Chapter:01-03
Chapter:01-03
結局、二日と入院する事も無かったクリストファは、三日目には当たり前に登校していた。
「心配掛けてすみませんでした、もう大丈夫です。みんな、差し入れモロモロありがとうサンキューメルシーダンケ!」
教室にて、拍手で迎えられたクリストファは大変に照れ臭そうだった。両親からです、と担任教師ノリコからの許可を得て、クラスメイト一人一人に干菓子を配って歩くクリストファ。もう大丈夫だから、ありがと、すまんすまん、とそれこそ一人一人に声を掛けながら、最後列でどこか斜に構えて座っている男子生徒の元へ。
「ロルフ、君の気持ちは有り難いが、直ぐに行動に移すクセは控えた方が良いぞ、って前にも言ったよね?」
口調は堅かったが、半笑いのクリストファ。それに対するロルフ少年は、フン、と下顎を突き出して頬杖を突いたりしている。基本的に素行良好な生徒の多いこのマッケイ高等学校にあって、いわゆる『不良』学生と呼ばれる存在だったが、副級長、男性側のリーダーでもあったクリストファに本質的には心酔しており、更正が顕著な事もあって、そのレッテルが剥がれつつある彼でもあった。
そんなロルフは今回、クリストファが昏倒した際、群がる野次馬の一部の人間、特に満面の笑顔を浮かべながら携帯端末カメラでシャッターを切り続けていた若者を突き飛ばした事で、反省文の提出と奉仕活動を言い渡されていた。もっとも、その場、周囲の一般人から『処分は不要』との請願が多数あった事と、当の若者からの謝罪とも言える行動もあったから、その程度で済んだとも言える。
「フン――だったら、俺をそうさせるようなことすんじゃねえってんだ」
そう言って、干菓子を引ったくったロルフ・ツェプトーだった。
「……まあ、無事だったからそれで良いんだけどよ――あ、でも、か、勘違いするなよ、俺はおめえのことなんて心配なんかしていなかったんだからな――」
どーも、とあくまでも笑顔で答えたクリストファに、ロルフは苦虫を噛み締めた笑顔半分、みたいな表情をどうにか構成したが、気付けばクラス全員がニヤニヤとこっちを注視しているではないか。
「な、何を見てやがる!!」
級長、壇上に立ったままのジャニス・アスプルンドが、ここで人差し指をビシとロルフに突き立てた。
「ロルフがデレたぞーーーーーーーーーー!!!!!」
どどどっ、とクラスが沸いた。担任教師までもがロルフを指差し、本当にプギャーとしか表現できない爆笑をしている。いや、ノリコ先生、それはさすがに教育者として如何なものかと私、クリストファは思いますが。
「何と言うテンプレート的な……だが、それがいい」
「主導権を実は握っているクリストファのクールな攻めに対し、ロルフのヘタレ受け、アリです!!」
「次のカップリングは決まったな」
「早くネーム切りたい」
おいおい、なんか物騒な会話が女性陣の間で交わされていませんか!?!? って俺が攻めなの!? 受けも困るけど、ほんと女子恐いよ!!!
「っっってえええめえらあああああ!!」
真っ赤な顔、握り拳で勢い起ち上がったロルフだったが、クリストファの指示で男子全員がその周囲を固めて、その身体を全員で持ち上げた。察しの良い女子達が素早く、周囲の椅子や机を片付けて。
わっしょい、わっしょい、と、なんと男子達はクリストファの音頭でロルフの胴上げを始めた。
ちょっと待て、なんでクリスじゃなくて俺なんだあああああああああ――と叫びながら、しかし何しろ胴上げされているので声にならないロルフ。
「「「ウェエエエエエイ!!! イエーイ!! ロルフ! ロルフ!!」」」
五回、六回と宙を舞ったロルフ・ツェプトーが、半ば魂を抜かれた体で床に落ち着けられた。
「――なにこれ」
半ば呆然とロルフは呟いた。そりゃそうだろう。なんだ、これ。真顔で言われても困る。
「いやいや、なんか君だけが、反省文と奉仕活動に駆り出されたって聞いたら、これぐらいはね」
クリストファの言葉に、男子共が全員イエァ!! と頷いた。
「……仕込みかよ、参ったな……」
クリストファの手を借りて起ち上がったロルフは、さして汚れてもいないズボンの埃を払いながら言う。
「まあ、これに懲りたら、次からは行動移す前に、自らを客観視する、省みる事だよロルフ。じゃないと毎回このクソ恥ずかしいことをする事になるからな。僕に次のネタを考えさせないでおくれよ」
それだけは勘弁な、苦笑いしたロルフを含めて、男子一同がグルリと円陣を組む。三組、ファイッ!!! と。男子は基本アホだが、こんな時は少しだけ羨ましく思わないでも無い、周囲の女子達だったりもした。ぐすっ、と何故か半べそになっている女子もいたりして、嗚呼、何と言う青春群像劇でこれはあろうか。
教壇脇で、「あのさあ、あたしが担任教師なんだけど……みんな忘れてない???」とノリコが力無く呟いていたが、ジャニスと何人かの女子しか聞いていなかった。
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さて、待ちに待った昼休み、ランチタイム。クリストファを始めとした野郎組はその多くが購買部に突撃、購入を巡る交戦に突入した頃合いだろう。学業支援の行き届いたこの国では、学校指定の業者、弁当であるとか総菜パン、飲料他に補助が出ていて、うんざりする程に安価なのだった。まあ、味とか質は、察し……と言うレベルであったから、色気付き、舌も肥えて体型も気にするお年頃になってきた女子からすれば、さほどにありがたい代物でも無かったりしたのだが、十代の男子高校生の無限とも思われる消化力を有する胃袋からすれば、大きな大きな味方、大正義の象徴ではあったのだろう。女子の幾名かは、学校に併設されたややおしゃれなカフェに、また何人かは学校外へ買い出しに、と三々五々の流れとなっているのが常であった。
校庭隅、マッケイ高等学校のシンボル・ツリーでもあるエテルナカエデの老木、その下がマキーナやジャニスを始めとするグループのランチ、その指定席だった。大らかな校風も相まってか、メンバーは日によってまちまち。下級生は疎か、上級生が混じってくる事もあれば、教師陣が当たり前のように車座に加わる事すらあったが。
今日に限っては、二年三組の昼前の授業が掃けるのが早かった事もあって、未だ他クラスの参加者の姿も見えず、マキとジャニスの二人だけと言うランチのスタートであった。
「ロルフ凄かったな、アイツ最後の五分ぐらい、ほとんど空気椅子状態だったぞ」
自前の巨大おにぎりにかぶり付きながらジャニス。
「レイラ先生、それで『もういい、とっとと購買に向かえ、欠食坊主共!』って早めに授業打ち切ったのか」
中途半端にマキの物真似が上手くて、ジャニスは思わず噴き出してしまったが。
「でもあれだけ食べていて太らないのって、男の子すごいよね……いや、ジャニスもだけど」
マキがまだ母特製の弁当に箸を付け始めたばかりなのにもかかわらず、ジャニスは巨大おにぎりの二つ目に取り掛かっていた。
「代謝がいいんだよ。私もすっげー体温高いからさあ」
同じ弓道部にいて、それは本当に分かる。付け加えると、同じトレーニング他をこなしている筈なのに、筋肉の付き方が自分とジャニスでは歴然の差がある事も。まあ、筋肉むきむきになりたいマキちゃんでも無かったので、それはそれで、だが。
そんな二つ目のおにぎりを半分ほど処理したところで、ジャニスがふとその口と手を止めた。
「???」
喉に詰まりでもしたのか、等とマキが心配するぐらいの硬直だったが。
「あのな、マキさあ――」
「お、おう」
改まって何だと言うのか。
「クリスへの差し入れ――おとついのサンドイッチ、マキが一人で作った、とクリスに伝えちゃったのは、あたしなんだ」
「そんな事じゃないかと思っていたけど」
あの日の夜、クリス本人からSNSメールで『マキのお手製のサンドイッチ、完食。ごちになりました』と、カラッポのバスケットの写真と共に送られてきたのだ。その背景は、薄々こんなものではないかと感じてはいたマキだったが。しかし、ジャニスは何かもじもじとして、まだ何かを言いたげ、そんな様子だ。それとなく続きを促した。
「……あたし、マキがサンドイッチ用意していたの、知ってたのに」
続けて、と目線でマキは頷いた。いや、こんな逡巡するジャニスを見るのは、本当に久し振りの事だった。お茶を一口含んだジャニスが、ふうと長く息を吐いた。
「おにぎり、持って行っちゃってさ、病室に。けれど、やっぱり手渡せなくてさ」
んー、と眉根に皺を寄せるジャニスだった。魔法瓶のお茶をもう一口、含んだ。
「置いていけ、って言われたんじゃない?」
このマキの指摘に、ジャニスはブボォと焙じ茶を噴き出した。ギリギリで顔を背ける事は出来たので、何の罪も無い芝生の上に茶の霧が散っていく。
「え、ひょっとしてクリスから聞いたりした!?」
「いいえ、推論よ。なんか最近のクリス、凄い勘が良いから」
取り出した玉子焼きをそのままジャニスに差し出すと、遠慮無くジャニスが直接食い付く。
「……いやあ、まあ良かった。ちょっと気になっていてさあ……でね……そのな……」
腕を組んで首を大きく傾げたジャニスの言葉に、マキの箸の動きもいよいよ止まった。
「おにぎりを握っている時は、正直なんでか良く分からなかったんだけれどね、今になって、思うのは」
ジャニスは遂に、食べかけのおにぎりをランチョンマットの上に置いた。彼女なりの、覚悟を決めたのだろう。続く言葉は、全く予想できたマキだったが。
「あたし、クリスの事、好きなのかなあ、って」
首の上から耳の先端まで、本当に真っ赤になったジャニスだった。同性のマキでもなんか、ほう……と愛しさを感じてしまったり。
「知ってたし」
簡潔に答えたマキに対して、ジャニスがまたその場で引っ繰り返った。
「早いよ!! そして軽いよ!!」
いつものジャニスの冴える突っ込みである。いやはや、どれだけ勇気を振り絞って報告しなければならなかったのか、分かっているのかこの女は!?
「ま、私の方がクリスの事、大好きなんだけどさ」
遠い目でフッ、とマキは微笑。
「やっぱ軽いんだよねぇええええええええええええっ!!」
もがああああああ、と芝生上をゴロンゴロンと転がるジャニスはそれでも居住まいを正した。
「ま、まあ、お互いに意志がハッキリしたって事で」
髪の毛から芝生の切れっ端をハラハラと散らしながら、ジャニス。
「お互いにバレバレだったわけだけどね、終わってみたら」
「……むう……まあなあ。私も、初めての感覚なので良く分からないんだよな」
おにぎりに掛かった葉を息で吹き飛ばすジャニスは、うーん、と一つ唸った。
「お互い様、だね」
「色々、悩んだけれどマキに言う事が出来て、その良かったよ。あたしは、マキの事も同じぐらい好きだからさ」
がっ、とおにぎりに齧り付いたジャニス。ウメボシが、心なしか塩っぱい。
「大丈夫、変な事にはならないって。人を好きになるのに、権利とかどうこうとか、無いんだから」
照れ臭いので口にしないが、マキもジャニスのそれと気持ちは全く、同じだった。妙な表現になるけれど、ジャニスと同じ男の子を好きになれたのは、正しかった事なのだろう、とすら。……まあ、さすがにキスまでしてしまった、しかも自分から、なんて事までは言えなかったけど。
「なんか今日は色々と教訓めいた事を同級生から聞かされる一日だなー」
奥が深い、と深く頷いて二人で、ぷっ、と笑った。玉子焼きもういっこちょーだい、等と、完全に平常運転に戻る事が出来た事、それはこの二人にとって、とてもとても、大切な事だった。
出るタイミングを完全に失った、ハンバーガー包み片手のノリコが老木の影で頭部からブスブスと煙を立てている事には、気付かなかった。
『本当に教師の立場がねえ……』
そんなノリコ・マキシスのささやかな無力感は、抱えるフライドポテトの香りと共に、エテルナの碧色の空に立ち消えていった。
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「ただいまあ」
玄関のドアが施錠されていなかったので、クリストファは大きく帰宅を宣言した。この時間、両親のどちらかでも在宅しているというのは大変に珍しい事だった。病明けの自分を心配してくれているのだろうが、気恥ずかしいと言うよりも申し訳の無い気持ちの方が先に立つ。口にしたら張り倒されるに決まっているが、自分は彼等夫婦の遺伝子を継承する、実子では無い事もあった。
「おうーう、おけーりー、こっちだこっちー」
どうやら、父のようだ。裏庭からの声。玄関先で脱ぎかけた靴を履き直し、家屋外周を辿って裏庭に向かうと、そこには果たして作業マットを広げ、派手にエア・バイクのメンテを油まみれで行っている父、アルフレッドの姿があった。年齢は30と少し。実の所、親子と言うよりは歳の離れた兄貴分、と言う気分を否定できないし、アルフレッドも半ば、こっちの事は弟として見ている節もある。
「いやあ、久し振りにバイク動かしたらゴスン!! って言って動かなくなっちまってな!」
参ったぜチキショー、そう言って鼻の下を擦ったが、何しろ油まみれの軍手だった事も有って、派手に黒い筋が付く羽目になった。ファーーック、アルフレッドは自分自身を罵ったが。
「――どんぐらい動かしてなかった?」
「なにしろ、忙しかったからなあ――二ヶ月は軽く、だな。コンピュータの自己診断プログラムでは異常無い、っつうんだがなあ」
「多分、フライホイールが原因。ドライバー、貸して」
受け取ったドライバーで、クリストファは慣れた手付きでエンジンカバーの分解を開始した。
「……手慣れたもんだな、クリス」
感心したアルフレッドがドス、と震動を立てながら芝生上に座り込んだ。当然、クリストファと似ているわけもないアルフレッドは、大変な大男なのだった。
「まあねえ、毎日乗っているので、不具合への対処も慣れっこよ」
キリッ、と笑顔を意識して作ってみた。
「こっちじゃ、お前さんが先達、って訳だ」
ちぇっ、と少しだけ面白く無さそうなそんな父の仕事はエンジニアであり、『エテルナ鋼管』と言う複合企業に勤務、宇宙船のエンジン周りの設計を担当している。
「こっちゃ、エアバイクだからね、構造自体が別物だから気にしないで良いっす」
言っている間も、クリストファの手際に淀みは見られない。果たして、エンジンカバーが撤去されたが。
「お釈迦になってるな、こりゃ」
あちゃー、と頭を抱えたアルフレッド。見るからに歪み焦げ付いたパーツから薄く、煙が漏れたりもしていたので、クリストファはバイクのバッテリー基部を強引に分離した。その構造上、ほとんど有り得ないものの炎上の可能性が存在していたからである。
「なってるね――だから言ったじゃん、中古を買うからこうなるってさ」
「デザインが気に入ったんだもん!! あと、たまにしか乗らん、とも思っていたし」
息子の忠告を無視した手前、簡単には収まれない父アルフレッドでもあったのだろう。
「良い機会なので、僕のと同じ『カタナ』の購入を推奨したい。最新型だし、例えば『カタナ』の搭載コンピュータだったら一番最初に『フライホイール』の異常を通知してくると思うし、何かあったら僕でもある程度メンテは出来るし、色々と教える事は出来ますよ」
「前向きに善処します――ってお前、言葉遣い本当に大人っぽくなったな!」
思わず事務的に答えてしまって、自分で爆笑するアルフレッド。
「――ま、元気そうで良かった。心配しちゃいなかったけどな!」
ああ、これが、本当は彼が言いたかった事なのだな、胸が熱くなるのをクリストファは自覚した。
「周囲が騒ぎ過ぎ、かなって気もするけどね。迷惑を掛けているのは、ただただ心苦しく――」
そんなクリストファは、言葉を最後まで続けられなかった。父の逞しい腕が、容赦なくその首元を固めてきたからだ。
「それ以上、言ったらこのまま締め落とす!!」
「もががががが!!」
ばんばん、と野太い腕を叩いてチョークを宣言するクリストファ。
「男の子同士、仲のおよろしいこと――」
いつの間にかウッドデッキに立っていた母、バーバラが呆れ果てた顔で二人を見詰めていた。その足元には、大量の買い物袋が。両親が揃うのは、本当にいつ以来だろうか、そんな事をクリストファは考えてしまったが。クリストファにとっての母、バーバラはやはり夫と同じ会社、その経理部の勤務であった。在宅、近隣の営業所業務が許される部分が大きいから彼女がその部門を選んでいるのは明らかで、やはりクリストファにとって心は、苦しい。
「いやあ、コミュニケーションですよ!! バービーさん!!」
クリストファを解放しながら、弁解を試みるアルフレッドである。体格が全然違うのだから肉体言語は控えろ、と妻バーバラから指摘され続けて、久しい。
「今夜は、デッキで食べましょう。二人とも――ってアルはまず、シャワーを浴びてらっしゃい。クリス、仕込み手伝ってくれる?」
返答を待たず、屋内に引き返して行った偉大なる指揮官様に対し、否やは無くアイ・アイ・メム。アルフレッドとクリストファは最敬礼を行うのだった。
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「で、マキちゃんとジャニスちゃん、どっちが好みなの??」
培養牛肉のステーキをメインとした夕食に舌鼓を打ちながら、ビール片手のアルフレッドが突然、そんな事を言ってきた。言うまでも無く、この酩酊者は保護者でもあるから、学校に三人が連れ立ってバイクで通っている事を知っている。
「酔うの、はえーよ」
苦笑いしたクリストファだったが、オヤジの追求は止まらない。
「この間、久し振りに見たけれど一年前に比べたら二人とも、大人、美人になったよなー」
「まあ、どうしても女の子の方が早いのよ、こういうのは」
ワイン片手のバーバラも、満更でも無い具合だ。めんどくせえ。俺にも一杯よこせ、と主張したくなった自分自身に、一人驚いてしまうクリストファだった。なるほど、酒が欲しくなるのはこの様な時なのか、と。
「あ、そうだ、広報から連絡があって」
話題の転換を望まない節がアルフレッドにはあったが、バーバラが明らかにクリストファに対して言葉を繋ごうとしている雰囲気を破るほど、空気が読めない訳では無かった。代償行為としてグラスのビールをぐい、と空にした。無論、この話題転換はクリストファとしては地味に心、助かるものであった事は言うまでも無いだろう。
「貴方達のクラス、ウチの会社を社会科見学することになるわ。明日にでも先生から教えられると思う。ちょっとフライングだけどね、伝えておくね」
一口分だけロゼを含んで、バーバラがウィンクして、笑った。
「『エテルナ鋼管』だったらみんな、喜ぶだろうなあ。俺も楽しみ――ってことは、もしかして」
クリストファ、思わず腰が浮く。
「察しが良いのね、工業コロニー『播磨』。『ヒヒイロカネ』の工程加工が見られるわよぉ!!」
「うおおおおおおおおおおお!! だっしゃーーーーー!!! エイドリアーーーン!!!!!」
諸手ガッツポーズのクリストファである。地球は疎か、太陽系にすら存在しない希少金属『ヒヒイロカネ』!! 今のエテルナの発展、間違いなくその一助となった万能金属の加工現場とは!!
「凄い大盤振る舞いだな、我が社――と言うか俺もちゃんと見た事無いから参加したい位なのだが」
五杯目のグラスビール片手のアルフレッドが酔いとは無縁の真顔で口にした。普段の業務で扱ってはいるが、黄金、或いはそれ以上の価値を持つ『ヒヒイロカネ』の加工現場なんて静止画像でしか見た事が無かった。まあ、実際にエテルナに到着してこっち、一年がどうにか経過した、って滞在期間でしか無い身でもあるが。
「そう言うだろうと思って、無茶やってみました、私なりに」
ニヤリ、とバーバラは笑った。自然、大人しく続くべき言葉を待つ男衆二人。
「私とアルも帯同します。クリストファ、クラスメイトと一緒だと気恥ずかしいかもしれないけれど、勘弁してね」
「何を仰いますか!! チョー嬉しい!!! クラスメイトもみんな、喜ぶでしょう!!! ありがとう、母さん!!!!」
ヒャッハー、キャホーイと狂喜乱舞するクリストファを見て、二人の両親は安心しているのだろうと思う。まあ、この喜び方の半分ぐらいは演技でもあったのだが。微かに湧きかけた自己嫌悪を、クリストファはそれでも全力で否定した。
「いや、頑張ったな、バービー。ついでだけど、僕からも感謝を」
綻んだ表情のアルフレッドがバーバラのグラスに自らのグラスをチン、と鳴らした。ま、これぐらいはね、呟いたバーバラは、喜びを露わとし続けるクリストファに対して、温かな視線を注ぎ続けていた。
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その夜、夫婦寝室の照明を落とす、その時に。バーバラはアルフレッドに宣言したのだった。
「クリストファの抱えているちっぽけな罪悪感とか、払拭できるのなら私はなんだってやる」
「……それでこそだよ、バービー」
バーバラの語調、その強さに実は驚いたアルフレッドだったけれど。
「お腹を痛めて産む事は出来なかったけれど、クリストファは私達の、最高の息子。大切な息子なのっ」
ぽたぽたぽた、涙を零し落としたバーバラを、アルフレッドは無言で抱き締めた。