王妃と魔法の鏡と
冬童話2018の提出作品です。
よろしくお願いします。
白雪姫が林檎嫌いだったら、こんな事もあったかもしれませんね。
王妃は独り言をブツブツと言いながら、自分の部屋の扉を開け中に入っていきました。
「腰紐と櫛は失敗したが、林檎は上手くいったようだ」
──王妃は白雪姫の美しさを妬み、幾度に渡って殺そうとしました。しかし、とても運の良い白雪姫はその度に息を吹き返したのです。業を煮やした王妃は、とびきり強い毒が入ったリンゴをこしらえ、魔女に変装して白雪姫に渡したのです。
「あの小娘『うれしいわ! 私、林檎が大好きなの!』そう言って嬉しそうに受けとりおった。一口かじればコロリと逝ってしまうとも知らずに!」
王妃はにんまりと微笑み、部屋の片隅に置かれてある大きな鏡へと歩いていきました。
「白雪姫は毒リンゴを食べて亡き者となっただろう。今度こそ私が一番美しいのは明白。……しかし、このまま鏡に聞いても面白くない」
王妃は鏡の前で考えました。口角を鋭く上げて何かを思いついたようでした。
「私はとても素晴らしい余興を思いついたぞ。これならば、誰よりも私が一番だと強調されるであろう」
「鏡よ、鏡。この国で二番目に美しいのは誰か、言ってみよ」
しかし、目の前の鏡は沈黙したまま、王妃の卑しい顔だけを映していました。
「どうした、いつものように私に真実を伝えておくれ」
すると間をおいて鏡が答えました。
「…………はい、王妃様。この国でニ番目に美しいのは料理長です」
「……ほう。そう言えばまだ会ったことがないな。確認しておこう」
王妃は眉をしかめて呟き、もう一度鏡に向かって言いました。
「鏡よ鏡、この国で三番目に美しいのは誰か、言ってみよ」
「はい、王妃様。この国で三番目に美しいのは鍛冶屋の主人です」
「……ん?」
王妃は眉をしかめ、顔を引きつらせました。何か腑に落ちない表情をしていましたが、続けて鏡に言いました。
「鏡よ鏡、この国で四番目に美しいのは誰か、言ってみよ」
「はい、王妃様。この国で四番目に美しいのは、我が国の王です」
「ふむ……って、男じゃないか!」
「同着で、宿屋の主人です」
「そいつも男じゃないかっ!」
王妃は拳を握りながら体を震わせ、鏡に言いました。
「鏡よ鏡、この国で五番目に美しいのは誰だ、言ってみよ!」
「はい、王妃様。五番目に美しいのはイノシシです」
「動物じゃないか!」
王妃はあまりの返答にテーブルへ拳を振り下ろしました。テーブルの上に置かれていた林檎が三回弾みました。
「鏡よ、鏡。この国で六番目に美しいのは誰だ、言ってみよ」
「はい、王妃様。この国で六番目に美しいのはメイド長です」
「……。男とイノシシに負けてるメイド長には何かこの先いいことがあるよう祈っておくよ」
王妃は深く溜息をつきました。
「質問を変える。鏡よ鏡、この国で一番女性らしい立ち振る舞いが出来るのは誰だ、言ってみよ」
「はい、王妃様。この国で一番女性らしい立ち振る舞いが出来るのは、パン屋の主人です」
「そいつOTOKOーっ!!」
王妃は大の字に倒れ、まるで子供のように手足をバタつかせて喚きました。
「この国はどうなってるのよ! ああーっ! ああああーっ!!」
ひとしきり喚いた王妃は床にころがったまま天井を見ました。天井には小さなシャンデリアが吊るされています。
「ああ、こういう所が駄目なのか。よし、落ち着け私。数でも数えて落ち着こう。……まるーい模様が一つ、二つ、三つ…………九つ」
王妃は瞬きもせずに、ずっと天井を睨んでブツブツと何かを数え始めました。何を数えているのか王妃自身も分からぬまま、目が充血しても瞬きをする事はありませんでした。すると突然上半身を起こして、首だけ横を向いて鏡に言いました。
「鏡よ、鏡。この国で一番品の無いのは誰だ、言ってみよ」
「はい、王妃様。この国で一番品の無いのは、王様の二番目の」
「鏡よ、質問を変える。この国で一番賢いのは誰だ、言ってみよ」
「はい、王妃様。この国で一番賢いのは、王様の二番目の妃、あなた様です」
「イ……イェスっ」
王妃はその言葉を聞いた途端に目を見開き、飛び上がるように喜びました。
「ンナーーーバワンッ」
一番という言葉が何より大好きな王妃は、歯茎が見えるぐらいに笑顔になりました。
「プッププ〜」
王妃はどこからか取り出した小さなラッパを吹いて、自分の為のファンファーレを奏でました。大きなお尻を右に左に、だいぶご機嫌な様子でした。
「……ふぅ、やれやれ。余興のつもりがとんだ展開になったよ。それもこれで終いにしよう、最後に私が美しさで一番になればそれで良い」
王妃は、一つ咳払いをして鏡にこう言いました。
「さぁ、ついにこの時が来た。鏡よ、鏡。この国で一番美しいのは誰か、言ってみよ」
「はい、王妃様。この国で一番美しいのは」
「ストップ!! 鏡よ、ちょっと待つのじゃ」
王妃は嫌な予感がしました。林檎は確実に白雪姫に渡している、ここでまた白雪姫の名前が出る事は有り得ないはず。いや、あってはならない。
「鏡よ、この国で一番美しいのは、まさか死んだはずの白雪姫では無いだろうな?」
王妃のその質問に、鏡は答えました。
「……いいえ、違います」
その言葉を聞いて王妃は胸を撫で下ろしました。やはり白雪姫は林檎を食べて死んだと確信しました。
「私はいらぬ心配をしたようだ。鏡よ、ちょっと待つのじゃ」
王妃は小さなラッパと笛を用意して自分を称える準備をしました。
「よし。鏡よ、鏡! この国で一番美しいのは誰だ、言ってみよ!」
「はい、王妃様。この国で一番美しいのは、お城の団長です」
王妃は鏡のその言葉に目が点になりました。そして茹だったエビのように顔を赤くして叫びました。
「お、おおっ、男じゃないかあぁぁぁぁーっ!!」
王妃は叫びました。恨み妬みを込めた魂の叫びです。
「おのれっ! 全員亡き者にしてくれるっ!!」
王妃は憤激のあまり、体中の血が沸騰して今にも爆発しそうな顔になりました。そして、テーブルの上に置いてあった果物ナイフを荒っぽく手に取り、どすんどすんバタンと大きな音を鳴らして部屋を出ていきました。
鏡はそんな王妃を見つめます。
「王妃様、どうかご無事で。団長は勿論の事、料理長も鍛冶屋の主人も大変お強いと聞いております。どうかお怪我をなさいませんよう……」
鏡は出ていく王妃にそう呟きました。そして部屋には誰もいなくなり、静かになりました。すると、鏡がひとりでに話し始めました。
「そして、林檎が嫌いな子に林檎はあげないようにご注意下さい。大変な目に会いますよ?」
なんと、鏡の後ろから少女が姿を現しました。
「あと、鏡を割ってごめんなさい」
そしてその少女は舌をちろっと出して、悪戯な表情でウィンクをしたのです。
黒檀のような黒い髪、雪のような白い肌、林檎のような赤いほっぺの少女。
その少女は、手を後ろに組んで鏡の前まで歩き、こう言いました。
「鏡よ、鏡。この国で一番林檎が大嫌いな子はだぁれ?」
少女は声を低くして答えました。
「それは、白雪姫です」
少女はくすっと笑いながら、部屋を出ていきました。
──この後、王妃がどうなってしまったのかは誰も知りません。だけれど、こんな噂があります。
ある人は『イノシシに轢かれた』と言い、
ある人は『鉄で焼かれた』と言い、
ある人は『ガラスの棺に入れられた』と言っていました。
どれが本当の事なのかはわかりません。どれも本当の事かもしれません。
これは、林檎が大嫌いな白雪姫に林檎を渡して恨みを買った、王妃様の愚かでまぬけなお話し──
お し ま い
3タイトル書いているので、お時間ございましたら読んでみてください、ほぼギャグです!
『燃実の華』
〜裸のモモタロウのお話し
『マッチ売りの魔女と肉好きの黒猫』
〜マッチ売りの少女というかおばあさんの体のお話し