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光芒のライト=ブリンガ  作者: Yuki=Mitsuhashi
Chapter:02
24/31

Chapter:02-16

Chapter:02-16


【AD:2359-12-14】

【特機『ライトニング』コックピット内】



『民間輸送船『りゅうぐう』とコンタクトに成功。現着予定、100分弱』

「おう――あっちの諸元しょげんとかあったら出してくれる?」

『ほいほーい』

 メイドさんの愛情大爆発ムスビを頬張る沖田の眼前にそんな『りゅうぐう』構造図が展開された。ふむふむ、中々大きい船……大きさだけなら空母クラスではないか、スゲーな。

『主格納庫に着艦――もとい、着船して欲しいとのこと』

 ピピ、と拡大される格納庫付近。なるほど、縦、横、奥行きともにこの『震電』が乗り込んでもなんともないぜ! ってところか。

「これ、他の荷物とか入ってないの?」

『普段は小型の輸送船、つーか輸送艇が複数、詰められているようですがこれはこちらが到達前に『ハイランド』に向けて射出される、ので心配無用とのこと。ちょうど我々と入れ替わりになる、そんな具合のようですね』

「んん? そんな話は聞いていないが……」

 つい先頃、自分が『ハイランド』への船舶渡航情報を確認した時には存在していなかった情報の筈である。地味にデータ上での生存必需品、諸物資が欠乏仕掛かっていたこともあって気にしていたので、間違いない。

『その辺の詳細はこれから伝えられるんじゃ無いです? って、今、正に着信が』

 お繋ぎしますねー、となかなか先回り、優れた人工知性であった。


「こちら統合軍第101特殊作戦航空団所属、沖田少佐です」

 なんとなく、相手が誰かは見当が付いているが。 

『民間船『りゅうぐう』より、日村瑠璃子ひむらるりこの通信です。お久し振り、沖田君』

 ビンゴである。マッドサイエンティスト瑠璃子るりこ、その人であった。なんかその表現だと売れない女子プロレスラーみたいな響きが無くも無い。差し詰め、僕は『ライトニング沖田』とでもなるのか。うわあ、我ながらスッゲー弱そう……。『クリストファ震電』だったらワンチャンあるか?

「……お元気そうで何よりです」

 幾らでも言いたいことはあったが、無線でやっても意味が無い。面白味には欠けるだろうが、まあ当たり障りの無い返答を行うライトニング沖田であった。

『ヌフッフー。手短に言うわね、図面行っていると思うけれど、第一格納庫に頭から突っ込んでくれる? ガイドビーコンを出すからまず、間違えないと思うけれど』

「了解しました、特機『ライトニング』は『りゅうぐう』第一格納庫にその頭部より進入します」

 秘技、軍隊的復唱術!

『あと貴方に対しては事後になったのだけれど、こちらからのお土産みやげ、と言うか持ち込み品があるので『ハイランド』に搬入するわね。これは一応、レスター大佐の許可を得たものでもあります』

 気になっていた詳細をわざわざ、向こう様が説明してくれた。まあ、マッドなだけでアホではないからなあ、この女史じょしは。

「話が見えないのですが、まあ、そう言う事なら問題無いでしょう――ちなみに純粋な好奇心で聞くんですけれど、『土産』って何です???」

 必要需品や嗜好品の差し入れ、って訳も無いだろうが。


『『ライトニング』コックピットを模した、試験筐体しけんきょうたいを数基。ま、シミュレーターだわね』

「!?」

 飲み込み掛けていたオムスビ、最後のパーツが喉に引っ掛かった。慌てるまでも無く、やはりメイドさんの淹れてくれていた焙じ茶で流し込む。

『な、なんだってー!?!? とか反応欲しかったけれど、まあ良いわ。貴方ならこれだけでどういう状況があるか、分かるでしょ』

 正に、仰る通り。もはや、今の自分にそんな『ライトニング』のシミュレーション等、全く必要とされていない。ぶっちゃけ、必要だったのはそれこそ火星沖会戦末期の時だった筈。結果的に自分は最初から最後まで、文字通りの手探りでこの前代未聞の人型兵器に順応、操縦をしなくてはならなかった……。


「『ライトニング』系列の増産、その目処めどが付いた、ってあたりですか?」

 思い当たる答えは、これしか存在しなかった。もう二三点、可能性として思い当たるものはあったが現実的に考えれば排除が妥当、そんな所だった。

『ピンポーン、その通り。現時点では『101』メンバー分、だけなんだけどね』

 言葉とは裏腹に、どこかつまらなさそうな声の瑠璃子である。まあ、こちらに面白さを期待されても仕方無いので、なんかこう……すまん。にしてもメンバー分の数、それだけの『ライトニング』か――並べばそれはさぞや壮観な事だろうな。


「ふむ……確かに、彼等以上の人材はいないでしょうね、この太陽系には」

 その様な意味では悪い気のしない、隊長としての沖田でもある。伊達に彼等を日々、イビり抜いて――もとい、鍛え抜いて来た訳では無い。そんな厳しい日常の訓練内容に裏打ちされた実力、またそれが担保する自信、プライドを飾り持つ彼等は間違いなく、太陽系最強の『飛行機乗り達』である、と胸を張って誇れる存在だった。うん、『そうは見えない』ところも、また凄さってことで……ええ……。


『そゆこと。ま、ちょーっと予期せぬ厳しい訓練期間になると思うけれど、どうってことないよね!!』

 どう控え目に言っても意地の悪さが垣間かいま、響く声色であった。


「……ふん……そうか、僕と同じ苦しみを彼等も味わうこととなるのだな……」

 必然、釣られた沖田の声と顔も似たものとなる。『忘れようとしても思い出せない』あの悪夢の日々、塗炭とたんの苦しみをよもや部下達が味わうことになろうとは、これはなんとも大変に心が痛むものであることよのう――なーんてことはなく、一言で言うと『ざ・ま・あwww』となる。そう、隊長だって時として心が狭くなるし、草だって大量に栽培したい時だってあると言うものである。人間だもの。


『顔は見えないけれど、悪い顔になっているのは分かるわー』

 断言しても良いけれど、僕と同じような顔を間違いなくしている、アンタが言うな。

「まあ……結構なことです。先日の演習も消化不良気味だったし、彼等にとり、良い退屈シノギになるでありましょう……ククク……フハーハッハッハ!!!!!」

『私、沖田君のその邪悪を装う笑い声、嫌いじゃ無いわよ――』


 『Semi-Automatic-Motional-Operating-System』、長ったらしいので頭文字を取って『SAMOSサモス』と呼ばれることになった『準自動追従式操縦機構』を採用する『ライトニング』の運用にあっては、とにかく乗り手、自分のちょっとした動作、所作を徹底して人工知能群に覚え込ませる必要があり、一例を挙げると――言うまでも無く、前例はたった一つしか存在していないが――沖田の場合はコックピット外にあっても専用のパイロットスーツをほとんど着込んだままで丸二日を過ごす羽目にもなっていた。日常でほとんど無意識に行われる癖、所作を洗い出す為に必要な手順であることは承知していたが、何しろ特製とは言え気密服を終日着込みっ放し、と言う体験は二度と思い出したくない、正に『忘れようとしても思い出せない』ものだった。幸い、スペアの存在はあったから悪臭とは無縁でいられたし、また入浴及び排泄はいせつの自由はあったのでどうにか、精神の平静を保てた、そんなところだっただろうか。


 結果的に、違和感の無い機体挙動を獲得するのにはざっと三日以上を要しただろうか。わずかな身体各部、筋肉の反応と口頭での命令入力、そのパターンを延々と幾度も幾度も気が遠くなる程に繰り返し、またそれに合わせた人工知能のサポート、またその独自判断による行動の先読み等々がようやく、連携された一つの形となり始めたのは。


 いやはや、それにしても当時想定されていた『火星沖』における『最終戦闘』を控えた中での前代未聞の調整作業は、本当にしんどいものだった……。それに比べれば平時の今、その状態で――まあクーデターとか起こってるけどさあ――機種変換訓練(?)が受けられるだなんて、天国のようなものではあるだろう。比較の問題にしかならぬが。


『ま、機体も勿論だけど『乗れる人間』の数が増えるのは歓迎でしょ』

「そりゃそうですな。僕しか動かせないとか、全く兵器としてナンセンスであります」

 至極しごく、軍人として当たり前の事を口にしたつもりではあるが、どうしてもトゲを含んだものとなったのは否めなかった。

『遠回しに嫌味言われている気がするんだけど気の所為せいかな??? かな???』

「メッソウモゴザイマセン」

 ルミナ直伝、ロボ語。

『ま、いいや。どうせ直ぐこっち、『りゅうぐう』で会えるでしょ。にしても『ライトニング』は早いね! あっという間だね、これ』

「現時点で発揮出来る最高速度で航行中に付きますれば」

 いわゆる『古今東西のヒーロー飛び』、正確を記すれば『シュワッチ飛び』を行っている今の『震電』である。説明するまでも無く、宇宙空間には空気抵抗と呼べるものがまず存在しないので、姿勢が飛行に影響を及ぼすことは無い。放っておけば様々な姿勢を取ろうとする『ルミナ』であり、さっきまでは『月に代わってお仕置きポーズ』だった。お、今度は『イナバウアー』ですか。ええんちゃうかな、好きにしい。


『うんうん、素晴らしく美しいわね、『ライトニング』。地球本星到達の概算時間も短縮出来そう。すばらっ!』

 多分、機体挙動をデータで確認でもしているのだろう。ま、今更なのでどうでも良いが。

『そんじゃ、待ってるよ、沖田君』

「了解しました。ではまた後程、通信終わり」

 ブツッ、と通信が分かり易く切れた中で、沖田はオムスビをもう一つ、頬張ることにした。中身は自分好みの紫蘇梅しそうめであり、大変に美味。


「彼女、君に言及しなかったけれど、これってやっぱ君の『オリジナル』とは同期しているから、ってことでいいのかな?」

『まあ、そう説明するのが一番分かり易いですかね。『オリジナル・シオン』はずっと、彼女と共におりますから。こっちの行動はほとんど、筒抜けなんじゃないかしら』

 耳にしたことだけはある固有名詞を、『ルミナ』は示した。口を開き掛けた沖田だったが、現時点での追求は諦めることとした。多分、これから色々、聞きたいこともそうでないことも聞かされることになるのだろう、そんな確信めいた予感があったからである。


 まあ。


 何が謎かって。


 他の何を差し置いてなお、『自分自身』の存在、由来が謎なのがもう畢竟ひっきょう、どうしようもないところではあるのだったが。


 ああ、梅が酸っぱいな。


 遠い遠い、名前も知れない恒星群を眺めながら、そんなことを思った。






   ◆ ◆ ◆




【同日、同時刻】

【月面『ラリー・インダストリー』社長室】


 いつになっても馴れることのない、社長室は来客用ソファ、その柔らかさに辟易へきえきとしている日村霧男ひむらきりおに対して『ラリー・インダストリー』社長、ジュリアス・オークランドは手づかられた紅茶を洗練された所作で勧めてきた。


「アルファ・ワン、『アルティマ』の進捗を拝見したよ。良くここまでの形にしてくれた、感謝にえない――あ、冷めないうちに紅茶をどうぞ、日村君」

 開発コードと仮名称を並べてくるところが、さすがに技術者畑からの叩き上げ、というところだろうか。俗物君こと会長はともかくとして、日村霧男はこの社長が嫌いではなかった。

「……そりゃどうも……。まあ、『ガワ』は拾得物みたいなものでしたし、なんつうかある程度のアンチョコ、はあったようなもんですが……いただきます」

 ずずぅと紅茶をすすった。茶道楽を極め掛けた社長であり、これは間違いなく相当に素晴らしく美味しい紅茶なのだろうが、霧男には細かいことは分からない。午後ティーしか知らねえ。


「でね、これは内示――君にだけ、明かしておくことがある」

 摘まみ上げたレモン一切れを自らのカップに浮かべ、オークランド社長はその芳醇ほうじゅんな香りに目を細めた。

「なあんか、そう言う前振りは嫌な予感しかしないんですがぁ」

 霧男の発言に、社長は苦笑いを浮かべるしかない。


「近い内、『出雲いずも』に『アルティマ』ごと移動してもらうことになると思うんだ」

 社長の言葉に、霧男はティーカップをソーサーに戻した。失礼します、と断りだけを入れておいて専用の携帯端末を起動させた。改めて、『アルティマ』の現状を確認しておきたかったのである。ふーむ。それにしても急展開だ。先のクーデターと関連はあるのか、どうなのか。嫌な予感が当たらなければ良いんだがなあ。


「『石川島いしかわじま』ってことですかい??? ほぼ形になってるとは言え、まだ色々と細かいところに手が入っていないんですが……あと工程表通り、一ヶ月は欲しい本音が現場にはありますがね」

 工業に特化した人工天体、スペース・コロニー『出雲』にはラリー・インダストリーの工廠こうしょう、言うまでもなく大規模なものが確かに存在はしていたので、移動それ自体には不可解なところはない。もっとも、『アルティマ』はとかく大きいものだから、そのままでは従来のドックへの入渠にゅうきょなど行える筈も無いのだが。


艤装ぎそうが途上とは言え、自力航行は可能なのだ。こちらで『石川島播磨いしかわじまはりま』の第一から第四ドックを空けさせる事になるだろう。最終工程、及び細かな手入れはそこでやってもらうことになるな。まあ、今日明日の話でもないが、一応、君の耳には早い内に入れておくべきだと、私が判断した」

 神経質にレモンを除きながら、こちらは音を立てず、極めて上品に紅茶を含んだ社長であった。なお、『石川島播磨』とは、そんな『出雲』の造船工業区画に付けられた愛称のようなものである。複合企業『ラリー・インダストリー』、その前身の一つとなった企業体の名前、魂はこうして現場の人間達には根強く引き継がれている。


「うっはぁ!」

 と、日村は率直に漏らした。『出雲』、その八つあるドックの内、四つを空けるとは、どれだけ思い切りが良いんだろうか。どれだけの経済損失になるのか、心配になってしまうレベルである。どんだけだ、と。


「驚くのもわかるよ。四区画を設定したのは、とにかく人目に付くのを最低限としたい、そんな判断『らしい』のだけれどね」

 社長が、露骨に何かを匂わせてきた。露骨すぎて、逆に日村としては気分が良いぐらいのものだ。


「で、我が社はどうなんです? 今の『臨時政府』、『軍』に従うって方針なんですかね?」

 容赦ない大跳躍、日村の発言に社長は紅茶を噴きこそしなかったが、それでも慌ててカップをソーサーに戻す羽目にはなった。


「……流石だ、日村。これは信じて欲しいのだが、私自身も青天の霹靂へきれきでね、今回の『出来事』は……」

 日村はじっ、と社長が続ける言葉を待つことにした。現場からの叩き上げ、と先に言った。この社長が、実は『会長』やその取り巻きには到底及ばない、しょぼい権威権力しか持っていないことを日村は勿論知っている。実際、この大き過ぎる複合企業体『ラリー・インダストリー』は会長及びその歴任者他にその経営、本体中枢が握り付けられている、と言っても過言ではなかったのだ。


「会長は、今回の『クーデター』をどうも事前に知っていたらしい」

 苦虫を噛み潰したような表情の社長、ジュリアス・オークランドであった。


「さっすが抜け目の無い、クソダヌキである、と」

 けっ、と悪態の霧男。しかし、気付いた、思い至った。

「――あー、ひょっとして『アルティマ』の天文学的な建造費とかって『そっち』関連から出ていたって『落ち』、なんすか?」


「……多分ね。いや、間違いなくそうだろう」

 少しだけ時間を置いてから、オークランドが力無く呟いた。


「…………やれやれ…………なんか、歴史のウネリとやらに巻き込まれそうじゃないですか、俺等――チラチラ出ていた『準軍属』の話とか、今思えばそういうことかぁ」

 ずずいと紅茶を飲み込んで、霧男は大きく天井を仰いだ。あー、面倒くせえことになった。自分はともかく、部下達がなあー。


「『出雲』への出向も含め、君達はこれから多くの軍人と関わっていくことになるだろう。世の中がどう、動いていくのか予断は許さないが、個人的には大きな問題は無いだろう、と思う――思いたい」

「軍事クーデターですぜ……どう考えてもろくなことにならんのじゃね? と思ってしまいますがぁ」

 霧男の主張には、しっかりと深く頷いた社長だった。

「……何かあった場合、君達の身の安全、他は全力で私が守る――もっとも、君達の様な存在に何か実害が加わるようであれば、この太陽系はそれこそ終わり、そんな時だと思うがね」

 社長が葉巻を取り出すのを確認して、日村も紙巻きを取り出した。しばし、無言で紫煙を交わし合う影が、社長室に二つ。


「すまないな、私も本当に知っていることは限られているんだ。取り敢えず、『出雲』への移動の件は頭に入れておいて貰いたい」

 本当に不味まずそうに葉巻を吸いながら、社長。

「ええ、まあ『出雲』ならね……部下の多くも日本人みたいなもんですし、自分にとっても『庭』みたいなもんですから」

 答える日村の顔もまた、常にない煙草の苦さに歪んだものとなっていた。


「ああ、或いは君にとって少しだけ朗報になるか――そんな『アルティマ』の艦長が内定している、そんな話」

「へえ……」

 何が朗報なのか、日村には全く想像も付かなかったのだが。




「火星沖以来、君や娘が懇意こんいにしている『白の戦慄』が、内定しているそうな」 





   ◆ ◆ ◆



【同日、同時刻】

【地球本星オーストラリア、シドニー】



「エテルナ共和自由国、ダニエル・ハシモト大使閣下、御入室!!」

 かつては国会議事堂と呼ばれていた建造物、その主賓室門扉に立つ衛兵がかかとを勢い、揃える。ヘイスティング、他が頷き、そして一斉に起立を行った。重々しい扉が、これまた人力によって開かれていく。かつ、と杖を一つ突いた老紳士が室内に一歩を踏み込んだ。


「御足労をお掛けし、申し訳ありません、大使閣下――」

 敬礼ではなく、深々とした一礼をヘイスティングのみならず、諸提督も行う、そんな異様な光景ではあった。彼等は実質、今の太陽系にあって最大の権力者、その集合体だった筈だが。その数、おおよそ十名前後。


「……いや、こちらこそ家族及び職員の保護をこれ以上なく優先して貰い、感謝の至りです。ええと、ヘイスティング元帥閣下、と、今までのようにお呼びすれば宜しいのでしょうか?」

 従卒に洗練された動作で椅子を勧められたハシモト大使、と呼ばれた老紳士が室内を見渡しながら、やはり一礼を深々と返した。


「それで構いません――この老体、これ以上の地位昇格は元より望んでなどおりませぬ――さ、どうぞ大使閣下、着席を――自分達もそうします故に」

 一人だけ上半身を更に深々と下げた、ヘイスティングの言葉だった。

「あ、どうやら自分が先に腰を降ろした方が良さそうですね、気付かなくてこれはこれは申し訳も――」

 杖を従卒に預け、引かれた椅子にゆっくりと腰を降ろしたエテルナ大使である。その推測は全く正しかったようで、周囲の諸提督他が三々五々、円卓を囲む形で着席を開始した。


「わっはっは、大使閣下、どうかお気になさらず、女ッ気がほとんど無い、じじむさい空間ではありますが!!」

 自分の右隣に座り、そんな豪快な声を掛けてきた人物には見覚えのあった、ハシモト大使である。

「……ええと、何年か前に『船上』でお会いしましたかな?」

 着席に際し、雑談が許される、或いは期待推奨されている雰囲気を掴んだエテルナ大使ハシモトはやや、演技的な大声でそう尋ねたのだった。


「わはは!! 光栄ですな!! かつて日本海軍は『わだつみ』で艦長と言う職業をショボくやってました!! 閣下には一度、その時にご挨拶を!! ついでにご家族含めて数日間のクルージングを演出させていだきましたわい!!」

 白海軍服の提督は体を豪快に揺らして笑う。海焼け残る、恰幅かっぷくの良い、絵に描いた海の男だ。

「思い出しました、深町艦長でしたね――あの時は妻、ともどもお世話になりました――空母『わだつみ』の勇姿と快適な乗り心地、昨日のことのように思い出されます、素敵な思い出です」

 人の顔と名前を覚えること、それを他の何よりも重視してきたことが報われる瞬間ではあった。距離を隔てた母国、名ばかり、体裁だけの『大使』に出来ることは実質、それぐらいではあったのだが――何しろ、母国との意思疎通が実質に不可能なのだ。しかし、よもや太陽系で政変が――それもよりによってクーデターとか――起きるとは想定してもいなかったので、ハシモト大使としてはこれはこれでさじの加減と言うか、さいの転び目にはどうしても神経質にならざるを得ない、重い現実があった。


「深町、だから言っていただろう、親善は常から幾らでもやっておくもんだ、とね――」

 シャルル・ヘイスティングがぎいと音を立てて椅子を鳴らした。ハシモト大使としては自分が座っている場所がどうやら『上座かみざ』のようで、これはこれで気が気ではなかったのだが。円卓、とは言え。

「わはは、まさかこうも、実を結ぶとは思いもせんでしたわっ!」

 胴間声どうまごえで笑い立てた深町中将。演技とは程遠い、そんな笑い方と相好そうごうの崩し方、本当に、芯から彼は『いいひと』なのだろうとハシモトは思う。限りなく希薄ではあったが、それでも旧知の人間が自分の隣に据えられた理由は、これだったのだろう、そんな推測も可能と言うものだった。


 それにしても、だ。


 やあ、これはとんでもない時期、時節に大使になっちまったなあ――。


 表情筋の維持、そんな行為が地味に心身を際悩ませてくれることを発見しつつ、ダニエルはそれでも努めて平静を装わなければならない。


 建前は『夕食会』だったが、ンなものが本当に建前どころか、木っ端じみた表札、メニュー、お品書きにもなっていないことは明白。


 自分一人の身であれば、それはどうでもよろしいが。


 いや、ぶっちゃけよろしくはないのだが。


 こっち、太陽系に『名ばかり大使』――何しろ、最新の技術を用いても母星であるエテルナへの情報伝達には数ヶ月を要するのだから――として訪れてから、恥ずかしくも恋愛結婚に至った年齢の離れた太陽系出身者の妻と、よもや授かるとは思ってもいなかった息子の誕生。その存在、安全だけは、せめてどうにか担保しておきたかった本音がある。数少ない大使館職員に関しては、そもそもエテルナ籍の人間は指の数でカウント出来る程のものであり、それはそれでどうにかなろうと言う計算もある反面、或いは醜いエゴの構成体として突き進んでいるのかもしれない自分自身に気付いたダニエルはこれはこれでもう何が何やら、なのだった。有り体に言えば、惑乱を禁じ得なかった。一人の親としては、当然の心理だ、と理由付けを行いたいところだったけれど。


 だが、ヘイスティングを始めとした諸提督が自分を歓待してくれている、それは空気で、実際の雰囲気として実感を得られてはいる。これは、こちら側の本音を露骨に示すのが良策だろうかな。


 紅茶及びコーヒー類が運ばれ、三々五々、各々の飲み物が行き渡った段階でダニエルはいよいよ、決心した。


「それで、実質、何の権限も無い『名ばかり大使』である自分をここに改めて呼ばれた理由は? こちらも不安は不安で一杯なので、これだけは聴かせておいて頂きたいのですが」

 洗練されたカフェオレ、そのカップに目を落としたくなる、そんな逃避衝動と心の中で盛大に格闘しながら、ダニエルはヘイスティングにその両目を向け続けた。顔には出ていないはずだが、背中と尻を尋常ではない汗が伝っている気配がした。


「申し訳ない、閣下――もっと早い内にお伝えしたかったのだが――そうですな、閣下にはご家族もいらっしゃるようなので結論から申し上げたいと」

 持ち上げていた紅茶、そのカップを品良くソーサーに戻したヘイスティングだった。


「……はい」

 お願いだ、どうかとんでもないことになりませんように――エテルナ国民の全てがそうであるように、無神論者であるダニエルは、それでもこの時ばかりは唯一神とやらに祈りを捧げたくもなってしまったものだった。


 殊更ことさらに、間を置いたわけではない――様にダニエルには見えた――ヘイスティングは、ゆっくりとその口を開き始めた。


「我等が誇る、最新鋭の新造艦にて、エテルナに一度、ご帰還を願いたい、と――公的な書類及び人材を全てお託しする。我々は、貴国『エテルナ共和自由国』の独立を正式に認め、またここに改めて対等な国交関係を樹立、結びたいと考えているのです――いや、祈っている、と表現した方がよろしいかも分かりませぬが」


「――!?!?!?!?」

 カフェオレを口に含んでいなくて良かった、心からそう思ったダニエルである。間違いなく、この重厚な円卓に噴き撒く結果になっていた。いや、ちょっと待ってくれ、何を言っているんだ、この軍人さんは。小刻みに震える右手で、どうにかハンカチを取り出したが。


「口を挟むことをお許し下さい。驚かれるのも無理は無いかと思いますが、我々の決起の理由の一つでは間違いなく、あるのです、大使閣下。我々は、『エテルナ』と公式に、対等な関係になりたいのです。現状のどこかいびつな関係は好ましくない、と考えています」

 ヘイスティングの隣席、名前も顔も知らない東洋系の女性提督がそう言葉を繋いできたようであった。いや、冗談抜きで若いのには驚いた。この席に身を置けているだけで、その影響力は知れたというものだが。


 ああ、ええと、だ――呆けている場合では、無い。もう、腹芸は無しだし、そもそも無理だ。ダニエルは、ある意味で観念したのかもしれない。自分の言葉で、答えるしかない。願わくば、ヘイスティング他もその尻で汗を盛大にいていて欲しいものだが。


「……遠い太陽系に、大使として赴くことが決まった時点で、生きてエテルナに戻る、土を踏むつもりも無い身の上でしたが――」

 ダニエルは、本当に絞り出すように喋り出した。諸提督は、ただただ、じつと言葉を待ち続ける。煽り促すような無粋者は、この場には一人だっていやしない。


「――形骸けいがいと化してはいましたが、ようやく『大使』としての仕事が全う出来るのかと思えば、これはこれで――双方の国益、人類の繁栄に繋がるということであれば――」

 震える右手で水を一口、含む。


「――お受けする、としか」


 安堵あんどの息が室内に広がったように、ダニエルは感じた。お互いに、これでもぎりぎりの折衝を交わしていたのだと思いたいところだ。


「ご理解をいただき、感謝します――大使閣下」

 ヘイスティングがやはり上半身を傾けてきたが、ダニエルには敢えて言及しておかなければならないことがあった。あった、から。

「ただ……方法論について、どうこうは私の立場から確かに申し上げることはできんでしょう。軍政、軍隊によるクーデターと言う手法が果たして本国、エテルナでどう捉えられるかも、今の私の立場では確約はおろか、何も申し上げることは出来ません――」


「許されるのなら、こうお呼びしたい――ダニエル、そんな貴方だからこそ信用に値する、のだと――貴方のような方が大使であって、本当に良かったと思う」

 取り出したハンカチで顔を拭ったヘイスティング元帥の、実は流していたのであろう汗に気付いた瞬間。


 ああ、負けた――ダニエルは、高い天井を見上げた。この『人達』は、自分なんかとは『覚悟』が決定的に違うんだ、それを思い知らされた。


 例えば銃口を蟀谷こめかみに突き付けられ、脅迫されていたら、どれだけ楽だったろうか。少なくとも、自分で何かを考えるという労力からは解放されるわけだ。


 手元に灰皿が存在していたので、敢えてダニエルは震える指を誤魔化ごまかしつつ、細巻の葉巻を一本、取り出した。控えていた従卒が完璧な所作振る舞いで火を灯してくれた。ぷかり、と吹かすのと同時にヘイスティングを始めとした幾人かがやはり、葉巻他を取り出した。煙害がうたわれて久しいが、人類は結局この時代に至ってもこの嗜好品を世の中から駆逐することには成功していなかった。


「――お互いに、これは苦労することになっていきそうですなあ」

 ダニエルのそんな苦笑いが、室内に波紋となって広がり。

「大使閣下一人に楽はさせませんって!!」

 深町のそんな笑い声が更に増幅させた。


「ともかく、食事にしましょう――積もる話は、それからということで。現在、部下が様々な書類、データ他の処理作成に当たってくれておりますゆえ」

 元帥のその発言を確認した、隣の提督が卓上のベルを鳴らすのとほとんど同時に、多くのウェイターがサービスワゴンを引いて入室を果たし、速やかに、しかし洗練極まる所作で卓上を整えて行く。


 いやはや、本当に、どう動いていくのやら。


 曖昧だった両国間、その関係。世の中、世界が大きく変わる、激しく動き出す、そんな予感、感覚に囚われたダニエルは微かな身震いを自覚した。


 『武者震い』だろう、そう考えることにした。


 考えないと、とてもやっていられなかった。















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