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光芒のライト=ブリンガ  作者: Yuki=Mitsuhashi
Chapter:02
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Chapter:02-07

Chapter:02-07



「ちょ、ちょっと、既に二隻が行動不能とか聞いてないぞ!!」

 どうにか寝癖を押し込んだのか、軍帽を斜めにかぶった状態で艦橋に駆け込んできた将校は開口一番、そう叫んだ。


「つい先程、『ヘスティア』の応答信号も消滅したので、三隻が失われた事となりますが」

 冷酷な、しかし現実を淡々と伝える艦長席、艦長であった。この瞬間、不味いコーヒーが更に不味くなった気がしてならない。


「攻撃は三日目以降だ、と報告が上がっていたのではなかったのか!?」

 形だけでも敬礼を行った艦長に対し、返礼もせずに艦長席へと詰め寄る将校。如何にも神経質そうな、官僚めいた空気を持つ四十代手前、と言うところだろうか。

「それは希望的観測に過ぎない、それもどうも非合法の筋で入った情報だった、と記憶しておりますが、アルボガスト准将閣下?」

 艦内の高級士官ルームで取り巻きと共に酒盛りをしているとは聞いていたが、実際にこの准将は大変に酒臭かった。やれやれ、お坊ちゃんのお守りも大変だ。


「おのれ、またしても『第99』――忌まわしい沖田めらがやってくれたか」

 まあ、やられちゃったよねー、ハメられちゃったよねーとは言えない木っ端艦長の立場もあった。まあハメられたも何も、情報の収集能力に致命的な欠如があった、とか考えられないものなのだろうか。望めば結果が伴う、とかお前等の頭は『マクドナルドのハッピーセットかよ』と煽り突っ込みたくもなるが。

「……既に行動可能なのは本艦『ハバロフスク』と随伴の『ステュクス』のみ。出せる艦載機はまあ、10機前後というところですか」

「それだけあれば充分ではないか。こちらには艦砲もあるのだ、とっとと駆逐してしまえ」

 簡単に言いやがるなあ、と喉元まで込み上げた言葉を艦長はどうにか呑み込んだ。艦載機に対する艦砲射撃に過大な期待をされても困るのだが、その辺の基礎知識も無いのだろうか。


「実質の奇襲だったこともあって正確な数字は出ていないようですが、彼等は未だ、全機を出撃させていないようだ、との報告もあります」


「だから何だ――とにかく、木っ端な敵艦載機群などは粉砕してしまえば良い」

「その木っ端に、既に三隻、してやられましたが?」

 思わず、口を付いてしまった。耳聡く聞きつけたアルボガストが苦虫を噛み潰したような表情になる。


「卑劣な奇襲行為の賜物だ! 論評、戦略に値せんよ、こんなもの!!」


 あ、本当に駄目なんだ、こいつ等――


 元よりその感覚はあったが、今となっては確信を持って言える。


 こう言う連中がのさばっていたからこそ、宇宙軍は実質全滅したのだ、と。


 まあ、こう言うと語弊はあるが、そもそも宇宙軍創設よりこっち、いわゆる大規模な軍事行動なんてただの一度もありはしなかった結果、なのかもしれぬ。日々、演習に明け暮れ、たまあに海賊船やら重装備のテロリスト等との小競り合いがあったりした位であり、軍功他を上げにくい事もあって『自分は失敗しない事、他人の粗探しに長けている事、で昇進してきた連中』が上層部に残ると、こうもなろう。ある意味で必然だったのかもしれない。平和と言う環境が組織を腐らせる、なんとも救いようのない結果ではある。


「そもそも、私はあのような愚連隊を『教導隊』扱いすることには反対だった!」

 アルボガストが爪を噛む勢いで唾棄だきしたが、まあ、気持ちは分からないでも無い。『第101特殊作戦航空団』――宇宙軍上層部に刃向かってきた(ように見えるのだろう)連中が、しかも上位組織である統合軍の直轄となっていればそれはそれは面白くないのだろう、そんな想像は容易に着いた。


『これ無理ゲー 愚かな将校 読めぬ敵』


 思わず『ハバロフスク』艦長、心の中で川柳せんりゅうむところであった。ミリタリー川柳って流行らないかな……まあ流行らないだろうなあ……。つか人類の闘争の歴史も長いし一杯詠まれてそうではあるなあ……。有能な敵よりも無能な味方に閉口する、とか誰か言っていたっけか。


「それにしても、寡兵かへいで良くやるもんだ――恐るべし、『101』」

 ヒステリー気味のアルボガストに聞き拾われない独り言を、艦長は呟いた。


 そう、『第101特殊作戦航空団』は新兵器の提案、運用、実践、そして時には演習にあってアグレッサー、敵軍の役割を担ってまで味方を襲撃する任を負った『教導隊』であった。


 そんな『第101』の創設は『火星沖会戦』、その終戦直後に『しょぼく』さかのぼる。実の所、結成から一年弱しか経過していない若い部隊ではあるのだが、それでもここに至るまでのささやかな歴史、来歴は存在していた。


 剣林弾雨けんりんだんう屍山血河しざんけつがと言う表現も生温い――かくも形容される修羅場、鉄火場、土壇場、戦場であった『火星沖会戦』にあって、統計学的にも有り得ない確率、それこそ奇跡的な生残性、生存率を発揮したエース部隊、『連合宇宙軍第99特殊作戦航空団』、通称『モーニング・スター』がこの前身に当たると言っても良いのだろう。


 戦後尚、損耗の甚だしかった連合宇宙軍、組織としての軍、それ自体の根幹の運用法、初歩へと立ち返ることとなり、その判断が結果的にウルトラ・エース達の集う集団、その再結成を決定する段へと辿り至ったのである。その特性上、宇宙軍管理下では無く、統合司令部の直轄管理下となったのだが、これは確かに多くの宇宙軍将校、幹部を落胆させる決定ではあったのだろう。名目、建前だけは『宇宙軍所属』であるが、その実、宇宙軍には人事を含めた装備面、兵站他の指揮権限が無いという在る意味で『アンタッチャブル』であり、独立した存在。


 あまりにも『個性』、『特性』、何よりも『権限』の強過ぎる部隊となってしまう可能性、危険性を指摘する意見もあるにはあったのだが――主に旧宇宙軍閥から――とにかく優秀な即戦力、人材の決定的な不足という現実が統合軍司令、首脳部を焦らせた部分は否めない。また、統合軍からの信頼を宇宙軍は基本的に喪失していた事が大きかったのだろう。この後に及んで安全な後方で椅子を温め、奪い合っているような人間の存在は本当に必要無かったのである。


 その結果、一度は太陽系内で散り散りとなっていた旧『モーニング・スター』の構成員、エース達は、終戦より三ヶ月を数えることもなく再度、『一点』へと集められる事となったのである。正に、統合軍による超法規的措置、強権手段に依るものであり、そこにいわゆる宇宙軍のお歴々は『一枚も』噛むことが許されなかったのである。


 ここに、実質『第99特殊作戦航空団』はその番号、数字だけ変更した『第101特殊作戦航空団』として再結成されることとなり、更なる戦術略を含めた運用模索が期待される存在となった。なってしまった。


 さて、改めて『モーニング・スター』の号を戴くこととなった新設の特殊作戦航空団としての101ではあったが、全て事が順調に運んだとは言い難かった。


 指揮官役であり、隊長格――実質目付役――となる人物の絞り込みには低からぬハードルが存在していたのだ。就任が内定されていた存在もあるにはあったのだが、結果的にそのリーダー、隊長として迎えられることとなったのは『第99特戦団』、その隊長役を最後まで勤め上げた一人のスーパー・ウルトラ・グレート・デリシャス・ワンダフル・ボンバー・エースだった。


 『エースの中のエース』と呼ばれ、友軍からは『白の戦慄』と尊敬と賞賛、そして畏怖の念を。当時の敵勢力からは『白い悪魔』として敵意殺意と恐怖を向け注がれた存在であり、元99構成員の誰一人として『彼』以外の下に着くことを、そして何よりも『彼』を差し置いて隊長の座に就くことをいさぎしとしなかった、統合軍首脳部にとっても恐ろしい現実が海王星の大地よりも余程に底冷たく存在していたからであった。


 戦後、その論功行賞ろんこうこうしょうを『わや』としかねない不祥事、問題行動の数々――『彼』の名誉のために言及しておくと、一概に彼だけを責め立てる訳にはいかない事情側面もあった――は正式記録にはこれは『意図的に残されていない』ところではあったのだが、それでも連合宇宙軍首脳は結果として三顧さんこの礼を用いて『問題児』である彼を引き戻さなければならなかった、そんな容赦ようしゃの無い台所事情。


 もっとも、そんな人物を再度、そんな表舞台に引き戻すのに特段の労苦が伴ったかと言えば、全く伴わなかったのが実情であったが、それこそ、他で語られるべきエピソードなのだろう。当時の『本人』は除隊まで視野に入れていたようだったので、これは本当に間一髪ではあった。なんでも日本自治国は新宿歌舞伎町を歩いていたら大手のアイドル芸能事務所にスカウトされたとかで、もう少しでオーディションに参加するところだったとか。本当にあぶねえ――色々と『お話し』が終わってしまうところだった。


 ……繰り返しになるが、ともあれ名実共に名の知られた、或いは知られ過ぎた『ウルトラ・エース(色々略)』と、そしてこれもまた恐ろしいことに『隊長』という一個人を『信奉』、『信仰』すると言っても過言ではない『エース達』が集結してしまった結果、『太陽系惑星連合宇宙軍第101特殊作戦航空団モーニング・スター』がここに改めて誕生、爆誕することとなったのである。


 宇宙軍、その今後の編成を根底から再構築、新兵器群の提案とその運用模索、アグレッサーとしての味方艦に対する演習襲撃、友軍パイロットへの技術指導、対テロリスト他の哨戒活動、或いは鎮圧行動、災害救助、民間人へのサービスとしての飛行演舞etc。また、その部隊の特性上、直接の管理権限は地球上の統合軍本部に置かれる事ともなっていたが。


 冗談混じりながら、実に残りの全宇宙軍をもってしても相対するのは或いはこれは困難なのではないだろうか、とまで評されている存在。


 味方からは畏怖の念を含めつつも賞賛、尊敬され。そして宇宙海賊を始めとする犯罪者、テロリスト諸々に対しては底冷えする恐怖を容赦なくもたらす死神の具現。


 『沖田クリストファ少佐』の率いる『太陽系惑星連合宇宙軍第101特殊作戦航空団モーニング・スター』は、そんな部隊であった。




   ◆ ◆ ◆



『敵艦、確認しました――未だこちらは発見されていない模様。好機かと』

 宇宙空間を疾走する『震電しんでん』、その人工知性体が舌舐したなめずりをしている。

「気付いて貰わないことには話にならんから、仕方ないな。ルミナ、『当てちゃ駄目』だよ。『ヴィントレス』を二発、適当に撃ち込んで目を覚まさせてやってくれ」

『当てちゃ駄目、ってのも難しい注文ですねえ――』

 それでも大仰に構えた狙撃ユニット、『ヴィントレス』銃口をキ、と前方に力強く指向する『震電』であった。

『演習弾頭、問題無ければこのまま射撃を実行します』

「……ん、これで良いよ」

 眼前に表示された簡易照準を確認、即座に許可を下す沖田クリストファであった。『ビビらせるが当たらない』射線設定となっていたのは、流石と言うべきか。


 ゴン、ゴン、とコックピット内に砲撃音が鳴り響いたが、これは当然、外部状況に応じて自動作成された合成音響である。真空の宇宙空間が無音であることは説明するまでも無いが、この『音』と言う情報存在が乗り手の人間にとっては必要不可欠なものであるのは初期の宇宙進出時代から認められて等しい。船舶の種別大小を問わず、また時には高価な気密服にすら搭載されているシステムでもこれはあった。


 いわんや、戦闘機体をや。


『未だ詳細は確認できませんが、敵艦に動き有り、の模様。脅威度、更新』

 ん、とルミナに頷いておきながら、沖田は手元のキーボードを手早く操作。後方、既に距離の置かれている随伴二機にレーザー通信を放った。内容は『状況開始』、と非常にシンプルなものである。


「さて、船と飛行機、どっちから優先して潰すかなー。まあ、臨機応変。演習弾頭はともかく、『長ドス』はしっかりと破壊力持ってるから、これだけは気を付けてくれね」

『実剣持って演習参加したら駄目、とは言われてませんからねえ』

 どこか惚けたルミナの声だったが、笑えない。本当に笑えない。

「……いや、そりゃンなモン持ってるの僕達だけだからでしょ……」

 『震電』の副腕がビシリと構える光り物をサブモニターで思わず確認しつつ、沖田は苦笑した。

竹光たけみつを用意しておくべきでしたかね』

「ヤットコの次はタケミツかよ――つかただの棒きれでも『震電』が持つととんでもない暴力兵器になるけどな……」


 フンス、と沖田はここで強く鼻息を吐いた。

「まあ、精々《せいぜい》、こっち見て驚いてもらわないとね。前代未聞の人型兵器の公式デビュー、みたいなもんだからな」

 この沖田の発言は全くの事実で、いわゆる公式の軍記録に残る『演習』への『震電』の参加はこれが初めて、なのであった。火星沖会戦末期のそれは、色々とイレギュラーが介在した結果、公式には『無かった』事とされている現実があった。


『どうせなら、折角の機会だからもっと『おめかし』をして来たかったです』

「めかしこんでどうしようってんだよ、ったくよ――」

『ヒッラヒラの追加装甲着けて、カラーリング加えて……あとは、ホラ目元とかこう、手で隠しながら登場するんッス! 機体識別名は『月面在住:RLちゃん(仮名)』みたいな感じで! ヌッフーン!!』

 ゴゴン、と派手な音と緩G(慣性負荷)を機体各所へ発生させながら腰と目元に手を当てるセクシーポーズを取る『震電』であった。わあ、凄い盛大な技術の無駄遣いが見られますね。


「……てめえ、ルリコからどんな教育受けてきたのか後でガチ説教な!」

『うぷぷっ、そう言われたら『なんで隊長このネタ通じんの?』って言ってやれ、ってルリコさんに言われてますけど! プギャー!!!!』

「知るつもり無くても知っちゃう知識ってあんだよこのボケ!! つうかマジでクレーム入れるわ、あの博士本当に今度こそ許さない、絶対にだ!!」


『おや、血圧と心拍数上がりすぎのようですよ……』


「ぬわーーーーーーーーーーーっ!!!」


 沖田の絶叫が炸裂した。 





   ◆ ◆ ◆



 ああ、そうだ。


 パイロット同士、内輪にあっては有名な話、酒飲み話さ。


 先の、唯一と言っても良い戦争にあって、最後の最後だ。


 多大甚大な被害を被りながらも火星圏にまで侵攻した惑星連合軍は、一人のウルトラ・エースに特殊な機体をあてがったと言う話。


 やはり噂だが、反乱軍の最終兵器に相対し、結果的に連合に勝利を収めさせたその機体、形状はなんと――


 人型だったそうな。


 で、その噂話には続きがあって、これが全く傑作なんだが、なんでも俺等が乗っている最新鋭機、『ワイヴァーン』は実はその機体の量産型であり、実質の型落ちだ、って話だ。


 本来、『ワイヴァーン』は人型になるはずだった、とか笑い話にもならねえだろ。そもそも、今だってまともに機体のスペックを引き出せるような人間なんて両手の指、やや余る程しか存在していない筈だ――化物部隊で知られる『101』、それで席は埋まっちまってる、そんな話さ。


 ああ、笑えない話、なんだよ、これはな。





   ◆ ◆ ◆



『先行のハサンとジャスティン、交戦を宣言した模様!』

 エミリナからの通信だった。どうにか鼓膜が聞き拾える程度の音声であり、いよいよ電波攪乱でんぱかくらんを始めとした電子戦が開始されている事が伝わってくる。本作戦中で無線が使える、最後の機会かもしれない、シモーヌは唇を大きく舐めた。


「オーケー、こちら側も迎え撃つよ。一人頭、一機墜としゃあいいんだからな、気楽に行け気楽に!」


 無線を投げつつ、信号弾を一発、射出した。『隊長機に続け』の符丁である。


 敵機総数、8、乃至ないし9と言ったところだろうか。こちらが8機編成なので、まあイーブンの条件と言えるだろう。


 残りは多分、別働隊であるB班の取り分となっていると思われるので、機体の計算は合うことになる。やや、どころではなくて『こちら』が『食い』過ぎているのは確かだったが、まあ、艦載機を発進させる前に三隻を潰しておいたことが功を奏しているというものではあった。どんなに強力な戦力も動かなければ張り子の虎、である。


 数が同数であれば、まず負けることは無い。


 これは『第101』こと『モーニング・スター』の過信ではなく、実績に裏付けされた自信、でもあるのだった。



   ◆ ◆ ◆



『敵艦載機、推定3、こちらに対して攻撃機動に入った模様です』

 事、ここに及んで『茶化し』を入れるルミナではなかった。

「――わざわざ襲撃を予告したんだ、精々こっちの経験値も上げさせてもらうっ」

 沖田は、左手首に装着されている気密服の操作パネルを操作した。チ、チと承認印が立体表示されていく中、それまで開かれていたバイザーを降ろす命令を行った。

「ルミナ、『SAMOS』起動! ガチで行くぜ!!」

『オーケー、お手柔らかにねえ!!』


 【 Semi-Automatic-Motional-Operating-System STANDBY 】


 二度、三度点滅したメインスクリーンだったが、その瞬間に沖田の視界は、胸部コックピット位置のそれから『震電』の頭部、バイザー越しの両眼によるものに切り替わる。首根っこに鎖を縛られ、強引に直上へと勢い引きり上げられるような感覚に当初は嘔吐ゲロしたりもしていたが、人間とは凄いもので馴れ、を実感している今日この頃の沖田君であったりもした。


 『準自動追従式操縦機構』、と日本語に開けばなるのであろうそんなシステムは、網膜投写による外部映像の強制投写と、また特殊、専用の気密服によるパイロット自身の四肢稼働をほぼダイレクトに搭乗機体に反映させるものであり、従来の操縦桿及びスロットルレバー、フットペダルのそれと比較すれば極めて高度で繊細、ある意味でパイロットの意思に限りなく近い稼働、機動を保証してくれるシステムであった。


 のちの世も またのちの世も めぐりあはむ そむ赤色の 星の上まで


 火星沖会戦末期に『震電』への搭乗を余儀なくされた当時の沖田大尉は眼前に引き出された最新鋭機が『人型』であったことに、辞世の句を危うくパクり詠み上げるところだったのだが、結果的に前代未聞の『人型』形状が実戦闘に於いては大変に優位であり、有用である事を示す『生き人柱』、もしかしたら後の世からは『疫病神』とも呼ばれかねない(なお、大して遠くも無い未来にも呼ばれる模様である)、ともかくそんな未来を開拓、開く『第一人者』となった、なってしまったのである。


 簡潔な説明を行うならば、コックピットシートに固定されている気密服、その中での動作、を人工知性体を経由して外部、機体の稼働構造に反映させる、とでもなろうか。大袈裟な動作でも無く、例えばここに至った沖田にあっては気密服の中、両足の指を絞る、広げる等で機体推進器のそれの出力調整を行ったり、また僅かな右腕の稼働を機体右腕の可動枠、領域へと反映させたり、等々。


 乗り手、もはや『パイロット』という表現が適切なのかはさておいて、ともかく乗り手と高度な人工知性体の存在、コミュニケーション諸々が無ければ成立し得ない、システムではある。これが例えば肉体、全身の動きをダイレクトに機体所作へと増幅、反映させるものであったら、とてもではないが使い物にはならないだろう。実際に、人工知性体を休眠させた上でこのシステムを稼働させ、とんでもない目にあった『激烈バカ』は既に存在していたし。『誰』とは言わないが。『誰か』しか存在しないけれど。


「『ヴィントレス』!」

 『震電』の左腕がゆっくりと持ち上がり、その銃口がキン、と固まった。コックピット内、沖田の左手人差し指がグ、と力強く曲げられるのと同時に、トリガー、発射信号が狙撃銃『ヴィントレス』中枢へと伝達された。


『敵機回避、散開、こちらに向かってきます。脅威度、高』

「お、避けてくれたか」

 目標としていた艦載機の引きる推進炎が三方に散るのを肉眼でも確認した。

『……どこか嬉しそう、なのは聞かなかったことにしますね』

「鴨撃ち《ダックハント》なんてどこに居たってやれんだよねぇ!」

『シギ撃ち、もウチんとこいらっしゃいますもんね』

「上手いこと言うね――つかかもしぎって漢字似てるよねー」

『……ああ、そこまで考えてませんでしたが、さすが沖田サンっすね! 抱いて!』

「お前さんにしこたま抱えられてるだろが、アホんだら」

 そんな遣り取りの中でも、『震電』の右腕に据えられたガトリング砲『エクレール』が給弾を開始している。全てが演習弾頭になっていることは確認済みだったが、こればかりは改めて諸元を確認しなくてはならなかった。


『敵機接近、『エクレール』の有効射程内に入ります』


「オーケー、教育の時間だ」


 沖田の操縦下にある『震電』、左翼の一機にアタリを付ける。


「動揺が機体の挙動に出ているねっ!!」

 こちらに対し、攻撃を試みてきた敵機『ワイヴァーン』だったが、攻撃に半瞬の躊躇ためらいが垣間かいま見えたし、それが致命的だった。『震電』が右腕に構えるガトリング砲、『エクレール』による射線が無駄なく、的確に敵機のコックピットブロックに叩き込まれる。


「ほい、まず一機」

 爆炎、その映像効果を浴びながら、既に沖田の目と感覚は機体主観、天井面に向けられていた。同時に、左腕の狙撃銃『ヴィントレス』がこれは一発だけ、放たれる。

「二つ――ああ、悪くない戦略だったね諸君」

 軽い賞賛を行いつつ、その機体に瞬間的な加速を実行、照準が目まぐるしく回転する中でもう二発、下面に対する狙撃を実行した。

「三つ――君達、もう少し頑張れば『黒い三連星』と呼ばれるかも。80点!」

 恐らく、小隊を組んでいたと推測される敵機『ワイヴァーン』の動きは悪いものではなかった。最初に向かってきた一機が、接近を試みただけに『震電』の形状の異常さ、異様さに気付いたのが不運だったか。


 沖田の駆る『震電』は、実に30秒も経たない内に三機を撃墜していた。


「筋は悪くなかったが――ってもう打ち止めなのかな」

 周囲に反応が無い事は分かりきっていることもあり、『震電』が殊更にキョロキョロと周囲を物色する。

『あっちの方に反応あるっぽいです。未確定ですが』

 右手『エクレール』の銃身で示す『震電』であった。

「……いや、あっちはシモーヌさん達の狩り場になっているだろうからなあ。みんなストレス溜まっているだろうし、やらせておこう」

 荒れてもいない呼吸を整えながら沖田。その足元では既にあらゆる砲身、ミサイル発射口を潰され、機能停止したままの巡洋艦が存在している。なんやかんやとこちらに通信を送ってきているようだが、罵詈雑言ばりぞうごんの類であった為に遮断して、今に至る。きちんと仕事をしてくれたB班、アルトリア、リチャード機が抜け目なく監視を続けているが、二人とも、既にくつろぎモードに入っていることだろう。



『なんか、過大な期待は元よりしてませんでしたが本当に拍子抜けです』

 器用に両肩をすくめる『震電』であったが、それは沖田にとっても同じで。


 あれだけ! 後方からとは言え! 襲撃をわざわざも事前通知して!


 これだけ! どんだけ!!


 ではあった。


「こりゃアレだな、やっぱ『宇宙軍さん』に丸投げの演習とか設定させたらアカンな。どうせならガチの大乱戦、『大乱闘スマッシュブラーズ』やってる方が億倍はマシだなあ。お前等全員、掛かってこいやーおるぁああああ、ってな」

『ラスボスは私達、ですね』

「それいいね!! 101の諸君、実はラスボスは私だったのだ!! フハ、フハハハハ!!」

『オヒョーヒョッヒョッヒョ!!』

「シモーヌがやられたようだな……ククク……」

『魔王様、けれど彼女は四天王の中でも最弱ですわぁ……おっほっほっほ……』

 両腰に器用にそれぞれの手を宛がい、高らかな魔王笑い&女参謀笑いが古戦場に響き渡った。


『勝手に殺すなーーーー!!』

 誰あろう、最弱四天王の怒声が沖田と『震電』の体を大きく震わせた。


「わあ、驚いた――ルミナ、取り敢えずシステム戻して。ちょっと疲れた」

 ほいさっさ、と返事を受け、沖田の主観は通常、自らの肉体のそれへと引き戻された。やはり馴れたとは言え、気分の良いものでは断じてなかった。弛緩していく気密服各部に合わせ、ヘルメットを跳ね上げ、人心地ひとごこちを付いた。


「副長、報告お願い」

『……はい、こちらA班全機、一切の損害負傷無し。敵勢力が完全に沈黙していることもありまして、現状の作戦行動を待機状態のそれにしております』

 不満タラタラがにじみ出る副長、シモーヌの報告は簡潔にして完璧であった。


「敵艦5隻に対して無傷の無力化、100点満点と言って良いでしょうね、こちら側は。お疲れさまでした、101の諸君。演習終了シグナルを打ちます」


 第101特殊戦闘航空団の隊長としてのID、また数時間おきに更新されるパスワード、網膜チェック、の課程をしっかりと経て、沖田は演習の管制コンピュータ群へ『演習終了』を意味する信号を送信した。


『こちら統合軍、『共同演習0824群』の終了を宣言致します――各機、各艦は通常の体勢へ復旧して下さい。艦載機群は、所属艦への帰投を命令します。繰り返します――』


 そんな宣言、広域へのシグナル発信を受け、『震電』の状態も通常のそれへと更新されて行く。広域無線、重力波通信の機能回復、また各種弾倉の通常弾頭のそれへの換装許可、諸々が。


「はい諸君、ご苦労様でした。これから3時間を与えるから、最寄りの艦で良いから移乗しちゃって下さい。食事ぐらい貰っておくと良いし、出来れば特にパイロット達とのレクチャーの場、設けて下さい。A班は、シモーヌさんの指示に従って動いて下さいねぇー」


 りょーかいでーす、と久し振りに耳にするような101総員の返答を受け、沖田はゆっくりと頷いた。タッチパネルを操作、副長シモーヌへの限定回線を開く。


「そんなワケでシモーヌさん、そっちはよろしくね。こっちは巡洋艦『ハバロフスク』に移乗します。何かあったら連絡、下さい」

『はい、A班はこちらでキッチリと手綱握っておきますのでご心配なく』

「よろしくですー。『ハイランド』への帰投に関してはまた後刻、伝達しますね」

『把握しました、隊長』

「Good Day」


 圧勝だったとは言え、実質の戦闘行為を行ったのだ。疲労困憊ひろうこんぱいなのは事実でもあったし、とにかく手を伸ばしたいのは誰もが同じだ。故に、普段だったら煽り煽られと漫才めいてくる隊長副長の遣り取りも実に簡潔、良く言えば事務的なものとなっていた。


「アルトリアさん、リチャードさん、先に乗艦しちゃって下さい。『震電』は間違いなく格納庫には入れないので、艦橋から直接お邪魔します」

 ピピ、と『ハバロフスク』への乗艦要請を打ちながら沖田。

「あら、早いね」

 要請受諾の返信は艦長名義で速やかに戻ってきた。宇宙軍上層部のバカ共が同乗していると仄聞そくぶんはしているが、ちったあ大人しくしてくれていれば良いんだが。無力化の際、大分オゲフィンな表現の数々で何やらわめいているのはそんな連中のようだったし、この船の艦長には心から同情してやっても良さそうだが。

『了解です、自分達も艦橋に上がりますか?』

「『ハバロフスク』艦長がどこに案内してくれるか、になるかなー……まあ、取り敢えず空気と重力のあるところでマッタリしていて。直ぐに連絡するから。乗組員達とコミュニケーション取ってくれていても良いよ」

 艦長に対して改めて感謝の念を定例文で伝えておきながら、沖田は愛すべき部下、二人組に命令した。


『『アイ、サア』』


 さて、と。

「ルミナ――」

『はい、末端灯、コリジョン他を点灯しますね。宜しければこのまま、『ハバロフスク』さんの第一艦橋、ハッチ脇にお寄せしますが』

 素晴らしい先回りの人工知性だった。

「ありがとう、助かる。しばらく留守にするけれど、まあちょっと待っていてくれ。情報収集の類は好きにやってよし。ただし、外部との交信は勝手にやっちゃ駄目だよ」

 完璧な先回りだったので、する事が無くなった。機外、宇宙空間経由で艦橋のハッチに飛ばなくてはならないこともあったので沖田はヘルメットを再度、装着した。

『えぇー、こう見えて『秘密兵器』とか『最終兵器彼女』な自覚はありますので、気を付けます。いい加減、開示してくれても良さそうなものですが。肩が凝って仕方無いですわぁ』

 『震電』が首をゴキゴキと器用に鳴らした。動作はともかく、音が鳴る訳は無いので、どこかの音声出力を遊んでみたのだろう。本当に器用なことだ。

「噂がこれだけ広まっているし、殊更に隠蔽いんぺいしようって気分も無いんだろ。だからこそ今回の使用許可も出ている訳でな。デビュー戦が消化不良だったのには同情するが、ま、留守番頼むわ」

『……上手くスルーしよるなあ』

「何か言ったかね」

『いいえ、何も――隊長のご帰還をお待ちしております』


 ったく、飽きが無くて面白いなホント、と小さく呟いたところで鋭敏な聴覚センサーに聞き拾われるのがオチだったので、沖田は一人、小さく笑うのだった。


 まあ、あれだ。


 自分達らしくて、結構なことだ、と。







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