Chapter:02-03
Chapter:02-03
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「さってと、準備万端、かなっ!」
自らの気密服、その装着を確認。スーツ各部の応答信号にも問題が無いようだ。よし、これでヘルメットを装備すれば問題無く飛べる。いやしかし、心無しじゃなくてウェスト部が少々キツく感じないでも無いが、これは畢竟、ワタシが太ったのだろうか。取り敢えず見ない振りする。昔の偉い人は言いました。「見るな! 感じろ!」と。多分違うが。
「副長! 『101《いちまるいち》A班』全機、並びに全搭乗員、準備完了しましたっ!」
副長と呼ばれた彼女の前、ズラリと並び立ったパイロット用の気密服、一歩前に歩み出た最前、角刈りのパイロット士官が報告を上げてきた。
「オーゥ、分かり易い報告、助かるわぁ里山きゅん」
恐縮ですッ、とどこか脂汗を流しているそんな里山の顎を、その細い指で艶っぽく撫で付ける『副長と呼ばれたウェストが肥えてしまったかもしれない気密服』であった。なお、パイロットとしては大柄に見える里山であったが、片やの女副長は更に、上背で勝っているようだ。
『シモーヌ、緊張しているのは分かるけれど気持ち悪いだけだから、やめなさい。可哀想に、ウチとこの切り込み隊長がガクブルってんじゃねーか』
格納庫に響いたそんなスピーカー越しの声に、シモーヌはキッと振り返った。
「隊長がそんなところいるんだからっ、しょうがないでしょーーーー!!!」
握り拳で振り返った先には、しかし球体ウサ耳のマスコット情報端末――目付きの悪い、良く言えばブサカワイイ、悪く言えばただただキモイ――が飛び跳ねているだけだった。その額には大きく『58』と刻まれているようだが。
『……気持ちは分からないでも無いが、まあリラックスして。君がそんなじゃみんなだって普段の力量、発揮出来ないっての……あと、ふと気付いたんだけど君、太ったんちゃう? ウェストそれきつくね??』
死ねやああああああああ、とシモーヌはしたり顔(推測)の球体端末を勢い、回し蹴り飛ばした。そりゃないよぉセニョリータァアアア、と音声をか細く引き摺りながら格納庫の隅へと飛ばされ、煙を噴く端末。うげえ、マジかよ。画面一瞬死んだし――遠方から遠隔操作を行っていた隊長は戦慄した。まあ、どう見てもテンパっている副長を煽り過ぎた僕が一番悪いのは認めるが。えーと、まあ、タフな筐体してるし大丈夫だろ。再起動再起動……。目標をセンターに入れてスイッチ。むう、動かんな……。
「……ま、余計な邪魔入ったけれど、みんな、いつも通りにね。期待しているのだわ……」
ふぅううううう、と呼吸とたっぷりの赤髪を整えながら振り向いた副長シモーヌが、いつもの顔だったことに胸を撫で下ろす、パイロット一同ではあった。でもなんか語尾がやべえよ。やべえよ……。
……いや、全然そうは見えないんだけどこの副長、なんだかんだとメンタル豆腐で繊細なんだよなー。これはこれで、本来の『隊長』が居なくて一杯一杯なんだろーなー、なー……口にしたらブッ飛ばされるから絶対に言えないけどなー。おお怖い怖い。
この場、全員の総意であったのだろう。と言うか状況的にしょうがないけど、どうして隊長はここに居ないの。ボスケテ。ボス助けて! この女、物凄く面倒くさいんだよ!!
ボス 決して走らず 急いで来て そして早く僕等を 助けて
いや、距離物理的に無理だよなあ、それ……。大体、遠隔の端末が煙り立ててるし……まあ、ゴロンゴロン転がっているので、壊れてはいないのだろうが仮に不具合が発生しているとしたら、後で直すのは僕達(私達)だ……。
「……隊長不在に付き、いつもの儀式は私がやります」
ごほん、と咳払いした副長が、先頭の里山に、再度その足を向けた。んっ、と一つ頷き、あくまでも自分は横を向いたままで。
「32号機、里山剣中尉!!」
はっ、と返答、踵を揃え、完璧な宇宙軍敬礼を作った里山中尉。名前の通りの日本人であり、その角刈り、クルーカットも清々《すがすが》しい、細身の体の持ち主である。副長はあくまでも横向きを維持したまま、列に沿って歩みを進めた。
「98号機、エミリナ・ロードス中尉!!」
はっ、里山中尉のそれと全く同じ、反応のエミリナ。出身はNEUであり、眩しい金髪の持ち主。本人は気にしているようだが、分厚い唇が印象的な美女である。なお、この間も先の里山は敬礼を維持し続けているが、無論、これからのエミリナもそうである。
「18号機、エディ・クランスキー中尉!!」
おうっ、とこちらは返礼に若干のアレンジを加えていたようだが、敬礼は等しく堅く、美しい。ややそばかすの目立つ北米出身、パイロットとしてはやや太めの体型だが、本人曰く、これがベストバランス。
「91号機、メイファ・ヤン中尉!!」
はいっ、と軽快に敬礼、台湾自治国出身、細身のナイフのようなスレンダーボディの持ち主である。地球上、海兵隊の出身と言う珍しい履歴を持っており、近接格闘術にも通じている存在だ。
「127号機、ジャスティン・シューマッハ特技少尉!!」
ここに、とやや砕けた敬礼。皆とは異なる階級呼称もなんのその、NEU出身で実はこの部隊で最大の大男。メーカーのテストパイロット出身であり、まだ正式な軍人とはなっていない。
「76号機、ハサン・ビン・スルール少尉!!」
ヤッ、と勢い。イラン自治国出身、舞台では唯一ヒゲを蓄えた男。イスラムの鉄の掟で酒は呑まない筈だったが、軍属の時は別という謎ルールで実は部隊で一番の酒豪となっている男。
さて最後。どうしても間を置いてしまう副長シモーヌではあった。
「13号機――!!」
「――ミランダ・ジョフロワ特技軍曹!!!!」
部隊にありて、最下級の軍曹という階級。女子。いや、本当に、日本語の文字通りに『女の子供』、みたいな。先のジャスティンと等しく、いわゆる『特殊技能兵』として部隊に籍を置いており、その扱いは現時点ではまだ準軍属、のそれであった。
「あーーーーいっ!!!」
身長、140センチ台。本人よりも、その後頭部、ポニーテールを纏める大きなリボンの方が余程に自己主張しているのではないか、そんな小柄女子が右手をビシと跳ね上げ、鼻っ垂らずな声で副長に応じる。下手を打てば180センチを垂んとする巨娘である副長シモーヌの腰元ぐらいの身の丈にしか見えない、そんなツーショット構図。
「…………。」
なんつうか、割りと傍から見ても「ああこいつら軍人だな」って分かり易い面々の中にあって、明らかに異質な存在のミランダ・ジョフロワ軍曹を前にシモーヌ副長は足を止めるのだった。この限られた場所、今の一瞬だけ、何と言うか中学校、ジュニア・ハイスクールになった感が半端無い。鬼の体育担任教師は差し詰め、シモーヌ副長である私か。どんな役回りなのだ、これは。
まあ、とにかく緊張していないのは、何よりではあった。保護者の元から預かっている事もあったから、どうしてもデリケートにならなければならない部分もあったが、大丈夫そうだな。Messier45、プレアデス星団こと『すばる』よろしくキラキラと瞬き光る両目は『目の輝きが足りてない!』と理不尽な叱責を浴びせられるようなものではなかったし、敬礼も綺麗、『アホ毛』がピンコピンコと跳ねているのは、まあ、ご愛敬か。
「あのな、ミランダ――君は今回が初めての『実戦』になるんだが、その……今回の任務、意気込み、抱負を一つ、みんなに、私に見せておくれでないかい?」
精一杯の笑顔に、ウィンクを一つ大きく、浮かべて見せた副長であった。これは断じて、演技では無かった。
「ええと、隊長は言いました! 調子をコいてる俄作りの艦隊を潰せ!! もう、立ち上がれないぐらいアヒアヒとボコボコにファックしてやれ!! って!!! だから、ええと……全力でフルボッコにしてやんよ!! ……って、所存です!!!!!!」
後頭部のリボンをぷるぷると震わせながら、シャドウボクシングみたいな『何か』を行うミランダ特技軍曹であった。どう見ても室内飼いの猫がペットオモチャに対してネコパンチを連打しているようにしか見えなかったが。
ぷっ、と演技でなく笑い噴き出したシモーヌに、整列した全員が敬礼を崩し、爆笑で続いた。ドン、ドン、と軍靴をリズミカルに、思う様に踏み鳴らした。
「その意気や良し!! 良く言ったぞ、ミランダ!!!!」
えへへー、と照れ笑いしているミランダの頭をそのリボンごと、シモーヌは撫で繰り返す。
「やったるでー!!」
「フルボッコ確定!!」
「隊長抜きで、やああああああってやりましょうぜ!!!!」
ヒャッハー、あばばばばばば、おちんちんびろーん、汚物は消毒だー、等々と喚声奇声、けたたましい口笛の嵐が軍靴の音と共に格納庫を轟き響いた。
そんなパイロット面々が一通り、盛り上がったのを確認しつつ、シモーヌ副長はゆっくりと息を呑んだ。
「総員、傾聴!!」
副長の言葉に、全員がピタリと背筋を整えた。無論、ミランダもである。もう、ここには笑顔を浮かべている者は誰も存在していない。
「予定通り、我々『第101特務A班』は、これより敵艦隊に対し、予定通りの奇襲を敢行する! 別動の『B班』、隊長含めた連中が来る前に終わらせてしまう位の気概で向かうぞ!!」
「「「「「「「オオオオオオオッス――――!!!!!!!」」」」」」」
各員、腹の底からの全力の大喊声が周辺周囲の空気のみならず、床、内壁天井それ自体を盛大に震わせる勢いで爆発した。
「――搭乗開始ッ!!」
右腕をビシと決めたシモーヌの号を受け、全員が愛機、専用機の元へと蜘蛛の子を散らすように散っていく。自らも愛機である『24号機』に向かうシモーヌの足元に、先のマスコット端末が健気に転がり追い付いて来たようだ。まだブスブスと煙は立てていたが。
『僕達が行く前に終わらせる、とは大きく出たねぇ、副長?』
歩みを止めたシモーヌ、端末を拾い上げた。
「それぐらいの勢いで、ってことよ。奇襲する側の特権、ってね」
さりげなくマスコットにチュ、とキスするシモーヌ。もはやそこに、先程までの鬼の副長の姿は全く存在しない。
『まあ、大いに混乱させてやってくれ。こっちは予定通り、後詰めに回る。健闘を祈るよ』
御利益メルシー、ブサかわいくも赤面で付け加えたマスコットである。
「ええ、楽しみに待ってるわ、クリストファ。『戦場』で会いましょう」
最後に軽くマスコットを撫でて、床に落ち着けた副長だった。
『おう、じゃあまた後でね!』
空気を読んでくれていた整備士から自分のヘルメットを受け取り、自らの愛機であるAF-10SB、『ワイヴァーン24号機』のコックピットに滑り込んだシモーヌ副長。自機の各種チェックを行いながら、並行して部下達のそれを簡易ながらも確認するのが地味に難易度の高い作業であることを知る事となって、まだ一年しか経っていない。副長となって、初めて知る事になった『隊長格』が背負わねばならない重責、そのほんの一部でもある。
『全員、そのまま聞けぇ』
自分以外の全機体から搭乗完了のシグナルが発信されているのを確認し、シモーヌは共用無線を開いた。24号機のコックピットハッチが閉ざされ、パイロットシートが気密服背面のアタッチメントに固定ボルトを複数、打ち込んでくる。
『予定に変更は無い。常の訓練、その成果をフルに発揮して欲しい! 第101特戦団『モーニング・スター』、その勇名に恥じぬ働きを期待するッ!!!』
了解ッ、と、七通り七色の応答がメット内、シモーヌの両の鼓膜を刺激し、シモーヌは発艦シグナルの送信を母艦、ほとんど箱形形状、分類だけは立派な強襲揚陸艦『ボクサー02』の管制室へと行った。いや、どこが強襲揚陸やねんとか突っ込みはさて置いて、火星沖会戦後に急造された、いいとこ実質の仮設空母的存在で、どうにか自律推進を可能とするだけの存在であり、同会戦にて多くの航宙艦艇が失われてしまった結果、こんな適当な名前だけの『強襲揚陸艦』の建造を許していたと言う恐ろしい宇宙軍の現実があった。航宙母艦類と異なり、いわゆる『カタパルト』も存在しておらず、各艦載機は自力推進で飛び出すしかない、本当に原始的なシステム、船ではあった。まあ、息が出来て人工重力下で手足が伸ばせれば、それだけで上等ではあったが。
格納庫内、空気が抜かれる警告音、続いて外部、宇宙空間と内部を隔てていた三重のシャッターがそれぞれ、順を追って開かれていき、発艦シグナルが順番にグリーンを灯していく。
シモーヌ、ここで改めて各機の状態を確認。問題無い、いける。それでも、最後に命令を出すのは、他ならない、私――
すうううううう、と大きく息を吸い込んだ。
『――状況、開始ッ!!!!!』