Chapter:02-02
Chapter:02-02
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地球本星において『異変』は何の前触れも無く発生した。太陽系惑星連合政府の政治的中枢機関が集中していたオーストラリア大陸はシドニーにおいて、対テロ活動を想定した市街演習を行っていた連合陸軍の歩兵第三師団、及び陸上重火器機動308大隊が突如、武装蜂起し、国会議事堂を制圧したのである。国会審議中だった1524人の議員は、ほんの一部を除き、上院・下院の区別無く身柄を拘束された。
クーデターの首謀者の一人、太陽系惑星連合軍シャルル・ヘイスティング元帥はその声明文において、真っ先に連合国会の無期限停止を宣言。続いて、国民に向けた肉声、声明を発表するに至った。
『一年前、結果的に大悲劇となった『火星沖会戦』。これにあって国政を未曾有の大混乱に至らしめ、また徒に若い将兵達の掛け替えのない生命を数多と散らしておきながら、内省も反省も考察も無く、ただただ旧態依然、実質の既得権益化、さながら王族による階級継承とばかりに続く政治体制をこれはもはや看過、許容出来ないとの結論に至りました。国民の皆様にはどうかご理解頂きたく思います』
ヘイスティング元帥の第一声であった。元帥は会戦勃発の直前に、政治組に対して話し合いによる講和を、和平工作をと訴え、文字通りの直訴に近い請願、上申までも行っていた中心人物の一人であった。本意では無論無かったものの、一議員に対し、あわや奮い掛けた暴力もあり、元帥号をその場で剥奪された彼はそのまま月面の軍刑務所へと放り込まれ、為す術も無く終戦を待つ事になったが、全てが終わって出所してみれば、彼に伝えられたのは宇宙軍に所属していた唯一の肉親であった一人娘の戦死、と言うあまりにも無慈悲、不条理な現実だった。
その後、露骨な政治組の圧力で閑職へと回されていたヘイスティングであったが、そんな『日干しにされた日々』、期間にあって尚、一連の根回しを水面下で完璧に行っていたのだった。日本自治国海軍が有する『融合力空母わだつみ』、その客員司令官と言う引退の花道、給料泥棒にしか見えない立ち、ならぬ『座り位置』は、実はヘイスティングの信奉者による手引きによって用意されたもの、『席』だった。世界最大、最強、『大海原の王者』を謳われる、ド級空母。そんな『わだつみ』の貴賓室には果たして、艦長を含めた乗員の理解の元、ヘイスティング本人及び秘書官数名が詰めることとなった。あらゆる秘匿回線が日々、『わだつみ』艦橋及びCIC(Central・ Information・Center=戦闘指揮所)から提供され、また遠い月面、火星木星方面へと届く衛星通信、すら用意されていたようである。
あくまでも表向きは『わだつみ』と言う名の知られた軍艦で軍人生活、その余生を平穏に送っているように。その実、喪った一人娘の遺影を傍らに置き、やり場の無い怒りと、自らの無力さに夜な夜な、呻吟しながら。それは具現、絵に描いた『臥薪嘗胆』であったと言えるであろう。
このクソッタレの様な、理不尽極まりない世の中を、少しでも真っ当にする――と、強引な理由付けを行っているだけで自分は実際は形の無い『娘の仇討ち』、に拘泥しているだけの器の小さな人間なのかもしれない。ある晩、『わだつみ』艦長室にて艦の主であり、部屋の主でもあった艦長、そして日本自治国の密命を受けて訪艦していた日本空軍中将を前にヘイスティングはスコッチを片手に呟いたと言う。後にも先にも、ヘイスティングが弱音を吐いたのは、この二人の前でだけ、であったようだ。そんな一人娘とも年齢の近い、『女性』二人と酒を酌み交わした夜は、それは格別なものであり、実に何とも一年以上振りに心温まった、貴重な一時であった。
『国民の皆様方、どうか落ち着いた行動をお願い致します。これより早ければ一時間後、文書という形で改めて詳細を発表させて頂きます。改めて国民の皆様方にとって、良き日でありますように――これは、私の嘘偽りなき、本心であります』
実に、勝利宣言に近いヘイスティングの言葉はそう締め括られた。皮肉にも完全な統治の行き届いた火星は無論、地球本星及び月面各所にあっても要所要所の的確な制圧に成功した反乱軍の前に抵抗出来る組織はもはや存在しなかった。木星方面からも元帥の行動を支持する、と積極的ではないものの一定の理解を示されていたようだ。もっとも、遠く離れた木星圏の彼等からしたら「そっちはそっちで好きにして下さい。辺境に寧日無しなので」というのが中の人達の総意、言葉ではあったのだろう。
抵抗を試みたほんの極一部、連合軍基地等も、それこそ薄氷を踏み散らかす勢いで反乱軍に駆逐され、各都市部の警察機構にあっては、そもそも重火器を携え構えた反乱軍の前では抵抗を試みる事すら、果たせなかった。一方で、派手な抵抗を試みる市民の絶対数が少なかったのも事実であり、中には反乱軍を一丸となって歓喜の声で迎える都市すら存在していたようだ。
そんな軍部によるクーデター、半民主主義的な行為行動に対し、例えば多くの市民に思うところがあったとしても、何しろ既存の政治体制、いわゆる自称するところの『大成果進化超正義完了形民主主義』である筈のそれが、ほとほとも機能していないともなれば、消極的共感、賛同に回るのも自然の話、趨勢ではあったのかもしれない。
また、いわゆる反乱軍側が市民に対する外出禁止令に始まる戒厳令であったり、報道管制等々、基本的な市民生活に影響を及ぼすような発令を一切、行わなかった事が功を奏したとも言える。
そして何よりも、ヘイスティング元帥の肉声による最初の声明から実際に一時間後、いわゆる『臨時政府』からの声明が文書として、あらゆるメディア、媒体、全ての言語で一般公開される事となったのが大きかったのだろう。極めて迅速だったこの行動は、不満と混乱、先の不安を抱き始めていた市民達に対して、明らかな鎮静効果をもたらすこととなった。あらゆる言語、また各種の身体的障害を抱えている人々に対しても最大限の配慮が払われていたそうである。
その内容は、少なからぬ混乱を発生させた事に関する国民への謝罪から始まって、発起人たるヘイスティング元帥を始めとした面々は今後の政治政策には基本的に関与することは無い、と続き、のっけの冒頭から人々を大いに驚かせるものであった。
また、基本的な政治運営は全て『人工知能群』に行わせ、人間、国民が行うのは『監視』と『修正・補佐』に留めるべきであり、従来の政治体制のそれとは一線を画したものとする、と続けられ、『人工知能群』に基本の多くを投げる一方で、いわゆる莫大な国費を公然、実質は私的に運用してきた『政治屋』を排除し、浮いた予算を減税に、或いは出来れば福祉政策に振り撒きたい、そんな内容だった。
ログ、記録を含めた全てを一般開示する『人工知能による政治運営』、そこには恣意的また、悪意を持った政治活動もなく、歪んだ世襲であったり収賄も存在しない、あらゆる過去の『既得権益』とは無縁の、世界にならねばならない、その選択の結果である、と。また、現実に移民惑星であるエテルナが同等のシステムを運用し始めていること、そして元来は初代議長であるフリストフ・ブルクハルトが描いていた未来図でもあった事を強調し、更に驚くべき事に五年後に『人工知能による政治運営』の是非を問う国民投票を実施する、と締められた。
その声明を受けて、失笑、或いは苦笑した人間、国民の数は、枚挙に暇が無かっただろう。非民主的手段による政権の簒奪の最たるものでありながら、『減税と福祉』、と来たものだ。過去歴史、この様な場合の相場は『増税と徴兵』、また社会的弱者に対する実質の『弾圧』、諸々と恐怖政治のそれになるのではなかったか? と。
エテルナみたいになるんだったら良くないか、そんな単純な意見を含め、とにかく旧来の政治だけは嫌だ、そんな偏見染みた向きもあったかもしれないが、いずれにせよ、ヘイスティング元帥を始めとしたお歴々は一つの、有り得る形としての『未来』、『可能性』を示唆する事には一定の成功を収めたのだった。
だがしかし、完全な『無血』――この場合は民間人という事になるが――を完遂出来た訳でも無く、幾つかの汚点、瑕疵は刻まれる結果ともなっていた。一部の部隊はヘイスティングの言葉を曲解、見方によっては歪曲し、独断の行動に移っていたようであり。
北米連合自治国はサンフランシスコ・シティの場合が、『最悪の』一例として挙げられるだろう。市内、警察機構への制圧に乗り出してきた義勇軍気取りの兵士複数名が、彼等の主観で『反抗的』と判断を下した一市民に対し、尋常ではない物理的暴行を振るっていたところに通報で駆け付けた若い警察官が、発砲を実行してしまったのである。
そんな数発の銃声を切っ掛けとして、それまで遠巻きに見ていた群衆が、反乱部隊に対して暴動を起こす事態となるのに、全く時間は掛からなかった。
怒り狂った人々が反乱軍の戦車、装甲車へ波となって押し寄せてきた。だが、狼狽する部下達を余所目に、北米1432機動車両大隊の司令官、ウェストバリ少佐は『目標』に対する戦車砲の発砲を命じた。水平射撃ですらなく、『目標』としたことは当然、その部下達を大いに驚かせることになったが。
「正……い、いや、本気でありますかッ、少佐殿!?」
直接、その発砲命令を聞いた砲手、リンドル曹長は脂汗を流しながらウェストバリ少佐に翻意を促した。そんな曹長が『正気か』と問い掛けた事に関する追記は不要であろう。だが、曹長は期待していた上官の答えを得る事は生涯、叶わなかった。
その顔面に少佐の渾身の力が込められた軍靴による一撃を叩き込まれた曹長は、即死だった。
「――腰抜けは俺の部隊には必要ない」
舌舐めずりをしながら独白したウェストバリ少佐は、リンドル曹長だった死体を押しのけ、自ら戦車砲のトリッガーを引いた。
たった一発の戦車砲が、一瞬にして数倍にも値する人命をその肉体ごと、千切り奪い去った。指揮艦であった少佐の発砲に中てられ、その後ろに控えていた戦車隊もこれに追随。一斉に成形炸薬弾に始まる戦車砲射撃を開始した。
――断末魔と絶叫が響く間も無かった。
後の調査によると、死者の推定は500人。最小に見積もられた数値で、これである。もっとも、正確な数字を算出するのが不可能に近かったのも一面の事実ではあった。死体の多くは身元の確認が出来るほどの状況にはなかった上――そもそも、果たして人体のどの部位を構成していたものなのか、分からないものがほとんどであったのだから。
『流血のサンフランシスコ』、と後に呼ばれる事になるこの大惨事はヘイスティングを始め、多くの首脳を絶望させるのに充分過ぎるものだった。報告の詳細を聞いた元帥はその場で無実なティーカップを叩き割って、大きく肩を落としたと伝わっている。
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かつては国会議事堂として――今や反乱軍、つまりヘイスティング一派の仮の作戦指令本部となっている、荘厳な建物の一角、最上階に設けられた会議室へ場面は移る。
「ウェストバリのバカはやり過ぎた」
円卓の中央――上座は何故か空席であったが、何故か、を問う無粋な人間は最初からここに存在していない――次席に座しているシャルル・ヘイスティング元帥が苦々しく口にした。他ならない、今回の反乱の首謀者である。
「で、ですがっ、彼の元帥閣下に対する忠節があればこそ――」
起立した北米出身の将官に対して、しかし元帥はある意味で容赦が無かった。
「確かに状況に応じては殺傷も止む無し、とは言ったが、民間人に対する攻撃を推奨した覚えは露も無い――番犬、忠犬は大いに望むところだが、狂犬は自分には必要ないのだがね」
「閣下、どうか――」
縋るような北米の将官に、ヘイスティングはその尖った顎を殊更に強調するように、左右に振った。
「……民間人の虐殺、これは大罪だ。死を以て償って貰う。それも、公開処刑でないと意味がないな。目に見える形で無いと、国民の皆様に説明がつかん」
「ですが――」
「……これ以上を言わせるな。精々、盛大に死んで貰うさ――許されれば直接、銃殺したいぐらいだ」
これでも理性的なつもりだがね、と付け加えてヘイスティングはその年齢にしては広い背中を背もたれへと預けた。ぎぃ、と妙に大きな音が立つ。
「あのねフレッド……すまないが自分も彼を擁護することはできないかなー」
ヘイスティングの隣りに席を構える日本国出身の空軍服がそう発言するに至り、フレッドとファーストネームで呼ばれた将官は力無く、椅子に腰を落とし込んだ。カーテンを引かれたこの薄暗い会議室の中で十人前後の軍人が会議テーブルを囲んで話し合っている状景であり、観察者に連合軍の知識があれば、その多くが提督の階級にある事をその襟章から伺い知る事ができるだろう。
「最初っから報道管制しなかったしねー、マスコミだけではない、ネット上に多くの情報が流され過ぎた。制御は不可能だよ。せめて『落としどころ』、『ガス抜き』を実行するべきだと小官は思うけれどね――そうでしょ??? つかさ、非武装の市民に対して戦車砲を発砲するとか正気の沙汰じゃなくない? そんなキチガイが味方側にいるとか、論外だよ」
日本空軍、そう刻まれた万年筆を左手で取り回しながら将校は、隣のヘイスティングに顔を向けた。
「秋山の言う通りだ。本当に、彼はやり過ぎた」
「……そもそも失点がどうこうとか、そう言うのは無し、ですよね、シャアさん? 派閥的なもの云々は我々の本意、大義からは懸け離れたものである、と」
北米に『借し』を作るつもりがあった訳ではない。純粋に秋山と呼ばれた将校――階級は中将のようだ――は『この先』を危惧していたのだった。まあ、色々と過去歴史的に因縁浅からぬ仲、相手であったことも事実であるし、実の所、優越感を全く自覚していなかったかとなると、嘘にはなるが。つかこうゆう優越感とか、否定しないといけないよねー、今後立場的に考えて。
「全く、貴様は相変わらずだな……まあその通りなんだけどさあ、ぶっちゃけもうちょっと言い方はどうにかならんかねー……ついでに無理矢理その名前で呼ぶの本当やめてよ……」
周囲が冷や冷やしている中、気ぃ付けますよ、と嘯いた秋山だった。年齢的にも三十代の半ば、他に比べれば『若造』も甚だしい秋山を何故、こうもシャルル・ヘイスティングが重用しているのか、周囲の人間、軍人の一部は未だに理解できないでいる。そして、ヘイスティング自身の話し方も、だ。え、何この人、こんな言葉遣いする人なん?
「アディソン准将、そう言うことだ。貴自治区の責任は我々の、引いては私の責任でもある。萎縮してくれるなよ――これは本気で言っているつもりだ。他の諸君も、それを努々《ゆめゆめ》、忘れてもらっては困る」
キリッ、と些か演技的に眉を寄せ、口調を改めたヘイスティングであり、うんうん、そだよー、と軽く頷いている秋山を除き、その場の全員が着席ではあったが背筋を伸ばし張った。
「……さて諸君、何分にも時間の余裕が無いので、早々に本題に入らせてもらう。そろそろ、作戦を次段階に移行する時でもあり――ハミルトン、ラリー・インダストリーの『新型』の件から報告してもらおう」
冷え切ったコーヒーに口を付ける素振りすら見せず、ヘイスティングは一息で言い放った。
「――は」
元帥の背後に控えていた、ハミルトンと呼ばれた大佐が簡潔な敬礼を行いながら起立、捧げ持った携帯端末を素早く操作した。二十代後半、士官学校を首席卒業、後に連合統合軍本部に配属され、絵に描いた着実な成果を上げてきた軍人である。武官と言うよりは、文官という側面、印象が強いかもしれない。
「ラリー・インダストリーの件から報告をさせて頂きます。『新型戦艦』は各種機関の搭載も基本的には終了しており、二週間もあれば形になる状況である、との報告をワトリング会長自らより受けております。トライアルに関しては三週間以内に目処を付ける、との事でした。量子コンピュータ群を用いたシミュレーションは既に実行されているようで、これはいずれ形として報告があるとのことです」
ほんの半瞬、ヘイスティングの口元が弛んだが、ミリ単位の弛緩でしかなかった為、その場で気付いた者は一人としていなかった。或いは本人自身すらも自覚していなかったのかもしれない。
「――結構。残された問題はやはり人材――人員、ということだな?」
その太い両手の指を組みながら、元帥は低い声を絞り出した。特に不快感を覚えているわけではなく、それが彼の通常の声色なのであった。
「そうなります」
「旅団規模になると仄聞したが――」
薄く生えた自分の顎髭を撫で付けた。『旅団』が意味するもの、それは大凡数千名、幅はあるが五千名規模という数字。
「設計上、それ以上の人員も可能のようですが、現実的には一千名、程度の規模が想定されているようです」
その『仕様』が全て頭の中に詰め込まれているのであろう、ハミルトンは端末の操作を行うことなく答えた。
「それでも一千名か……了解した、この件に関しては今後の課題で良いだろう。『新型』の建造が順調、と聞けただけでも良し、とするべきだな。ご苦労だった、ハミルトン」
細巻きの葉巻をゆっくりと取り出しながら、ヘイスティング。
「失礼させて頂きます」
ハミルトンが退室し、各々の提督もある者は入れ替えられた紅茶を啜り、コーヒーを傾け、煙草に火を点けた。会議室に篭もること実に半日、ようやく訪れた休息の気配を無駄にする人間はいなかった……かのように思えたが。
「……あのね、今現在の宇宙軍の状況で『旅団』規模とか用意できるわけ無いですからねぇ、念のために申し上げておきますがぁ」
この場で唯一の白軍服、日本自治国空軍の秋山中将以外にこんな言葉遣いを行う人間はここにはいない。この点に関してだけは誰も驚かなかった、もはや。
「詳しく話せ――いや、俺含めてジジイばっかだからさ、『分かり易く』『大まか』で頼むよ」
どうだ、と元帥から勧められた細巻きの葉巻を、いっただきまーす、と遠慮無く秋山が引き抜いたことには、一部、周囲は驚愕しきりだったが。本当に何者なのだこの日本軍人は。
「説明するまでもなく、『火星沖会戦』での尋常でない損失です。今の宇宙軍から――そうですねぇ、やはりある程度の線引きは行うにしても『上級格』を数千名、引き抜いたらどうなることやら、って現実的な数字、話ですよ! 数字は正義!!」
質問が無いようなので続けますね、とやはりヘイスティングから差し出されたマッチで秋山は細巻きに火を点けた。ふう、と大きく美味しそうに煙を吐き出した。葉巻を扱い馴れた人間の、それである。
「……でもって、空軍畑の私が言うのも難ですが、現、陸・海・空軍の人間を『航宙戦艦』の乗組員、その代替とするのは無理もあります。それなりの期間の『兵科変換訓練』が必要となりますが、これって現実的ではないでしょ?」
ここで円卓を囲んでいるそれぞれの顔を少しだけ演技的に、ゆっくりと見渡した。そう、ここには宇宙軍の関係者は『まだ』、存在していない。そして、多分『これからも』存在することはないであろう。
「何年掛かる事やら――」
末席、NEU(Neo・European・Union)連合の陸軍中将が力無く呟く。
「……そもそも、それぞれの兵隊は自らの所属に並々ならぬ愛着、忠誠を持っていることは疑いない――そう育てているしな……」
「海軍の人間に明日から宇宙軍に転向な、等と口にしたらハープーンで吹き飛ばされるに決まっとるわい」
インド自治国、海軍服が分厚い胸板を震わせる。
「空軍の連中にそれを口にした日には『焼き鳥』にされてしまいますよぉ」
これが誰の発言であるかは説明するまでもないか。
「地雷原に裸足で放り出されて終わるだろ陸軍的に考えて……」
最後のオセアニア連合自治国陸軍大将が締めて、全くだ、と笑い声が広く響き続いた。
「さてさて、そこで皆様方に小官の考えを聞いて貰えますでしょうか?」
日本空軍中将、秋山千尋は『ルージュの引かれた唇』をゆっくりと舐め付けた。