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03-02:シドニー到着

「どうも見当違いに腹を立てちゃったかもしれないね」


 ワイプルダンヤは笑顔を取り戻していた。


「彼、責任感からああ言ったのかも、僕も、も少し理性的ならよかった」

「彼は君のこと、小金をためたヒッピーだとでも思っているらしいね。あの時の奴の顔はそう言っていた」

「そう思われても仕方ない格好だから、僕」

「でも君が日本人でなく、僕がアボリジニでなかったら、彼もああは言わなかったかもね。僕はそういう扱われ方には慣れているけど。我々の文化に関心を持つ白人なんか、例外中の例外でね。挙句の果てに無知からいわれのないない恐怖心や警戒心を持ったりする。あの運ちゃんの態度なんかまさにその口だ。たまにその例外に会ったりすると、これがまたとんだお笑い草だったり……そういえば、先日もメルボルンの公園で妙な年寄りの二人組に会ってね。彼ら、一生懸命にブーメラン投げの練習をしてたんだ。それが観光土産のちゃちなやつでさ、軽いもんだから風に煽られてふらふらしている」

「彼らに何か言われたの」

「“黒いあんちゃん、おめえ方じゃこいつでもって肉牛ぐれえはるんだべな”だって」

「それで君は、何て」

「あにこくだ白い爺様、ワシら肉を食いてえ時にゃブーメランでねえでドルを使うだあよ」


 車はハイドパークを右にみてサーキュラキーに向かっていた。


「後ろを見ないで。なんか変な車が尾行してくるみたいだ。確かめてみる?」

「どんなやつ?」

「海老茶のホールデン」

「じゃあ、フリーウエイの出口からついて来てるようだね」

「気がついていたか」


 彼は街角を続けて三回右に折れた。それから急に停車しルームミラーを見ていたが、再度発車してもう一度右折して元の道に戻った。


「間違いないね、いったい何だってんだ……ともかく取りあえず市内を引っ張りまわしてやろう。僕こういうの一度やってみたかったんだ」


  彼は別に脅えも見せず、ツギオにあたりの風景や建物の説明をしながらシドニーの町を縦横に走り回った。それは、中央警察署の前を西に向かっていたかと思うと次にはオーストラリア博物館前を東に向かい、三分後にシドニー病院の前を北に向かったかと思うともうセントメリー大聖堂を南に向かっているといった具合だった。

 海老茶のホールデンはしかし、一時車の流れの中に消えたと思っても次の瞬間には彼らのクーペの三台後ろにぴったりつけていた。


「敵さんもいい腕してるね。それに土地勘もあるようだ」

「よほど無理しないと撒けないみたい。第一、君、僕どっちマークしている、分からない」

「いっそ彼らに訊いてみたらどうかな」


 ワイプルダンヤはこともなげに言ってのけた。


「どんなふうに?」

「これからサーキュラキーのどこか適当なところに駐車するんで、ツギオはオペラハウスの方へ出来るだけ自然に歩いて行ってくれ。僕はハーバーブリッジの方に行く。そしたらマークしている方をつけて来るだろうから」

「でもさっき見たら二人組。一人ずつ別につけてきたらどうする」

「だからなるべくゆっくり歩いてくれ。そしてオペラハウスに行きついたら戻って来て。僕は足には自信があるから、出来るだけ早く僕のマーカーを撒いて、車で君を追いかけるよ。三度続けてクラクションが鳴ったら振り返って君のマーカーと話をしてくれ。人ごみの中では彼らも何も出来ないだろう」


 ワイプルダンヤは車を止めると後部座席に置いてあったスーパーの紙袋を取り出した。彼は持っていた手帳の一ページを破いてそこに何か書きこんでからきれいに折り畳んで紙袋の中に入れ、それを左手で大事そうに抱え込んだ。


「準備できたよ。さあ、始めよう」


  二人は予定の行動に移った。尾行者は二手に分かれて彼らの後を追い始めた。ワイプルダンヤは最初南に、それから西にゆっくりと歩いていたが、突然足早になり気象庁の前まで来ると、通りかかった東洋人の観光団のなかの一人にその荷物をしゃにむに持たせ、ゆっくりと一語一語区切りながらこう言った。


「アイ・ライク・ジャパン。プレゼント・フォー・ユー。サンキュー・サンキュー」


 彼がこれだけ言い終わった時には早くも追手は十メートル位のところに近づいていた。彼はサンキューを繰り返しながら、今度は駆け足で車に戻って行った。


 ツギオはゆっくりと歩いてオペラハウスの石段の下まで行きつくと、持っていたカメラのカバーを外し、その特徴のある屋根を持つ建物に向かってシャッターを押して、それからゆっくりと戻り始めた。戻り始めて五百メートルも行った時、見覚えのある白いクーペとすれ違った。そこからさらに五十メートル進んだあたりで、後ろから三度続けてクラクションが鳴った。


「私に何か御用あるですか」


  彼は振り返り二、三歩追跡者の方に近寄ってそう言った。半ズボンにハイソックスという、この国の男性の夏の典型的な服装をしたその男は、一瞬虚をつかれぎょっとした様子だったが、すぐ気を取り直して「いいえ、別に」と答えた。


「それでは僕ですか」


 ワイプルダンヤが車から降りて身構えていた。追跡者は慌てて後ろを振り向くと、今度こそもう完全に度を失っていた。ワイプルダンヤが一歩近づくのを合図のように、男は次雄の横をすり抜けるようにして駈け出して行ってしまった。


「さ、早く乗って」


 ワイプルダンヤが助手席のドアを開けた。彼らが気象庁の前からハーバーブリッジのほうへ右折しようとする時、二人組の一方の男はようやく観光団から紙包みを取り上げたところだった。橋を渡りきり、後ろに追跡車がいないことを確かめてツギオが訊いた。


「あの袋の中、入っていたの何」

「“ゴミはゴミ箱へ捨てましょう。町の美化にご協力下さい”って書いたメモを入れといた」


 白いクーペは一段とスピードを上げ、ノースシドニーの町に消えて行った。





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