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光芒のライト=ブリンガ  作者: Yuki=Mitsuhashi
Chapter:02
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Chapter:02-11

Chapter:02-11



【AD:2359-12-14】

【衛星基地『ハイランド』】


 全太陽系に向けられる臨時放送は、レスター大佐が示した時刻から五分程遅れて開始されるようで、主要メディアはその多くが緊急臨時放送へと切り替わっていた。『ハイランド』はメイン・ブリーフィングルームには沖田を始めとするパイロット達のみならず、その後方支援を担当する後方兵科こうほうへいかの面々も顔を揃えており、華やかなメイドの皆さんがズラリと並び座る様はなかなかどうして、眼福に値するものではあった。


 徹底した省人化が図られていることもあり、この『ハイランド』には総勢で40名程の人員しか存在しておらず、内訳はざっと以下の通り。


 ・司令官    × 01

 ・パイロット  × 11

 ・整備士    × 15

 ・衛生士    × 02

 ・後方兵科要員 × 10


 実にこれだけの数の艦載機、パイロットを抱えていながら、整備士がこの少数で間に合っているのは、いわゆるPMS(Parallel Maintenance System=並列整備機構)の存在が大きい。

 高性能の整備筐体せいびきょうたいをやはり高性能の人工知能群が運用する、この最新システムのある意味での特権的な先行採用は、重機含めた整備機器類に振り回される、肉体含めた精神消耗の日々から整備士達を解放するものであり、転じてその省人化に多大な貢献を果たしていたのである。特殊飛行部隊という事情もあったから、『機付きづき』、つまり『一機体に一人の担当整備士』の線は譲られなかったこともあってこの人数となっているが、実際の所、その束縛から解放されれば整備士は更にこの半分の人数でも問題無く部隊は回せるのでは無いか、となってきている今日この頃であった。なお、沖田はこれに関して今以上の省人化は考えてもいない。『機付』のシステムは一面だけを見れば無駄かも知れないが、必要なものだと思っている、強く。長くも無い、実体験的に考えて、であるが!


 衛生に関しては栄養士と医療技師を兼任、これもやはり高度に発達した医療機器の恩恵が大きく、またこの部隊は基本的に皆が健康体であることもあって、ほとんど食事の指導に始まる栄養士としての役回りに圧倒的比重が置かれており、もはや隊員達からすれば厨房の烹炊ほうすい担当、コックとして馴染みの深い存在になっていると言って良いだろう。旧日本海軍、自衛隊の伝統を勝手にパクり引き継いだ結果、毎週金曜日にはカレーライスが供される、等、その食事、献立の内容は大変豊かであり、幅広いものとなっている。なおそんな『ハイランド』食堂で最大の人気を誇るメニューは『レバニラ炒めと餃子』であり、ビールに始まる酒好きは勿論、酒を苦手とする右党うとうからしてもホカホカの丼飯に抜群に合う、「風が語り掛けます。美味い、美味すぎる!!!」との誉れ高い、絶品、逸品メニューなのであった。


 最後の後方兵科要員、との響きは、いわゆる『第101特殊作戦航空団』の縁の下、つまりは『艦載機を飛ばす以外の全任務』に従事する人間達、役職の総称である。外部との通信、またほとんど必要は無かったが衛星基地『ハイランド』にける警務作業、そして各種需品、兵站へいたんを管理する補給。

 飛竜を意味する艦載機ワイヴァーンにあやかって『ドラゴンメイド』と呼ばれる彼等は――全員が女性である――基本的にリーダーであるマリベル・リンス特技中尉によって組まれたシフト編成で流動、合理的に日々の任務、タスク消化を行っており、また最低限の整備技能、資格も持ち合わせている彼等は必要があれば整備作業班のサポートを行うことまでも可能であったし、また医療行為関連のそれに携わることも多かった。

 当基地を訪れになられた際にあなたの運が良ければ、定期的な予防接種から涙目で逃げ回るパイロット他達を得物えもの両手で捕獲に掛かる武装したメイド集団、そんな心温まるシーンを観ることも可能であろう。


 ……まあ早い話が皆から頼られる『あなたの基地の便利屋さん』であり、基本的に日々、基地内各施設の清掃と喫食サポート、パイロットいびり、逆セクハラ等に従事している実に頼もしい存在なのであった。

 通常時は支給されている軍服、作業服等ではなく、クラシックなメイド服や割烹着かっぽうぎを着用の上で任務に従事をしているが、これは実質の閉鎖空間で長期間を過ごすこととなる隊員達に対する精神的な養生ようじょう、及び安息、士気高揚効果の付与が期待できる、等々と『メイド長』ことリンス特技中尉がゴリ押した結果、総責任者でもあるハインリヒ・レスター大佐の『承認すきにしてくれ』を正規に受けたものであって、断じて自称するところの『メイド長』であるリンス特技中尉の個人的な趣味、こだわり等ではなかったことは堅く明記しておかなければならない。それにしても何なのだこの日本語は。


 以上が、いわゆる『第101特殊作戦航空団』、その『体制』となる。沖田クリストファ少佐は厳密には『飛行隊』の隊長に過ぎない、のが正確なところである。


 あるぇー、実はショボいんだぞー!! 


 僕、超しょぼーーーー!!! 


 しょぼー(((残響音)))!!!


 とは言え……序列的にはまあ

 『司令官オヤジ > 沖田ぼく ≧ メイド長 ((越えられない壁)) ←無謀ムラサメ大尉キャプテン

 なのであろう。だが、何が恐ろしいかというとこの数式は必ずしも恒常確定的なものではない、一点にあるのだろう。それが正しいのか間違っているのか、分からなくなってきている今日この頃の沖田、なのである。まあ、どうでも良いが。良くないかもしれぬが。と言うか軍隊的には間違っているだろう確実に。そしてシモーヌの立ち位置がこうして見ると悲しいものに見えてならないのは気の所為だろうか。嗚呼ああ


 ……にしても、やはり整備組の人達は無理があったか、ブリーフィングルームを眺め渡した沖田は一人、思った。帰艦直後の機体チェックと軽メンテナンスに彼等が従事しているのは正しいことでもあったが、出来ればこの場にいて欲しかった気もする。もっとも、作業しながらでも視聴する様に、とメイド経由で命令は行っている筈であったが。


 また、飛行隊長の身としては、パイロット組は帰艦直後と言うこともあり、不満もあるのではないかと気になるところであったが――言うまでも無く、一っ風呂浴びてビールとウィスキーでヒャッハーを確約していたのは沖田自身でも有ったから――そこは鬼の副長たるシモーヌさんがビシリと仕切ってくれていたのか、それとも沖田が考える以上に彼等が大人だったのか、特にこれと言った不満は無さそうではあったのには安心した。まあ、みんな僕より実際に年齢、上なんだけどさ。唯一例外のミランダなども実質母親兼教育役であるアルトリアの隣で大人しく着席もしているようで、何よりだ。彼女には後程、個別のレクチャーの場を設ける必要があるだろうけれど。


 ……お、放送が始まった。



『一年前、結果的に大悲劇となった『火星沖会戦』。これにあって国政を未曾有みぞうの大混乱に至らしめ、またいたずらに若い将兵達の掛け替えのない生命を数多と散らしておきながら、内省も反省も考察も無く、ただただ旧態依然、実質の既得権益化、さながら王族による階級継承とばかりに続く政治体制をこれはもはや看過かんか、許容出来ないとの結論に至りました。国民の皆様にはどうかご理解頂きたく思います』


 このシャルル・ヘイスティング元帥の演説、のっけ、冒頭の段階で衝撃を受けなかった者はこの場には存在しなかっただろう。沖田自身も含め、『火星沖会戦』と言う言葉、響きが出てくるとは想定だにしていなかったからである。大人数が詰めていながら、誰もが口を閉ざしたまま、皆、呼吸すら止めているのでは無いか、それ程の静寂を保つブリーフィングルームの空気の中、画面向こうのヘイスティング元帥は賛同の表明の得られた各組織、軍、また自治国家の名称を読み上げ続けていた。


 自分達が命を賭けた戦い、そして多くのものを失った、戦争。


『クリストファ、私、怖いの――本当は、凄く怖い――』

 不意に呼び起こされた記憶。沖田は無意識の内に下唇をギリと噛み締めた。あの日、アネット・ヘイスティング中尉は本当に震える身体、ぐちゃぐちゃな顔で僕にすがってきたのでは無かったか。

 そのプライド、ささやかな矜持きょうじもかなぐり捨てて、助けを求めてきたんじゃ無かったか。

 もっともっと、僕にやれたことはあったのではなかったか。なんで、どうして、助けられなかったんだろう。どうして、僕だけこうして生き残ってしまったのだろう。僕は、英雄なんかじゃないんだ。断じて、英雄などでは、ないんだ――


 現実世界で、ぐ、と右腕を引いてきたのは隣に座っている副長、シモーヌだった。次いで、その右手をやはりやんわりと、これは包んでくれた。『大丈夫よ』間違いなく、そう全身で訴えてくれているシモーヌに感謝しつつ、その手を握り返した。それにしても、嫌な汗が先程から止まらない。


『国民の皆様方、どうか落ち着いた行動をお願い致します。これより早ければ一時間後、文書という形で改めて詳細を発表させて頂きます。改めて国民の皆様方にとって、良き日でありますように――これは、私の嘘偽りなき、本心であります』


 いつの間にか終わっていたそんな簡潔な演説だった。配信元のTV局はそのまま、繰り返しの臨時緊急放送へと移行させたようだった。L字型放送と呼ばれる放送形態であり、まず災害時にしか、見ないものだったが。


 一同が未だに沈黙を保つ中、沖田から目配せを受けたレスターが起立し、壁際のマリベル・リンス特技中尉、ことメイド長が「総員傾聴!」と号令を掛けた。全員が一斉にその背筋をビシ張り伸ばす。メイド長すげえ。


「諸君、驚かれている事だろうとは思うが、ご覧のように世界は大きく変わろうとしており――また、現時点で我々の所属する統合軍はヘイスティング元帥の支持を表明するところとなっている。各種の指令諸々は改めて後に届くこととなろうが、現状、『101』は基地内にて待機状態に着くように、と非公式命令が出ているところである」

 ここでレスターは室内をゆっくり、見回した。

「……クーデターと聞くと、剣呑けんのんな響きがあると思う者も多いだろうと思われるが、世界の激変を伴うものではない、ようであるからそれは安心して欲しい。また、諸君等が推測しているように、私は少なからぬ事情を知って、ここに立っている。質問があれば、答えられるものは答えたいと思う。自由な議論を期待する」


 隣のシモーヌが発言を試みようとする気配を悟って、沖田が挙手を行った。さすがに、この仕事を副長に投げる訳にも行かなかった。

「沖田」

 大佐から発言を認められた沖田は室内の視線、全てを浴びながらゆっくりと起ち上がった。


「……未だ詳細、細部がハッキリしていないこともあり、軽々な発言はいましめられるべきだとは思いますが、率直なことを言うと、軍事、軍部が政権を持つとなるとこれは大変に危険だ、と多くの国民からは思われるのでは無いか、と思いますが、その点についてお教え頂けるのなら、とまずは思います」

 口にした後で、まるで自分が軍人では無いみたいな口振りであったかな、とも気付いたが、まあ問題なかろう、沖田はそう判断した。また、間接的にではあるが、部下達、この場の人間に『自分は何も詳しいことは知らないんだ』と伝えておく必要があったこともある。


「物凄く分かる質問だ。詳細はこの後に発表されるところとなっているが、ここ『ハイランド』が実質の閉鎖環境である事を加味し、私の独断で説明させてもらう――」

 レスター、ここで卓上に置かれたパック水で喉を湿らせた。

「――政治運営は全て人工知能群に委任し、人間が行うのはその監視、管理、そして最低限の修正ということになる。知っている者も多いだろうが、これは実は『エテルナ』では採用されて久しいシステムとなっている。試験的採用を含めれば十年以上が経過しているようだが、特に深刻な問題が見当たらないのは、あの『星』の躍進振りを見ていれば明白だと思う。付け加えると大昔、『あのフリストフ・ブルクハルト』が計画だけはしていた、ようである」

 『エテルナ』と来たか、と何名かが大きく頷く気配。その響きには確かに、大変な説得力があった。悪く言えば歴史の浅い、良く言えば若い国家であり、その政策運用が極めて柔軟性に富んだものであることは多くの人間が知っている。しかし、それが人工知能に基づく運営だった、と言うのは沖田を始めとして知らない人間の方が多かった筈だ。


「……人間の行う、その修正監視、その立場に軍人が関わるとなると問題の本質は変わらないことになるかと思いますが……」

 かつて存在した――厳密に言えば今なお、この地球上にその後継者、信奉者達は細々とシーラカンスやカモノハシ、レッサーパンダやカブトガニの様に残ってはいるが――共産主義国家と同じ問題が危惧きぐされるのも当然である。『管理側』の権力構造が絶対的に強固になり過ぎる、そんな宿命からそのシステムがついぞ、脱却を果たせなかったのは歴史が証明していた筈だ。この時代にあって、その二の舞を演じる愚は犯さないだろうとも思うが、それでも掘り下げて尋ねておかなければならなかった。


 また実の所、沖田自身も特に優れて精通しているわけではないのだが、『この手の話』を苦手とする、或いはそもそも興味関心の持ち合わせの無い人間が、間違いなくこの場に存在していることもある。ったく、もっと普段から口を酸っぱくして機体操縦だけでなく、分野広く勉強をしておくんだ、と言っておくべきだっただろうか。具体的に言えば一見、しかめっ面をして謎の雰囲気、凄まじいオーラちからを周囲に余すところなくかもき散らしている様に見えるジャスティン・シューマッハ特技少尉などは、まず間違いなく、「早くビールをめてレバニラ食いてえ」としか考えていないだろう。違ったらすまんが!


「沖田の質問は素晴らしい。その通りなのだが、それは無意味な心配、杞憂きゆうとなるだろう。今回のクーデター……この表現も今後どうなるかはわからんが、まあ現状こうとしか呼びようがない、クーデターに参加した軍人、面々は元より、政治家を始めとした当事者達がその監視役、役職に就くのは厳しく禁じられること、これは決定されている」

「君臨しなければ、統治もせず――であると?」

 脳裏へと浮かんだそれをほとんど推敲すいこうなし、そのままで口にした沖田だったが、我ながら妙な表現を思い付いたものだ、と呆れを覚えてはいる。普段から部下達を含め、アドリブ即興のボケノリツッコミに特化している効果であるのかもしれない。ああ嫌だ嫌だ。


「上手い表現を使うな、その通りだ。人工知能による処理工程、ログは全てがリアルタイムで一般公開されることとなるな」

「……ログの監視だとか政策を含めた計画を一般市民が閲覧できるのは素晴らしいのでしょうが……ううん……」

 殊更ことさらあら探しをしているつもりはないのだが、立場が立場でもあるので、軽々に引き下がることは出来ない沖田である。どうも、こちらが想像していたよりも、この爺さんが『深入り』している点に改めて気付いたこともある。ドップリにも程があんだろ、じじい……。


「ドップリ……ごほん……良いことだらけ、に聞こえることは聞こえますね」

 あっぶね……あわや、思っていたことをそのまま口にするところだった。それはともかくとして、いい加減、隊長である自分の立ち位置を少しでも示しておかないと困惑する連中もいるのだろうが、それでも発言の一つ、一つにも気を払ってしまう沖田ではある。できれば、ここにいる一人一人、個人個人で意見を持って貰いたいし、最終的には自分自身で判断して欲しい。価値観や思想の押し付け、これは沖田がもっとも忌み嫌うものだった。極論になるが、レバニラに始まる食事の方が大切、ならそれはそれで良いのかもしれん。


「また当然、その監視役、管理者はこれは長期間、その地位に留まることは望ましくない事になる。エテルナを参考にすれば任期は長くても四年間、が目安となるのだろうな。彼等はこれとは別に、いわゆる大統領選挙を始めとした議員選挙も行っているが、これもまた、大統領や政権が人工知能に対して直接の干渉は行えない仕組みになっておるらしい」

 具体的な数字が出てくるところで手元のメモに目を落としているようなレスターだったが、それだけ、彼自身もここでの発言に気を配っている、と言う証明に他ならないのだろう。


「先程から『エテルナ』と言う言葉が出てくるようですが、例えば、その、システム自体をなんつうかこう……模倣というか言葉はアレですがパクリというか、する、と言う方法は取らないのですか? それが手っ取り早い気がしますが。確かエテルナでは『セレスティア』とか名前でしたっけ? 軌道エレベータ『ノーザンクロス』のモデルになっていたのは」

 いわゆる航宙力学を始めとし、『エテルナ』のあらゆる技術が太陽系を凌駕した証明の一つ、象徴の最たるものでもある『ノーザンクロス』の名前を沖田は口にした。

「……まあ、アレに関しては基礎設計は太陽系側のモノだしね、とちょっと突っ込んでおきたいところではあるが、まあそうなるな。沖田の指摘通り、確かに『ノーザンクロス』は前例、好例になるのかもしれんな……」

 レスター大佐、思わず苦笑い。沖田の発言内容の鋭さもそうだが、自分にここまで喋らせるのは本当に、大したものだと思う。


「『エテルナ』かあ……」

 時間があれば――無ければ作ってでも――そんな『エテルナ』の様々な部分、詳細を自分なりにもっと調べておかないとならないな、沖田は静かに決意した。ほとんどこれまで意識したことはなかったのだが、何処か不思議と国名、その響きを始めとして、その存在が気になり始めたこともある。


「……言葉を飾っても仕方無いし、今更ここで諸君に対して口を閉ざすのも無意味だから言ってしまうが、ヘイスティング氏は『エテルナ』との関係を良い意味で深化させたい、友好を深めたい、と考えているようだ。まあ、色々とパクることになるんじゃないかなあ、合法的に……」

 合法的なパクリ、とかなんかものすげーパワーワード、キタコレ! 部屋の空気、雰囲気に言葉を宛てるとすればこうなったことだろう。


「個人的には『エテルナ』と関係を深めておく、この一点は重要だと思います。今のどこかいびつな関係は後々、問題になりそうな気はしておりましたし」

 経済発展、状態は言うまでも無く、航宙技術を始めとした宇宙物理、医療分野のそれも含めて、エテルナ側の独壇場となっているのは誰もが知る事実でもあった。内乱も無く、一枚岩となれている国家の強みがある、と沖田などは分析しているが。その一方で、なんだかんだとこちら太陽系惑星連合は内憂外患ないゆうがいかんが絶えない状態が続いている。結果的にそのトドメ、象徴となったのが先の『火星沖会戦』だった、そんな皮肉。


「現状、我々が彼等に勝っているのは『実軍事力』ぐらいなものです。もっとも、これは彼等が戦力と呼べるものをそもそも保有していない、というだけの話ですが」

 沖田のこの発言は、室内にどよめきを産むこととなった。本人としては何て事の無い発言、その延長でしかなかったのだが。まあ、タブーではあるんだろうか、これは。


「ん、んんっ――まあ、私から答えられるものはそんなところだろうか。他に何かある者はいるか?」

 どこか咳払いして間を持たせるレスターであった。ぐるりと室内を見渡し、沖田の隣に座っているムラサメ大尉に目を向けた。


「……言おうかなあ、と思っていたこと、全部隊長が代弁してくれたので無いです……多分みんなもそうじゃないかなー」

 期待に応えられずスミマセン、のような顔の副長の言葉に、多くの人間が同時に頷いた。


「現時点では質問というか、感想みたいなものにしかなりませんね。判断材料が少ないことと、憶測、推測を含んだままではね」

 自他共に認める『101』にあっての情報通、エディ・クランスキー中尉が続けた。大変な報道、ニュース好きで暇があればどこにあっても電子ネットワーク端末を開いているような男である。沖田等も例えば腑に落ちないニュース、報道に触れた際はエディに確認を取ることが多かったりはする。そのニュースソースの出所を含め、その報道に乗せられている意図等も解説してくれるので、非常に分かり易いのである。


組長オヤジさんも、今の段階で『101』としてどうこう、なんて最初から求めていない訳でしょ?」

 あくまでも飄々《ひょうひょう》とエディ。議論のハードルをこれで下げているつもりなのかもしれない。

「全く、その通りだ、中尉。せっかくだ、多分、この沖田隊長が口にするのを遠慮していた『感想』について思うところを語ってみてはくれないか? 後学というか、私自身が聞いてみたいのだがね」

 レスターの言葉に沖田、小さく両肩をすくませた。まあ竦ませるまでもなく、華奢きゃしゃな両肩、で肩だったのだけれど。にしても、全く食えない組長オヤジである。自分がこの場の皆、それぞれの判断に影響を及ぼしかねない発言、この場合は感想、所感を意識して控えていたことを看破しているようで……。


「そですね、隊長が口にしちゃうより、『ペーペー』の自分が今の気持ち、感想を身勝手に語っちゃう方が良いでしょうねえ、それは」

 では、と断ってクランスキー中尉は起ち上がった。全員が注目する中、大きい深呼吸を一つ。



「単刀直入に言ってしまえば、ヘイスティング元帥の先の演説にはいたく感動しました!!」



 おおっ、と歓声が所々から上がった。それで良いんだ、と同調した向き、雰囲気の歓声と沖田などは捉えたが。いや、しかし、それでも。エディの表情が普段、見ないものになりつつあるような気が。


「文字通りの地獄であった『火星沖会戦』に、これ程までに言及されるのは、率直に言って感激、果ては感涙を禁じ得ません。どこか無かった事にする世界の『向き』だったり、その戦後の我々に対する処遇待遇を含め、不満、苛立ちを持っていなかった者はここには一人だって居ないはずです――」

 ここでクランスキー中尉、一度言葉を留めたが。


「続けろ、中尉。遠慮はいらん」

 実際のレスターの発言と、他の視線を受けて唾を飲み込んだ。

「僕の分も全力でやっちゃって、エディさん」

 隊長が、ファーストネームで促してきた、この意味。


 すうううううう、とその部屋の全員が聞き取れるほど、息を吸い込んだエディ・クランスキーであった。



「司令と隊長の許可が出た、と判断し、全力で、感情的に行かせていただきますッ!!!」

 無言のまま、力強く頷くレスター、沖田の両名。



「――あの『地獄』、『大地獄』をね、せめて、せめてです、『後世への戒め』とか『教訓』にしないでどうするってんです、と、小官は実は、ずっと声高に叫びたかった!! 何人、何人死んだと思っているんですか、と!! 彼等の『人生』を、『死』を!! 無かったことにするなあああああああーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!」



 クランスキー中尉の隣、エミリナ・ロードス中尉が嗚咽おえつし始めた。彼等が101の前身である第99特殊作戦航空団に参加する前は、同じ中隊に籍を置いていたことは皆が知っている。



「エサイアス、ヴィクトル、ヘルミーナ! みんな死んでしまった! 帰ってこないし、もう会えない!! 本当に良い奴等だったんだ!! せめて、せめて、彼等の、『人生』に、『死』に意味が、意義があったんだ、ってならないと、ならないとっ――」



「本当に、犬死にじゃないですかぁぁぁあああッ!!!!!」



「なんですか、彼等はアレなんですか――荷電粒子でかれる為に産まれてきたんですか、爆風で弾け飛ぶ為に産まれてきたんですか!?!?」



「そんな死に方、する為に産まれてきた訳じゃないでしょおがあああああああ!!!!!」



 起立を維持、後ろ手に手を組んだまま、クランスキー中尉はその双眸そうぼうから滝のような涙をしとどにあふれ流し落としていた。その凄まじく、鬼気迫る男泣きは、いよいよブリーフィングルーム全体に波及はきゅう、当のパイロット達は元よりとして、後方兵科要員たるメイド達までもが大いに泣き崩れ始めている。彼女達は後方であったとは言え、その全員が『火星沖』に従軍していたのだ。前線に立つ自分達とは異なった思い、懊悩おうのうがあって、しかるべきだっただろう。


 一方で隊長の沖田はこれは、ただ静かに空気を壊すこと無く、座り続けていた。もはや、あの戦争に関してこぼす涙は、その持ち合わせ、絶対的な総量が無かったのだ。


 その代償か。


 忌々しい記憶、思い出と呼ぶにはあまりにも苦々しいそれが無遠慮、のそりとその内奥精神、心象風景にし掛かり、かぶさってきた。



 やめろ。 神聖な、 神聖に過ぎる 今の この状況で


 僕に それを 見せるな ―― 




 見せるんじゃない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!














 見せるな、つってんだろうがああああああああああああああああああああッ!!!!







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