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03-05:シドニー到着

 夕食が終わりお茶が出るころには、日はとっぷりと暮れていた。ツギオはザックからコーンパイプを取り出してふかし始めた。


「ツギ、君はパイプ党かい。よさそうなパイプだね」


 十メートルも離れて座っていたラークが声をかけた。この男、どうしてもツギオと発音できず、オがどこかへ行ってしまう。


「ラーク、君にはよさそうに見えるですか。これコーンパイプ、一ドルしない」

「暗くてよく見えないんだ。どこで買ったんだね」

「東京から……公然と……持って来たです」

「公然と、ってどういうこと」

「メルボルンの空港降りるとき、植物検疫のカードに、コーン持っている書いておいた。係官が、どこにある? って気色ばんで訊くから、これ見せてウィンクしてやったです」


 ツギオは空港での演技を繰り返してみせた。


「ツギオ、君ったら、本当にそれやったのかい」


 ハインツが向かい側で座っていた椅子から転げ落ちて笑った。それを合図のようにツアーの仲間のうち半分ほどが大声で笑い出した。

 ハガサは、エレンの隣に座っていたのだが、エレンの肩を叩きながら「その時の係官の顔が目に浮かぶわ」と笑い転げた。エレンはキツネにつままれたような顔をしていた。ツギオの近くにいたアンディ、バジル、ジョルジュも表情を変えていなかった。


 笑いがひと通りおさまった時、ハガサがエレンに尋ねた。


「ねえ、あなた海外に行ったことがあって?」


「ありませんけど。それが何か?」


 エレンは思いがけない質問に戸惑いながら答えた。


「え、まあ、何となく、ね」


 ハガサは今度はローズとレッドに同じことを訊き、またエレンをはさんで反対側に座っていたヒゲなしにも訊いてみていた。



 いつの間にか、もう十時近くになった。ハガサとエレンが連れだって自分たちのテントまで帰ってくると、隣のテントのライケン夫人が声をかけてきた。


「ハガサ、あなた懐中電灯をお持ちじゃありませんか」


 ハガサは手に持っていたトーチに点灯し、「どうぞお使い下さい」と彼女に手渡した。


「すみません、確か自分のを入り口に置いておいたと……ああ、ありました。どうもありがとう」


 そう言うとライケン夫人は自分のトーチに点灯して、借りていた分を返した。


「ところでハガサ、日本に住んでいたことがおありだそうですね」

「ええ、主人の仕事の関係で、三年ばかり」

「そうですか、私どもも日本に住んでいたことがありますのよ。ヨコハマに。カミーユは日本生まれなんです。彼女はもちろん覚えていないでしょうが、二年とちょっとでしたから。……それで、ツギオサンとはその頃からのお知り合いですか」


 彼女はツギオサンと日本語を使った。ハガサは笑って大きく手を振った。


「おお、いいえ。私が日本にいたのはまだ若い頃のことです。ステーツと日本が戦争を始めるよりも前でした。でも日本の人を見ると、何か懐かしくて」

「それに彼はジョーク好きだし。さっきのトウモロコシの話じゃ大笑いしましたよ」


 ライケン氏が口をはさんだ。


 エレンがハガサの方を見て思い出したように言った。


「そう言えば、ハガサ。そのあとで変なことを訊いたでしょう。あれはどういうことだったの。私が外国に行ったことがあるかどうかなんて」

「だってエレン、あなたちっとも笑わなかったでしょ」

「あの税関の厳めしい雰囲気を知っている人なら大抵笑いますよね」


 ライケン夫人は頷いた。


「でも、そうとも限らないんじゃないかしら。だってジョルジュは笑ってなかったわ。彼、ツギオの隣にいたでしょう。ハインツが転げ回って笑っているのに、彼はぴくりともしなかった。すごく対照的だったんで、それで覚えているんですけど」

「ああ、それは僕も覚えていますよ。実は何か変だなって思っていたんです。いえ、ドイツ人とフランス人でこんなに感覚が違うのかとも思ったんだけど」

「ええ、そうでしたね。それでエレンや他の人たちにも同じことを訊いてみたんです。笑わなかった人たちにね」

「面白いお話ですわね。それでどうでしたの」


 ライケン夫人は興味をそそられたようだった。


「もちろん、全部の人に訊けた訳じゃないんですけど、でも訊いた限りでは、笑わなかった人はみんな外国に行ったことがないって言ってました。……ジョージだけ例外ということになるらしいの。彼、フランスから二年前に来たって言っていたでしょ、それにあのフランス語訛りの英語。なんか、妙な感じですよねえ」

「そう言えば、彼、昨日はどこへ行ったんでしょう。シドニーの町へ一緒に出掛けたのに帰りのバスには乗っていませんでしたね、確か」


 ライケン夫人が言った。


「えっ、彼一緒に帰って来たんじゃないんですか、私そうとばかり思ってました。だって彼、バスが戻って来るまでは確かにいませんでしたよ。私たち、ツギオが戻ってから一か所に集まって彼の見た人影のことやら何やら色々話したりお茶を飲んだりしてたんですもの。そしてほかの人たちが帰って、テントを調べ始めた時には彼もいましたし」


 エレンは驚きを隠さなかった。


「じゃあ、こういうことになるのね。彼は昨夜私たちと一緒にキャンプヤードをバスで出た。でも帰りのバスには乗っていなかった。これは確かよ、彼の席は私の後ろですからね。それでバスが帰ると同時にテントへ戻っていた、と。ちょっと面白いわねえ。なかなか謎めいているじゃありませんか」


 ハガサは持ち前の好奇心を抑えかねている様子だった。


「こうは考えられませんかしら。ジョルジュはバスの帰る時間を訊いて知っていたから、それでその時間に帰って来たって」


 夫人の言葉を遮るようにライケン氏が答えた。


「それは無理だよ。だってジェーンが遅刻したじゃないか三十分も。それで帰りの時間はその分だけ狂っていた筈だよ」

「ああ、そのことを忘れていましたわ。それではどういうことなのかしら」

「ジョルジュには何か秘密でもあるんでしょうかねぇ。およそ裏表のない、純朴そうな男性にしか見えませんけど。……ま、今日はもうこのくらいにしておきましょう。明日もまた早いんでしょう」


 ハガサはそこで話を切り上げてテントの中に入っていった。やがて静かな寝息が聞こえてきた。

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