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光芒のライト=ブリンガ  作者: Yuki=Mitsuhashi
Chapter:02
23/31

Chapter:02-15

Chapter:02-15


【AD:2359-12-14】

【衛星基地『ハイランド』】


「なるほどね、『出雲いずも』から『北方高速ほっぽうこうそく』に乗る、ってことか――」

 臨時の特機整備台、その操縦席で沖田は端末片手に呟いた。私室にあっても特機こと『ライトニング』、その人工知性体である『ルミナ』とのコミュニケーションは可能であったのだが、面と向かわないと落ち着かないのは彼の性分と呼べるものだったのかもしれない。その意味では沖田は完全に人工知性体『ルミナ』の『人格』を認めていたし、これは『第101特殊作戦航空団』のメンバーの在り方にも大きく影響を与えている部分でもあった。


『既に該当船舶『りゅうぐう』は『出雲いずも』を後にしているようですね。現在、慣性航行中みたいです。また、『北方電磁加速航路』は比較的順調に流れているようです』

 そんな人工知性の利便性の高さを知れるのは正にこの様な時である。例えばパイロットが独力で今回の様な情報収集を行おうとすれば、膨大な情報の海に条件付けを細かく加えなくてはならないわ、また権限に基づく承認やら照会作業にえっちらおっちらすることになるわ、と大変な手間と労力、そして時間を要することになるのだが。欲しいのが『事細かで詳細な情報』では無くて『漠然とした状況』、等の時には本当に重宝出来る存在だ。


「こっち待ち、って事だよな。取り敢えず、一秒でも早く辿り着いて驚かせてやるか」

『うーん、スペースコロニー『出雲』であれば、現在の私の装備で充分に到達可能ですねえ』

 インカム越しに響くルミナの声はその抑揚よくようだったり、表現であったりと相も変わらず人間、そのもののそれである。今でこそ『101』の誰もが気軽に、それこそフレンドリーにルミナと会話、小話他を交わすようにはなっているが、これでも初遭遇時、火星沖会戦時のかつての『彼女』は航空団員達からはどこか、薄気味悪がられていた存在でもあったのである。


 無論、叡智えいちの固まり、人類科学の粋、結晶である航宙戦闘機を操る部隊、『第101特殊作戦航空団』の構成員ともなれば一般人のそれよりも遥かに高い水準の科学、物理知識が必要とされる事は言うまでも無い。そんな彼等をして、時として本当に感情が含まれているかのような『彼女』の言動、振る舞いに違和感、拒絶感を完全に払拭出来なかったようである。


 いわゆる『人工知能類』、その上位存在みたいなもの、と言われれば納得も出来るが、それを心理的に受け容れられるかどうかはまた別の話だ、と。


 ともあれ、それも過去の話。そんな『ルミナ』はこれまでに幾度かのアップデートを経て、いよいよ人間そのものと呼べる様な人格を持つに至る存在となっていたし、その恩恵には『ワイヴァーン』もあずかるところとなっていた。『沖田&ルミナ』の星系破壊コンビ(命名:シモーヌ)によって獲得、蓄積された様々なデータは『第101』所属の全ての『ワイヴァーン』の人工知能群に合わせて先行配備されることとなり、先の演習に於いてはその有用性を立派に証明する事ともなっている。


 もっとも、「操縦負担が激減したじぇーウェエエエエイ!!」と無邪気に喜んでいるジャスティンやつるぎの様な者もいれば、一方で「逆にやり辛くなった気がするんだわさ」と感想を持つアルトリアのような乗り手もいるが、これは往々にして人類文明、歴史の繰り返しの一つ、でしかないのだろう。


 かつての陸上生活限定時代にあって、人類はなんと手動で機動車両のギア変更を行っていたと言うし、自動変換器の導入に際してはそれなりの混乱を招きもしただろ、乱暴に言えばそんな話だろうよ、とは『ハイランド』は整備長、スコットの有り難いお言葉だった。


「『出雲』まで全力でどれぐらい? 時間を教えてくれ」

 日本自治国管轄の工業スペースコロニー『出雲』は、この『ハイランド』から最も近い距離に存在する人工天体である。まあ、近いとは言っても通常の輸送船では片道に丸一日、と掛かるのであるが。

『はい、122分……2時間程ですかねえ』

 あ、そんなものなのか、と沖田。いや、色々と麻痺マヒしているのは事実であったが。恐るべし、『ライトニング』。


 その名前の通りに、はっやーい! 『ワイヴァーン』より、ずっとはやい!!


 『誰が(Who)』

 『いつ(When)』

 『どこで(Where)』

 『何を(What)』

 『どうして(Why)』

 『どうやって(How)』


 いわゆる5W1Hの全てが『建造したのか』に掛からない、そんな恐ろしさは伊達では無いのである。謎だらけのハッピーセット、フルコース、満漢全席まんかんぜんせきの機体、それが『ライトニング』なのであった!


 ワンオフ(One-OFF)、唯一無二、僕の専用機だぜ(※このキットに沖田少佐は ついていません。)!!


 と考えると胸が熱い……訳では無く、何故か涙腺るいせんがじわりと緩む時もある。解明されていないシステムだとかそもそも由来が分からないとか、人が乗る兵器としてナンセンスも極まりないに決まっている。が、泣き言を言っていても何も状況は変わらないので、今ではすっかり悟りの境地、諦観ていかんの極致に立っている沖田少佐なのであった。ほろり。


「あらゆる武装を解除、ならどう?」

 『ルミナ』の算出した時間がいわゆる標準装備のそれに準じたものじゃないか、と気付いた沖田であった。銃器の類は元より、内蔵火器はそれなりの重量になるのだ。

『マッパ、って事なら――ええと100分ぐらいにはなりますか。これ、本当にあらゆる物を排除した状態で、ってことになりますが』

 全裸ってすげえな――とは口にしなかった。突っ込んだら負けである。全裸だけに。


「……交戦状態にはどう考えてもなりっこないから、その方針で行こう。可及的速やかに、って話だしね」

『個人的には沖田さんを守るために最小限の武装は欲しいところですし……また『宇宙軍の跳ねっ返り』が何か仕掛けてこないとも限らないじゃ無いですかぁー』

 唯一の乗り手である沖田クリストファの守護、保護を最優先と位置付ける『ルミナ』からすれば至極しごく、真っ当な発言ではあった。まあ、しかし仮に無防備でも『ライトニング』を沈めるのは相当ガッツいるだろうなあ、悪意を持つ者からしても。そもそも、限界を超えた飽和攻撃を長期、繰り返し行うことでどうにか、その無形障壁である『重力波フィールド』を破ることが可能かな? ってところであろうよ。


「……その時は、文字通りに『殴る』『蹴る』『どつく』で行けば良いだけさ」

『結局はガンダム・ファイトっすか……エレガントさ、からは懸け離れていますよね、それ……しょぼーん』

 その格闘による戦闘成果は実際に『火星沖会戦』で証明はされているのだが、『ルミナ』の気持ちも理解は出来る。本人(?)が調子に乗るので絶対に口にはしないが、女神像そのもの、とも言われる程に女性の肉体美を間違いなく意識して創られた外見そとみを持つ『ライトニング』が、両目と歯茎はぐきいて四肢諸々による実暴力を行使する光景は、ちょっとどころではなく、かなりこう……アレであるのは間違いない。


 改めてルミナに命令を下そうと口を開き掛けた沖田だったが、ここで整備台、操縦席の窓がノックされた。

「沖田隊長、気密服と軽食をお持ちしました」

 自走カートと共に現れたのはメイド長、マリベルであった。

「おお、助かります」

 整備台から降りて、会釈を行う沖田だった。

「不要かとも思いましたが軽食の方は一応、二食分を包んでおきました」

 マリベルの後に続いてきたカートが停止、その保管庫から専用のパイロットスーツが引き立てられた。

「いやあ、助かります――後の指示はレスター大佐とムラサメ大尉に従って下さいね」

「了解しました」

 まとめられた包み――多分、中身はオニギリであろう――を両手で受け取って、沖田はパイロットスーツへの更衣をその場で開始する。察したマリベルが素早く、しかしエレガントな回れ右、を行った。


「『ルミナ』、システム起動、発進準備。全て一任するよー」

『了解しました――『震電しんでん』、起動します』

 ビン、としか表現できない鈍い電子音をその全身各部から立てる『震電』こと『ライトニング』である。この『震電』と言う愛称は沖田自ら火星沖会戦時に付与したものだったのだが、これは無論、大昔は第二次世界大戦時の日本帝國海軍は局地戦闘機、J7W1こと『震電しんでん』にあやかったものである。前例のほぼ無かった前翼型の機体形状にプッシャ式、つまりはエンジンプロペラ部を後部に持ってくる、そんなある意味では『異形いぎょうの機体』である事に、通じるものを覚えたのかもしれない、と沖田は後に周囲に語ったようである。もっとも、この『ライトニング』、『震電』とは異なり、そんな日本海軍の『震電』は実戦に投入されることは無かったようであるが。


「事態は流動的、また『可及的かきゅうてき速やかに』って言われているからね、取り敢えず動きながら、何か指示があるのなら行いますので、みんなにはそう伝えておいてもらえますか――モガモガ」

 言葉の最後の部分でジャケットを着込んだので怪しい語尾となったが、まあ通じるであろう。

「はい、まだ皆さん、大いに盛り上がっているところですしあのままにしておくのが正解かと」

 まあ、自分が中座してからさして時間が経っているわけでも無いので、当然は当然だろう。あまり羽目を外しすぎないで欲しいが、ガス抜きの重要性もこれ以上無く知ってはいるから、それはそれで良いのかもしれない。


「マリベルさん、僕の『白州はくしゅう』呑んじゃっていいからね」

「ご冗談を、お取り置きしておきますからね!」

 キッパリと答えるメイド長であった。心外な、とでも言いたげな語調になってしまったが。バカな私、そんな言い方、しなくても良いのに。良いのに!!

「……そう言うと思ったけれど、一杯ぐらいは飲んでおきなさい。僕からのオゴリって事で」

 沖田隊長の声は、本当に染み入る程に温かくて、暖かかった。

「……それじゃ、一杯だけ寝る前にありがたく頂きます」

 根負けしたマリベルが溜息交じりに答えた。


「うんうん」

 もはや百戦錬磨も行き過ぎて、目を閉じた状態でも気密服、パイロットスーツの装着が可能な沖田である。後はほとんど、ヘルメットを装備する、のみ。


「……副長、シモーヌさんにお伝えするのは本当に事後、でよろしいの?」

 どこか、思い切った感じのマリベルの発言に響き聞こえたのは果たして自分の気の所為せいだっただろうか。

「あー、大丈夫、多分、いや間違いなく察してくれているよ、あの人はね。今のみんなに水を差すべきでは無い、ってことも百も承知だろうしね」

「……ですね」

 基本的にこの若い隊長はいつも『部下優先』なんだよなあ、と改めて感じ入るマリベル・リンス特技中尉である。もうちょっと自分の事も大切にして欲しいな、と思うのも一度や二度では無かったが。


「なかなか地球圏に赴く機会なんて無いし、お土産みやげ期待していてよね。またメールなり、するから皆からの要望を募っておいて下さいよ。お金、地味に貯まっているし、お兄さん爆買いしてきちゃおうかなーかなー」

委細いさい、承知であります!」

 沖田のヘルメット、首元への固定音を確認したマリベルはようやく、ここで沖田の方に敬礼と共に向き直る。いつもながら特注品、純白のスーツの良く似合う沖田隊長がそこには毅然きぜんと立っていた。いや、似合うというレベルでは無く、『完成形』としか表現しようのないデザインがそこにある、とでもなるのだろうか。贅肉ぜいにく一つ付いていない身体、また引き締まった四肢に小さな頭部、本当にフィギュアスケート選手だとか、バレリーナのよう。本人は男子にしては小柄な体型を気にしているようであるが、実際の所、その頭身バランスは黄金比のそれが保たれていると思う。

「……スーツに問題は無いようですね」

 事務的な声が自然と漏れたが、これは思わず見取れが行き過ぎた、と気付いてのこと。やばいやばい、ガン見してたにも程があるだろ、私……。


「おう、大丈夫! さて、帰ってきたら、ウィスキー一緒にやりましょう、マリベルさん」

 ありがたい『お弁当』を小脇に抱えた沖田の背後で、『震電』がズシ、とその両脚を整備台から格納庫床、へと踏み降ろす。

「……それ、なんか『フラグ』めいてますって……」

「俺、この任務から帰ってきたらここのバーでメイド長とウィスキーを共に傾けるんだ……」

「本当にやめてってば!」

「なんつってな!! フハハハハハハハハ!!!」

「オ、オホホホホホホホ!!!」

 双方、口には出さないがそれでも漠然とした不安感を底深く共有はしている。笑い声も、これは演技的になろうというものではあった。


「じゃ、ちょっくら行ってきます!」

 ビシ、と簡易敬礼を一つ作った沖田は軽快なフットワークで『震電』のコックピットへと駆け上って行く。この格納庫は現在、有重力が施されていたので、『震電』は未だ、整備台に横たわったままの状態であった。


「とにかく、無事に帰ってきてね、クリストファ!」

 沖田のコックピット搭乗と共にその上半身をゴン、と大きく起こした『震電』に対して、その手を振りながら庫内管制室へと駆け出すマリベルであった。空気も抜けるし、自分がいられるのは、本当にここまで。ここまでしか、いられない。まあ、いつものことなんだけどね。私は、いつだって彼が戻ってくるのを、待つだけ。


『おう、任されて! なあに心配するな、直ぐに帰ってくるさ!!』

 『震電』の左手がビン、とピースサインを向けて来るのに、改めて敬礼をメイド長は作った。





 ……知っての通り、これらの約束が果たされることは、ついぞ無かった。





   ◆ ◆ ◆



【同時刻】

【民間輸送船『りゅうぐう』内カフェテリア朔風さくふう


「ん? 『RL-000(アール・エル・ゼロ)』の発進信号を受信した、ですって?」

 待望のチョコレートパフェ(特盛り)を前に、そのさじを置く少女であった。身体に合わないダブダブの白衣に身を包んでいる。

「はい、つい数分前の事で。既にこちらに向かっている模様です。いずれ、正式な通告はあると思いますが」

 端末片手のこちらは全く対照的にピッタリとしたスーツを完璧に装備、さながら女性秘書のテンプレート、のような風貌ふうぼうであったが。


「ふむ……流石は『白の戦慄せんりつ』、迅速な行動ね……もぐもぐ」

 このパフェ、宇宙船内で出される割りには生クリームの質が実に素晴らしい。後でシェフに金一封かな、こりゃ。まあ、会長クラス含めたVIPだったり株主さん達を乗せたりすることもあると聞いていたから、あらゆる意味で既存の船舶のそれとは調理システム自体が違うのだろうけれど。


「……自分もそろそろこの『りゅうぐう』から移動することになります。計画は予定通り、で本当に宜しいのですね、瑠璃子るりこ

「もぐもぐ……ええ、全て貴女に一任するわ。重責だと思うけれど、まあ気軽にやってちょうだい、ルーェン」

 瑠璃子るりこ、と呼ばれた白衣の少女は手にした紅玉、チェリーを少し迷ってから口に放り込む。うん、これまた美味いったら無いわねえ!!


「……正直、震えが止まりませんが」

 ルーェン、と呼ばれた女性は、実際にその自らの上半身を抱きすくめるようにした。

「『ルミナ』……いや、『シオン』がやっと開示してくれたんだから、自信を持って良いわ。怖いのは分かるけれど、それは私も同じ」

 瑠璃子るりこはここでパフェの摂取を一時停止。やおら立ち上がると、そんなルーェンに勢い、抱き付いた。

「ま、どうしても困ったら私か、ママに連絡付けてくれればどうにでもなるからね! ああ、パパは駄目よ、あれは事、この件に関してはまるで役に立たないから」

 ぐりぐり、とルーェンの豊満なバストに顔を埋めるようにしながら白衣の少女。

「……はい……情けないことを言ってしまい、すみません……」

「『ライトニング』の兄弟姉妹が出来るのよ! やったねルーちゃん!!」

 ぐい、と満面の笑顔で親指を立てる瑠璃子だったが。

「……表現はさて置いて、まあ、やれるだけやってみます……」

「うんうん」

 再びパフェに向き直った瑠璃子であり、ルーェンは自分の腕時計を一瞥。もう少しだけ時間があるようだ、と大きく息を吸い込んだ。出来れば、聞いておきたかったことがあった。


「で、瑠璃子さんの方は例の『ブリンガ』に掛かりっきり、となるワケですよね?」

 本当にさり気なく、あくまでも『ついで』に聞いてみたつもり、ではあった。この日村瑠璃子ひむらるりこ博士はまず怒りに我を忘れるような事こそなかったが、割合に精神状態が不安定なところもまま、あったからである。この大切な時期にへそを曲げられてしまった日にはラリーのお偉いさんは元よりご両親の面前での切腹を言い渡されかねない。それ位、『やる気無しモード』になった瑠璃子は手の施しようのない難物、存在なのである。


「そうなのよー、本当に全部の面倒、ている暇が無いんだよー。だから、『ライトニング』の新しい兄弟姉妹はほんっと、ルーェンに丸ごとお願いするしかないんだ」

 その瑠璃子には不機嫌になる様子が全く見られなかったので、人知れず安心するルーェンである。

「……まあ『ライトニング』に関しては一号機が文字通りに生きた状態で存在してくれているし、資料も一通り揃っているのでなんとかなるとは思いますが……その……」

「何か言い難いことでもあるの? 気にしないで言っちゃってよ、ルー。しばらく実際には会えないしね、多分」

 がつがつ、とパフェを進める速度を速めている瑠璃子である。量が量なので、溶けきってしまう前に食べなければ。


「あー、まー……その、『ブリンガ』って存在にまた、何から何まで手探りで相対しなくてはならない博士のお手伝いが出来ないのは心苦しいというか……」

 ルーェン、本心からの言葉だった。家族を除けば自分以外にはなかなか心を開かない、開く事の出来ない日村瑠璃子という人間の性質は誰よりも知っているつもりだった。どう控え目に言っても、心配に過ぎる。


「あっはっは!!!」

 パフェを進める手を止めて、大きく手を叩く瑠璃子だった。まあ、少しぐらい溶けちゃってもいいか、質高く美味いしねえ、このパフェ。

「……な、何か変な事を申しましたか?」

「いやいや、ごめんごめん。ルーがそこまで考えてくれているとは全く思いもしなかったわ。そうね、でもね、杞憂きゆうなの。心配してくれたことには感謝を示したいところだけどね」

 口の周りのクリームやらチョコを一つぬぐって、紅茶に口を付ける瑠璃子。

「……そ、そうなのですか」

「うんうん、クールビューティー、デキる女っぽさを振り撒きながらも実は初心うぶ処女しょじょで可愛いルーちゃんに免じてちょっとだけネタ晴らしをしちゃおかな」

「……なんか色々とアレですが……続けて下さい」

 表現はアレだが、割かし事実に基づいているのが忌々《いまいま》しくはある。まあ、何だかんだと研究畑一本で来た身であるから、仕方ないじゃない……。


「『ルミナ』経由、様々な『体験』で色々思うところ、感じ入ったところでもあったのか、『シオン』が随分と気前、良くなったのは知っていると思うけれど?」

 パフェのスプーンをその眼前でゆっくりと振るようにして瑠璃子。そんな振る舞いだけを見ていると、本当にまだまだ十代後半、年相応のそれである。

「……その結果が、今回の『101』隊員達に対する『ライトニング』の増産配備計画、となっている筈です――限定されているとは言え、増産、量産に関する情報開示があるとは思ってもいなかったので驚きました」

 そう。正に今、この時も何も知らずにビールとウィスキー、他諸々でヒャッハーしつつ野球拳やらビデオゲーム、麻雀(※ドンジャラ含む)やらカードゲームやらを煽り罵り合いながらやっている『第101特殊作戦航空団』の面々には『ライトニング』系列の新造機体、特機がそれぞれ与えられることが水面下でめでたく内定しているのである。泣いて喜ぶことであろう、喜ぶかどうかは、別として。


「基本的に私達が初めてゼロから建造する『ライトニング』になるわね。ほまれある仕事なのよ、これはね。貴女の格もグーン、と上がるわよ!」

「ええ、そうは思います」

 数字、それ自体をしっかりと限定、握られていることもあるので、システム構成諸々は実質のブラックボックスのまま。しかし、機体の物理構成を始めとした構築、建造に関してはほとんど丸ごと、許可されたのだ。新規量産は元より、これでようやく『一号機』のメンテナンスもフリーで行えるようになったのは、地味に大きい部分であった。業界用語で言えば、『ライセンス生産』が認められた、とでもするべきところだろうか。


「んで、その他にも幾つか、開示してくれてね――まあ、ガイドラインレベルなんだけれど、大凡おおよその道筋は着いているのよ。『ライト=ブリンガ』に関しては丸っきりの手探り、ってことはないから安心して欲しいのね」

「なんと、それは初耳」

「ま、ルーちゃんには作業に集中して欲しいしね、私の独断で今、話したのよ」

 えへへ、と言いながらパフェに匙をねじ込む瑠璃子である。正直、信頼の置ける唯一の助手、とでも呼べるルーェン・ファンは彼女にとっても不可欠な存在、人的資源なのだ。


「感謝を――それにしても、博士も仰るように、どうしてもっと早く開示、してくれないのでしょうかね。これじゃまるで」

「誰かの手の平で踊らされているみたい、だよね――」

 平素より感じ続けている部分なだけに、簡単に口を付いた表現ではあった。その不満を最も大きく抱えているのは当然、瑠璃子なのだ。

「まあ、そう言う言い方、になりますかね」


「私達、まだ『信用』が足りないんだよね、きっと。これでもさ」

 パフェの中身をいささか、八つ当たり気味にぐちゃぐちゃと攪拌かくはんする瑠璃子。バニラアイスや生クリームの白と、チョコレート系列の黒が渾然こんぜん一体、となりかけている。ん……? 何か、印象的だな、この映像。瑠璃子、半瞬の躊躇いの後に手近の端末に『白と黒』、とメモを書き込んだ。何で今の自分がこの映像、現象に関心を持ったのか、後で熟考する価値はあるはずだ。


「信用、ですか?」

 ルーェンはこちらのアクションには気付いていないようだった。会話の途中で関心を余所よそに向ける無礼さに気付いた瑠璃子は、慌てて言葉を繋ぐことになる。


「『信頼』、と表現しても良いかもしれないけれどね。その精神性だとかこころざしの高さ、道徳律どうとくりつだったり――んーと、転んでも泣かない、とか一日一善、とか……まあそーゆーのを『シオン』はじっくりと観察、している途中なんだと思う」

 駄目だ、上手く表現出来ない。なんかこう、ぐっと的確な表現がありそうなものなのに。瑠璃子は呻吟しんぎんせざるを得ない。この世の中に生を受けて以来、ステータスは全て『理系』に振り続けた結果と言えば結果、なのであろう。わたしは勉強ができない。文系は壊滅的。


「……優れた技術、兵器を預けるに値する存在かどうかの見極みきわめ、って事ですね」

「それそれ、それを言いたかったの!! 国語はやっぱ苦手だわーだわーだわー」

 すげえスッキリした!! 流石は私の第一助手!! って一人しか居ないけどな!!

「いや、充分伝わりましたって……」

「私の直感でしか無いけれど、『シオン』は相当な『人間不信』におちいっているのかな、って気がするわ。ホモ・サピエンス、賢明な人、を自認する、その実バカオロカな人類に対してねっ」

 どこか怒りを静かにまとわせる日村瑠璃子博士。スプーンを握る左手にも力が込められた。

「それは……分かります。悲しいことですが」

 人類のこれまでの歴史をひも解くまでも無く、つい先日の『火星沖会戦』一つだけでゲップが出てくる程に知れる、人類のバカ愚かさ。


「ま、暗い話してもしょうがないし、実際に媒介ばいかいである『ルミナ』が『101』とかに合流した結果、物事はこれでも順調に推移しているわけだからね。間違ったことはしていない、と思う……思いたいね」

 火星沖会戦終結後、ラリー・インダストリーは月面、特殊格納庫で改修保管されていた『ライトニング一号機』だったのだが、瑠璃子が調整の為の起動をうながしたところ、なんと機体側からの起動拒否、が示される事態となってしまった。


 パイロットとしての沖田クリストファを指名、またその招聘しょうへいの要求を合わせた上での起動拒否である事が程なく判明すると、瑠璃子を含めた関係者はその場で『ライトニング』を司る人工知性、『ルミナ』の説得に当たらなければならなかった。もっとも、産みの親も不明であるし、中学生や高校生時代の恩師も多分存在しないので、説得と言うよりも状況説明に終始した、とする方が正しいであろう。ちょっと、この時の沖田君は『今から来てくれる? 会いたいって子がいるんだけど』と合コンよろしく軽々に呼べる所には居なかったのだから。


 ところがこれが大の大の大失敗、大失策であり、くだんの沖田君が軍刑務所に収監されている事を知るところとなってしまった『ルミナ』こと『ライトニング』は、あわやこちらの意向ガン無視の緊急起動まで行おうとする始末となり、いやはや、アレ程にキモを冷やしたことはこっち、しばらく無かっただろう……思い返すだけでも嫌な汗が吹き出そう。


 ……ともかく、紆余曲折うよきょくせつを経てそんな沖田は超法規的措置で極短期の内に釈放され、また統合軍管轄下で新設された特殊部隊への配属、へと事は運ばれた訳で。全く、どれだけの裏工作が必要だったことか。もっとも、ヘイスティング元帥を始めとするシンパ達の助力があったから瑠璃子の労力なんてたかが知れたものではあったが、それでも。

 

「『101』の在り方が人類社会の理想像というのはなんか勘弁してくれって気もしなくも無いですが……まあ、そう言う事なんでしょうね」

 ある日、『ルミナ』経由でそんな『101』の連中の呑み会を観察させて貰った機会があったのだが、まあ、なんともカオスというか……。まあ、気持ちの良い飲み方と騒ぎ方をしているのだけは確かであったが。あの時の沖田君の伝説の『泥鰌掬どじょうすくい』は今でも目に焼き付いている。


「バカなのと、バカを装う事は違うし、そこをしっかりと見抜いているんでしょうね……まあ、私が言うのもアレだけれど、もうちょっと上品であって欲しい部分は否めないけれど。預けて一週間ぐらいで言葉の始めと終わりに『ファック』だとか『シット』だとか『デム』とか『ヘル』を付け始めた日にはどうしてくれようとか思っちゃったし……」

「……」

 ちら、とある意味で期待を込めてルーェンに視線を送った瑠璃子だったが、あくまでもスルーの彼女。あら、冷たい。

「……いや、そこは『私が言うのもアレだけど』ってのをフォローするところの筈でしょ?」

「ああ、いえ……自覚あったんだなあ、と思って」

「うぼぁー!!」

 情け容赦の無い助手である。まあ、黙って命令に従うだけの助手なんて、まるで必要ないんだけどね。


「ぐぬぬ……ま、ともかくママ以外に、これを話したのは貴女が初めてなのよ、ルー」

「恐縮です――その他の詳細は今は聞かない方が良さそうですね、瑠璃子」

 もう、これだけでお腹一杯、が正直なところである。これ以上はオーバーフロウになるだろうな、私はあくまでも『常人じょうじん』だからなー。


「……そうね、その方が気持ち良く仕事が出来ると思うわ。こう見えて私、脳味噌テンパりまくりのシマクラチヨコなの」

 実際にそうなのだろう。彼女がこうも甘い物を大量に摂取する時と言うのは、大抵そのような時である。普段は寧ろ、控えているぐらいのものだった筈だ。


「そうします――ではまた、日村博士。私は『ハイランド』へと向かいますし、今は自分に出来ることだけ、考えることにしますね」

 腕時計を一瞥いちべつしたルーェンである。丁度、頃合いか。


「『101』の連中には敬意をもって当たってよね。ああ見えて彼等は本当に凄腕であり、貴重な太陽系の資産なのだから。モルモットじゃないのよ!」

 またこの人はこの人でどの口でそれを言うのかなあ。沖田君等は確実にあの時、ややもすると今もモルモットなんじゃなかろうかとは思ってしまうが。


「分かっています、が、どこまで私に制御出来るか不安は不安ですね」

 実際、狂犬のような副長シモーヌとかをまともに相手できるとは思っていない部分はあった。まじ怖いわ、アレ。


「なあに、その時にはふんじばって猿轡さるぐつわでもカマして試験筐体しけんきょうたいに放り込めば良し!」

「それ絶対、敬意とかともなわない行為ですよねえ!!」

 我慢できず、突っ込んでしまった。もはやモルモットの扱いですら、ねえよ!!


「私が許可する!!」

 両目が火と火を合わせた炎となっている瑠璃子である。

「お、おう……が、ガンバリマース……」

 鼻から魂の抜け掛かったルーェン・ファンは力無く、手を振るのだった。



  ・

  ・

  ・


 どこか這々《ほうほう》のていでルーェン・ファンが退室した、カフェテリアに一人残った瑠璃子。僅かに残ったパフェの完食を試みようとしたところで、先のメモ書きが視界に飛び込んできた。


「白と黒、ねえ……」

 改めて容器底に残ったパフェの残骸ざんがいに目を落とす。必ずしも、混ざり合わない、混ざり合ったとしても、どちらの色になることもない……。


陰陽いんよう、とも言うわよね……アルファはオメガ……」

 ぶつぶつ、と一人、呟き始める瑠璃子。周囲に人は居なかったし、問題無いだろうと一応、認識はしている。


「ふむ、『光の子』がどこかにいるとして……多分、それは沖田君……」


「『闇の子』もどこかに存在しないと理屈に合わない、気がしてたけど」


「特異点、二つかあ……白と、黒……」


「うーん、もう一人はどこにいるんだろ??」





「……案外、エテルナにいたりして」



 なあんてね、と一つ呟いて、瑠璃子は最後のパフェを一気に流し込んだ。




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