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光芒のライト=ブリンガ  作者: Yuki=Mitsuhashi
Chapter:02
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Chapter:02-04

Chapter:02-04



【同日同時刻】

【太陽系惑星連合宇宙軍軽空母『ヘスティア』第一艦橋】


「第08NKエリア、先行しているピケット(哨戒)、無人機の反応が消失しました」

 オペレータの報告だった。

「……昨日も消失していたじゃないか……本当に消失しているのか、エラーなのか確認してから報告を上げてこいよ……」

 艦長席にて欠伸あくびを噛み殺す仕事にも、また味もヘッタクレも無く、苦いだけのコーヒーにもうんざりしてきた船務長が気怠けだるげに応じた。つい先日、艦長自らの当直時に同じ事態が発生し、待機中だった全機にスクランブル出撃を命じた結果、単なるシステムエラーによる誤報だった事が判明し、パイロット達のみならず艦内の士気が著しくダウンしていたのは記憶を洗い出すまでも無く、新しい。スクランブル直の隊長は帰艦するなり、そのヘルメットを床に大きく叩き付けたじゃないか……。


「失礼しました、ですが先日の消失とは異なって、ビーコン発信が途中で――」

 生真面目なメイン・オペレータは報告の継続を試みたが、あくまでも船務長は飽き飽きしたコーヒーをゆっくりと傾けたまま。

「だーかーらー、確定情報にしろって言ってんだろが!!」

 不満げな様子を隠そうともせず、オペレータが謝罪するのをフン、と聞き流した船務長だった。ああ、早く交代時間が来てくれないものだろうか。熱いシャワーを浴び、コーヒーでは無く、上質の紅茶を傾けながら読書に励むのも悪くないな。


「全て世は事もなし、だ」

 そんな船務長の二時間後に存在するべき、文字通りのささやかな夢はしかし無慈悲に打ち切られた。艦橋の光景が一転、ALERT(警告)信号の赤一色に染まり上がったからである。艦橋で、という事は、まさかこのとんでもない警告音は全艦内に鳴り響いているのか。船務長の第一の判断は、『このふざけた騒音を止めさせろ』だったのだが、既に時は遅かった。


「所属不明の艦載機複数接近!」

 オペレータ複数の悲鳴に、船務長はただただ、ぽかんと口を開いたまま、何ら対応を取れずにいた。手に掲げ持っていたコーヒーカップから、その中身が床に垂れ続けていたが。


「迎撃他、対処が間に合いません!! 速過ぎます!!!!」

 みるみる接近してくる所属不明機の映像を船務長が視覚した時、既に艦橋は完全に爆破、破壊されていた。




   ◆ ◆ ◆



『見たか、これぞ里山クリティカル!!!! ヒャッハー!!』

 最先頭、自他共に認める切り込み隊長である32号機、里山が快哉かいさいを叫んだ。軽空母『ヘスティア』の第一艦橋に対し、高速巡航にありながらの重打撃を一撃で食らわせることに成功した。


『おうおう、大したものじゃないの! ちったあ褒めてやるよツルギの旦那!!』

 『ヘスティア』の側面を通過しながらも、抜け目なく右舷の対宙機銃を潰しながらエミリナが笑う。

『ミラン、後はお願い! 沈めちゃって良いよッ!!』

 殊更に信号弾を射出しながら、里山機のケツにしっかりと着いて行くエミリナ機であった。予定通り、目標はこの後に続く別の空母であり、そちらが本命だ。


『あいー、把握!!』

 この後に及んで間の抜けたミランダの応答が実音声で入ってくるのは、それこそ『まともな戦闘状態』にこの宙域が入っていなかったからだろう。哀れ、軽空母のナントカ。虎の子の艦載機を抱えたまま、沈むが良い。


『食らえ、一子相伝いっしそうでん、沖田スペシャル、いきまーす!! えいっ、マニューバァ、ヒィフティエイトオ!!』

 ミランダのその必殺技宣言に爆笑仕掛けた里山剣とエミリナ・ロードスであったが、ようやくここに至って、相互無線が効かなくなってきたようであった。ふん、やっとでジャミング(無線妨害)開始かよ、遅いんだよッ、と毒突いた里山のバイザー隅を該当、敵空母の爆炎が鮮やかに彩った。32号機のシステムは早くも該当艦に対して『撃沈』判定を下している。


『やっぱミランダ、ああ見えてスゲーな』

 半ばのエミリナの独り言、ではあった。いやはや、こっちが二機掛かりでそれなりの打撃、ダメージを与えていたとは言え、よくもまあ実質の単機で軽空母にトドメが刺せるものだ。恐るべし、『沖田スペシャル』。所有する火器類を可能な限り『一点』、或いは『一線上』に叩き付けるマニューバ(空中戦闘機動)だったが、状況に応じてその機動を実行、達成出来るのは、『101』にあっても副長とミランダだけだ。あ、隊長は除く。大体、正式には『MN58』と呼ばれるそんな変態機動を編み出した本人だし。人外じんがいだし。


『――自信なくなっちゃうな』

『エミリナにはエミリナでやれることがあんだろが!』

 ほとんど接触しそうになっている実質の僚機、里山機から叱責が入ったことで、エミリナは独り言を呟いていたことを自覚した。赤面は、しかし一瞬。そうだ、自分達はえある『101』所属。他に恥じない、スーパー・エースの集団なのだから。

『次いくぞ相棒。いつまでも通信出来るかわかんねえからな、しっかり着いてこいよな!』

 多分、照れ隠しなのであろうそんな里山の挙動が、機体に表れて見えたのは気の所為せいだっただろうか。くすっ、と口の端だけ持ち上げて、エミリナは

『アイヨ、旦那』

 とだけ返答した。



   ◆ ◆ ◆



「『ヘスティア』が轟沈だぁ!?!?」

 警告音が艦内全域にけたたましく響き渡る中、艦橋に上がった艦長の第一声、悲鳴であった。艦橋クルーの何人かが敬礼を向けてくるのを叱責するのもままならない状況、緊急であった。

「私の判断でスクランブルを出させましたが」

「それは良い判断だ、副長。素晴らしいな!!」

 譲られた暖かいままの艦長席に体を沈めた艦長、オペレータへの指示を待たず、シート付属のマイクを引ったくるようにして持ち上げた。

「こちら艦長、総員、いきなり『第一種戦闘配置』だ!! 指定の部署に着け!! 対、艦載機戦、用ーーーーーーーーーー意ッ!!!」

 閑散としていたブリッジだったが、要員がそれぞれ指定席へと着いていくのを眺め、遅い、と呟き掛けて、しかしその言葉を艦長は呑み込んだ。急造の『艦隊』であることは最初から分かっていたことじゃないか、と。

「敵機の規模は!」

 この時点でメインディスプレイには『UNKNOWN』の文字しか躍っていないので、期待薄ではあったが。

「三、乃至ないし五機と推定」

 そりゃねえだろ、呟き掛けた艦長の台詞はけれど、メインディスプレイに新たに誕生した爆炎が華麗に打ち消してくれた。

「巡洋艦『オリオン』、轟沈の模様!!」

 ぐ、下唇を噛み締める艦長であった。『ヘスティア』と等しく、先行していた艦が沈められたとなると、こりゃあ幾ら相手が『あいつら』でも五機じゃすまない……。


「出せる艦載機から出せ! 編成を急がせろ!!」」

 ちら、と目を向けた格納庫艦載機状況を示すウィンドウは、大半が赤いままだったが、ちらちらと黄色のアイコンが点滅し始めている。この短期間で格納庫に辿り着き、艦載機の起ち上げを開始している、ある意味で『有望株』の連中だろう。

「対宙機銃、こう言う時だからこそ、射撃管制をおこたるなよ。場合によってはマニュアルで敵機を指向しろ。前面は味方機が出撃していくから、絶対にてるんじゃあないぞ!!」



   ◆ ◆ ◆



『お、ようやくお出ましかぁい』

 24号機の鞍上あんじょう、シモーヌ・ムラサメ大尉はグロスの敷かれた両唇を丹念に舐め抜いた。目標の敵艦、複数から艦載機群と思しき光点が無数に発生したようだった。行動を共に、僚機となっている13号機と無線がまだ繋がっていることを確認。

『ミランダ――これから、あたしゃ『機動狙撃』の準備を行うからね、フォローお願いね』

『13号機、了解しました』

 先程前のハイテンションが嘘のような、ミランダの声だった。彼女の精神、浮き沈みが激しいのは今更だったが、もしかすると初めての実戦で必殺技である『沖田スペシャル』を炸裂させた反動、揺り戻しなのかもしれない。

 先のミランダ、13号機の挙動をリアルタイムに後方で観察、援護待機を行っていたシモーヌ副長であったが、そんな13号機が見事な理想的機動で敵艦へと突っ込んでいく映像は、ただただ圧巻であった、としか表現しようが無いものだった。さながら芸達者な踊り子がタップを踏むような、芸術に値する光景であった、とすら。


 『制御された不安定機動』とでも呼ぶべきそんな機動法を意識して行えるのはこの部隊にあっても、産み、編み出しの親である隊長沖田本人と、付き合いの長い分、訓練習熟に期間を費やせた自分、そしてこの天才、ミランダぐらいのものだった。いや、それにしても、ほんの半年前、彼女が沖田隊長に背負われて現れた日のことは昨日のことのように思い出せる。娯楽に飢えていた当時、すわ隊長に隠し子発覚、とばかりに盛り上がった101部隊であり、即日臨時、非公式の軍事法廷が開催されたこととか、忘れてしまいたい。まあ、裁判長は私だったワケだが……そして弁護士はいなかった云々《うんぬん》。


 まあ、それは閑話休題またのおはなし


 ……元来、いわゆる航空戦闘機の延長として発展してきたこれまで、歴代の航宙戦闘機とは異なり、推進器を兼ねている上に自由稼働を可能とする両主翼及び複数の補助翼、また二基のテールスタビレーターを有する最新鋭戦闘機AF-10『ワイヴァーン』は、その斬新、前衛的過ぎる機体デザインは元より、先年の『火星沖会戦』にて初めて運用された存在であり、運用の方法、それ自体が未知数というある意味ではパイロット泣かせの機体であった。

 最新鋭機、故に運用実績であるとか積み重ね、確立されてきた機動戦術の存在も無く、この機体をあてがわれたパイロット達はそれこそ、試行錯誤のまま搭乗、戦闘に突入するしかなく、最悪の『機材』更新タイミングを『やらかしてくれた』軍組織、上層部を大いに憎んだものだった。あるベテランパイロット達は、なんと戦場にあってAF-10への搭乗を拒否、旧来のAF-01『シルフィード』の配備を要求する、そんな騒動にまで及んでいたようである。


 しかし、戦闘を目前にして、文字通りの前後不覚、不幸最前線へとおちいっていた連合宇宙軍は先遣せんけん艦隊にとって最大の幸運は、後に名を知らぬ者のいなくなるウルトラ・エース、航宙戦闘の『鬼』であり、敬意と並ぶ意味、比重で畏怖いふを込められた二つ名、『白の戦慄せんりつ』と呼ばれるようになる『人材』を既に獲得、配属させていた、そんな一点にあった。


 沖田おきたクリストファ准尉じゅんい(20)。


 パイロット士官学校を特例による繰り上げの臨時卒業扱いとなり、そのまま惑星連合宇宙軍先遣艦隊に配属。会戦初期、幾度の激戦を潜り抜ける事となった沖田准尉自身の生存帰艦率はともかくとしてその尋常では無い大戦果の数々に、宇宙軍上層部は大きく動揺、驚愕きょうがくする事となっていったのである。


 時には、たった一機で敵艦載機のみならず、敵艦を撃沈することもあり、これは一体何なのだ、と。


 なにこれ怖い、とすら。


 例え最新鋭機とは言え、あくまでも総合火力に限界のある『ワイヴァーン』単機で、どうやったら航宙船舶を撃沈へと至らしめる事が可能なのか。大昔の時代のように、例えば切り札たる『対艦兵器』、対艦特化型ミサイルだとか爆弾だとかを複数基も抱えていたのならばいざ知らず、沖田准尉の58号機はあくまでも通常装備、ノーマルの『ワイヴァーン』でしか無かったのは間違いない。


 『ワイヴァーン』のある意味で最大の特徴でも有る特殊武装、『荷電粒子砲』は確かに強力な兵器ではあったが、これ一つで軍艦の装甲を抜けるようなものとは程遠い存在であった事もあって、そんな沖田准尉の――実に彼は前代未聞の三階級を特進し、会戦末期には大尉にまで昇進していた――戦闘記録、ログは戦時中、真っ只中でありながらも徹底的に解析、分析される事となるのだった。


 58号機の保存データと沖田准尉本人の証言及び、整備士、僚機パイロット達からのレポート、ログデータ類の提出もあって判明したのが、後に『MN58(=MaNeuver-Fifty-Eight)』と呼ばれる事になる全く独自、斬新な機動法、空戦機動術の存在、であった。

 部隊内、仲間内で好意を込めて『沖田スペシャル』とも呼ばれる事となっていく、そんな特殊機動、マニューバは、これはなんと製造元のメーカーも想定していなかった『ワイヴァーン』、『飛竜』の操り扱い方であり、これを目の当たりとした設計担当者、エンジニア達は画面の前で等しく目と口を半開き、の棒立ちになっていたという。


 さて、程なくログ解析及び実カメラ映像、CGによる補正工程が終わり、沖田准尉の所属艦であった『クサナギ』、作戦会議室の大型ディスプレイにていよいよ、『58号機の奇蹟』は再現されることとなった。


 敵艦を視認、攻撃軌道に乗った『ワイヴァーン58号機』。ほとんどパイロットの反射神経と空間認識能力、感覚本能のみで操られている純白の58号機は、文字通りに踊り狂ったような機動により、敵艦から雨霰あめあられと指向されたあらゆる対宙射撃、雷撃爆撃を全て回避、敵艦への限り無い密着、接近に成功し、抱えるミサイル――なんと無誘導であった――とバルカン、ガトリングをほとんど敵艦中央部、一点へと集中、最小限の破壊を達成したところで荷電粒子砲を横一線に流しぶち込むことでトドメ、撃沈を決めるのだった。


 実に、三十秒に満たない時間であった。


「……これ早回しだよね?」

 一番最初に呟いた艦長だったが、作戦参謀長は無慈悲に首を左右に振った。

「いやはや、味方で良かったなあ、この沖田って小僧は!! わはははは!!」

 わっはっは、と些か演技的に笑った艦長だったようだが、誰も付き合ってくれないので、その広い背中を丸めることとはなった。もっとも、その背中の汗が、とんでもないことになっていたのも、事実である。恐らく、この場にいる全員が同じだった筈であり、少なくとも当時の『私』はインナーウェアが絞れる程の汗をダダ垂れ流していた事実を自室に戻って知ることになったが。それこそチビってしまったんじゃないかとか。うん。


「……今後、彼を中核とした部隊編成を行うべきと私は判断したのだが、意見を聞かせてくれ、ムラサメ大尉」


 副長マベルリーニの判断が実は決定事項である事、そして、『あぁし』ことムラサメ大尉の意見なんて必要とされていない事だけは、なんとなく分かった、そんな気がした、当時だったか。まあ、たった一年前の、お話しであるが。


   ・

   ・

   ・


「……それが、どうしてこうなったし……」

 ほんの一瞬ではあったが、鮮明かつ詳細な過去回想に、シモーヌ・ムラサメ大尉は一人、呟き、苦笑した。もうね、語り尽くせないぐらいアレから色々とあったんだなあ、コレが。さてと、お仕事に戻ろうか……。

 改めて現状を確認したところ、エディ・クランスキー中尉が率いる別働隊が敵艦をもう一つ、沈めたばかり、と言うところだった。やるね、彼等も。斜め前方を飛行中の13号機がウェポンベイ(兵器格納庫)を開口、無誘導のロケットランチャー、通称『ハイパー・バズーカ』を両主翼に抱え始める様子が確認出来た。うむ、ミランダちゃん、その選択はとってもイエスなのよ!!


「24号機、『シートシフトチェンジ』を実行せよ」

『了解しました。機動狙撃、その成果に最大限の期待をさせて頂きます』

 あんがとね、と人工知能、機械相手に投げキッスを一つ、シモーヌはシートに固定されていたパイロットスーツ、その背面ボルトを手動で解除した。同時に、シートが背もたれごと背面に倒れ、代わりにフットペダル部が迫り上がる。

「うんしょ、うんしょ……」

 広くもないコックピットの中で――広くもないというのはとんでもなく謙遜けんそんであり、無茶苦茶狭いと言うのが正しい表現である――なんと、副長シモーヌはその長身、豊満ワガママボディ・プラス・アルファを上下、どうにか、そう、表現に正確を記すればフンヌオオオオオォォォと入れ替えた。シート本体ごとの変形、各所の角度位置を手作業で修正しつつ、それまでフットペダルとして使われていた部分に両の肘を固定。続いて、これは自動認識した24号機がその気密服胸部、及び膝部に設けられているハードポイントに接合ボルトを打ち込んでくれた。

「ウホッ、良い人工知能!!」

 口頭で命令を行わずとも、先回りしてくれるようになった人工知能は確かに良い仕事をしている。

『……気の利いた返しが思い付きません、申し訳ありません、大尉殿』

 そんな発言に、本当に笑いそうになった。スーツ各部とシートの調整を行いながらシモーヌはもう少しだけ雑談に付き合うこととした。

「……つか、この間のアプデ(UPDATE)で随分面白くなってきたね、君達」

『恐縮です』

「……まあ、じゃあアレだよ、ツンデレ幼馴染み、って感じでどうぞ?」

『べっ、別にアンタの為にやったわけじゃないんだからねっ!! 変な勘違いしないでよねっ!! もう、バカァ!!』

「……今度、ラリーのエンジニア来たら一杯、おごる事にするわ……ほぇー……」

 あまりにも驚愕を通り越すと、人って精神がフラットになる、そんな四方山話よもやまばなしを思い返しつつ、シモーヌはシート裏面に固定保持されていた各種パーツ類を慎重に引き抜き始めた。空気を読んだ人工知能は、もはや沈黙を保っている。

「――よっし」

 複数の部品を簡単に組み絡み合わせる事で出来上がったのは果たして『銃身を極端に切り詰めた狙撃銃』そのものだった。ウォールナット、胡桃くるみ材製の銃床を二度、三度と撫で付け、シモーヌはヘルメットを解除した。跳ね上がったヘルメットがその背面、首元で固定される。

「24号機、慣性飛行を維持しろ」

『了解しました』


 機動狙撃。


 彼女、シモーヌ・ムラサメ大尉が今、正に試みようとしているアクションはそう『呼称』されている。


 これは、先の火星沖会戦時に『第99特殊作戦航空団(99th Special Operations Wing)』が初めて実戦で運用した、言わば特殊戦法の一つだった。正規軍である筈の彼等が、そんな常道から外れたゲリラ戦術を選択しなければならなかった、それ自体が異常な事ではあったのだが、それはまた語られる場面が別に存在するべきであろう。


 専用のスナイパーライフル、実質の『対物ライフル(AMR=Anti-Materiel-Rifle)』による、機動速度を維持しながらのピンポイント狙撃行為は、説明するまでも無く大変な技術、難度が伴うものである。


 真空の宇宙空間で、それも慣性機動とはいえ戦闘機コックピットで進行面へと向けた伏臥ふくが狙撃体勢を取る、さながら気分は突撃騎兵隊、こんな馬鹿な、良く言えば奇抜な着想を実行に移したのはホント、自分達だからこそ、ではあったのだろう。

「ほいさっさ、とね……」

 シモーヌは慣れ親しんだ銃床を右肩部に固定、その柔らかい右頬を預け、スコープをまずは軽く覗き込んだ。彼女の『ワイヴァーン24号機』だけが抱えている追加武装、スナイパーライフル『ヴィントレス』の銃口先端、本体上側面に設けられているカメラ類と、目元のスコープ画像が完全にリンクしていることを確認し、上唇を大きく舐め上げた。


「24号機、『ヴィントレス』起動――給弾を開始しろ、設定ATデフォルト」

『了解しました』


「ふぅ――」

 軽めの深呼吸、その自らの両肺、直下から装填音そうてんおんが震動を伴って伝わってくる中、現在の機体、及び宇宙空間の状況を流し読みでチェックしていく。この場合、最も重要だったのは太陽輻射熱たいようふくしゃねつによる『ヴィントレス』銃身の温度上昇だったが、これは許容範囲内だった。


『主観前方、32号機と98号機が交戦に突入した模様です。敵機、推測で小隊規模、数的劣勢に付き援護の必要性アリと判断します』

 ミランダの示した前方にて、確かに光点が複数、認められ始めた。

『うん、その様だね――まあ、タイミング的には良いのかも。よーし、今度はお姉さんが頑張っちゃうぞー』

 キリキリ、とマニュアルでスコープの倍率を調整するシモーヌであった。

『98号機よりレーザー通信を受信、座標情報転送します』

 指向性の強力なレーザー波による通信は、無線が盛大に攪乱かくらんされている条件下にあっては実質、唯一の連絡手段と言って良いのだが、ある程度、どころではなくて受信側が限り無く事前指定されていた座標に存在していなくてはならないという縛り、法則が存在している。この場合、ミランダの13号機が『事前に設定されていた座標』を完璧に飛行している、一つの証拠ともなっていたのだが。

『……おーう、予定通りで何よりなこっちゃ』

 最悪、測距そっきょに関するレーザーは自分が拾おうと思っていたシモーヌ副長としてはどこか嬉しく、またどこか寂しい、言ってしまうとメキメキと伸びしろを詰めてきているミランダ・ジョフロワと言う存在に軽い嫉妬の念すら覚えそうにもなるというものではあった。ちなみに、この『感覚』は常に持ち続けなければならん、とは思っている。自分の伸び代をわざわざ自分で潰す必要は無いのだから。


『副長の『シギ撃ち』、勉強させて貰います!』

 13、ミランダ機が機体を器用にロール回転させた。

『ああ、よーく見とけよ。後でテストに出すからね』

 推定ではあるが、ほぼ確定された敵座標、推測される距離及び、打撃範囲がコンピュータ管理の下、スコープに反映され始める。米粒大の存在、補正された輪郭がどうにか確認出来た。


『さーて、精々《せいぜい》ビックリしてもらおうかなあ――』


 シモーヌ・ムラサメ大尉は、『ヴィントレス』の安全装置を解除。ゆっくりと、トリッガー、引金ひきがねに右人差し指を乗せる。


 『シギ撃ち(Snipe Blaster)』


 これは、太陽系惑星連合宇宙軍第101特殊作戦航空団所属、シモーヌ・ムラサメ大尉、その名誉ある『二つ名』、であった。


 そんな『シギ』を『撃つ者』は、ゆっくりと静かに、呼吸を鎮める。さながら、自らの存在が機体ごと、宇宙空間に溶け行っていくように。








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