Chapter:02-09
Chapter:02-09
太陽、地球、月、それら重力の均衡点である『ラグランジェ・ポイント』のささやかな一角に、彼ら、『第101特殊作戦航空団モーニング・スター』の『家』は存在していた。ほとんど放置然とした――それは全くの事実ではあったが――状態で漆黒の宇宙空間に浮かび落とされた歪な外観はそれはそれは観察者、目の当たりとする人々の目を大いに剥かせ、驚かせるものだっただろう。
三隻の宇宙軍艦が、強引に絡み合っているような――表現良く言えばカエデの一葉であるとか、水晶の一塊のような。まあ、大昔も大昔、神話の時代に国籍文化を問わず存在の語られていた双頭、複首の『蛇』の類のような、といった比喩がもっとも伝わり易いものだったかもしれないが。
更に付け加えるのならそれぞれの枝葉なす軍艦がこれまた綺麗なもの、とはとても呼べない代物なのであった。それも当然の話であり、そもそも本来は退役、廃艦処分される予定だったそれぞれの、これ又、使い道が「ほんの幾らかでも」存在していた部位部分だけを強引に食い噛み合わせたものだったからだ。
継ぎ接ぎの補給基地。
名前だけは立派、衛星基地『ハイランド』。
ボロは着てても心は錦、武士は食わねど高楊枝、そう嘯いて、或いは心から楽しんですらもいる隊長が率いる哀れな貧乏部隊、その拠点であり、母港でもある。
実に、拠点衛星基地を新造する余裕すら戦後の宇宙軍には無かったのである。何よりも優先されたのは欠乏甚だしい艦載機群の再生産と、艦艇の補修、建造。
例えそれが貴重なエースを招聘した結果の太陽系最強の飛行隊、第101特殊作戦航空団であったとしてもこれは例外とはならず、かくして強引な集合塊と化した『ハイランド』は、101の結成――再結成と彼等は呼んでいる――初期から彼らの『家』となったのである。
そんな『ハイランド』は『司令官室』。
「やあ、いつもすまんな、マリベル」
盆で差し出された日本式湯飲みを手に取りながら、やや無精気味な白髭を蓄えている宇宙軍服は礼を述べた。謙虚さは、彼が何よりも大事にしている美徳の一つでもあるのだ。その白軍服の節々には『101st-SFGp』と刻まれたエンブレムの存在が確認できるが、これはSpecial Forces Group、を略したものであり、『第101特殊作戦航空団』の英語表記に他ならない。
「玄米茶お好きですねー……紅茶とかコーヒーも種類有るんで、お申し付け頂ければ幾らでも応じますので、レスター大佐」
「まぁ、君も歳を取れば分かるさ、中尉」
ずずっ、とそれはそれは嬉しそうに一口を啜って、初老の宇宙軍服、レスター大佐と呼ばれた男はぎぃと椅子ごと執務室壁面に投影されている戦況概略映像に目を向けた。
「しっかしなんつうかまた、やり過ぎちゃったみたいじゃのう……ウチの小僧共と小娘共は……」
青色で表示されている小さな輝点が、次々と赤表示の輝点領域を無慈悲に陵辱していく、これは正に先の『大演習』の事後レポート(簡易暫定版)であったのだが。
……もう勘弁したってあげてよお、と実際に口にするじじいである。
「やり過ぎた、ってえレベルじゃないですよ、なんかこう言葉通りの『OVER-KILL』、『死体蹴り』にも程があります。圧倒的寡兵で圧倒的勝利とか本当、笑えない……自分が言うのもアレですが、相手にも少しぐらいは達成感的なものを与えるのもお仕事では無いかと……知ってますか? 噂では我々、『第101特殊作戦山賊団』って呼ばれているらしいんですよ……出来れば宇宙海賊、せめて海賊であって欲しいですよホンット……」
「言い得て妙過ぎるな……うーん、どうしてこうなった……」
「……他人事の様に仰っていますが、私の記憶に間違いが無ければ我々の最高責任者は大佐、ご本人だったはずです……」
「……管理責任とか製造者責任を問われるのは、まあワシだわなぁ」
隊長である沖田クリストファ少佐の、ある意味では直属の上司上官とも言えるハインリヒ・レスター大佐はその顎髭を撫で付けて溜息を一つ。退役間際にあって、若いモンのケツ持ち、と言う端から見れば莫迦ではなかろうかとも思われかねない人事は人事であったが、これには他ならないレスター大佐自身の志願があったことを忘れてはならない。どの構成員、パイロット達とも、もはや因縁浅からぬ仲になっていることだし、と。
「ま、『組長』さんが見えないところで頑張ってくれてんのは、あっちら、みんな分かってますけどねー」
木製の盆を胸の前で扇ぐようにして、室内のもう一人、マリベル・リンス特技中尉は快活に笑う。腰元まで伸びるポニーテールも麗しい、女性事務官であり、問題児揃いの『101』構成員の衣食住、その全ての縁の下の力持ち、筆頭でもある。
「……沖田の坊やも含めてだけど、お前さん達、もしかしたらワシの事『組長』って書いて『オヤジ』ってルビ振ってないかえ?」
「それは気の所為と言うものです、組長さん!」
もうどうにでもなーれー、と露骨に顔に文字を刻み浮かべるレスターである。ふん、そうすると沖田が若頭で、里山辺りが鉄砲玉か。後の怖い女衆達はまんま『極道の妻たち』ってか……違和感が無くて困る……。つか『女=妻』って展開は今時、厳しく戒めねばならん部分でも有るのかポリティカル的に考えて。おお面倒くさいくさい。
「……んまあ、こうしていると平和なものなんだがなぁ――って、そろそろ頃合いかな……どうかな……」
リンス特技中尉の理解出来ない独り言を呟きつつ、干菓子――和三盆の落雁――を片手に玄米茶を一つ啜る。この場所が宇宙空間でなければもっと趣、風情があったのかもしれないが。まあ味に変わりなしだ。それにしても和三盆うめぇ。
「――って、あれ?」
先に気付いたのは勧められた月面落雁を断る素振りも見せずにポリンと口にしたばかりのマリベルだった。壁面の立体表示、その一部に重要なメッセージの到着を示すシンボルがチャイム音と共に明滅していた。いや、重要どころではない、これは。
「えっ、物凄いプロテクト、考え得る限り最上位権限のメールが『ハイランド』のメインサーバーに届いたようですが、これは?」
呼び出したウィンドウを手早く操作しながら少尉。どうやら、自分には勿論、隊長の沖田にも閲覧権限が無いようだが。自分がこっち、『ハイランド』に詰めてまだ一年も経過していないけれど、間違いなくこんな事態、状況は初めてのものだった。
「ああ、始まったか――予定通り、大丈夫」
あくまでも平然としたレスター大佐である。
「……ええと、統合軍司令部から送られて来ているのは分かりますが、これって――」
続けようとしたマリベルだったが、ここでレスターが自分の口元に人差し指を一本、立てる。
「取り敢えず自分が確認してから、またみんなに通達する。ちょっと地球本星で面白い事が起ころうとして――いや、起こっているのさ」
「本星ですか? 何が何やら分かりませんが」
「ま、情報封鎖もされとるみたいだしね、しゃーない。また後で君達『ドラゴンメイド』には働いてもらうことになるから、鋭気を養っておいてくれたまえ」
「……了解しました。まあ、言われないでも鬼って言うか竜って言うか、問題児達が居ぬ間に命の洗濯状態ですが、我々は――何かありましたら呼び付けて下さい」
「頼りにしとるよ」
よっこらせ、と腰を上げ、老眼鏡を装着した大佐の暗に退室を促してくる、そんな空気を読めないような人間ではマリベルは無い。文字通りに長いポニーテール、その後ろ髪を引かれる思いはあったのだが退室の際にきちんとそのロングスカートのドレイプを優雅に示す事を忘れない、位には徹底したメイドさんの『在り方』を示すことには成功するのだった。
・
・
・
『全ての連合宇宙軍、その関係者に告げる。各員、各部隊はその規模の大小を問わず、登録された母港並びに所属元に直ちに集結せよ。特殊任務に着いている部隊に関しては別途、詳細が下されるのでそれに従え。繰り返す――』
『ねえ沖田隊長、さっきから定期的、ついでに強制的に送られてきているこの具体性に欠けた命令って、これナニ?』
大した実りもなかった『演習』を終えて合流、『ハイランド』への帰投、途上にあった沖田を始めとする101、その共用無線帯でシモーヌが呟いた。部下達の代弁者となること、ならなくてはならないのが副隊長の大切な仕事でもあった。
特機である『震電』の後をオートパイロットの『ワイヴァーン』が追随する、さながら親ガモに必死で着いて行く子ガモの群れ、のような構図ではあろう。その全てが隊長機『震電』の管制管理下に置かれていたこともあり、パイロットは仮眠も許可されている状態ではあったし、有り体に言うと暇、ではあるのだった。実に母港というか母艦『ハイランド』まで一時間弱、と言う数字。隊員達の多くは耳だけ澄ませながら転た寝をしている、と思われる。
「すまんが僕も分からんのだ――ルミナに言わせると地球本星で何かが発生しているらしいが、詳細は未だに分からないみたい。情報もなんか封鎖されているっぽい」
各機を率い、航行中の『震電』にあってはこれはこれで人工知性体であるルミナに本機の操縦主権を丸投げしていることもあり、隊長のみが保持を許される閲覧権限の強い情報端末に集中できているところではあったが。
『さよけ』
大して興味も関心も実は無かったのか、どこか欠伸混じりの副長。
「……んまあ、どのみち、『帰宅』するのは予定通りでもあったし、一応自分達は特殊部隊の筈なので何かあれば自分に連絡が来るのが筋ってものでしょ――さっきから一応、組長も呼び出しているんだけど、なかなか返事が来ないしね。酒呑んで寝てるんじゃねえだろうなあ」
実は隊長権限で覗き、窺える範囲内では、どう控え目に言っても宇宙軍、と言うか地球本星を含めた太陽系、それ自体が全体的な大混乱に陥っているようなのだが、まあ、今の部下達に伝えてもしょうがない。実際、自分達のような少数、特殊部隊にあってはその独立性もあり、ぶっちゃけ『他人事』なのではあったのは事実である。良くも悪くも『ハイランド』は自分達しか使用していない母港、施設であったし、そもそもが宇宙軍ではなくて統合軍の直轄管理下にある立場もあって、さてさてこの宇宙軍全体に飛ばされている命令はどこまで、自分達に影響力があるのだろうか。
「まあ、今は『ハイランド』に戻って、みんなで一っ風呂浴びて、レバニラ炒めとギョーザで冷え冷えビールをグィッと行くことだけ考えておこうか諸君!!」
『『『イエ――――ーイ!!!!!』』』
劈くような雄叫びが『震電』コックピット内を揺らした。
「あ、そうだ。ハバロフスク艦長のリヴェットさんから至高のウィスキー『白州』を貰ったんだった!! みんなで呑もうぜ!!」
『ヒャッハアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――ー!!!』
『祭じゃ祭じゃあああああああああああああああああああああ!!!!』
『おビール様じゃ!! 白州様じゃあああああああああああああああ――オゲッ』
『オイイイイイイ誰だ、ドサクサに紛れてゲボったヤツはああああああ!!!』
『エーンガチョ、エーンガチョオオオオオ!!!!』
念の為、これは太陽系最強の飛行部隊、その中での遣り取りである……。
……『第101特殊作戦航空団』ではなく、『第101特殊作戦山賊団』と呼ばれるのも無理は無い。
・
・
・
『皆様、間もなく当部隊は『ハイランド』への第三次哨戒圏内へと入りまぁす』
とまあ、アホな遣り取り、下ネタ話に始まる通常の会話を交わしている内に、母艦であり母港、家である『ハイランド』へ接近を人工知性体であるルミナが営業的に伝えてきた。101の構成員各自はある者は仮眠から覚醒し、ある者は携帯ゲーム機のプレイを中断するのだった。
「帰宅のピンポン、鳴らすぜー」
『『『イェーイ!!』』』
羽を休めることの出来る巣が近い、安堵感。飛行機乗りなら、時代、言語を問わず共有できるものの筈だ。胸弾む思いを抱きつつ、無線を開いた。
「『ハイランド』管制、聞こえるか。こちら『モーニング・スター』、沖田少佐。これより帰投体勢に入る。当機は独自の着艦を行うので、以降は副長シモーヌとの交信を密にしろ」
しばしのタイムラグの後、それでも速やかな返信が入る。
『こちら『ハイランド』管制、エーベルヴァイン軍曹です――お疲れ様、ライトニング・マスター。食事と風呂の準備は全て整っておりますよー。以降、副長との交信に入ります』
いつもながら耳触りの良い、ジークリンデ・エーベルヴァインの美声だった。
「おうっ、宜しく頼むよ、ジーク」
沖田、そう応じておきながらここで部下達の各ワイヴァーンとの航行リンクの解除準備に入った。どうやら全員、対応が固まっているようであり、これは流石、としか。
「リンク解除を実行する。各機は以降、『ハイランド』の指示に従え――無事な着艦を済ませ、部屋でパンツ下ろすまでが訓練ですぞー諸君!!」
『最低! 最低! ほんっとに最低!!』
『だがそれがいい!!』
悲鳴と笑い声が共有回線を満たす中、シモーヌ副長だけが一連のオゲフィン会話に参加できていない。そりゃもう、何番のカタパルトに何号機が着艦するか、どのような順番か、進入角度か、と文字通りの天手古舞な状態なのではあった。一昔前とは異なり、優れ発達したコンピュータ群がその大半の労力を買って出てはくれているが、最終確認は人間が、責任者が行わなくてはならない状況に変わるところは無かったのである。
・
・
・
「各自、機体着艦に備えろー。メンテマシンの展開状況、知らせっ」
気密整備服、そのヘルメットを入念に装着しながら命令を飛ばすのは、この『ハイランド』の整備士、メカニックチーフであるスコット・ロードマン少尉である。25歳。先の火星沖会戦では最初から最後までクリストファの58号機、及び特機『ライトニング』、全てのメンテナンスを行った、若いが歴戦の整備兵である。戦後は除隊も視野に入れていたのだが、紆余曲折を経て軍に復帰したクリストファに乞われた結果、この101に参加することとなった。『貴男の整備してくれる戦闘機以外に、乗る気がしないのです』、そう頭を下げられた日のことをスコットは一生、忘れることはないだろう。
『備え、よぉし――メンテロボ、全て問題なぁしです』
淀みない部下の報告にスコットは大きく頷いた。
「こっちには、これから24号機と32号機が飛び込んでくるが、32号機の方はこの後でメーカーさんによる重メンテナンスが控えているから二格(第二格納庫)へ運び込むぞ。恥ずかしくない状態でお返しせにゃならんからなあ!」
最精鋭部隊の縁の下、これ即ち最精鋭の整備部隊で無くてはならない。工場からロールアウトされた状態に少しでも、或いはそれ以上に磨き上げてその古巣へと戻してやるのは、最低限の義務であるとロードマン少尉は考えていたし、部下達がその価値観を等しく共有してくれていることは彼にとってこの上のない、幸福でもあった。
『了解。24号機は通常メンテで三格でよろしいですな?』
「先回りの上手いヤツは嫌いじゃないぜ、チャーリー!」
『ロジャ・アーっす』
そのタイミングで、鼓膜を叩き揺さぶる程の警報音が鳴り響き、赤色の警告灯が派手な明滅を開始した。主格納庫の静謐が一転、戦場となる瞬間だ。
『各自、エアー注――――ー意! 空気抜けんぞ!!』
自身もヘルメット、そのバイザーを降ろしながらスコットは庫内無線に向けて叫んだ。もっとも、マザーコンピュータが厳しく整備士達それぞれの気密服、その状況をチェックはしているので、未装着の状態で主格納庫のゲートが開くことは、まず有り得なかったが。
『竜騎士様達のご帰還だ!』
三重構造のゲートがゆっくりと開かれ始める。既に外部の音は聞こえないので、微震動が床面に磁着している両足から伝わってくるだけである。開かれ始めた外部、漆黒の宇宙空間の果てから飛来する光点が、無数。ゲート側面には【101-0032】と電子表示が青く踊らされている。最初の青から緑、黄色とその色合いに変化が訪れ、最終的には赤となって。
『着艦用――――――――意!!』
自然と安全バーを握り込む右手に力が篭もる中、スコットが叫んだのとほとんど同時。
ごう、と。
ぎゅりり、と。
地球本星は小笠原周辺の海の色に見立てられた、オガサワラブルーに彩られたワイヴァーン32号機、その各ランディングギアが外部離発着甲板に接地、機速を殺し、そして自らを主観下方面へと強引に抑え付ける。マキシマムとロックされたブレーキング部から微かな青白い火花を散らし、そんな翼竜の32番は主格納庫へと荒々しい乱入を果たしてきたのだった。
元より、空気が無い故の完全なる無風――その空間にあってもスコットは自分の全身を吹き叩き付けくる風を、それでも強く感じてしまう。『ワイヴァーン』と言う最高最強の機体がもたらす存在感、雰囲気と呼ぶべきか。
『101-0032、着艦。101-0032、着艦』
人工音声がオールレンジ、艦内無線報告を行い続ける中、実は柔軟な素材で構成されている両翼を畳み上げながら、里山座乗の32号機は完全に移動を止めた。ご丁寧にも、第二格納庫へ結ばれるエレベータ直前での機動停止であり、コックピット・ハッチの第一次装甲がここで跳ね上げられた。
続き、間を置かずにシモーヌ・ムラサメのこれは真紅基調の24号機が着艦し、こちらは臨時の甲板指示兵となっている整備士の誘導を受けて第三格納庫直結のエレベータへとダイレクトに滑り込んでいった。オーバーホール、生産メーカーに里帰りすることとなる32号機とは異なり、規定のメンテナンス後に『彼女』――この場合は艦載機のこと――にはまだ働いて貰う必要があるのだった。
『こちらアームド・ワン、24と32の着艦を確認――リオン、そっちはどうなっている?』
完全に主機関を停止した24号機に向かって身体を飛ばしながら、スコットは別格納庫へ無線を向けた。この『ハイランド』には四つの伸展式外部発着甲板が存在しており、普段から使用されているのはその内の二つ。残りの二つは、予備基であり、緊急時には運用されることとなるのだろう。幸い、結成よりこれまで、定期訓練以外で使用されたことは無かったが。ちなみに、スコット側で二機ばかりの着艦を引き受けているのはメーカー点検に出す機体が存在したことと、また実は通常の『ワイヴァーン』とは異なる武装、システムを施されている機体の存在があった為である。実質、シモーヌ・ムラサメの専用機である24号機は狙撃ユニットに始まる様々なオプション装備が付加された、ちょっとしなくても『ややこしい』機体なのだった。あと、いわゆる指揮官用としての装備もそれには含まれていたこともある。
『アームド・ツー、こちらたった今、皆さん続々と順調に着艦中! おっ、『震電』ちゃんも華麗に着地を決めました! 見事なトリプルアクセルでした! 格納庫内、スタンディングオベーションで迎えられております! なお、今からキス・アンド・クライに自力で戻る模様――さて、シーズン最高得点なるかどうか!?』
リオン・ウー曹長の熱い実況に対して、そりゃすげえ、と演技抜きの苦笑で答えたスコット・ロードマンが目的地であった24号機、そのノーズに辿り着くのと同時に、そのコックピットハッチ、第二装甲がゆっくりと開かれる。
『お疲れです、副長――』
『あいよっ、お疲れぇえ』
鷹揚な簡易敬礼を戻しつつ、副長ことシモーヌ・ムラサメはシート上に立ち上がった。二回、三回と身体全身を使った伸びを行った。首を左右にコキコキと鳴らし掛けたが、これはどうにか思い留まった。
『すまないが、後はお願いしちゃって良いかなぁ――こう見えて結構疲れていてさ……』
スコットから差し出されたパネル映像に指先で電子署名を行いながら、シモーヌはそう口にした。
『お疲れっした! 任せて下さい、ゆっくりしていってね!』
言いながら、既にスコットは24号機を格納ベッドに移動させる手順を行っている。
ガッ、と互いの右拳を打ち合わせて、シモーヌは主格納庫から艦内へと続く気密室へとその身体を飛ばし流すのだった。
・
・
・
『特機は現状固定維持、予定では明日、ラリー・インダストリーの方より特殊輸送船が向けられるようです。演習現場に残してきたケージ諸々も向こうで回収しておくとのことでした』
『そんな話だったね――また後で自分の方でも確認しておくよ』
リオン・ウーに差し出された電子端末に電子署名を施して、沖田は頷いた。
『ちょっと『この子』は現時点では我々では手を出せないところが多すぎますからねえ……』
綺麗に出来るところは綺麗にしてやりたいんですけど、とスタイラスペンを器用に回しながら呟いた整備士であった。まあ、『震電』こと『ライトニング』のあらゆるところが『ブラックボックス』化されているのは周知の事実であったし、実際の所『誰が』『何の為に』『何時』『何処で』建造されたのも分からない代物――ブラック過ぎんだろ軍事兵器的に考えて――らしいけれど、善良な整備士であるリオン・ウー曹長にそんなおぞましい現実をわざわざ教える必要も無かろう。まあ、薄々気付いているとは思うけれど。
おお怖い怖い。
と、今でこそ涼しい顔の出来ている、少なくともその『フリ』は装えている沖田隊長は特機『ライトニング』のそんな『実はナニもカモわからんちん』素性を後になってから聞かされた時には思わず、オノレが開発者ちゃうんかい! と日村博士の胸倉を半狂乱で掴んだりもしたのだが。いやはや、全てが懐かしい――ってほんの一年前の話やんけ! 思い出にするの早過ぎるわボケ! 挙げ句に胸倉掴むつもりが思いっきり乳を掴んでしまってフルボッコにされたのはこっちだったじゃねえか! 悪夢にも程があるわ!!
『ふぅ――こちらで長く預かることになるんだったら補給含めた軽メンテナンスについては先方と話はしなくてはならないね』
紳士である沖田クリストファさんは、あらゆる葛藤、ボケノリ一人突っ込みを脳内で完結させることに成功はしていた。流石である。
『そっすねえ、沖田隊長用の本来の予備機も中々送られてきませんからねえ……』
この場合の予備機とは、本来、沖田が搭乗するべき『ワイヴァーン』の事である。旧58号機というべきか故58号機と呼ぶべきそれは、『震電』に飲まれ埋め込まれて、久しい。幾度も上層部には、いわゆる『ワイヴァーン』の新規配属を上申してはいるのだが……。
『ほんっとに金、無いらしいんだよ……なんだよもう、『お米を買うお金もウチには無いのよ』みたいなこと言われても困るんだけどさあ!』
うがっ、と主観、天井面に向かって噛み付く沖田クリストファ。表現はともかくとして、せっかく唯一無二の特機があるんじゃけぇ黙ってそれを使っていろやカス(意訳)と統合軍は経理監査部から罵られたのは事実であった。
『……そういうわけだから、そこで大人しくしていてくれよな、ルミナ』
本来はワイヴァーン用の整備台を二つ、連結した差し詰め即席特機用整備台で手足を伸ばしハミ出し横たわる『震電』こと『ライトニング』に呼び掛けた。なんつうかあれだ、公園のベンチで泥酔して寝転げている酔っ払いのようにしか見えない……。こいつがわざとこうしていても、もはや驚かぬが。
『ハイヨロコンデ!!』
『……聞き分けが良くて結構なことだ』
思わず苦笑するクリストファと整備士。もっとダダを捏ねるとばかり思っていたのだが。
『ここ一帯のシーリングは施しますか?』
暗にこの整備庫をセキュリティ共に固めるか、とのウー曹長の提案だったが。
『……要らないでしょう。僕以外にこいつをどうこう出来る人はいないみたいですし、ここをロックしちゃうと地味に『ハイランド』内を自由に徘徊しにくくなるっぽいですしねー』
こう見えても『ハイランド』の内部構造を熟知している沖田であった。大体、この閉鎖空間には部外者は一人だって存在しなかった、そんな頼もしくも寂しい事実は存在していたのだ。また、自覚は無いが沖田の話し言葉が隊長としてのものから個人のそれ、に変化を遂げているが、これは降機によって彼自身の気分が通常モード、になりかけている証明でもあった。周囲のほとんどが彼よりも年長であったから、作戦行動外では沖田が部下に対して自然、敬語を用いる場面は多いのである。
『……徘徊って表現が気になりますが、了解しました。お疲れでしょう、ごゆっくりとお休み下さい』
『ええ、そちらも仕事、終わったらきっちり休んで下さいね』
双方とも、気密服装備であったこともあり、どもども、と互いに砕けた敬礼を交わした。
そんなリオン・ウー曹長が周囲の何人かに声掛けを行って作業を開始するのを確認しつつ、ふう、と一つ溜息を吐いた沖田。
風呂入って、部下達と一杯やりたいものだな、とそんなささやかな希望、期待はあったが、さて、とその矢先に、実は想定通りの着信が入った。相手も全く、想像通りで。
『ハインリヒだ。沖田、疲れているところ悪いが、直ぐに司令官室に来てくれ』
「了解しました」
まあ、わざわざタイミングを読んでくれなくても帰参の挨拶ぐらいはするし、そこまで腰が低くなくても良かろうになあ――と自分の事は棚に上げて司令官こと組長に思いを馳せる、沖田クリストファ少佐であった。