Chapter:02-13
Chapter:02-13
任務後の風呂は、とにかく最高だった。
廃棄処理寸前の軍艦による継ぎ接ぎ、名前だけの宇宙要塞『ハイランド』における数少ない自慢の一つとして間違いなく挙げられるのは、大浴場である『金剛湯』の存在であっただろう。
本来はどこぞの軍艦の飲料水を保管する設備だったそうだが、整備士を始めとしてパイロット、有志による聞くも滝涙、語るも血涙の地道な改装作業を幾度も経たその結果、多少無骨ながらも広々とした大浴場としてここに再生されることとなったのである。
男湯と女湯、ビシリと無慈悲に分けられる余裕すらあるそんな大浴場は、多くの航宙艦艇が手足を伸ばせるような浴槽等を備えられている訳もなく、仮に備えていたとしても男女での時間交代制である現実を鑑みると、大変な贅沢と呼べるものではあっただろう。
部隊特性上、無重力帯での活動やちょっと普通どころじゃない慣性負荷にその全身、肉体を晒されるのが日常茶飯事な事もあり、通常重力下にて全身に対して遍く浮力を与えてくれるタップリとした浴槽での入浴行為は真、健康の理に叶っているのだ――と軍医殿のお墨付きが与えられた事もあって、いわゆる長風呂習慣の無かったシャワー派も今ではかつての日本人よろしく、湯船にドップリネップリと浸かることになって久しい。またドリンクパックと完全防水の端末を持ち込んで読書なり映像鑑賞に耽るのが少なからぬブームになったこともあり、今ではその入り口に給水器並びに冷蔵庫までが備えられるようになっていた。
まあ。
精鋭部隊として。
一番最初に行った任務、タスクが居住環境向上を名目にした大浴場の建設、だった辺りが、実に彼等らしいと言えば彼等らしいのかもしれない。
馴れない配管工事、他をそれでもエース・パイロット達は階級が遙かに下の整備士達に励まされ、或いは罵られながら共に行った。
無骨であり、手作り感が満載の蛇口から熱いお湯が浴槽に向けて初めて放たれた、その日。
――彼等は誰彼構わず、抱き合い、涙し、そして酒杯を大いに交わしたのだった――
脳内再生されるナレーション、胸の熱くなるBGM……そんなことを想起していた沖田の目の前には果たして今、キンキンに冷えたビアジョッキが鎮座あそばされていた。『オビィル様』で有り、沖田他が信仰する唯一の神、その象徴具現でもこれはあった。
汗を掻くジョッキ、その表面を人差し指で撫でた沖田、徐にジョッキを持ち上げる。
「それでは諸君――」
風呂上がり、上気したままの『第101特殊作戦航空団』の面々が隊長に倣い、ジョッキを一斉に掲げた。この『ハイランド』に存在する二つの食堂、その内の一つが今や、丸ごと立食形式の打ち上げ会場となっている。酒のつまみやら、スィーツまで選り取り見取り。
「色々面倒くさい言葉、抜きで! 乾杯だ、コノヤロー!!!!」
「「「「かんぱーーーーーい!!!!!」」」」
ウェエエエエイ、ヒイイハアアアアア、と各所でジョッキがゴヅンと勢い、激しく叩き合わされた。手近なシモーヌとジョッキを合わせた沖田がビールを一息に流し込む。
「ふう、幸せっ――」
しみじみと呟く沖田クリストファ少佐であった。実質、中佐待遇でもある彼は、それはそれなりの俸給を貰う立場になってもいるのだが、その日々、生活の質はパイロット候補生時代のそれとほとんど変わっていなかった。
「隊長、ゴチになりゃーっっす!!!」
早くも赤ら顔、腕を組んだジャンスティンとハサンが思わず守りたくなるような満面の笑顔でジョッキを掲げてくるのに、同じように掲げ返す沖田である。実質、この様な時の酒代は丸ごと隊長である『沖田持ち』なのだが、これには何しろ住居含めて被服だったり食事だったり、と生活の全てが公費で賄われていることもあり、肝心の金の使い道、がこれぐらいしか無い、そんな側面もあった。家庭でも持っていれば事情はまた自ずと異なってくるのだろうが、その予定は全く無いのだな、これが。
「……これ程、質素で地味な日常を送っている佐官は世界広しと言え、ワシ等ぐらいのもんだろうな」
その隣、こちらはグラスビールを片手のレスター大佐が冷やかしてくるが、この大佐は大佐で、この『ハイランド』の生活環境向上化に少なからぬ私費を投じてくれている有り難すぎる存在なのでもあった。電子準拠にどうしてもなりはするが、映像や書籍を含めたライブラリーは、ちょっと他ではなかなか見られない程に充実したものとなっていたし、お値段の張る嗜好品類を定期的に購入、それを時と場合に応じて放出、等と小粋なことをやってくれている爺さんでもある。今回も、高級ウィスキーである『マッカラン』の提供、と言う素晴らしい計らいを見せてくれている。
細君に先立たれること数十年、そう言う意味では彼もまた、独身であった。そうでなければ、こんな辺境要塞のお目付役、としての着任等は有り得なかった筈だ。
「まあねえ、ここでこうして皆とビール呑んでればそれが一番ですね、実際」
「同感、同感。これはこれで至福、であるな」
メイド組が持ってきてくれた新たなジョッキを会釈して受け取りながら、沖田。レスターの方はと言えば、早くもウィスキーを所望しているようだった。アイコンタクトで承ったバーテン、マリベルによる芸術品とも呼ぶべき完璧な水割りが果たしてレスターの前にスッと差し出された。さすがだ、良い仕事をしている――水割りはこう見えて、立派なカクテルとでも呼ぶべき飲み物なのだ。
「沖田、何はともあれ、君もお疲れ、だ」
「恐縮です」
佐官同士の乾杯、大佐のグラスから漂うマッカランの香気をこれはこれでしっかりと嗅ぎ取る抜け目の無い沖田でもある。沖田は二杯目のビールをこれでもピッチ抑え目で、軽く傾けた。隊長と言う立場もそうであるし、また今回は脳天気にズンドコとビールを飲み干し続ける訳にもいかない事情があった。
『詳細は明かせないが、後に君に対して通信が入る可能性がある。飲み過ぎないように、とだけアドバイスしておくよ』
この酒宴に先立ち、いつになく真剣な眼差しのレスターに言われていたし、その上でヒャッハーと杯を重ねられるほど、沖田は無法者、またある意味での勇者、では居られなかったのである。
「飲み比べじゃああああああ!!」
「受けて立つよぉおおおおお!!」
「俺も参戦する!! メイドさん、ビールじゃんじゃん持ってきてよおおおお!!」
全く、何も考えず本能のままにビールをイイイヤッハアアアアとヤっているジャスティン達のような立場が、本当に心の底から羨ましくなるのはこの様な時である。表現は大変にアレであるが、『物心』付いた時には人に指示しなければならない立場になっていた、のが実際の所であり、自分の本音、性根としては『誰かにあれこれと指示して貰いたい』部分もあるのは確かなのだが、どうも自分の今後、未来にあってはその立場は望み薄なのかもしれない。
そんな事を考えている内に、これでも二杯目のジョッキが空となっている。正直なところ、白州を始めとするウィスキーは楽しみではあったが、何かを気にしながらではせっかくの酒も台無し、であるし、これは後顧の憂いが無い状態で頂くべきものであろう。残っていれば良いけどな――そんな意地汚い部分が自分にあるのは、割りと新鮮な発見でもあった。
明日の朝、どうなっているか知らんぞ――みたいな暴飲を実行している愛すべきアホ共とは対照的、飲酒をあまり好まない隊員、一部の右党は早くもメイド達の愛情大爆発スイーツコーナーへと河岸を移しているようであった。いっそ自分も今回はそちら側に加わろうかな、等と考える沖田でもある。甘い物も、酒もどちらもイケる口、人に言わせると『両刀』となるらしいが、その下品な表現は本当に改めて貰いたいところである。余談になるが、この部隊には望まぬ人間に飲酒を強要するようなクズは一人もいない。当たり前のようで、当たり前ではないのだな、これが。
「おっつかれでーす!」
誰が最初に声を出したのかは定かでは無いが、沖田はその腰を浮かせて食堂内、その入り口へと目を向けた。地味に身長が低い事も有って、周囲に『むくつけき』軍人達がいると、覿面に視界が確保、出来なくなるのである。忌々しい。
「おお、皆さん遅れて申し訳も」
恐縮、頻りの様子で入室してきたのは整備長であるスコット・ロードマンを筆頭とした、整備士組であった。
「お相伴に与りに参りました、隊長」
隊長である沖田の元への挨拶、もルーティンのようなもの。先回りの得意なメイド達が用意した冷え冷えビールやソフトドリンクのジョッキがワゴンでスコット達の前に引き出される。
「どうぞ諸君、遠慮無く取って。いつもお世話になっております!」
「「「いただきます!!」」」
部隊創設、その初期は隊長のこんな対応にただただ小動物の様に恐縮するばかりの彼等であったが、順応も進めば進んだもので、自然、気軽に各々のジョッキを掴み取ってくれるようになっている。
「残りの連中はまだ掛かりそうなんで、自分が面倒、看ておきます。沖田隊長、ありがとうございました!」
最後にジョッキを受け取ったスコット・ロードマンが礼を言うのに、他整備士達が一斉にアッザーっす、と続いた。
「宜しい、ここでは無礼講だ。最低限の上品さを維持して、大いにやってくれ」
着帽していないこともあったが、沖田は心から整備士達に向けて一礼を行った。これもまず、他の部隊では絶対に見られない光景である筈だ。
整備組の合流も果たせたし、取り敢えず自分が気を張る部分はこれで終わりかな、と沖田はソファに身体を沈めた。レスター大佐の言葉も気になるし、そうなるとアイスコーヒーにでもしておこうかなあ。
「たいちょおおおおー、で、今後の『あっち』ら、どうなるんですかぁあああ!! またバラバラになるのとか、ホントにヤだぁああああああ!!! やだああああああ!!!」
やべえのがいきなりやべえテンションで来た! イギリス自治国出身、アルトリア・オブライエン中尉。酒は呑んでも呑まれるな、昔の人は良いことを言いました。ギンと据わった両目に呂律の乱れ。どう見ても酔っ払いです、本当にありがとうございました。なんでまあ、こうも弱いのに酒が好きなんだか……。
「んああああ?? 隊長、ピッチ遅くねえですかぁあああ!! おい、メイド長!! 隊長とあっちのビール、ジョッキで二つ、シベリア超特急で!」
ドス、と勢い隣、その大きな尻がこちらにほとんど密着する形で強引に座り込んできたアルトリアであったが。あれ、大佐殿は何処に? と見れば、スッと気配を消してウィスキーグラス片手に立ち去る後ろ姿が。あんのジジイ、逃げやがったーーーーッ!!!
「ハイヨロコンデ!!!!」
メイド長ぉおおおおお!! ハイヨロコンデ、じゃねーよ!!
良くも悪くも、空気を読まない、もとい、読めない酔いどれアルトリアの行動が契機ともなり、いつになくテンションの低い隊長をそれでも心配していた、すっかりと出来上がった方々が三々五々と……。
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「ウェエエエエエイ!! なんぼのもんじゃーーーーーーーーーーーい!!!!」
パンツ一丁、涙目で膝を突くリチャードを前に沖田はガッツポーズ。上半身、一枚を剥かれただけの隊長はサッと差し出されたビアジョッキを勢い、飲み干した。フハハハハハハハ、魔王笑いと評される沖田の高笑いが響き渡る。
「うわ……つか隊長に野球拳で挑むとかアイツアホやろ」
「オイオイオイアイツ死ぬわ、って言ってたよね私達……」
無責任なギャラリー達があるものは酒類、またある者はソフトドリンク類を傾けながら沖田隊長とリチャードの仁義無き野球拳を観戦していた。その内容はと言えば実質、沖田隊長の完勝であったが。
ちなみに、野球拳には様々な種類が存在するようであるが、ここ『ハイランド』で行われるそれは『野球拳あっち向いてホイ』とでも呼ばれるものである。ただのジャンケンではつまらぬ、と言う理由で採用された向きがあったが、何しろ宇宙軍のエースパイロット達、言ってしまえば常人を遥かに卓越した反射神経、運動神経の持ち主達が行うこともあり、飲酒が行われて始めて、勝負として成立するぐらいのものになっている。この『101野球拳』のリアル対戦を始めて目の当たりにした人間は例外なく、衝撃を受けることだろう。最後の方はそれはそれは恐ろしい高速度での鍔迫り合いが延々と続くことになるのだ。
「ちくしょう……ちくしょおおおおおおおおお!!!」
ヤケとなり、と最後の一枚、ボクサーパンツにガッと手を掛けたリチャードであったが。
「それ脱いだら、ぶつよ!!」
ビシリ、鋭い眼光の沖田が右手、握り拳を示しながら叱責を飛ばした。そう、常に紳士、淑女たれ、とは口を酸っぱくして言っていることだった。あまり僕に奥義である『爆熱ゴッド・フィンガー』を使わせないで欲しい……。
「何を言っているんれすか隊長!!」
ハサン、お前も呂律怪しいじゃねえか!
「いや、さすがにアレら、社会的によくねえらろ」
僕も負けていなかった! 舌が絡む絡む。
「隊長! 間違っているのは社会の方れす! 我々は断りて、間違っていない!!」
「そうだそうだ!!」
「間違って無いぞーーー」
「We are born to make HISTORY!!」
どうしようもないハサンを、またジャスティン他が盛大に煽り立てる。
う、うむ……。
「……なんかそんな気がしてきた!!」
たいちょおおおおとか遠くで悲鳴が聞こえた気もしたが、幻聴であろう。酒の呑みすぎはこれだから良くないのだ。そう、ここは地の果て流された俺達、今日も流離い涙も涸れる、辺境要塞! 身に染みついた炎の臭いに噎せ返る日々!! 或いは、ここに法は無いとも言えるのでは無いか、これは!!
「いけーーーっ、リチャード!! Ya on the top of the World!!」
ジャスティンの号が響き渡り、リチャードがキッ、と覚悟を決める男の顔になった。
「トランザムーーーーーーーーーッ!!!」
謎の宣言と共にガバ、とボクサーパンツが引き摺り降ろされたその瞬間、沖田は我に返った。
「って良い訳あるかボケーーーーっ!!! あと、女子、笑いながら見てないで全員、回れ、右!!!」
リチャードのパンツを引き上げながら、沖田の絶叫。続き、ゴン、ゴン、とリチャードとジャスティンの頭部に拳骨を打ち下ろした。なあんで俺があああと叫びながら地に伏せるジャスティンであったのだが、お前みたいなヤツが一番タチ悪いんだよっ!! カラオケ用のマイクで、さながら悪役レスラーのようなパフォーマンスを行う隊長であった。やだ、格好良い!!
「ったく、なんだこの流れ……どうしてこうなったし……」
完全に正気を取り戻した沖田であった。大して力を込めた訳でも無いが、ジンジンとなる右拳を撫で付ける。ったく、僕も彼等もよっぽどいい歳して、一体何やっているんだか。
虚しい。終わった後で気付く、この愛しさと切なさとナントカとナントカ。部屋と軍服と小官。
「……酔ってはいたけれど、そもそも『私達の今後』がどうなるかって話だった記憶が」
メイド達にズルズルと折檻部屋に引き摺られていくリチャード、ジャスティンの悲鳴を余所に、優雅にマティーニを極めているシモーヌさんであった。
「そういやそうだったな……」
ここで沖田、ふうと溜息を吐いた。当のアルトリアは五杯目のビアジョッキを空にしたところでガクッ、と机に突っ伏したまま、それっきり寝息を立てたままである。まあ、何だかんだと疲れてもいたのだろう、そこは心から同情する沖田でもあった。軽微だったとは言え、友軍から暴行を受けたのはどう控え目に言っても、女の子には酷な体験だった筈だ。うん、ヨダレ垂らしながら寝ているけれど、これでもオンナノコだもんな……。
「……今後、かぁ……もうみんなで宇宙海賊にでもなっちゃおうか。それとも俺等で叛乱起こす? クーデターのクーデターとか、かっこよくね?? ひょっとして、これ斬新なんじゃね!?」
折しも喧しい連中が一息を吐いて落ち着き始めていたこともあって、そんな沖田隊長の発言はかなりの数の人間が聞き拾うこととなってしまっていた。
「ぶっはっっはっはああああ!! その発想はなかった! 隊長スゲー!! 天才かよ!!!」
シモーヌが沖田の背中をバツンバツン叩きながら爆笑する。痛い痛い。
「むくくっ、『カウンター・クーデター』という新語が誕生した瞬間すね! あ、やっちゃいますか、それやっちゃいましょうか! 力貸すよ、隊長!!」
ウィスキーグラス片手のエディに、整備組を含めた一団、外野もまた大いに盛り上がる。
「海賊なんてミミッちい事を言わないで、いっそ独立国でも宣言してみますかねえ!!」
「沖田隊長の独裁でいいよもう」
「やっぱ響き的には『皇帝』が適切じゃけんね」
「皇帝クリストファ……アリです!!」
「私、軍務尚書やりたい。粛正しまくりんぐ」
「ぶっちゃけ上級大将とか響き、憧れるわ」
だーっはっはっは、と沖田を中心にして大爆笑の渦が連鎖的に広がっていく中で。
いや、一人だけ。
「もうやめて……ジジイのライフはゼロじゃよ……」
ぶつぶつと一人ごち、頭を抱えているハインリッヒ・レスター氏であった。若いモンの邪魔にならぬよう、と建前、理由付けしつつ地味に壁の花、退避行動を取っていたじじいであったのだが、なんだこれ、こいつらいきなり『笑えない話』を始めてない??? 例え冗談であってもやめてくんない??? すっげーデリケートな時期と立場に君達僕達『101』はいるんだぜ!?!?
「「「「「ジーク・カイザー・クリストファーーー!!!!!」」」」」
そんなじじいの孤独な懇願をヨソに、整備組とパイロット組の混成部隊がズラとそれぞれの肩を組み、ラインダンスを行いながら唱和した。
「え、僕、皇帝になるの決定なんですか!?!? ってか帝国作らないとあかんですやん!?!? どうやって作るの帝国???? Google先生で誰か聞いてくれや、『皇帝』『方法』でいいけん!!」
もう、どうとでもなれ。沖田クリストファはヒタスラ、そんな心境であった。
「隊長ぉおおおおお!! 『皇帝ダリアを増やす方法』なら見付かりました!!」
キュピと伊達眼鏡を光らせて、ミランダ。未成年なので、まだ一切の飲酒、喫煙が許されていない部隊内、唯一の存在である。
「ちなみに九月十五日の誕生花で、花言葉が『乙女の純潔』だそうですよ!! キャー!!」
ミランダ、ヲチミズ他女性陣がキャーキャーヌフンブヒヒィと黄色い(?)声を上げる。
「うわぁーい、また一生使わなそうな豆知識ゲットだ、ヒャッホーウ!! ――ともあれ、帝国建国の足掛かりにまずは栽培だな!! グーグル先生のアドバイスに間違いはないだろう!!」
喜色満面、イリュージョンさながらの輝きの沖田隊長。もうヤケクソだ!
「「「イイイイヤッハアアアアアア!!!!」」」
周囲はそれでも乗りに乗り切るのであった。それはもう全力である。恐るべし、『101』――進撃の教導隊。
「amazon.moonに乗り込めー」
「つかこんな僻地まで宅配屋さん来てくれへんで……」
「それでも……クロネコヤマトなら……クロネコならやってくれるっ……」
「俺等がアホやるから『※一部エリアを除く』のところに『※著しくコロニー群から離れた人工天体及び船舶』みたいな但し書きがついたんだっけか」
「エロゲはやっぱオンライン購入じゃ物足りねーんだよなぁあああ」
「BL本もやっぱ紙がええよなっ」
トドメ、最高のクライマックスは沖田クリストファのこの叫びである。なんかこの間、ライブラリでみんなで見た古いアニメでカッコイイオジサンが言ってた!!
「皇帝とはッ! 誰よりも鮮烈に生きっ! 諸人を魅せる姿を指す言葉ぁぁあああ!!!」
「「「然り!!! 然り!!! 然り!!!」」」
「「「然り!!! 然り!!! 然り!!!」」」
フオオオオオオオと力強い足踏み、机を叩く歴戦の猛者、勇者達であった。それはもう、凄く凄い、文字通りの軍靴の音であった。一方で壁際にて耳から魂が抜け掛かっているお爺ちゃんを、もはや誰も気にしてはいなかった。
「ああ、そうだ陛下!! 私に良いアイディアが!!」
笑いすぎて涙が出ているのか、シモーヌが袖で顔を拭いながら挙手してきた。
「苦しゅうない、余は寛大だからな――申すが良いぞ、カイザーリン!」
口にした瞬間、沖田は本当に心から後悔した。やっちまった。カイザーリン、皇妃……。ノッっていたとはいえ、僕は取り返しの付かないことをしてしまった……僕はシモーヌを煽ってしまった……。
「ウホッ、いい皇帝!! その返しは本当に意外だ! と言うかそれは遠回しなプロポーズですね!! そうなんですね!! わかりました、結婚しましょう!! バッチコーイ!! まずは国家を作る前に子作りですねぇぇぇわかりますぅううう!!」
ムッハァと鼻息も荒く、タコ唇で勢い這い寄ってくるシモーヌさんであり、クリストファはどうにか両肩を掴んで押し留めた。ンモー、割りと必死な笑顔でその背後から羽交い締めにしてくれたマリベルがいなかったら即死ベロチューだったかもしれぬ。
「わ、悪かったよ、話が進まないんだよ――みんなキャラ濃すぎだって――で、なんだい、シモーヌさん?」
「ああ、そうでしたわ――『カウンター・クーデター』をおやりになられるのなら――」
未来、或いは別の世界線ではひょっとしたらカイザーリンになるのかもしれないシモーヌさんの顔が、言葉遣いとは全く対照的に、歪に歪み始めた。ったく、本当に美人なのに基本、台無し、なのはこーゆートコなんだよなあ、このネエちゃんは。
「――この間の演習で使い切らなかった戦術核が二発、残っているのですわ、ってことを妾は陛下に進奏しようかと覚えた次第に御座いますのぉおおおお!!!! オーホッホッホッホ!!!!!!!!」
邪悪に笑う、としか表現の出来ない顔である。恐ろしくネガティブなドヤ顔、それに値する語彙表現は、ちょっと見当たらない。
室内は一瞬にして沈黙した。
一転。
「「「いやああああああああああああああああああああああ!!!!」」」
「「「う、うわああああああああああああああああああああ!!!!」」」
「「「やっちゃったーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」」」
「「「いっちゃったよこのひとーーーーーーーーーーーっ!!!!!」」」
「「「やっばーーーーーーーーーーーーーいっ!!!!!!!!!!」」」
「「「みんな分かってて避けてた地雷思いっ切り踏む人キターーーーーーーー!!!!!!」」」
半瞬の完全静寂を引き裂くような、誰ともなく絶叫、複数。
「シモーヌさん、それ本当にらめえええええええええええええええええっ!! ごめんごめん、もう陛下とかやめてえええええっ!!!!! 僕が悪かった!!! 悪かったーーーーーっ!!!!!!」
これには、さすがのクリストファもドン引きであった。いやー、酔いが一瞬にして醒めた。ヤバイヤバイヤバイ!! つか絶対、健康に良くない醒め方ですよね、コレ!!!!
何がヤバイかって。
何が恐ろしいかって。
何が救いようが無いかって。
戦術核ミサイルこと『ミティア』、MK-520が、本当にこの『ハイランド』に二発、実存していることだった!!!!!
本当に!!
存在しているのだ、これが!!
大事な軍事機密なので二度、説明しましたが!!!
「あーあーあーきこえなーいーわしなーんもきこえなーいーーーーあばばばばーーー芋羊羹うめえーーーー」
可哀想なじじいはウィスキー片手に和菓子を囓る事で現実逃避に走り始めたようだった。
「マーク520の運用って確か、陛下ご自身の実鍵と、キーパス――」
それはそれは『戦う皇妃サマ』のような貫禄のシモーヌ・ムラサメがチラッとじじいに目を向けて来た。咄嗟に目を伏せるハインリヒ――臆病なのではなく、これは勇気あるスルー行為なのだ! そうなのだ! 若者には理解できんだろうがな――って、実質の責任者である隊長、沖田はと言えば白目を剥いたままアヘ顔で硬直しているだと!? オイイイイイ! お前さんがそんなじゃアカン、アカンて!! 沖田、カムバーーーーーーーーークゥゥウウウウ!!!!
「――あと、確か組長さんの鍵が必要でしたかしら? かしらかしらそうだったかしら???」
ゴクリ……恐ろしい量の唾液が分泌されるのと同時に喉を通過して、胃袋にスットンと落ちた。ああ、この娘は続けて何を言い出すのやら……。自分の娘でもおかしくない年齢差があるが、仮に存在するとしたらこんな実娘だけは絶対に嫌だ……。嫌だああああ!!
「そんなワケで、爺さん――妾が鍵を預かってしんぜましょうですわよウヒヒオホホホホホ」
それはそれは晴れ晴れとしたシモーヌの顔だったと後に人々は語ったそうな。
「…………」
ハインリッヒは、ゆったりとした動作で葉巻を取り出した。それを認識した壁掛けの空気清浄機が空調を上回る強さで稼働するのを確認し、やはり優雅にガスライターで点火。
ふう。すぱすぱ。葉巻うめぇ。
「あのな…………」
ふう。ぷかり。
「――ガチで全力スルーさせろやあああああああああああああああ!!!
おっ
ねっ
がっ
いっ
だからああああああああああああああ!!!」
じじい心の叫び、魂の叫びであった。
「ちぇー、じゃあやっぱ『反乱行為』は無しの方向かな? フゥ……」
テーブル上で優雅に足を組み直し、白目のままの沖田の顎を艶めかしく撫でながらシモーヌはさほど落胆した風でもなく、溜息を吐いた。
「軽いんだよねえ!! ――っていやいや、そうじゃなくって、『無し』で、『無し』でいこう!! めんどいよ大変だよ!! なっ、なっ!?」
じじいこと名ばかりお目付役、ハインリッヒ・レスター大佐はこれでも必死なのであった。いや、もう、こいつらのメンタル本当に凄いです。彼等の恐ろしさ、強さは実はここにあるのだろう。ってそんな強さいらねえよ! ああ、それにしてもポンポン痛い。
「ま、それで手打ちにすっか。いつだって帝国は作れるし、いつだって皇妃にもなれらぁってな」
お願い! できれば永劫に作らないでね!! 口に仕掛けたが、踏み留まることは出来たじじいである。
「……まあ、みんな、冗談はそれぐらいにして――あ、いや、ともかく『カウンター・クーデター』とか物騒な話は無しね、現状ではさ。ちょっと僕も悪ノリしちゃったよ、ごめんごめん」
我を戻した沖田の巧みな誘導には地味に妙な含みが存在している気もしたが、まあ酒の勢い、落としどころとしては問題あるまい。
今更だが自分の身だけが可愛いわけでもない、これは割りと本音。まあここでの遣り取りが外部に漏れることなんて全くありえんが。だからこそ『奥義スルー』を堅持しつづけたのだ。最後の最後に失敗したけど。
「と、取り敢えずは、状況を待つしか無いよな、ってなってたじゃないか――みんな、まずは落ち着こう、なっ!!」
親切なメイドが入れてくれた薄目の水割りを受け取りながらハインリッヒ。さすがに周囲も疲弊したのか、三々五々と各々の飲食に戻り始めた。にしてもなんかこの一時間ぐらいで十年ぐらい老けちまったのではなかろうか、ワシ……。
『隊長、『統合軍司令部』より通信が入っております』
水差しの氷水をトレイごと差し出しつつ、声を潜めてくるマリベルだった。その表情は、軍人のそれになっていたので茶化すこと等、出来る筈も無い。自分の携帯端末を取り出した沖田、その通知内容を確認。なるほど。
「通信室へ向かいます」
腰を上げ掛けたシモーヌに後はお願い、と言い付けて、沖田は氷水にレモン果汁をこれでもか、と絞り落としたものを二杯、飲み干した。自分にしか出来ない仕事を、多分これからやらねばならぬ。念の為に軍服に着替えておいた方が良いだろうか、やれやれ。
「私も同伴しよう」
お願いします、とレスターに頭を下げる沖田。
もはや、その顔には先程までの酔いを窺わせるものは、全く乗っていなかった。




