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06-02:西へ

 壁の時計はもう七時を回っていた。テイラー刑事は「コンノさん、食事にしませんか」と受話器を取り上げた。やがてテイクアウエイの中国料理食事が運ばれて来た。


 急に空腹を感じたツギオがナイフとフォークを手に取ると、


「チッ、サンキューも言えないのかよ。ニップってのは」


 コリガンが苦々しげに小声で吐き捨てた。ツギオは、はっきり不愉快そうな顔をしたが、テイラーは相変わらず二人のそんな諍いには無関心を装い、


「食事中に無粋な仕事の話は禁物ですな。お話はまた食事の後にでも伺うことにしますか」


 と書類を机の隅に片付けた。


「ところでマニラは如何でした。私も一度行ってみたいと思っているんですよ」

「マニラ良く分かりません」

「二週間程滞在なさったのではないのですか。パスポートの出入国記録はそうなっていたと思いましたが」

「私日本人と分かると、セールスマンたくさん来ます。分かりますか。不道徳売るセールスマン。たくさんたくさん来ます。私そういう人嫌いです。そしてマリンドゥーケ島行きました。急いで行きました。私賑やかな所嫌いです」

「そういう意味でしたか。それでその島へ行くのは日本を出る時からの御予定でしたか」

「いいえ、マニラで決めました。その島へ飛んでいる飛行機古いターボ・プロップです。こういう飛行機大きな町行きません」

「なるほど、上手く考えましたね。それでその島では?」

「島の飛行場、役立たずです。椰子の林の中の美しい役立たずの飛行場。雨が降ると飛行機降りられません。飛行機のための無線の設備ないからです。そして帰る予定の日から雨降りました。毎日毎日雨降りました」


 テイラーは肩をすぼめて見せた。


「毎日釣りしました。その島小さな観光地です。キリスト教の珍しいお祭あります。でもその時シーズンオフ。ホテルのお客二人だけです。私その一人です。もう一人のお客、釣りマニアでした」

「良い友達になれたんでしょうね」

「いいえ友達違います。その人夜だけ釣りします。昼間は部屋で寝てばかりいます。顔を合わせた場合の時、口ききません。無愛想な人です。その人名前スマイリーといいます。メイドそう言いました。皮肉な名前です」

「釣り師ってのは皆お喋りなのかと思ってましたが」


 テイラーは同意を求めるようにコリガンに視線を送ったが、コリガンはそれに気付かず、ツギオを睨み続けていた。

 食事が終わってもテイラーは質問を止めなかった。


「メルボルンではどちらにお泊りでしたか」

「ボックスヒル行きました。郊外の町です。そこに友達の家あります。そこに泊りました」

「出入国カードにはフリンダース通りのホージスホテルにお泊りの予定とありましたが」

「そのホテルの名前調べてありました。その友達留守の場合のためです。予定大変遅れました。そしてクリスマスシーズン来ました。お付き合い忙しい時期です。私留守になること心配でした」

「困るんだよな、正直に書いといてくれないと」


 コリガン刑事が不機嫌そうに言った。


「私、悪いことしましたか」


 ツギオはコリガンを無視してテイラーに尋ねた。


「別に大して問題にはならんでしょう。出入国カードを書かれた後で予定を変更されることだってある筈ですから。ただ、今度の場合はさきほど申しましたように、乗客の皆さんにお話を伺いたいと思ったものですから。ずいぶん探したことは確かですよ。それで今日になってしまった訳です」

「御免なさいです。それでどうやって私を見つけましたか。私そのこと興味あります」


 テイラー刑事は微苦笑しながら答えた。


「ミカエリスさんが憶えていたほんの些かのヒントからです。あなたがこの国の砂漠地帯に興味を示していたという。それでレンタカー会社やらトラベルサービスやらを探し回って、やっとAB社のキャンピングツアーに辿り着いたという訳です」


 ツギオは、この言葉を聞いて背筋に冷たいものが走るのを覚えた。なぜそんな手間を掛けてこの僕を探したんだろう。そもそも、任意とは言いながら半ば強引にツアーから連れ出すなど、単なる参考人の通り一遍の証言を聞くために、そこまでするだろうか。テイラー刑事の話はどこか嘘臭い。でもなんでそんな嘘をつかなければならないんだろうか。


 不安に駆られた彼の脳裏に、メルボルンを出発して以来の様々な出来事が一時に浮かんできた。胡散臭い男たちに後を付けられたことや、カメラのレンズキャップが消えてしまったこと、日記帳が二度も行方不明になったこと。その当時はツアー仲間の他愛ない悪戯位に考えていたそうした些細ないちいちが、彼に対して仕組まれた巧妙な罠のようにも思えてくる。そうすると、シドニーの手前でバスのフロントガラスが割れた事故も、デイドリーム島でテントの中にタイガースネークが紛れ込んでいた事件も、単なる偶然ではないのかも知れなかった。


「ボックスヒルのお友達というのは日本人ですか」

「はい、そうです。シロー・ナカタといいます。私と同い年です。彼のお父さんと私のお父さんと、クラスメイトです。高校時代の。そして私とシロ―、赤ん坊の時から友達です。彼が中学生の時サヨナラしました。お父さんの仕事のためです」

「お父さんの仕事といいますと」

「技術者です。スインバーン工業いうところ」

「そうするとボックスヒルのお宅には御家族で住んでいらっしゃるんですね」

「はいそうです。お父さん、お母さん、そしてシロ―です」


「アボがいるじゃねえか。大学生の、ワイプル何とかいう奴だよ。とぼけんじゃねえぞ、調べは付いているんだからな」


 コリガンが食いつきそうな大声を上げた。ツギオは不安と猜疑心の入り混じった気持ちで押し黙った。

 テイラー刑事が調書を片付け始めたのは十一時に近い頃だった。


「おやもうこんな時間になってしまって」


 テイラーは腕時計を見ながら、さも驚いたと言いたげな仕草を作った。


「ことによったら明日、もう一度御足労を掛けるかもしれません。それでホテルに部屋を取っておきましたのでそちらにお泊まり下さい。私共と致しましてもその方が何かと好都合だと存じまして。いえつまり明日御足労を掛けるようなことになった場合にですが」


 ツギオはキャンプ場に帰りたいと言い張ってみたが、ついにそれは許されなかった。

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