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06-01:西へ

 一月四日にケアンズに着いたカイチツアーの一行は翌五日、ケアンズの東北三十キロ程のところにある、平たい珊瑚礁の島グリーン島に渡った。この島は、一番高いところでも海抜三メートル位で、厚い下ばえに覆われた島の内部には、収容人数九十人程のホテルやバンガロー、マリンランド、劇場などが配置され、その間を狭い散歩道が連絡している。


 五百トンクラスのボートが毎朝九時にケアンズの港を出て一時間半位で島に到着する。四、五百メートルの桟橋の先端に円筒形の建物が作られ、その中にある船の丸窓のような小さな窓から、島のあたりに発達している珊瑚礁の海底の様子を見ることが出来る。入場料は四十セント、入口にはお土産の売店が軒を連ねている。


 夕刻まで島観光をした一行がボートでケアンズに戻ったのは午後四時半頃だった。岸壁には一台のパトロールカーが停車していて、その傍らに二人の警官が所在なげに立っていたが、タラップが渡されるとそのうちの一人が出口にやって来て、乗客が降りて来るのを見張り始めた。

 ボートは乗客を満載していたため、出口付近は大変混雑した。ガスは慣れた身のこなしで甲板から手すりを越えて岸壁に飛び降りた。パトロールカーのところにいた警官はキッとガスの方を見たが、すぐまた元の所在なげな表情に戻った。


 ツギオがガスに続いて岸壁に飛び降りた。彼がガスと並んで観光バスの方に歩き始めた時、警官の一人が走って来た。


「もしもし、ミスターコンノというのはあなたですか」


 丁寧な言葉づかいだが、それと裏腹にきつい尋問口調だ。ツギオが振り向くともう一人の警官も急いで彼の方にやってくるところだった。


「コンノ、私の名前ですが」

「AB社のカイチツアーのミスターコンノですか」

「ええ、そうです」

「実は、あなたに少々お尋ねしたいことがありまして。警察までご同行願えませんか」


 警官はほとんど彼の腕を抱え込むようにして、パトカーの方に連れて行こうとした。


「待って下さい。無理やり連行するですか」

「とにかく警察へ来て下さい。話はそこでしましょう」



 ケアンズ警察の取り調べ室の天井では、大きなファンがけだるい空気を掻き回していた。室内には中年の刑事が若い東洋人と向き合って座り、もう一人、若い刑事がやたら室内を歩き回っていた。


「私はテイラーと申します。こちらはコリガン君です。AB社の団体旅行カイチツアーでいらっしゃったミスターコンノですね。お茶にしますか、それともコーヒーがいいですかな」


 中年の刑事が尋ねた。


「私の立場説明して下さい。明日、私のバス、ダーウィン行きます。私、早くキャンプ場に帰りたい」

「コーヒーかお茶かって聞いてんだよ、それにも答えないって言うつもりかよ」


 コリガンが彼の耳元で敵意のこもった大声をあげた。


「コリガン君、もう少し穏やかに聞きましょうや、彼は捜査の協力者なんだから」


 テイラーは猫なで声で言うと、作り笑いをした。


「コーヒーを二杯頼みますよ。それから君も好きな方をどうぞ」


 コリガンがコーヒーを三杯持ってくると、テイラーはその一杯をツギオに勧めた。ツギオは腕組みしたまま、コーヒーには見向きもしなかった。


「コーヒーは嫌いですか。それならそう言ってくれればよかったのに」


 テイラーは机から調書の用紙らしきものを取り出した。


「実は少々お話を伺いたいと思いまして。と申しますのは、新聞などて報道されましたのでご存知かと思いますが、あなたがマニラから乗って来られたPF二七〇便でヘロインを持ち込んだ男がおりまして、メルボルン空港で逮捕されたんですが。その男の供述に不審な点がありましてね。それで同じ飛行機に乗っておられた方々から色々お話を伺って捜査の参考にしたいと、こうしてご足労を掛けているところなんです。……取りあえずパスポートを見せていただけますか」


 ツギオが手提げ袋からパスポートを出していると、コリガンが手を伸ばして袋ごと取り上げようとした。


「何しますか」


 ツギオは刑事の手を振りほどこうとしたが、彼はしっかり袋をつかんでいたので、力任せの引っ張りっこになってしまった。袋が破けるのではと心配になったツギオが思わず手を離す。コリガンはすかさず袋の中に手を突っ込んでパスポートを取り出してテイラーに渡した。受け取った方はそれを机の上に置き、パスポートナンバーなどを書類に写し始めた。

 さらにコリガンが袋の中身を調べようとした時、ツギオは声を強めて、


「あなた乱暴な人。私忘れない。法律許しません」


 と、彼に人差し指を突きつけて詰め寄った。彼が一瞬怯んで袋を机の上に置くと、ツギオは素早く袋を抱え込んだ。テイラーはそうしたやり取りには素知らぬ顔をして、相変わらずの猫なで声で聞き始めた。


「素振りの妙な乗客がいたとか、何かお気付きのことはないでしょうか。どんな些細なことでも結構なんですが」


 ツギオはテイラーのこの漠然とした質問に戸惑って黙り込んだ。


「飛行機の故障で予定が大分遅れたと聞きましたが、皆さんはその間どうなさったのですか」

「食事しました。そしてお茶飲みました。それからお喋りして、ソファーに横になりました。大抵の人そうしました」

「そうしなかった人もいた訳ですね」

「お土産買っている人いました。私もそうしました。活動的な人、ウイリィって名前の人、私の買ったショルダーバッグ気に入りました。民芸調の縞模様のです。免税店たくさん探して同じの見付けました。四時間かかっていました」

「覚えているのはその方だけですか」

「その人、マニラ空港のエアラインのカウンターの前で会って、メルボルンへ来る時隣に座りました。……私のこんな話、お役に立ちますのですか」

「いいえ、素人の方が何でもないと思われることからでも、何か参考になることを探しだすのが我々の職務ですから。そのウイリィというのはウイルヘルム・G・ミカエリス氏のことではありませんか。メルボルン郊外のブラックバーンにお住まいの方ですが」

「多分そう、その町の名前憶えてます」

「その方とはその後どんな具合ですか」

「飛行機の中でお喋りたくさんしました。その後、私たち友達です。約束しました、メルボルン案内してくれること。でもその約束駄目になりました。飛行場で、はぐれてしまいました。私その人の正確な所番地知りません。それでもう会えません」

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