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光芒のライト=ブリンガ  作者: Yuki=Mitsuhashi
Chapter:02
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Chapter:02-12

Chapter:02-12



【AD:2358-03-21】

【月面:宇宙軍本司令部記念会館】


『なんともまあ、准尉じゅんいから大尉と!! 華々しい昇進だな、沖田大尉殿! そして『名誉勲章』の受賞とはな! ま、今回の戦争が無ければ、まず達成できなかったであろうな!!』

 終戦記念の式典会場、その舞台袖ぶたいそで。軽めのリハーサルを行う、との説明でいわゆる白服、第一種宇宙軍礼服に身を固め、待機していた沖田クリストファ大尉にからんできた宇宙軍の某中将は大変に酒臭かった。

 隊長と同じく、礼装にて臨んでいた第99特殊作戦航空団の面々、及び式典武官等を含めた各種関係者、その周囲の空気雰囲気がビシリと凍り付くのも全く意に介さず、そんな中将はいよいよ馴れ馴れしく沖田の右肩に脂ぎった手を置いてきたのだった。


「いい加減にしたらどうだ。貴官、大変にアルコールが臭うぞ」

 その場にいた唯一の将軍格がさすがにたしなめはしたようだったが、某中将の狼藉ろうぜきは留まるところがなかった。本人が大量のアルコールを入れていたこともさることながら、虫も殺さない様な、しかし無表情を維持したままのターゲット、沖田に対して嗜虐しぎゃくめいたものを覚えたのでは無いか、とは後のシモーヌの推測であったが。


『で、こんな可愛い顔しながら、具体的には何人殺したのかね? 記録上のそれでは良く分からな――』


 某中将は最後まで口にすることが出来なかった。沖田、渾身こんしんの右フックがそのあごに破壊力を伴う理想的な角度で炸裂した為である。完全にその周囲、人間達の時間はここで静止、停止することとなった。


「があぁっ――」

 珍妙なうめき声と共に大きく仰け反るナントカ中将だったが、ここで更に立て板に水を流すような、としか表現しようのない動きで沖田、その半身から、左肩、背中を突き出す形での体当たりを構え放った。身長170センチにも満たない、矮躯わいくの沖田が190近い、それも太めの中将を弾き飛ばすという、にわかには信じがたい構図、絵面えづらであったことだろう。


 観察側に知識があればこれは中国拳法、正確には風格含めて最強名高い八極拳はっきょくけんの『鉄山靠てつざんこう』と呼ばれる技の亜種、派生形であることを知るところとなったのだろうが、残念ながらこの場で中国拳法に造詣ぞうけいが深かったのはガチ本場、台北タイペイ出身のメイファ・ヤンぐらいのものであったし、またそんな彼女にしても他と等しく心身の完全硬直状態に陥っていたから、「アイヤー!? なんと変則、変形の貼山靠てんざんこうと来たアルか!? ウチの隊長マジアイヤー!!」と、ただただ感心アイヤーする、それ以上の行動は取れずにいたのだった。ちなみに、普段のメイファさんはこんな話し方はしません。


 ともかく、そんな鉄山靠だか貼山靠だかにより、ほとんど有り得ない速度で舞台袖から式典壇上へと吹っ飛ばされた中将の人体は、準備がしめやかに進められていた式典本会場、その装花そうか群へと勢い、転がり叩き込まれることとなってしまった。装花業者を始め、壇上の担当者達の間で絹を裂く悲鳴が上がる中、無表情のままの沖田はくずおれた中将の元に甲高い足音を立てて歩み寄ると、意識も朦朧もうろう、事情を把握しきれていないその上体を、ぐいと機械的に引き起こし、一発、二発、と顔面の殴打を開始した。


 繰り返しになるが、あまりにも自然体、流れるような沖田の一連の所作であった、と後に人々は語った。


 有り得ない事態、非現実性を前にして人は咄嗟の判断、対応が取れない、そんな好例ではあったのだろう。


「やめ……ごめっ……ゆるし……」

 か細い命乞いの声、肉打ち、骨震え響く鈍い打撃音を除いて、全くしん、と静まり返った壇上、衆人環視、花瓣かべん舞う中で無表情のまま黙々と、作業機械的な殴打を続ける沖田クリストファと言う構図。それはある意味では大変に美しく、神聖さが伴う光景だったのかも分からない。


「――お、沖田君、それ以上はダメ、死んじゃうからっ!」

 もっとも早く、われを取り戻したシモーヌ・ムラサメがその沖田の背中に覆い被さるが、それでも沖田は無表情のまま、血と体液諸々にまみれた右拳を振るい続けることを止めない。さながら、解除不能の『オートアタック』モードに入ってしまっているかのような。

 ようやく、自失から立ち直った周囲がとにかくも、と沖田を対象から引きがしに掛かったのだが、会場警備に従事していた憲兵の一人がこの時、沖田の顔面に軍靴底での蹴りを思うさまに入れてしまうこととなり、これにブチ切れ、激昂げきこうした第99特殊作戦航空団と憲兵団及び中将閣下の腰巾着こしぎんちゃく共の大乱闘が果たしてここに、始められることとなってしまった。



 ラウンワンーーヌッ、ファイッ!! レディ、ゴォオオオオオ!!!



 入念に用意されていた装花そうかは踏み締められるばかりか、その鉢ごと凶器と化して、宙を飛び交った。花々としても無念この上のない自身の使われ方、扱われ方であっただろうが、彼等に不条理な状況を訴える術は無い、気の毒だが。しかし花々よ、無駄散りではないぞ!

 ……とは言え、花々に自我があるとすれば「無駄散りにも程があんだろカス」と愚かな人類種を面罵めんばする言葉しか出てこなかった筈である。


 顔面をはたかれたシモーヌが、やおら相手の憲兵を持ち上げ、強引なブレーンバスターを、ぬふうとめる、その背後でやはりアルトリアが飛び関節を放って大柄の憲兵をギャアアアと涙目絶叫させている。

 メイファが隊長に負けじと双掌打そうしょうだを勢い放って二人をまとめて弾き飛ばし、各個撃破に集中した里山が一人一人を忍者やアサシンよろしく無慈悲サイレントキルしていくその一方で、喧嘩ケンカ馴れしていないエディやハサンは「わしらが一体何をしたーっ!?」「ぬわーーっっ!!」「ぎょえーーっっ!!」と悲鳴も虚しくボコボコにされたりしていたが、いやもう、カオスカオス。いやー……女子構成員も多い上、ヒコーキもないのに99特戦団って強いんすねー……(感嘆)。


 双方とも、銃器の類を携行していなかったのは、この酷くもどこか滑稽こっけいな惨劇の中にあっては唯一の救いだったと言える。


 とどろく悲鳴、つんざく絶叫。拳と拳が入り交じる、それはそれは前例の無い大乱闘と相成った結果が


 重傷者一名(命に別状無し)、軽傷無数。


 終戦記念式典はその内容を大きく変更、また日を置いて改めて開催される運びとなってしまった。


 ……まあ、主賓しゅひんと言うべきか主役と呼ぶべき存在が上官、それも将軍格に深刻な物理的暴行を加え、憲兵隊による身柄拘束の上、そのまま軍刑務所に直送、独房にボッシュートと叩き込まれてしまった挙げ句に、会場それ自体の汚損、損壊がはなはだしい、とあっては『やれるものもやれない』有様ではあったが。


 本来、この式典にあっては戦没者の慰霊、並びに沖田クリストファ大尉に対しては『戦闘においてその義務を超越した勇猛果敢な行為を完璧に達成した』と言う理由での『名誉勲章(Medal of Honor)』が、また『第99特殊作戦航空団』に対してはその構成員全員に『宇宙軍殊勲十字章(Distinguished Space Force Cross)』が授与される予定であったが、これらも全て、諸般の事情に付き無期限の延期。余談というか豆知識だが、沖田が受賞する筈であったそんな『名誉勲章』は、現時点にあって『生者が受賞可能な最も格の高い勲章』、とされている。


 ……あらゆる意味で救いの無い話だったこともあり、真相それ自体は伏せられたまま、今現在へと至っているが、人の口に戸は立てられない、とは良く言ったもので、当の宇宙軍兵士達のみならず、多くの人間の間で『月面終戦記念式典会場の悪夢』と恐れささやき呼ばれることになる、連合宇宙軍史上最大最悪の醜聞しゅうぶん、スキャンダル、その事の顛末てんまつがこれ。



 ……それに加えて、更なるオチが加わることになる辺り、どうしようもなかったりするが。そんな翌日のことだった。


 『受勲は勲章の発送をもって代えさせていただきます』


 どこのクイズ番組だよ!! の盛大な突っ込みも余所よそに、元『第99特殊作戦航空団』の面々それぞれの滞在先、軍刑務所だったり軍病院、果ては月面滞在先の独身寮に何故か『統合軍』から送られてきたメッセージであった。なお、実際にその数日後にクロネコヤマトのネコポスで現物は届いた様である。クロネコて……ネコポスて……。


 お届け先情報:

  〒9001-1013 月面アルテミス市クロスター区13番地 

   太陽系惑星連合宇宙軍月面駐屯基地内 ニコニコ寮

    シモーヌ・ムラサメ様


 ご依頼主:

  〒0238-0046 横須賀市西逸見町1丁目無番地

   太陽系惑星連合統合軍日本方面横須賀監査別室

    秋山 千尋


 品名:勲章


 あまりにも最後の『品名』がじわじわくることもあって、未だにその封筒ごとを保管しているシモーヌさん、他であったりしたそうな。「ある意味勲章はどうでも良いが、あの包装だけは一生は捨てられねーわ」とアルトリア等も爆笑していたとかいなかったとか。



 その後、数ヶ月を置かずして統合軍の元で再結成、新たな部隊として名目だけ生まれ変わった『第101特殊作戦航空団モーニング・スター』にあっては一連の出来事、不祥事、不始末は『大乱闘スマッシュソルジャーズ』と呼称、酒の席での『笑い話』として昇華(?)されるものとなっていた。


 もっとも、『武勇伝』、『笑い話』にでもしないと耐えられない、そんなものが本質、根底として存在があったことは言うまでも無いだろう。




 本質的に、このエピソードは何もかも、誰もかもが『狂った』ものだったのだから。




   ◆ ◆ ◆



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【衛星基地『ハイランド』】


 ……存外、鮮明に思い出せるものだなあ、それも不思議なことに他人の主観で、今となってはそれこそ『コメディタッチ』での再現とか。悪夢の『揺り戻し』には違いないが、呑み会の度に笑い話にしてきたお陰、引いては同僚達、様々《サマサマ》なのだろうな。沖田はゆっくり、息を吐き出した。それでも心、精神を守る為のオブラートにこれでもかと包んでなお、思い返すと胃の辺りがズシリと来る、そんな出来事。

 冷静に過去を受け止めることができているのは新鮮な発見でもあったが、ともかく思いをせるべきは下らない過去ではなく、今のこの時、また未来にあるべきだろう。


 エディ・クランスキー、魂の激白、その余韻よいん、強く残るブリーフィング・ルームが、今の自分の居場所、魂と肉体の置き所である筈だ。


「……『火星沖』の話は卑怯だよ、こんなんこっちは思考停止しちゃうじゃん……」

 えぐ、えぐっと隣でむせび泣いているシモーヌがやはり震える声で呟いている。沖田はその頭を二度、三度と本能的に撫で付けた。


「これが思い上がりであれば叱責して貰って構わないのですが、ひょっとしなくてもヘイスティング元帥の言葉は我々に向いていたりするのですか?」

 どこか能面、無表情の沖田がレスターに耳打ちをした。

「全ての戦没者、及び従軍、関係者に向けられたもの、だよ。当然、君等の方を向いていることにもなろうともさ」

 必ずしも今の沖田が求めていた答えではなかったのだが、この大佐にも事情はあるのだろう。現時点での追求は諦めた。今は全員、思う様に泣かせておこう――もはや、ことこれに関しては泣けない自分の分も。


 時間にして数分か、もはやどれだけであったことか。鬼で知られ、山賊とも畏怖いふ揶揄やゆされる人類最強の航空団の面々が郎党、泣き崩れるというある意味で貴重な場面、空間。三々五々、我を戻しつつある空気の中。


「エディさん、みんな、泣けない僕の分まで泣いてくれてありがとうございました。もっと早く、この様な場を持っておくべきでしたね。なんか目的は変わっちゃったけれど、レスター大佐にも御礼を」

「……いや、こちらこそだ。諸君等と素晴らしい時間を共有出来たことを誇りに思う」

 座したままだったが、深く頭を下げるハインリヒ・レスター大佐であった。


「ともあれ、状況を待つということが101《イチマルイチ》の総意で問題無いかな? 『疾風怒濤しっぷうどとう』、『紫電一閃しでんいっせん』がモットーである我等にとって受け身、と言うのは珍しく、というより著しくアレなんですがねえ! ってやかましいわ!!」

 どっ、と今度は室内で爆笑が起きた。この切り替えの早さは正直、物凄い自分達の武器だと思う隊長でもある。冥利みょうりに尽きる、と言うべきか。恥ずかしいので絶対言わねーけど。


「ちげえねえ、受け身とかあっちらには似合いませんね。いつだって、悩む前に飛ぶ! 考えるな、感じろ! でやってきましたから!!」

 鼻を吸い上げながら、そう応じ笑ったのはハサン・ビン・スルール少尉だ。

「いやあ、でもさすがにそろそろ諸君等には『考えて』動いて欲しいところっすわー」 

 意識して道化を演じる沖田隊長に対して、無理!! の大合唱が向けられた。


「でさ、隊長」

 ぐい、と身体を寄せてきたシモーヌ副長である。と言うか顔が近い、近いよシモーヌさん! この人の距離感と言うかパーソナルスペースがおかしいのは今に始まったことではなかったが。

「な、なんですか」

 なんかえらく攻めの体勢だ、今日は。なんか柔らかいものも右腕にこれでもかと当たっているんだけど……嫌ではないが、その……困る……。


「いい加減、お風呂入ってご飯、お酒に行きたいんだけど」


「それです!! 副長、良い事、言いました!! お言葉、いただきましたー!!」

 ジャスティンがその場で文字通りに跳ね上がるのに、周囲が続く。ったくこのヤロー、さっきの僕の見立ては全然間違って無かったようじゃねえか! やっぱレバニラなのか、餃子なのか、ビールなのか、え、おい!!! ぶっとばーすぞー!! いや、でも……。


 沖田は面倒くさい事を考えるのをめた……。


「そうだな、どうせ待ち、待機なんだから――パーッと行くか、パーッとお!!」

 その場で直立、二の腕を突き上げた沖田の宣言に、ウォオオオオオオン、とブリーフィング・ルームが物理的に揺れる程の歓声が上がった。エイドリアーーーーン!!!!! マンマミーヤァァァァ!!!!! マンメンミィイイイイイイ!!!!!!


「メイド長!! 風呂の準備は出来ておるか!?」

 パンパン、と手を叩いて沖田。

「全て滞りなく――本日は男子風呂はバスクリンの菖蒲しょうぶを、女子風呂にはカモミールのそれを張ってゴザイマス、ご主人!」

 イエエエエエイ、ウエエエエエエイ、ヒイイイハアアアアと歓喜の雄叫びを受け浴びながら優雅に一礼を行うメイド長である。


「メイド長!! これがあるいはもっとも重要かもしれん――」

 腕を組んだ沖田、その表情は大変に厳しく、渋いものとなっていた。

「ご主人、なんなりと」


「ビールは潤沢じゅんたくに冷えておろうな!?」

 キッ、と効果音がはしりそうな、そんな沖田の鋭い視線がメイド長に浴びせ付けられる。さすが隊長! ここでビールが冷えていなかった、とかなった日にはそれこそ暴動が起こるレベル! さながらカレーのライスを炊き忘れた様なもの! 先手先手を読むことを忘れない、そこにしびれる、憧れるッ!!


「はい、この様な時でございますから缶や瓶ではなく、久し振りに『たる』でお出ししようかと思っているところですが?」

 沖田が満面の笑顔で黙って親指をグッと突き立てるのに続き、本日、最大の大歓声が沸き起こった。ビールじゃビールじゃ、オビイイイイイル様じゃああああああ!!! イイヤッッホオオオオオオオオオ!!!(※以下省略)


 一通りの『お約束』が一巡するのを見計らった沖田がスッと両腕で鎮める動作を行うと、さながらビデオ映像の一時停止宜しくピタリと動きを止める辺りがやはりただモノではない、部下達。


「宴の開始は30分後だ、分かったか野郎アンド女郎めろうども!!」

「「「「「「「サー・イェッ・サー!!!!!!!!」」」」」」

 全員が全員、定規で引き延ばした様な直立不動。


 ここでメイド長がヒョコリと沖田の隣に並び立つ。

「野暮と無粋を承知で私から一言――一人でもかかったら大変になるんだから、総員、足の指と裏は丁寧に洗うこと!! 分かったわね!!」

「「「「「「「メム・イエス・メェム!!!!!!」」」」」」」


 ……これは言うまでも無く、『水虫』のことである。この時代に合っても人類は『白癬菌はくせんきん』の魔の手(足?)から逃れることが果たせずにいた。基本的に気密服を着用、っぱなしのパイロットからすれば職業病の様なもの。三ヶ月ほど前、この『ハイランド』では誰とは言わないが、発症、わずらった一人のお陰で大変な事になったのは記憶に新しいところである。


 ある日、男子風呂は脱衣所の足拭きマットから『白癬菌』がめでたく検出された結果、パイロット男子全員及び整備士達は直ちにスッポンポンにかれ、医療着を強制的に着用された挙げ句、医務室に一人ずつ呼びつけられることとなったのである。



   ◆ ◆ ◆


「――よし、まずは58号、入れ」

 医務室前で隔離、体育座りを強制された男子達の中で、一番先に呼ばれた沖田クリストファ?であった。58号って……俺のことだよな??

「いや、あのさ、飛行番号で呼ばないで欲しいんだけど……囚人みたいやし……あと、僕、一応隊長じゃけんね……」

 医務室に入室、衝立ついたて、カーテン向こうにそう声掛けを行ったのだが。

「入れ、と言っただろう。聞こえなかったのか、58号」

 ハイ、と項垂うなだれてカーテンを潜る。オテヤワラカニオネガイシマツ。


「今日はどうしました?」

 丸椅子に座った軍医殿が明るく尋ねてきたが、ったく、本当にバカヤローとしか答えようがないわ! オノレ等がパンツまで引き下ろして強引に連行してきたんじゃろうが!! たわけ!! たちまちブチ切れたろか!! って広島弁で突っ込めたら気持ち良いだろうなあ。でもンなことなんて言える訳もないので。


「コントは要らないから早く水虫のチェック、して下さい」

 ちっ、とつまらなそうな軍医、正確には医療技師であるオチミズ准尉が舌打ちを行った。普段は厨房で高笑いを行いながら中華鍋を振るうか、怪しい煙を立てる寸同鍋を邪悪な笑顔でき回しているか、の彼女であったが。


「――ふむ、シロですな」

 沖田の知らない医療機器を操作したオチミズ女史が頷いた。

「よかった……」

 心から安堵した沖田だったが。


「よくねえよ――この場合のシロ、ってのは『白癬菌』のことデス」

「なんでそんな言葉のトラップ仕込んでんのーーーっ!?!?」

 涙目ってレベルではない沖田である。上げてから落とすとか鬼畜にも程があるわ!


「まあ、なんの気休めにもならんかもしれませんが、沖田隊長のこれは明らかに他の第三者から最近、伝染うつされたものですな。実際、まだほとんど自覚症状もなかったでしょ? そう言う意味ではクロ、ホンボシは他にいるようね……ククク……フハハハハ」

 お薬出しておきますねー、と薬品各種をき出しで手渡された沖田が失意のまま、医務室を後にする。もはやプライバシーもヘッタクレも無い状態。沖田が医薬品片手に退室してきたことで、その場の『101』、男子共は大いに盛り上がるのだった。


「隊長!! もしかしてエーンガチョすか、すか!?」

「ねえねえ、今どんな気持ち??? ねえどんな気持ち???」

 ったく人の気も知らねえで、煽りおるわ……沖田、自然と口の端が邪悪に傾いた。


「犯人はこの中に居る、そんな確信を新たにした! つまり、僕、以降に診察を受ける君達の中に、真犯人は存在しているのだ!! オイは伝染うつされただけの初期症状!! ざ・ま・あ!!!!」


 軽快にトントンとリズムを取り左右に跳ね踊る沖田の発言。ガビーン、喩えるのならそんな効果音が盛大に医務室前廊下を響き渡った。見た目は女、頭脳は男! その名は(略)。


「ああ……次は……32号だ……」

「ハイ……」

 次に呼ばれた里山だったが、どうしたことか殊更に暗い顔で医務室内へと入っていくのだった。



   ◆ ◆ ◆



「里山さん、出来れば最後に入ってくださいね」

 スルール少尉ことハサンが無慈悲に口にした。

「もう治っているってばよおおお許してくれよおおおおおおお!!!」

 そう、件の『水虫』犯人は里山剣中尉なのであった。幸い、本人以外は初期も初期の状態だったので笑い話で済んでは居るが、そもそも猛烈な足のかゆみという典型的な症状を自覚していたにも関わらず放置していた里山の罪は重く、「お前の罪を数えろ」とばかりに入浴時間を盛大に皆からエンガチョとズラされ、浴室の清掃を一人で行う、まあ妥当な罰ゲームを受けることとなっていた。もっとも、浴室掃除、男子のそれはパイロット、整備士の持ち回りでやっていたこともあって罰、と言う程のことは無かったのだが。付け加えると、男子トイレの清掃も同じであり、この様な状況下では美談になりようもないが、いわゆるパイロット達が上げぜん、下げ膳の『王族』をやっていない、一つの証明ではある筈だ。ベッドメイキング、衣服の洗濯、アイロン掛けも靴磨きも全て、自前。言うまでも無く、有事の際及び作戦行動中はこの限りではなかったが。


「ちょっと、近寄らないで下さい、里山菌が伝染うつります――」

「小学生かおまいらはーーーー!!!!」

 そんな顔で俺を見るなあああ、ムンクの『叫び』さながらに自らのみならず周囲空間をゆがませている里山だったが。


「ああもう、色々と省略――総員は直ちに入浴準備、掛かれーーーっ!!」

 メイド長の注意喚起も終わったと判断、沖田が号令を発した。哀れな里山に助け船を出してやりたかった気持ちもある。

「「「「「「「サー・イェッ・サー!!!!!!!!」」」」」」


 メイド組が引いてきたカート上にはパイロットそれぞれの換え下着、及び基地内作業服いわゆるジャージである、バスタオル、手拭いのセットが完璧な清潔さでまとめられていた。

 助かります、等とメイド達に一礼しながら各々が自分の分を手に取って浴場『金剛湯』へ賑やかながらも整然と向かうのを見送る沖田である。隊長として、ちょっとだけ仕事が残っていたからだ。


「マリベルさん、僕の部屋、卓上に『白州はくしゅう』が二本、置いてあるので用意、お願いします。少量になるけど、まあ、みんなで飲めるかと――勿論、ドラゴンメイズ達も、だけど」

「あら、それはまた素晴らしいですね、『白州』とは――隠してたの?」

 マリベルの疑問も当然のものだったろう。この『ハイランド』は何しろ辺境も辺境、ド辺境に位置していることもあったので、嗜好品類は慢性的に不足しがちなのである。まあ、多くを望まなければ普通にビールは飲めるし、普段飲みの蒸留酒、醸造酒には事欠かない状況ではあったのだが、今回の様に一風変わったビンテージもの、となるとどうしても来たるべき次、或いはのその次、の補給を待たねばならない現実がある。宇宙軍の補給船は基本的に月に一度、しか来てくれないのだ。


「いや、ついさっき、『ハバロフスク』の艦長から個人的に頂いた品です――あとで御礼のメールしておかないと」

「ほっほう――分かりました、『白州』があるとなるとちょっと他のウィスキーも奮発してお出ししましょうかね、こんな時だし――確か『ひびき』、『山崎』が何本か、あったっけな……」

 メイド長ことマリベル・リンス特技中尉がその脳裏のワインセラー、酒蔵を物色していると、司令レスターが割って入って来た。

「ワシの部屋、金庫の中にマッカランの逸品が三本、入っている。この際、空けてやってくれ。今日は呑むのに打って付けの日、なのだろう?」

「おお! 大佐、素晴らしいお気遣いありがとうございます!」

「……お前こう言う時だけ『大佐』って呼ぶのね……まあいいけどさ……」

 正直、この人数で白州が二本、は少しばかり寂しかったのでマリベルとこのレスターの申し出は大変に嬉しいものだった。


「素晴らしい――これは私も楽しみですわね。今夜は『マスター』になっちゃおうかしら……」

 彼女は『ハイランド』内の酒場兼喫茶室、『バーボン・ハウス』の支配人、マスターでもあるのだった。基本は何もかもがセルフサービスの同店ではあったのだが、その時の気分によってマリベル、他がバーカウンターに詰めることがあり、沖田なども幾度か、ベストにネクタイ着用でバーテン役を務めさせてもらったことがある。生来の器用さ、几帳面きちょうめんさも相俟あいまって、今ではマリベルの次に美味い『マティーニ』を作るバーテンとして顧客から認識されている沖田であったりした。


「良いんじゃない? マリベルさんのバーテン衣装、りんとしていて好きなんですよね、僕」

「……お上手ね、隊長さん――ともかく、早くお風呂にどうぞ」

 ホホホ、と口元に右手をあてがって上品に笑ったメイド長であったが、レスター等からすると照れ隠しのそれ、代替行為にしか見えなかった。ったく、素で『らし』な部分、本質があることにこの沖田、本人が気付いていないのがなんとも罪深いやら、何やら……。


「ほんじゃ、お言葉に甘えさせていただきます――後はお任せしますね」


 ハービバ、ノンノン!! 着替えを受け取り、奇声と共に怪しげなスキップで『金剛湯』に向かう沖田クリストファであった。







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