02-04:出発地点はメルボルン
メルボルンからの乗客は全部で十五人。ヒゲのブルースとモードの若夫婦はお揃いの真新しいパイプザックを担いでやって来ている。ヒゲのブルースは建築労働者で、休暇が終わったらシドニーの建築現場に行くことになっていた。
ドンとジュリアは仲の良い陽気な兄妹。妹は小柄で丸々と太っていたが、その分兄のほうが長身痩躯でバランスを取っているようだった。
乗客のなかに、もう一人ドンという名の男がいた。こちらは二十五歳のカリフォルニア出身のアメリカ人で、オーストラリアのアメリカンスクールで生物学の教師をしているという。二人を区別するため、彼のほうをヤンキードンと呼ぶようになった。
高校教師はもう一人、三十代半ばの英語教師ジェーンがいる。彼女は休憩で立ち寄る町々で必ず教会を探しては出発時間に遅れるため、たちまちシスタージェーンとあだ名されてしまった。
遅刻の常習は彼女だけではなかった。フランス移民のジョルジュは、自動車がパンクしたとかで最初から予定の集合場所に三十分も遅れて汗をふきふき現れたのだ。
ほかの乗客は、ブリスベーンから来たひょろ長い医学生のケン、アデレードのスーパーマーケット店員ハリー、メルボルンのドライバーズクラブ職員のバジル、クリケットのプロ選手アンディ、ドイツ移民でトレーラー運転手のハインツ、それにハガサとエレンとツギオだった。
車中では、ナースがそれぞれの座席を回って名札を配ったが、名札は黄銅製で名前を打ち込んだプラスチックのテープが貼り付けてあった。
車は途中十時にドライブインに寄り小休止した後、シェパートンで二人の若い女性パティとスージー、それに真っ赤なタオル地の帽子をかぶった牧場主の二世、十九歳のデニスを乗せた。
その晩はタルカッタに泊まった。二十一号線沿いの小さな集落で、三十一号ともう一本の地方道が並行に走り、その二本の道の中間が公園になっている。彼らはそこの集会所の椅子を片付けてマットを敷き寝場所を作った。
夕食の時間まで一時間以上あった。ラークとリンダはバスの車体の掃除を始めていた。ジェーンはハガサを誘って村の教会を探しに出かけた。
何人かが集会場の入り口にクズ入れの代わりに置いてあったドラム缶を道路に持ち出すと、それをウィケットの代わりに地方道の真ん中に置いた。三十一号線のほうは時々乗用車が猛スピードで通過して行くが、地方道には車の往来が全くなかった。たちまち道路上でクリケットが始まった。ツギオは夕食ができるのを待ちながら、公園のベンチでのんびりとそれを見物していた。エレンもその隣でゲームを眺めていた。
「君、日本人じゃない?」
後ろから男の声がした。縮れた赤毛の若い男が立っていた。彼は胸の名札を示して自己紹介した。
「僕はアデレードから来たこういう者です」
「君の名はハリー、ね。僕はツギオ。日本人です」
「君、カラテが出来るかい。出来たら教えてほしいんだけどな」
「いや、全然出来ないです」
「日本人ならみんな知ってると思ったんだけど」
「とんでもない。オーストラリア人みんな牛飼ってないのと同じ、空手知ってる日本人、ほんの一部分だけ」
ハリーはがっかりしたようだった。
「だって君、テレビ映画のカンフーと同じような鉢巻きをしてるだろ。てっきりカラテマンだと思ったんだ……じゃ、ジュードーか、何かゴシンジュツは知ってる?」
「御免なさい、人に教えるほどのものは何も」
ハリーは傍目にもはっきり分かるほど落胆していた。ツギオは悪戯っぽい笑みを浮かべて
「でも、その石割る位は出来るかも」
と、ベンチの近くに転がっている平たい石を指さした。ハリーはたちまち元気を取り戻し「やってみせてくれないか」とせがんだ。
ツギオは石をもう一つの石の上に置き、その一方を左手で押えると、右手の手刀を打ち下ろした。石は鈍い音を立てて二つに割れた。ハリーは大声で感嘆した。
「やっぱり出来るじゃないか。君はカラテを知ってるよ」
「いやいや、これは出来るうちに入らないです」
ツギオは集会所の向かいにあるミルクバーに向かって歩き出した。追いかけてきてエレンが聞いた。
「ツギオ、カラテを知ってるのね」
「いや全然」
「だっていま石を割ったじゃない」
ツギオはベンチのハリーに聞かれないように声を小さくした。
「あれ空手じゃない。君にもすぐ出来る。タネ知っていれば」
「それ、どういうこと?」
「左手で石を押えていたの、実はあれ、押えてたんじゃなくて、二センチ程浮かせてた。それが仕掛け。そうしとくと簡単に割れてしまう。だってそう、一メートル位の高さから石の上に平べったい石落とせば、大抵割れてしまう」
「それじゃ、石をそれだけのスピードでもう一方の石に打ち当てたって訳ね。私にも出来ると思う?」
「たぶんね」
「ディナーズ オン」 集会所からラークの声がした。