囲気なロングヘアの女の人とすれ違いざま目が合った。きれいな人だと思いながら自転車を無意識にこぐが、不意に女の人の足元の記憶がよぎる。

「・・・足、あったっけ?」

 ワンピースだけ着ていた、と形容した。なら足元は? ・・・考えないようにしよう。俺は幽霊系が苦手だ。だが美女の幽霊なら仲良くしたい。だが俺みたいな以下略。

 気のせいだろうと思いながらも、俺は振り向かずに家へとたどり着いた。家も至って普通な一軒家だ。

 俺は誰もいない家に「ただいま」と言いながら自分の部屋に入る。

「ふぅ・・・終わらせるか」

 今日出された課題を全て終わらせる。明日提出の物もあるしそうでない物もあるが、終わらせておくことに越したことはない。

 机に一通りの教材を取り出し、椅子に座る。まずは英語の教科書の英文の穴を埋める作業と、英文を訳す作業を行う。紙の辞書を使いながら文を完成させていく。

『ここ、間違ってるよ』

 集中していたところに後ろから声を掛けられ、大きく体をびくつかせた。聞き覚えのない声に鳥肌を立てながら恐る恐る背後を見るとさっき見た美女がそこにいた。

「ひっ・・・っ!!?」

 言葉にならない悲鳴が俺の全身に巡り巡らされる。

『ごめんね、いきなり声をかけて。でもそこは間違いやすいところで、もしかしたらって思ってたの』

 目の前にいる女性が何かを話しているが、俺は言葉を発せずにいた。頭で理解できていても体がついてこない。ビビりの俺にはキツすぎる。

『・・・本当にごめんね? 驚かせる気はなかったんだけど、結果的にこうなってしまって』

 それでも俺はすぐには元に戻れず、深呼吸を何度もしてようやく落ち着いた。

「だ、誰ですか?」

『誰、か。今の私は誰と呼べるほどの存在じゃないんだけど、言うなれば幽霊というところかな』

 ゆ、幽霊? マジでそんな存在があるのかよ。・・・何て言うか、幽霊とエロいことしたいと思うのは俺が特殊だからとかはないだろ。いや、世の男子高校生はほぼ全員思っているだろう。

「何か用ですか? 自分に。て言うか幽霊って、は? ・・・説明してくださいよ」

『うん、そうだよね。・・・でも、お生憎様、私は自分が幽霊だということだけを知っているだけで他は何もわからないの。ごめんね』

 ・・・は? またそれはべたな記憶喪失なことで。というか本当に記憶喪失なのか? ・・・まぁ、疑いをかけるような高等テクニックを俺ができるわけがないがな。

「・・・なんで自分の背後霊をしているんですか?」

『なんで。・・・うーん、それがわからないんだよね。なんでか君の後ろについて来ちゃったんだよねー』

 うわぁ、幽霊、として話を進めるのなら警察に突き出せるわけもなく、動物みたいに意思疎通ができないわけでもなく、一番面倒くさいパターンだな。

『すごーく嫌そうな顔をしてるね。君は顔に出やすいね』

「はぁ・・・すみません」

『いやいや、こっちが勝手に出てきたんだから謝れる筋合いはないよ。でも自分で言うのもなんだけど、こんな美女の幽霊を眺め放題なんだよ? 自慰行為し放題だよ?』

「・・・反応に困りますよ、それ」

『そこはこう返せばいいんだよ、『やったー、なら今からその下着を脱いでくださいよ!』ってね』

 俺はそれに苦笑いしか返せなかった。・・・このテンションについていけない。

『それに私は君から離れられないから』

「え・・・離れられない?」

『そう。見てて』

 そういうと女性は壁をすり抜けてどこかへ飛んで行った。俺は壁をすり抜けたことに呆然としながらその壁を見ていると、どアップで女性の幽霊の顔が現れた。その瞬間、漫画のようにビックリしすぎて椅子から転げ落ちてしまう。

「っ! ・・・ッ!!」

『だ、大丈夫!?』

 女性は俺に手を差し出してきたが、俺はその手を借りずに自力で起きあがる。というか幽霊だから触れないだろ。

『ゴホン。というわけで一定以上距離が開けばこうなるわけ。さっきは君の背後に移動したから気が付かなかったんだね』

 椅子を直し座りなおす。

「・・・これからどうするんですか? 自分が力になれることなんて一つもないですよ」

 やるなら背後霊の呪縛を解くべくそういうところに向かう。

『どうするか。・・・うーん、とりあえず何もできないし、今日君の学校の生徒全員の目の前に驚かせるように現れたけど誰も反応してくれなかったから、おそらく君だけが私を見れる唯一の人だね。だからしばらくは君の背後霊でもしておくよ』

 ・・・いい迷惑だな。プライベートなことは何もできないじゃんか。

『また嫌そうな顔をしてるけど、実際にはこれ以上何もできないからね。あぁ大丈夫、心配しないで。害はないし、目を瞑ってほしかったらいつでも言ってきてね』

 目を瞑ってて、別にそういう問題じゃない。これは霊能力者にでも話をつけてもらおう。

『言っておくけど、ここら辺の霊能力者とか呼ばれる人たちの前にも例外で行ったけど、私に気がつかなかったよ』

 ・・・じゃあ打つ手なしじゃん。

『まぁ悪いようにはならないと思うから。ほら、誰かが帰ってきたようだよ』

 自転車の止める音が聞こえてくる。この時間帯からすれば香か。「ただいま」という声が聞こえてくる。俺は返答に「おかえり」と言う。そして香は自分の部屋へと入っていった。チラッと隣にいるはずの女性を見るといつの間にかいなくなっていた。キョロキョロしていると、背中にボールみたいな何かがぶつかってきて俺はまた椅子から大きな音を立てて転げ落ちた。

『ご、ごめんね! まさか触れられるとは思わなかったの!』

 ・・・この幽霊は俺に害しか与えねぇな。早めに駆除しておきたいところだ。

「おい、何してんだよ」

 部屋の外から弟の声が聞こえる。俺はそれに椅子を直しながら答える。

「何でもない。虫を駆除しようとしていたとこ」

 それを聞くと、弟は自分の部屋に戻っていった。

『体を通り抜けて腹から顔が出てきて驚くかなぁと思ったんだけど・・・ごめんなさい』

 俺が人を殺しそうな目で見ていると大人しく正座して謝ってきた。だがまぁ、俺はこの幽霊に触れられるのか。

 真相を明かすために女性の幽霊の肩を触ろうとすると、

『おさわりしたいの? 下の方は心の準備がまだだけど、胸なら良いよ?』

 幽霊は豊満な胸を寄せて誘惑してくる。一瞬凝視してしまうがすぐに目をそらす。

「違います、触れられるのか試したいだけです。失礼します」

 幽霊の肩に触れようとした手は、虚空を触れるのではなくきちんと幽霊の肩に触れていた。

「・・・他の人も触れるんですか?」

『ううん、触れないよ。それは君以外の人で試したよ。・・・でもなんで触れたんだろう?』

「わかりませんが・・・自分があなたを見れているのと関係しているのは確かだと思います」

『そうだよねぇ。あ! 触れられるなら迷惑をかけたお礼をしてあげる』

 幽霊が目の前から消え俺の後ろに回り込んだ。そして後ろから腕を回してきて抱き着いてきた。

『どう? 私の胸の感触は?』

 やばい! すごく柔らかいが、理性が飛ぶ! だが待て、この幽霊を襲ったとしても他の人から見ればひとりでやっているやばい人と思われるくらいで、犯罪とかそういう話にはならないはずだ。・・・ま! 俺には幽霊すら襲えないヘタレなんですけどね!

 俺は幽霊が気が済むまで大人しくしていることにした。幽霊はうりゃうりゃと胸を押し付けてきていたが、俺がしばらく無反応だと離れていった。

『なんだ、つまんないな。幽霊だから襲ってきても罪には問われないよ?』

「あいにく、痴女とはお付き合いしたくないので」

『案外、貞操観念があるね。今のはポイントが高いよ』

 は、そういうことじゃねよ。襲えなかっただけだよ。リスクリターンができないモブキャラなんだから。それより早くこの状況から脱したい。モブキャラの俺じゃなくて主人公にでもとりついてろ。

『迷惑をかけると思うけど、どうすることもできないから。トイレとかお風呂諸々のプライベート事項の時は部屋から出ておくから』

「・・・どうすることもできないなら、仕方ないですね。それよりあなたの名前を聞いてもいいですか?」

『そういえば忘れていたね。・・・と言っても』

「まさか?」

『あ、いや。フルネームは無理だけど、下の名前はいけるよ。沙希、それが私の名前だよ。君は?』

「古谷です」

『下の名前は?』

「・・・歩夢です」

『歩夢くんか。これからよろしくね』

「・・・よろしくです」

 ハァ、いつまでこの状況が続くんだろうか。テントが張りっぱなしだぞ? 俺。




『ここ違うよ』

 今現在、数学の授業を受けている。これだけならいつもと変わらぬ日常だが、隣にいる俺だけにしか見えていない幽霊がいるだけで非日常へと変化している。

 そしてこいつの声は俺にしか聞こえないが、俺の声は他の人にも聞こえる。だから俺はノートに文字を書いて意思疎通を図る。

『どう違う?』

『ここは――』

 マンツーマンで教えてくれるから、人目を気にせずに色々と教えてもらえる。それに沙希さんの教え方はとてもうまい。幽霊がとりついて美人なことに続いていいことを発見した。

『それより、あの子誰?』

 沙希さんが飛んだ先には、クラス、いや学校で一番と言っていいほどのイケメンがいた。ノートの隅に『比賀浩輝』と書き込む。

『ふーん・・・そっか』

 彼女は比賀をじっと見つめている。やっぱり俺みたいなモブキャラとは違うな。主人公は幽霊すら恋に落とすってか。

『何か比賀くん、とは他人な感じがしないなぁ』

 俺のもとに戻ってきた彼女はそう言うが、それは恋というやつですかな?

『彼、格好いいですもんね』

『そういうことじゃないの。どう説明すればいいのかな・・・長い時間いた気がする。ダメ、説明できない。彼も何か知っているかもしれないけど・・・』

 一万年と二千年の時を隔てた恋人みたいな感じですか?

『どうしようもないですよ。本人に確認もできないのですから』

『歩夢くんが確認してくれればいいじゃん!』

 モブキャラの俺がやるわけがない。話しかけるときはせいぜい“先生からプリントを渡されたから渡す”とかぐらいの下りしかねぇよ。

『嫌です。そもそも何を聞く気なんですか?』

『えーとね・・・長い黒髪美人の沙希さんという人を知らないか? かな』

 それは随分と的を絞っているようで絞っていない問いだな。

『とにかく嫌です』

『だよねー。最初の反応からわかってた。ところであの子はどんな子なの?』

 そういわれると迷わず俺はこの単語を書いた。

『主人公』

『主人公って、また随分と彼を上に見ているんだね』

『上に見ているとかじゃなくて、格好いい・頭がいい・運動神経がいい・性格がいい・そしてモテル。この要素が詰まった彼のどこを見ても主人公だと言えます。どんなラノベだよ、レベルですよ』

 女にモテルために生まれてきたんだな、彼は。

『妬みとかないの? 男ならあんな彼を見てうらやましいとか死ねとか思うんじゃないの?』

 妬み、か。

『何も思いません。ギャルゲーの生徒Aとしか形容されない姿も出されないモブキャラがヒロインに恋をしようだなんて無駄なことですので。それに彼に対して死ねとか思うこともありません。それを思うなら、彼を選らんだ女性に対して見る目ねえなとか思いますよ』

『へぇ・・・冷めているんだか、現実を見ているのだか。その考え方は嫌いじゃないよ。でも私というモブキャラにふさわしくない要素を手にした時点で姿絵と名前は追加されると思うよ』

『それな』




 今日は母さんが寝坊して弁当を用意していないため、購買で弁当を買いに行く。

『それにしても君の母君はえらいね。子供二人を女手一つで育てているんだから』

「あぁ、それはわかっています。感謝してもしきれないくらいです」

『恩を返すのは死んでからじゃ遅いよ』

「・・・死んでいる人に言われると説得力があるな。というか沙希さんは死んでるんですよね?」

『そのはずだよ。幽霊っていうくらいなんだから。・・・でも死んだときの記憶がないんだ』

「でも、って、死んでいないのならどうやって幽霊になったって言うんですか? 幽体離脱したとでも言うのなら別ですけど、死んだショックで記憶喪失になっているんじゃないのですか?」

『そうだよね。・・・考えてもわかんない』

 答えのない考察をしていると、前から銀のロングヘアの女性が歩いてきていた。お互い廊下の真ん中を歩いていたから、俺の方から隅へと寄る。だがその女性は俺の目の前で立ち止まった。やばい、こんな人に見られるとドキドキする。

「あまり独り言を言うものではないぞ? 下級生」

「え、はい?」

 独り言? え、あの距離で聞こえるほどの音量で声を出していたのか! 恥ずかしいな。・・・赤面するレベルだ。

『そんなに大きな声じゃなかったよ? この人の耳がいいだけかもしれないけど』

 そうだよな、俺はそんな大きな声でしゃべってなかったよな。

「幽霊がどうとかと聞こえたが、下級生は幽霊でも見えるのか?」

「え、いや、見えませんよ?」

 やばいただでさえ男の外国人と話すときでも緊張するのに、それが美人の外国人となると会話は不可能だ。

「ほぉ、そうか。こう見えても私は幽霊やいわゆるオカルト系には詳しくてな。なんなら相談に乗ろうかと思ったんだが・・・」

「結構です!」

 俺はその場から速足で立ち去る。

『えぇ、話くらい聞いてもよかったんじゃないの?』

「モブキャラがリアルで主人公のヒロイン並みの女性と話しているなんて無理がありますよ。それにぶっちゃけ話せる自信がなかったので」

『後者が本音だね・・・まぁ、赤の他人にああ言ってくる人をすぐに信用しないというのもありだと思うけどね』

 しばらく速足でいたが少し距離をとったところで速足をやめた。

「ハァ・・・解決するにはどうすればいいんだよ」

『・・・ごめんね、私のせいで何か悩ませて。というかさっきから――』

「だから言っているだろうに。私が相談に乗ろう、と」

 まいたはずの銀髪の女性が真横に立っていることに驚いて、かなり肩をびくつかせた。

『さっきからこの人がすまし顔で追ってきているよ、って言おうとしたんだけど』

 言うの遅すぎ。

「さぁ、ここまで来たんだ。悩みがあるのなら言うがいい。さすがにここまできて教えてくれない、ということはないよな?」

 俺が壁を背にしていると、顔の横に手をついてだんだんと迫ってくる。これがうわさに聞く壁ドンか!? モブキャラにそんなことをするのでありません! そういうことは比賀にでもやっておけばいいだろうに! さぁどうする、俺! ・・・よし、死んだばあちゃんが夢に出てくることにしよう。

「え、えぇと・・・じ、実は――」

「ちょっと、何しているのよ。イヴ!」

 言おうとしたその時、救世主が現れた。黒の短髪で、雰囲気で体育会系だとわかる女性だった。

「紅音か。なに、少し下級生の悩みを聞いていたところだ」

「その態勢が悩みを聞いている人の姿なの? どちらかと言えばカツアゲしているようにしか見えないよ。とりあえず、今は招集がかかっているから行くよ!」

 体育会系の女性は銀髪の女性の腕を引っ張って連れて行こうとする。だがその前に体育会系の彼女がこっちに振り向いて、

「イヴがごめんね!」

 そう言い残しどこかに消えていった。

「・・・助かった」

『あの人・・・どこかで会ったことあるような』

「それは見える見えないを確かめたときに会ったことを記憶違いをしているとかじゃないんですか?」

『意外と言うね。・・・でも、そうだよね。最初に全校生徒を見て回った時点で気がつくはずだよね』

 それは比賀にも言える事だ。よく見てなかった、と答えを出すのは簡単だが、本当にそれで片付けて良いんだろうか。ここでいくら考えても答えはでないから置いとこう。

「よ、ふるっちも購買?」

 この学校でふるっちと呼ぶ輩は少ない。振り返るとそこには同じクラスのイケメンこと向井くんがこちらに歩いてきていた。

「うん。向井くんも?」

「今日は昼抜きにしようと思ったけど、思ったより動いてて死にそう」

「あぁ、体育が午前にあったっけ。バスケじゃ大活躍だったもんな」

 午前に体育があったが、うちのイケメン巨頭、比賀と向井がそれぞれのチームリーダーとなり白熱した勝負をしていた。俺も向井くんにモブ兼引き立て役として選ばれたが、特にこれといったことをせずに終わった。

「ふるっちも動けよ」

「初心者に何を求めてるんだよ」

 そう言いながら俺たちは購買へと歩いていった。

「そう言えば、さっき生徒会副会長に絡まれてた?」

「生徒会副会長? あの銀髪の人か?」

「え? 知らんのん? オタクの俺でも知ってるのに・・・記憶喪失?」

「違うから。ただ単に疎かっただけだから」

 それにしてもあの人が副会長なのか。それがどうとかいう訳じゃないけど、ただ完全にモブとは別路線を走っているな。軌道修正をしないとな。ちなみにこのイケメンは女子の抵抗がないのと多少のコミュ障なため俺という話しかけやすいモブと仲良くしている。

 その後、俺と向井くんは一緒に昼食を取りそのまま教室へと戻った。昼からの授業も卒なくこなし、放課後となった。

 帰宅すべく、毎日のように自転車乗り場に行き自転車にまたがり、ペダルを漕ぎ出す。

『今日君を一日見ていてわかったけど、歩夢くんって勉学や運動で得意不得意がないよね?』

「まぁ、そうですね。モブ道において得意不得意がないのは基本中の基本ですから」

『も、モブ道?』

「そうです。モブ道とはモブキャラに徹するために自分が編み出した道です」

『・・・生粋のモブキャラと思っていたら、それは違うみたいだね。意図してモブキャラを演じているの?』

「そんなわけないじゃないですか。生粋ですよ。じゃなければそれはすでにモブキャラとして立っていませんよ。言うなればモブキャラがモブということを自覚してしまったせいでモブキャラを演じてしまっていると言ったほうが正しいです。モブキャラは自分がモブと自覚せず、自分が主人公だと思っていますから」

 己が主人公だと思っていることは正しいのだろうが、俺は違う。

『それって、楽しいの? 君が君だけの物語の主人公なのにそれを誰かの物語のモブキャラへと成り下がっていて』

「さぁ? どうでしょう。自分は自分の物語より世界の物語と考えているので。それに主人公はいろいろと大変そうですし」

 俺はモブキャラとしてそれなりに幸せになればそれでいいと思っている。

『ふぅーん。君がそれでいいならそれでいいけど・・・ん? あれは・・・君はどうやらモブキャラではいられないらしいよ』

 沙希さんの言葉が気になり、俺は歩道の隅で自転車を停止させる。

「どういう意味ですか?」

『どういう意味もこういう意味もないよ。見たままだよ』

 沙希さんが見ている方向、上を見ているから俺もつられて見る。

「・・・何ですかあれ?」

 見上げると、一部の空の色がどす黒い色へと変化し雲が渦巻いている。周りの人たちもざわざわとしだした。カメラで撮影するものや電話しているものもいる。

『・・・異次元の扉、ゲヘナ・ゲート』

 沙希さんはポツリと口に出してくれる。だがなんでそんなことを知っているんだ?

「わかるんですか、あれが?」

『分からないけど、分かる。あれは危険だよ。早くここから逃げて!』

「え?」

『良いから早く!』

 沙希さんが俺の背中を強く押し自転車が勝手に動き出す。急かされるまま俺は自転車を漕ぎ出す。

「行くのは良いですけど、どこまで行くんですか!?」

『あれが見えなくなるまでだよ』

「は? そんなのどこまで行けば良いんですか。それに思い出したんですか?」

 ゲヘナ・ゲート? か何かは分からないが、確実に一般常識ではない知識だ。つまりこの人が本来もっている知識を引き出したということになる。

『さぁね、分からないけど、あれを見て思い出したんだ。あれに殺されたんだと』

「こ、殺された? あれ?」

 あれという指示語が分からず、また渦巻いている空を見る。

「は!?」

 渦の中心から翼に尻尾がある竜の形をしているような物体が浮遊しているのが見えた。俺が驚いたのは浮いていることではなく、ここからでもその姿が見えることだ。かなり距離があるはずだが、くっきり見えるということはどれだけの大きさになるんだ。

『気づかれた!』

 そう言われ俺はサドルから尻を浮かし、全力でペダルを漕ぎ出す。

「ごぐじょうが、ふだづ・・・だぁまぁしぃをぉ、くわぁしぇりょぉぉぉおー!!!」

 地響きするほどの声が俺の脳へと届く。そして周りにいる人たちからも絶叫が聞こえてくる。

 怖くて怖くてたまらないが一生懸命に漕ぎ続ける。だが、帰宅部兼モブキャラである俺が浮遊している巨大な化け物から逃げられる筈もなく、どんどんとやつの金切り声が近づいてくる。心が折れそうだ。今すぐにでも止まり楽になりたいと思ってしまう。

『ダメだよ、諦めちゃ。君はまだここで死んでいい人じゃないんだから』

 沙希さんがハンドルを握っている手を握って俺を励ましてくれる。気力は持つが体力的にもうそろそろで限界だぞ。

 死ぬ気でラストスパートのごとく自転車を漕いでいた次の瞬間、後ろから爆風が吹き荒れ自転車ごと吹き飛ばされる。

「うおっ!?」

 幸い自転車に巻き込まれることはなく、転がり回った打撲だけで済んだ。これまでかと思い最後の足掻きにやつを睨み付けようとするが、目の前にいるのは化け物ではなかった。

「無事か? 下級生」

 今日出会ったばかりの銀髪の女性がそこにいた。竜の化け物は彼方に吹き飛んでいた。そして次いで昼に銀髪の女性から助けてくれた体育会系の女性が現れた。

「ちょっと、イヴ。早すぎ」

「仕方がない、下級生が襲われそうになっていたのだからな」

「下級生? あ、君はイヴに絡まれていた子だ!」

「・・・どうも」

 さて、助けてもらったのは良いが、ここからどう逃げ出すかという問題だ。そもそも俺がいた方が邪魔になるし、何よりモブキャラがこんなところにいることはない。いち早く逃げていくのがモブキャラというものだ。そしてその先にいた違う怪物に食べられるとか。

「ここから早く逃げた方が――」

「助けてくださりありがとうございました」

 銀髪先輩が言い終える前に、俺は寸前で助けられたモブキャラのようにいち早く自転車を起き上がらせ、自転車に乗り逃亡する。自転車は無事なようで良かった。

『・・・ダメだ。君、いや、君と私が狙いみたい』

 後ろを見ると、竜は俺のいる方向めがけて再び突進してこようとしてきている。だが何か見えない壁に阻まれまた飛ばされていた。

「・・・あの竜とか、あの女の人とか、何なんだよ」

 段々と冷静になるにつれ、様々なことに思考が回るようになる。

『あれは別次元に住む生物だよ』

「別次元?」

『そう。私たちがいるこの次元の他に、あの竜がいたゲヘナと神々が住むエリュシオン。本来は三つが交わることがないようにされているのだけど・・・』

「だけど?」

『誰かが意図的にしたのか、それとも自然的か』

 ポツリとその解を出しているが、とりあえず俺には分からないからスルーしておく。

「さっきも聞きましたけど、何か思い出していますよね?」

『うん・・・でも、私が思い出せているのはあれが何か分かるという知識的な記憶だけであって、自分の記憶は全く思い出せていないの』

 なるほど、元の彼女の常識だけが戻ってきているのか。その常識の過程は思い出せていないようだけど。

『それよりも、ここからどこへ行くの?』

「考えてません。とりあえず自分が目的なら家の近くにも行けませんので見知らぬ土地に向かいます」

『それが良いね。・・・でも、その必要はないようだよ。止まっていいよ』

 俺は促されるまま、その場で自転車を止め後方を確認する。

 空の渦は段々と終息しており、竜がその渦に戻っていっているのが見える。俺はため息を吐き安堵の表情を浮かべる。

『危機は去ったけど、やつを倒した訳じゃないからまたいずれ来るはず。どうするの? 歩夢くん』

 どうする、か。たぶん彼らに接触するか否かについて言っているんだろう。

『決して脅しではないし、彼らの事を信用しているわけでもないけど、君がもし家にいてやつが再び現れれば、君以外の人も道連れになるかもしれない』

 それは分かっている。俺がモブキャラらしからぬ何かで狙われているのなら、家族に迷惑は掛けられない。だが、こんなモブキャラ全開な俺ができることはない。たぶん守られるだけになるだろう。そんなものは俺の好むところではない。

『でも、君が彼らに助けを求めるのが嫌だと言うのなら、私の知る限りを全て君に授けるよ。強制はしないけど、彼らに助けを求めることをおすすめする』

 いや、答えはもう既に俺が好き嫌いで選んで良い段階をすっ飛ばしている。腹をくくるしかない。

「彼らに接触します、それが一番良い方法なら。ま、俺は足手まといにしかならなさそうですけど」

『いや、それは分からないよ? 君があの竜に狙われている時点で普通の人とは違うことになる。もしかしたらこの世界の主人公になりうる存在かもしれない』

「・・・それは御免ですね。モブキャラで良いのに」

『モブキャラになれないのは確かだね。さて、何はともあれそうと決めたなら早速接触しよう』

「そうですね。行きましょう」

 俺は自転車をUターンさせ銀髪先輩がいた場所へと進んでいく。というか、俺がこのまま行って知らぬ存ぜぬを通されたらもうどうすることもできないし、もう人に話しかけることがトラウマになるレベルだな。

「ハァ」

『そんなに心配しなくても大丈夫だと思うよ? あの竜に狙われている時点で超重要人物だから』

「はぁ・・・それよりあの竜は何なんですか?」

『あれはファフニール。竜の中でより高い欲望を持っている竜だよ』

「・・・ファフニール」

 竜の中で結構有名どころだな。確か財宝を独り占めして魔剣グラムにより殺された竜だったはず。いや、俺が知っている、というか世に知られている物語が本当だとは限らない。そこら辺はどうなっているのだろうか。

『お、いるね』

 銀髪先輩が元いた場所を遠目で見えてきた。そこには銀髪先輩と体育会系先輩の他に七人の男女がいた。あ、主人公の比賀までいる。・・・それに倭さんに、昨日見たイケメンもいる。さすが物語の主役たち。こんなファンタジーに足を踏み入れているとは。表も裏も主役をしているとか、最高じゃないか。俺がかすむ。

 俺は自転車から降り自転車を押してそこまで向かう。9人が全員俺の方を向いているから何か居心地が悪かったが、目をそらしながら9人の前で止まった。

「来たか、下級生。こっちから行こうかと思ったが賢明な判断だ。何せ狙われているのは君なのだから」

「怖い思いをさせて本当にごめんね。あいつをいち早く倒したかったんだけど、無理だったの」

 銀髪先輩と体育会系先輩が話しかけてくれる。

「あぁ! 腹立つ! あの野郎逃げやがって! もう何度もだ!」

 地面を蹴りながら煙草を取り出し火をつける赤髪のアップポニーテールの女性。うわ、マジでくせぇ。マジでいね。

「コラ、イライアちゃん! 今日はもう5本目でしょ。吸っちゃだめだよ! 口が寂しいならあめちゃんをあげるから」

 そう言い煙草を茶髪の女性から奪い取る腰まである茶髪の女性。

「あれが狙ったということは、彼が最後のパーツでよろしくて?」

「・・・はい。そうでしょう」

 長い金髪を携えている女性に、その女性の後ろに付き従っているように見える茶髪のショートヘアの女性。

「あ、古谷くんだ。ヤッホー」

「知り合いなのか? 美香」

「うん、同じクラスでそれなりに話すよ」

「同じクラスなら浩輝も知っているんじゃないのか?」

「・・・顔くらいは知っているが、名前までは知らない。すまん」

 俺に謝ってくる比賀、俺に話しかけてきた倭さん、それに昨日見たイケメン。ダメだ、ここにいたらモブキャラとして息苦しくなる。彼らに接触したのは間違いだったか?

「さて、詳しい話、といきたいところだがここではなんだ。場所を移そう」

 銀髪先輩が歩き出すとみんな続いて歩き出す。俺も一応歩いてついていく。しばらく歩いていくと細い路地に入っていく。細い路地の先には古びた小さい一軒家が不自然にポツリとあった。

「その自転車はそこに置いておくと良い」

 銀髪先輩が指定した先には自転車が一台ある屋根がついている自転車置き場だった。言われた通りそこに自転車を置きカギをしめる。そして振り返ると9人が次々と家の中に入っていっていた。

「さぁ、入ると良い」

 銀髪先輩も入っていくから俺は慌てて中に入ろうとした。だが、中の風景が外見からは全く想像がつかないものだったため扉の前で停止した。古びた家にはふさわしくない華やかな内装が広がっていた。立派なテーブルに座り心地がよさそうなソファー、床は赤のカーペットが敷かれている。よく見ると窓の外は空が見える。ここは建物に囲まれているから空なんて見えるはずがないんだが・・・。

 俺は外装と内装を交互に見ていると、

「早く入れ!」

「は、はい!」

 さっき煙草を吸っていた女性に怒鳴られ急いで入る。中には9人以外に、ソファーに座っている髪を後ろで団子にしている着物姿の女性とその女性についている短髪でスーツ姿の女性がいた。ふと沙希さんは入れているのかと振り返るときちんとついてきていた。

「どうぞお座りください」

 その着物の女性に促されるまま浴衣の女性の対面のソファーに座る。

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 スーツ姿の女性がティーカップに飲み物を注いで俺の前のテーブルに置く。俺はそれに手を付けずに対面の女性を見る。・・・・・・最初に見た時から思っていたが、誰かに似ているんだよな、この着物の女性。

「まずは自己紹介から行いましょう。私は彼女たちの上司に当たるもので、比賀緑子と申します。以後お見知りおきを」

「は、はい。古谷です」

 ていうか、比賀? 比賀ということは彼の親族か何かなのか?

 チラリと比賀浩輝の方を見ると目が合った。俺が何を思って見たのか察したようで彼は口を開く。

「思っている通り、その人は俺の母親だ」

 は、母親!? この若くてきれいな人が人の親なのか!? 全然高校生の子供がいるように見えない。せめて母親の年の離れた妹とかなら納得できるが・・・いろんな人がいるんだな。てかこんな母親を持っているとはさすが主人公。

「こっちの付き人が、二宮千夏」

「二宮です」

「は、はぁ、どうも」

「あなたたちも自己紹介をしなさい」

 9人の方に向かって、比賀さんはそう言う。まず銀髪先輩が前に出てきた。

「三年のイヴ・フルードだ。よろしく、下級生」

「同じく三年の角丸紅音だよ! よろしくね古谷くん!」

「よろしくお願いします」

 体育会系の人もついでに出てきた。

「チッ、パウラだ。パウラさまとでも呼べ」

 さっきからずっと眉間にしわを寄せている赤髪の人。

「ティア・レンスです。それとイライアちゃんはキレやすいだけで、根は優しい子だから仲良くしてあげてね!」

「余計なことを言うなティア!」

 茶髪のホンワカした人に食って掛かるパウラさん。

「私はもう知っていると思うけど、倭美香だよ。よろしくね」

「・・・あぁ」

「俺は四組の芝元輝仁だ。よろしく」

「・・・よろしく」

 この二人って出来上がっているのかしら!

「同じクラスの比賀浩輝。俺は君を知らなかったが、これからは666(スリーシックス)同士お互い仲良くしよう」

「あ、あぁ・・・スリーシックス?」

 知らない単語だ。このグループの呼び名か何かか?

「次はわたくしの番ですわね! わたくしはかの有名なグリュオ家の次期当主であるオリヴィア・グリュオですわ! 一庶民のあなたが対等な立場でわたくしと接することができる幸せを感じなさい!」

 ロング金髪の人がそう言うが、グリュオ家って、何だよ。意味わかんねぇ。とりあえず差し支えないくらいで返答しておこう。

「はぁ・・・ありがとうございます?」

「良くてよ! そしてこっちがわたくしの付き人であるサラ・ブノアですわ!」

「・・・よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします」

 ショート茶髪の女性が頭を下げてくるが、この女の人表情がなくてこっちもどういう表情をすればいいか分からない。

「一通り自己紹介は終わりましたね。では、前置きはなしで気になっているであろうあの竜についてお話ししましょうか」

 俺がうなずくと、比賀さんは話し始めた。

「まずあの竜について話す前に、前提としてこの世界について話しておかなければなりません。この世界はこの次元を含め三つの次元により構成されています。一つ目が私たちが今現在存在している現世(うつしよ)。二つ目があの竜が生まれ存在している常に夜と書いて常夜(とこよ)。そして最後に俗に天界とも呼ばれる常に世の中の世と書いて常世(とこよ)の三つが存在します。そしてその次元ごとに人間とは別の進化をしていった生物たちがいます」

 沙希さんが言っていたゲヘナが常夜になるわけか。

「本来ならばこの三つの存在たちは、次元が違うことにより干渉しあわないようになっているのです。しかし約十年前から常夜に生物が理性を失い暴走するという事態が起きているのです。そしてそれに合わせて次元と次元の狭間が壊れやすくなっています。ただ狭間が壊れやすくなっているとは言え、壊せる存在は少ないでしょうが、その存在たちですらも理性を失い、その結果先ほどのような事態に陥っているわけです」

 この話だけを聞けば、こいつ何言ってんだ? 状態になるが、あの竜を見た後では信じないといけなくなる。それに後ろで考えるそぶりをしている幽霊さまがいるんだから、ファンタジーだろうが何でも来い状態だ。

「言い遅れましたが、私たちは世界の危機を守るために世界各国で同盟を結んだ『ラグナロク』のメンバーです。私たちの目的は、この次元に理性を失い到来した生き物を追い払うもしくは討伐しこの次元の秩序を守ることにあります。そのためには貴方の力が必要なのです」

「自分の、ですか?」

「そうです」

「・・・そう言われても、自分ができることは何もないと思いますよ。自分は何も知らない一般人ですから」

 ここまで話を聞いて何だが、やっぱり俺には何も力はないだろう。狙われたのも何かの間違いだろうし、これで俺は勘違いして恥ずかしい思いをするんだよ。

「いいえ。それは絶対にありません。貴方には力があります。これは絶対なのです。私のすべてを担保にしたとしても構わないくらいですから」

「そこまで言われても・・・何か確証でもあるのですか?」

「はい、あります。私の性質、各々が持つ特殊能力とお思いになれば良いものですが、私の性質は『神眼』。あらゆる虚偽を見抜く目を持っています。それは人の嘘だろうとその人が嘘をついていないと思っていたとしてもその事実が嘘であるならばそれすらも見抜く眼です。ここで貴方に質問します、古谷さん」

「は、はい!」

 神眼って、分からないことがないじゃないか。・・・いや、もしかして答えないと分からないとかかもしれない。真実や虚偽を見分けるということは、前提として答えないといけないからな。

「いいえと答えてください。貴方は十八番目の魔法使いですか?」

「十八? い、いいえ?」

「ッ!? ・・・質問を変えます。貴方は時間を司るものですか?」

 俺がいいえと答えると比賀さんは驚いた表情をした。しかしすぐに表情を戻し違う質問をしてきた。

「いいえ」

「・・・ふぅ、ありがとうございます」

 今度は安どした表情をして俺に微笑んでくる。

「間違いないです、貴方は最強の力をもって生まれてきた存在です」

「最強、ですか?」

「そうです。先ほど質問の内容にあった通り、貴方には時間を司る性質を持っています。その性質は666の中で最強にして無敵の力を誇ると魔導書にも古文書にも書かれています」

 ・・・えぇ、モブキャラの俺がなんでそんな力を持っているんだよ。そんな力なくても良いのに。

『やっぱり私の思った通り君には特別な力があったんだね』

 沙希さんが久々に喋ったと思ったら、そんなことを言うために口を開いたのかよ。

「世界の未来を予知した魔導書、イポスのグリモアにはこう記されています。『世界に破滅の危機が迫られし時、選ばれし十八の人間が集結し、危機を破却する』と」

 イポス。ソロモン七十二柱の中で一番未来予知にたけているものだったか。でも悪魔とかそういうやつらの本が本当に信じられるものなのか? ・・・まぁ、ここは合わせよう。

「その十八人の中に自分が入っているのですか?」

「はい。選ばれし十八の人間の性質は、創造・破壊・混沌・秩序・天空・大地・再生・分解・希望・絶望・共鳴・反転・存在・虚無・不死・因果・空間そして時間。今まで世界中で探しつくしてきました。古谷さん、貴方ですべての人間がそろいました。あの竜、ファフニールの存在が幸いにして貴方を見つけ出してくれました」

 何かいっぱい性質があるな。それにしても何かとてつもなく面倒なことに巻き込まれてきている感じがするんだが。

「とりあえず最低限の説明はしました。時間があるかどうかわからない状態でのんびりとしていられません。説明は終わりました、次のステップへと向かいましょう」

「え、次のステップ?」

「えぇ、修行をしましょう」

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