表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/45

02-02: 出発地点はメルボルン

                          *『』内は日本語会話



 ツギオが帰りついたナカタ家では、主が昼食用のうどんを打っているところだった。


『これだけが僕にできる料理だ。料理と言うより力仕事だけど』

『でも出汁や何かはどうしているんですか』


 横でテンプラを揚げていた夫人が口をはさんだ。


『お金さえ出せば何でも手に入るのよ。醤油は日本から輸入しているし、カツオ節も。納豆まであるのよね。もちろん普通のスーパーでは駄目だけど、大きな町にはたいてい中国人経営の食料品店があって、そこへ行けば。日本で買う二倍位の値段になっちゃうので、作れるものは自分で作るんだけど』


 額の汗を拭き拭きナカタ氏が話し出した。


『こないだ国から持ってきた湿布薬を切らしてね。似たようなものがないか薬局へ行ってみたんだ。何と説明していいか四苦八苦しちゃったよ。接着テープのように体に貼れてメントールのような効果を持っていて、と何度説明しても首を傾げているんだ。十分位ああでもないこうでもないとやった挙句、女店員いわく“オー、○○○パース!”だってさ。それで通じるんなら何も苦労しなかったよ』

『おじさんでも英語で苦労するんだ。それじゃ僕が苦労しても無理ないですね』

『もう苦労したかね』

『飛行機で一緒だったオーストラリア人の英語が分からなくて。例えばエイという音は全部アイになっちゃうでしょ。ネイム(名前)はナイムだし、レイルロードステーション(駅)はライルロードスタイション。知っちゃあいたけどやっぱり面食らいましたよ。僕の腕時計を見て、お前の時計はサイコーかと来るんだ。謙虚な日本人としては、俺の時計は最高だなんて、答えにくいですよ』

『じゃあ、もうオーストラリア英語の洗礼は受けた訳だ』

『まあね、そのオーストラリア人とはマニラからメルボルンまで一緒だったんです。マニラ空港のエアラインのカウンターの前で出会ったんだけど、“日本人か、これからどこへ行く”と訊くから、オーストラリアだと言ったら“オーストラリアのどの辺か”って。それでビクトリア州のボックスヒルだって言ったら馬鹿でかい声を出して驚いているんだ。彼は同じビクトリア州のダンデノンってところに住んでるんですってさ』

『そりゃ驚くだろう。ダンデノンなら、ここから二十キロもない。言ってみれば西新井の住人がアムステルダムの空港で北千住に行くイタリア人に会ったようなものだ。じゃあ、その人とずっと一緒に来たのかい』

『そのつもりだったんです。通り道だからボックスヒルまで送ってくれるって言ってたんだけど、それがメルボルンの税関で引っかかっちゃって出て来ないの。しょうがないんで先に来ちまったんですよ。名刺を貰ってたんで今日町から電話してみたんだけど、誰もいないらしくてね。あの後、彼はどうしたのかなぁ』


 ツギオはナカタ氏に一枚の名刺を示した。そこにはこうあった。



  ウィルヘルム・グンター・ミカエリス

  オーストラリアビリヤードCO・LTD

  ビクトリア州ダンデノン・プリンセスハイウエイ263

  TEL743576



『ドイツ系の名前だね。事務所の電話番号か。ひとりで商売してるんじゃないのかな。それでなけりゃ週末でもなし、電話番位いるだろう』


 テンプラうどんを彼らが食べ終わった頃、オーストラリアン・バス(AB)社から電話がかかり、キャンセル待ちをしていた明後日出発のツアーに空席が出たと知らされた。その時“サイコー社”の時計は一時を少し回っていた。


「あなたにはすでに別のツアーの料金をいただいておりますので、差額だけいただければ結構です。お支払方法はどうなさいますか」

「明日、私持っていきます。クリスマスイブ、事務所開いてますですか」

「はい、それではお待ちしています」


 夕刻、釣りに行っていたというシロ―と下宿人のワイプルダンヤの二人が、真鯛五、六尾とアワビ多数を持ち帰って来た。


「いいアワビ。こんなの採れる、すごいです」


 日本語の出来ないワイプルダンヤのために、たどたどしいながらも英語で会話するツギオ。


「うん、水深一メートルあるかないかの所に、こんなのがうようよいるんだ」とシロ―。

「この間、メルボルンに赴任したばかりの商社マンを誘って潜りに行ったんだ。ブラックロックっていう磯場なんだけど。そしたら奴さんあっという間に病みつきになってしまって、休みたんびに出かけてるらしい」

「いかんいかん、商社に乗り出されたんじゃ、我々零細漁民はもう駄目だ」


 ナカタ氏は笑いながら両手を挙げてみせた。


「でも彼ね、最初の頃“こっちのアワビは日本のと違ってハラワタがおいしくない。捨てちゃった”とか言うんだ」

「そのまま食べた違うですか。酢で殺さないとです」

「その通りだよ。教えてやったらがっくり来てた」


 アワビの酒蒸しと刺身、真鯛の刺身と潮汁で、その晩のナカタ家の夕食は、思いがけなく大変豪華になった。


「フィリピンに寄ってきたんだってね。あちらはどうだった?」


 食卓に着くなりワイプルダンヤが聞いた。


「それ、散々だったよ」

「へえ……」

「マニラに一泊してからどこか離島行ってみたくて、マリンドゥーケいう島行ったんだけど」

「それは日本を出るときからの予定だったの」

「いや、どこか行こうとは思ってたんだが、予約、マニラでしたです。一人旅だし、急に決めたです。パイプザックをボンドしたまま一、二泊のつもりで。ところが、この島の空港が、椰子の林に囲まれた実にきれいな所なんだが、計器類がなんとまったくなかったです。雨降ったら全然離着陸できないです。それがまた、ちょうど帰ろうか頃から連日雨また雨で一週間欠航続きました。やっと晴れ間出た思ったら今度はマニラで六時間も離陸遅れ、飛行機の故障とかで。まあ、おかげでオーストラリア人と知り合えたですが」

「でも、手持ち無沙汰だったでしょ」

「そう、皆おみやげ買い足したりして時間を潰していたです。その知り合ったオーストラリア人、ミカエリスというですが、彼も僕のその時買った派手な袋が気に入ったといって、売店の隅々まで探し回って、ついにそっくりの買ってました。何しろ時間だけたっぷりあったから、注文して作らせても間に合ったかもですね」 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ