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光芒のライト=ブリンガ  作者: Yuki=Mitsuhashi
Chapter:02
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Chapter:02-23

Chapter:02-23



【AD:2359-12-15】

【ラリー・インダストリー月面地下工廠『AAA』第六休憩室】



「ええっ!? 瑠璃子るりこ、大気圏突入なんてやってんの!? 聞いてないよ、それ!!」

 日村霧男ひむらきりおはホットドッグからこぼれ落ち掛けたピクルスをどうにか抑え付けながら叫んだ。

「正確には『既に大気圏突入に成功した』って所みたいだけれど。予定ではこれから海上空母『わだつみ』に着艦するそうよ」

 同じホットドッグをこちらは穏やかに口元へと運びつつ、その細君、妻であるリンダ・ヒムラ・フュッセルは淡々と答えるのだった。やや浅黒い肌、額の『ビンディ』は誇り高いインド出身者の証でもある。その肌と癖のある黒髪は一人娘である日村瑠璃子にこれでもか、と遺伝子が引き継がれたところでもあり、なかなかどうしてエキゾチックな日本美人になったなぁ、とは親の贔屓ひいき目抜きでも思ってはいたり。その性格はまあ、今更仕方無いとして……。誰に似たんかなあ……。


「えぇー……『大気圏突入に成功した』とか事後報告が凄すぎるにも程があるだろ……」

 必ずしも得意では無いピクルスをそれでも残りのドッグで処理しながら、霧男は呟いた。どんだけ蚊帳かやの外やねん、自分……。

「沖田君が一緒だと聞いていたし? 機体も『ライトニング』だしね。全然心配していなかった」

 リンダは二つ目となるドッグを紙包みから取り出した。作業中はその『食べ易さ』が何よりも優先されるのだ。

「あー……『震電しんでん』ちゃんか……まあ、確かに『あの子』は壊そうとしても壊れないけどさあ……」

 沖田クリストファ少佐にどこか同情してしまう霧男ではあった。ウチの不良娘が我がままやっていなければ良いが、と。心無しかコーヒーが苦い。


「……さて置いて、一応『ハード』面はご覧の通り、ガワを含めてまあ完成、ってところなんだけど肝心の『ソフト』の方はどう?」

 娘の教育方針について今更ながら夫婦で語り合う事も無い。と言うかある意味で手遅れだし……どこか諦めの境地に立つ父、霧男であった。娘が優秀なのは実に結構なのだが、少しばかり『行き過ぎ』に感じなくも無いし、一介の父親としてはそんな特別な才能なんて無くても構わないので平穏な人生を送って貰いたい、そんな部分はそれは根強く存在してはいるのだが。


「もう設置は完了した。実動まではあと半日だけ頂戴ちょうだい

 自前の端末、立体映像を指先で弾くリンダ。ペチコン、としか表現出来ないサウンドを伴って霧男の端末が無事な受信を果たす。

「……心得た――でもって丸二日ぐらい、は調整に必要になるってところだろうかね」

 受け取った資料を斜め読みする霧男である。なるほど、設置作業自体に全く問題が無いのは事実のようだ。後は電力周り、諸々との兼ね合いと言う所か。

「調整には一日……18時間ぐらいで充分だと思う。既にアーキテクチャは呑み込み済みだし、問題は各種センサー類との連携だけれど、これもまあ問題無いでしょう――」

 しれっ、と妻は口にしてくれるのだが、その内容たるや、なんと恐ろしいモノであった事だろうか。


「――まあ『そっち』関係はお願いする、としか言えないんでなあ」

「あなたこそ良くもまあ、ここまで形にしてくれたわね。百点満点よ、これ」

 実際、短期間で良くやれたものだとは自負しているので、褒められる事に悪い気はしない霧男である。まあたとえはアレだが『半分組み上げられたプラモデル』に『説明書通り』に手を入れるような作業ではあったから、その面での苦労は無かった、とも言えなくも無い。


 無論、ゼロからの組み上げ、建造を実行したかった、そんな向きも否定出来るものではなかったが、そんな一エンジニアとしてのしょぼいプライドなんぞ犬にでも食わせちまえ、と考えられる程度に大人になれている自覚もまた、存在はしてはいたのだ。


 ま、本音を言えばプラモデルは箱から開けて、メーカーさんの指定手順通りに作りたいものであるがねえ。


「……そう言って貰えると気が楽にはなるね」

 自分を含め、そのすぐりの部下達以外に果たして誰が『この仕事』を達成出来ただろうか、とは思う。自然と胸が強く張られもするものだったが。


「『シオン』も新しい『おうち』が出来たようで、ご機嫌みたいだし――ありがとう、キリオ」

「お、おう……そりゃ何よりですな……」

 得体の知れない、そんな適当な表現は理系も理系、エンジニアもエンジニアとしては用いたくも無い本音はある。実の所、霧男は『一連の人工知性群からの技術的供与』に関して、不快感までは及ばないものの、不安感と表現出来るものをき抱いてはいるのだった。


 これは自分達にとって『技術進化』、その獲得と果たして呼べるものなのか、否か。


 もしかすると『十賢者』が大いにこの世の中を賑わしていた時、自分のような立場のエンジニア達はやはり微妙な感覚を抱えていたのだろうな――そんな事を考えた。羨望に等しい嫉妬、とでも呼ぶべき感覚なのだろう、それは。


 いずれにせよ、ここに『アルティマ(仮)』こと『CVAISS-001』は一つの完成を見た。内装を含め、まだまだ手を入れる部分は残されていたものの、現時点での単独航行は可能となっている訳だ。残された作業はスペースコロニー『出雲』にて行われる事となるだろうし、進水式を含め、正式な名称を受けるのもまあ、スケジュールは未定だがそう遠い未来では無い筈だ。


  Carrier

  Vessel

  Annihilation

  Interstellar

  Ship


 史上初の『恒星間航行対消滅力母艦《こうせいかんこうこうついしょうめつりょくぼかん》』。そのネームシップであり、一番艦となる存在。果たして、『彼女』に続く『妹達』はこれからの人類史にあって登場するのだろうか。そして何よりも『彼女』はどのような運命、航海を辿たどる事となるのだろう。


 自らが建造に従事した馬鹿でかい船舶、その一部を管制室の窓から見下ろしながら、霧男は煙草に火を点けた。換気環境は厳しく整えられていたし、妻もまたある意味での愛煙家であったから問題無いと判断しての事だった。


 工廠こうしょう内照明の下で僅かに蒼味あおみを帯びた白い船殻をいや増しに輝かす『CVAISS-001』。


「『君』の航海に幸、有れ」

 感慨深く、霧男が呟くのに背後のリンダが小さく笑った。

「詩人なのね、キリオってば相変わらず」

「苦労して建造したんだ。それぐらい、許されるだろ?」

 身を寄せてきた妻の身体をぎこちなく引き寄せながら、霧男。


「Bon Voyage(良き航海を)」

 愛する夫の温もりを久し振りに感じ覚えながら、リンダ・ヒムラ・フュッセルは呟いた。




   ◆ ◆ ◆




【同日、同時刻】

【日本自治国空軍百里基地主管制室】



『こちら『サンダーボルトリーダー』、エスコート対象『RL-000(アール・エル・ゼロ)』を視認、映像送る』

 百里基地、その管制室の大型ディスプレイに映像が出力された。雲一つ無い天空から伸び落ちてくる一筋の雲、その先端に更なる望遠処理が一つ、二つと重ねられていく。


「おお!!」

 薄いヴェイパーを引きながら自由落下を続ける対象、『RL-000』の全形が露わとなったその瞬間、管制室内は大歓声に満たされた。


「『サンダーボルトリーダー』、引き続き任務を継続されたし」

『『リーダー』、了解。これよりエスコートに入る』



   ・

   ・

   ・



【同日、同時刻】

【統合軍所属航宙特別試験機『RL-000』コックピット】



『事前通知のエスコート、『F-115S』の編隊がこちらに向かってきます。IFFシグナル確認、友軍と認識しました』

 『ルミナ』の報告を受け、レーダーディスプレイを確認してみれば『FRIEND』表記の施された輝点を三つ、確認する事が出来た。詳細を確認してみれば『サンダーボルト』と言うコードネームの小隊のようである。良い趣味してる……ん、もしかしてこちらを意識してくれてのネーミングなのかな、これは?


「ありがと。って、あまり格好悪いところ見せたくないんだけだけどな……」

 自由落下からこっち、ようやくある程度には空気密度の高い高度にまで落ち着いてはいたが、これは快適な飛行、と呼ぶには程遠い代物ではあった。大気圏内飛行ユニットを兼ねている筈の『シールド』が、どうにも規定、当初予測の性能を発揮してくれていないのである。

「どうにもかんばしくないわね、これ……ごめんね、沖田くん」

 補助席の日村瑠璃子ひむらるりこは瑠璃子で懸命に端末を叩き、サポートをしてくれているが。


「駄目か……」

 機首、と言うよりも機体前面部を強引に引き上げてみるが、やはり空気の波に乗れない。瞬間的に数十メートルばかりの落下を繰り返してもいるようであるし、これは実質の『失速』状態と言えるのだろう。まずいなあ。


「ちょっと加速しますよ!」

 沖田、ここでスロットルを押し込んだ。『ライトニング』背面のスラスターが咳き込むような一噴射を実行し、強引な推進力を機体全体へともたらした。


「うげっ――」

 予期しきれなかった高Gに瑠璃子がうめいた。気の毒だが、仕方無い……って、やはりこれでも駄目か。

「あ、やっぱ駄目……」

 数十秒もすれば、再び失速領域へと及んでしまった。うーむ、このまま『シールド』依存で飛び続けるのには限界があるかもしれない。


『これ、私がやっても同じ結果になるかもしれません。『ライトニング』本体による大気圏内飛行を強く推奨します』

 どうやら『ルミナ』ちゃんもお手上げなのか、これは。まあ、オマケ機能だったみたいだし、『上手く機能しなかった』と言う現実、確定情報を得られただけマシだった、とするべきところだろう。『失敗した』と言う結果は、その実、立派な成果でもあるのだから。


「沖田君、『ルミナ』の意見に私も一票。『シールド』は又の機会で問題無い。邪魔かもしんないし、場合によっては投棄しちゃっても構わない」

 しかし、こちらに振り向きながら言ってきた瑠璃子の顔は大変に青白いものとなっていて沖田は驚く事となる。

「大丈夫!? ひょっとしなくても気分、物凄く悪くないですか?」

「ごめん、実は結構しんどい……身体も重いし……」

 まあ、さもありなん、と答えたくもなる沖田少佐ではある。無重力帯ではそれでも高Gにさらされて、挙げ句に現在は有重力帯でやはりGと震動に曝される。一般人女性には酷すぎる環境ではあったのだろう。


「大気圏突入に関しては全く遜色そんしょくの無い機能を発揮したんです。この『シールド』は素晴らしいものでした。教導隊の隊長である自分が認めます」

 あながち、リップサービスという訳でも無かった。沖田がこの追加装甲を気に入っていたのは本当の事である。シビアな観察眼と表現力を要求される教導隊にあって、その性能評価に忖度だとか世辞などを混ぜられるような隙間はこれっぽっちだって存在していないのだから。まあ、しかしこの場合は、純粋に瑠璃子に同情していた部分も否定は出来ないのかもしれなかったが。


「機長、意見具申。本機は『わだつみ』への着艦を最優先任務とします。予定にあった『シールド』運用による大気圏内試験群は無期限延期、と言う形にします。良いですね?」

 機体を預かる機長として、また一人の友人としてこれはハッキリと口にしなくてはならなかった。技術者として欲張りなのは美徳なのかもしれないが、あれもこれも、と状況や事態は便利に運んでくれないのである。また沖田はその立場もあって意見具申のていを取ってはいるが、これが実質の強制勧告であったことは述べるまでも無いだろう。


「異論は無い。足を引っ張っただけみたいで、ごめん」

 力無く答える瑠璃子である。もはや、端末操作も諦めてしまったのか、その両手は力無くキーボード上に乗せられたままだった。


「ともかく安定飛行に持っていきます。出来れば『シールド』は捨てたくないし――ま、どうにかしてみましょう」

 まあ、結局の所、『通常機動』であればどうとでもリカバリが可能、そんな保険があればこそ、なんだかんだと高速の落下状態にありながらも機長は落ち着いてはいられるのだろう。『RL-000(アール・エル・ゼロ)』こと『ライトニング』は、『まず普通に地球大気圏内を飛行可能』な機体なのだから。


「無理しないで、本当に良いから」

「……貧乏性が身に付いているものでね、高価なモノはなるべく使い捨てにしたくないんですよ」

 また、出来れば海洋投棄は避けたい程度に沖田少佐の意識は高かったとも言える。まあ、深く沈んだ海底にて『シールドちゃん』が魚礁ぎょしょう、その一部となるのもまた、オツなものであるのかも分からないけれど。って、ああ、考えたら太平洋戦争にあって多くの軍艦が沈んでいる辺り、なのかもしれないなあ、等とも考えた沖田君であった。


「『ルミナ』、シールド分割及び格納による稼働領域の確保を『プランB5』で行え。操縦系は現状を維持。エレガントに、スタイリッシュにな。柔軟的運用を許可する」

『エレガントかつスタイリッシュ、了解しました。I have Control』

「You have――瑠璃子さん、衝撃に備えてね」

「うん」


 ピ、と瑠璃子の端末に送信されたデータにあっては、シールドの分割から機体挙動に干渉しない機体各部への各シールド部の固定過程、までが簡易アニメーションで表示されていた。このルーティンを自分が手掛けた記憶は無いので、恐らく沖田がその移動途上で組み上げたものだったのだろう。本当に、抜け目の無い男である。こんなこともあろうかと、に備えすぎだろ本当に……。


 ゴン、ガン、と生理的嫌悪感を伴う物理的騒音と微振動を経て、果たして『ライトニング』はその本来の『人型』を思うさまに地球の大気、外気へとさらす事となっていた。分割されたメインシールドはそれぞれが背面に設けられたジョイントに固定され、また足元のサブシールド類はやはり腰元に固定されていた。


 派手に全身、四肢からはみ出る形となった『シールドだったもの』によって、さながらどこかの『悪魔』を彷彿ほうふつとさせる外見となっているように瑠璃子は感じてしまったが。ああ、これ『シールド』のカラーリングがブラック、だったからこうなってんだなー、と。適当なホワイトでも塗っておけば良かった。


「シールドのカラーリングはもうちょっと考えておくべきだったわね」

「そすか? 悪魔みたいで格好良いと思いますけど、これ。フハハハハハ!!」

 パイロットが全く同じ感想を持っている事に気付いて瑠璃子は一つ、苦笑した。いや、冗談抜きでシルエットはなかなかどうして『おどろおどろしい』ものになっているじゃないか。


「ともあれ、沖田くんも『ルミナ』もお疲れ様。『シールド』の事まで考えて良くやってくれました」

 ちぱちぱちぱ、と補助席上で拍手を小さく行う瑠璃子。

「お褒めにあずかり、光栄――さて、通常機動を開始しますよー。フィールドを前面に展開、空力調整を自動開始」

『コントロール、こちらで』

 ルミナの先回りアシスト、全くステキである。

「頼む」


 自由な全身稼働を得た『ライトニング』が、さながら短距離陸上選手の様に、改めて空中へと飛び出した。

「飛行、良好!」

 安定さえしていれば速度を出す必要も無い。まあ後は瑠璃子さんには安静にして貰えればそれで良いな、と沖田はスロットルを戻す。

「そろそろエスコートから連絡とか来そうなものなんだけどな……」

「……こっちの予定外の行動に驚いているかもしんない?」

 多分、その瑠璃子さんの指摘は正しいのだろう。直接こちらから通信を入れるか、と迷っている内に先方からの着信があった。こちらもそうであるように、向こう様は向こう様で予期せぬ出来事に泡を食っているのかもしれない。


『こちら『エスコートリーダー』、『RL-000』、聞こえるか?』

 該当のエスコート部隊から通信が入ったようである。構成は先に確認した通り、三機。遠く遅れて何機かの存在が確認できたが、まあ管制機を兼ねた電子戦機と空中給油機他、ってところだろうな。


「こちら『RL-000』、感度良好。『エスコートリーダー』、本機は予定の空間機動試験の中止を宣言する。このままダイレクトに『わだつみ』へと向かう進路を取る事になるが、問題は無いだろうか」

 沖田の予想にたがわず、返答が戻ってくるのには時間が掛かった。向こうは向こうで基地との遣り取りをそれはそれは盛大に交わしているのだろう。いやー、イレギュラーしちゃってメンゴメンゴ、としか言い様がない。予定では、10分程はあんなことこんなことする筈だったのだが。


『『エスコートリーダー』、状況を把握した。作戦主導権は貴機にある、よって問題は無い』

「感謝する、『エスコートリーダー』。『わだつみ』までのエスコート任務をここに改めて依頼したい」

『承知した。貴機の先方に『サンダーボルト・スリー』が、ワン、ツーがそれぞれ両翼に付く事とする。短い間だがどうか宜しく頼む』

「『RL-000』、了解しました。こちらこそお願いします、『エスコートリーダー』」

『高名な沖田少佐と、ご一緒出来て光栄であります! 通信終わり』


 現在、『ライトニング』の飛行速度はわずか音速に勝る位であったのだが、側面から流れてきた航空機、正確には要撃戦闘機である『F-115S』が見事なフォーメーションでそんな『ライトニング』を取り囲んできた。


 それこそコックピット上、パイロットの影が視認出来る程の距離感。『エスコートリーダー』こと隊長機と思われる機体に目を向けると、パイロットがこちらに向けて手を振ってきているのが確認できた。


「ルミナ、手を振り返してやってくれ」

 実際に自分の手は振ってやれないが、代わりのものがあるじゃない、と。

『りょーかいです』


 その身体をよじった『ライトニング』が右手と左手、それぞれを振るのに際して、両翼の二機がそれぞれの翼を振り返してくる。稚気と言えばそうかもしれないが、限定された空間を共にしていれば、こうもなると言うものだ。もっとも今回の場合パイロット、本来の意味での『水先案内人』を務めてくれている先頭の機体は多分、掛かるプレッシャーでそれどころでは無いのだろう――まあ、気楽にやって貰いたいところだが。って、良く考えてみると前代未聞の人型兵器の先鋒を務めるとか、これはなかなかどうしてストレスを禁じ得ないものなのかもしれないなあ。


「言われたように先頭、三番機の追尾を一任するよ、ルミナ。僕は少し『わだつみ』に連絡を入れなくてはならない」

『ほいさー! あの可愛いお尻を追い掛けるぜー! キュートなヒップにロックオン!! にしてもあのカナード翼、萌えるなあ……可愛いなあ……F-115たん、ハァハァ』


 完全に黙殺。


 よっこらせ、と取り出したドリンクパックの一つを沖田は瑠璃子に手渡した。まあ、後は平穏、そのまま、が確定したこともある。自分達は今やお客さん、なのだ。パーティ会場まではとにかく無事な状態で到着しなくてはならない。


「……そいや『わだつみ』の艦長って沖田君の母親、なんでしょ?」

 ありがと、とパックを受け取りながら瑠璃子。顔色はまあ、少しは良くなってきたかな。後はフワフワ飛ぶだけなのでまず、『わだつみ』まで問題無かろう。まあ、自分も当然、海上艦への甲板着陸なんて初めての体験だから全く不安が無いか、と言えば嘘にはなるが。まあ、どうにかなんじゃね??


「……んまあ、正しくは『義母』? より正確を記すれば『保護者』ってのが正確なところでしょうね。一緒に暮らした事も無いですからねえ。僕は宇宙だし、あの人――ソフィさんも何しろ『海の女』ですからね」

「……そっか……」

「あ、変な言い方に聞こえたらごめんなさい――尊敬している人ですし、感謝もしています。まあ、可能な限りメールはしていたし、色々あって日本に降りた時も日本軍に世話をしてもらっちゃったり」

 自分の異常な出自を気にしてくれているのか、と慌ててしまう沖田であった。そんな下らないものに頭を悩ませるのは当人だけで良いのだが。


「……なるほど、それで『ブルーインパルス』ですか」

 ヌタリ、としか表現の出来ない笑みを瑠璃子は浮かべた。体調が優れないのにも関わらず、よくやると思う。

「……そりゃアンタは知ってますよね……」

 実は不肖ふしょう沖田クリストファ、日本空軍は松島基地で客員パイロットとして迎えられていた時期もありました。まあ、極々の短期間であり、体験入隊みたいなものではありましたが、そこで第四航空団飛行群第11飛行隊こと『ブルーインパルス』の諸先輩方と行動、訓練を共にさせて貰っていたのであります。


「今思えば、正確には母の友人……あー、多分瑠璃子さんに隠しても仕方無いので言ってしまうと秋山中将が手を回してくれたんでしょうけどね、松島基地には」

「あーなるほど、ここで千尋ちゃんと繋がるのか、ガッテンガッテン」

 千尋ちゃん、と呼ぶごうの人間が本当におったわ。ってそもそもの犯人は瑠璃子、オノレかい!!(※Chapter:02-14参照のこと)


「まあ時間も取れるでしょうし、親子水入らずを楽しめると良いわね」

「……そうなんでしょうけどねー」

 実際の所、遣り取りしているメールにしてもどこか互いに『軍事報告書』みたいになってしまっている部分はあるのだ。元来、口数の多い方の沖田でも無いし、またソフィさんも基本的には寡黙、なところもあるし。また沖田は勿論、本当の両親なんて知らないし、ソフィさんはソフィさんで子供を育てた経験も無いのだから、スムーズに事が運ばないのも当然と言えば当然なのだろうが。


「やっぱ年齢近いから意識とかしちゃう? 20歳と30歳、みたいなもんだもんね。降りる前に見たけれど、ソフィさんって言ったっけ? 凄い美人だしねえ」

 どこかヌフフ、と笑う瑠璃子だったが。

「……それは無いんでしょうが、何しろ普通の一般家庭の親子像、ってのが僕は良く分からないのでねえ……って、それもしかして男女として、って聞きたいんですか、あなた?」

 どうやらこの瑠璃子がとんでもない妄想を抱いているのでは無いか、とようやく思い至った沖田であった。まあ、別に不快という訳でも無いし瑠璃子さんの気が紛れるのなら付き合ってあげても良いだろう。そもそも、この話には衝撃の展開がある訳だしなあ。


「そこまで露骨には……オホホ……」

「まあ、無用な心配でもあるんじゃないかな。義母はははまあ、『同性愛者』のようですし」

 沖田の言葉に瑠璃子、ブゴォと噴き出した。

「……そんなに驚きますか?」

「いや、凄いカミングアウトがまさか息子さんから来るとは……」

「広言こそしていないようですが、取り立てて隠し立てしている訳でも無いようですからね。あっけらかん、としたものですよ。まあこう言う時代ですしいいんじゃないすかね」

 色々な意味でそっち方面の社会的理解も進んでいるこの時代にあっても尚、この手の話題はとかくトラブルの種となりがちではある。沖田が率いる『第101特殊作戦航空団』にもどうやら、何人かは存在するようであったが、取り立てて気にしてはいない。周囲もまあ、そんなものであろう、と。


「にしても『母親は同性愛者』ってのもなんかこう、凄いパワーワードだわね……」

 言葉をこれでも瑠璃子は選んでいるのだろうけれど。二人だけなんだし、そこまで気を使わんでもええがな。

「それは認めざるを得ませんね」

 いささか演技的に苦笑する沖田ではある。まあ、その性的指向の異なる人間に対して強引さを伴うアプローチ諸々が無ければそれでいいんじゃないの? と言うスタンスでこれは充分なのであろう。そんな自分は同性であれ異性であれ、本当に心、魂を惹かれる存在に巡り会った事は無かったりもするのだが。


 ……いや……『忘れられない女性』は自分の心、精神の一番深い部分に厳然と存在はしているのかもしれない、か……。


「さてと、そんな母上カーチャンにそろそろ連絡、入れてみますかね。一応、甲板上に担架でも用意しておいてもらわないとならないでしょうし」

 その精神の揺れ、を瑠璃子に悟られたくなかった反動で妙に浮ついた声が出たのだが。

「必要無いよ?」

 自分用と思われる『担架』と言う言葉に反応した瑠璃子は、そこまで気を配っては居なかったようである。

「下手したら立って歩けませんよ、瑠璃子さん。ここは従っておいて下さいな。怪我しても面白くないでしょう? 少なくとも僕は面白くないなあ、瑠璃子さんに怪我されるのはね」

「ん、了解した……」

 表情自体は穏やかな、しかし有無を言わせないかの様な沖田の強い眼差しを受け、瑠璃子は一つ頷いた。











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