部屋とハリセンとあべし③
「ふぅ~、生きた心地がしないわね……」
優衣は4輪のガラクタの前に立っていた。タイヤがはずれ、屋根も大部分が剥がれ落ちた鉄くずを背景にペットボトルの水で喉を潤していた。商店街と住宅街が混ざった十字路のそば、住民たちの憩いの場所になっているだろう古びれたレストランが道をはさんだ反対側に軒を構えている。
「マッタクデス。オイル交換ノ必要ガアリマス」
ハカセが同調して首を縦に振った。竜三は両腕を交差させるように反対側の二の腕をつかみ、震えていた。
「オイルって何? 水じゃなくて良いの?」
「今ハ水分補給を優先シマス」
「……」
「総冶さん?」
言葉はなかった。姿すら見えなかった。しばらくして赤い元シボレーの崩れた天井が持ち上がると、下から男が姿を現した。顔は煤けて所々黒くなっていた。
「助けてくれよ。俺、一応枯れ井戸スコープのリーダーにして主人公なんだけどな」
総冶は焦げた鉄カスを身体から払い落とすと、鉄くずに紛れた手荷物の中からタオルを取り出し、顔をふいた。
「総冶さん……えーと、主人公の話なんだけど、1話から登場しているの私だよね。あんた最後に登場しただけだよね」
「うーん、その辺りはなんというかなぁ。優衣ちゃんはヒロインのくせに明らかにしてない情報あるし……」
すっかり汚れを落とした総冶の目の前に朝比奈優衣が両腰に手を当てて立ちはだかった。
「なんなのよ、何も隠してないんだけど」
「長い黒髪、迷彩のズボン、タンクトップ、色艶のある美人、優衣ちゃんは典型的なヒロインだと思うよ。一点だけ不明なままだけどね……」
「な、なによ」
ムニュ
総冶の両手が指いっぱいに広がり、優衣の胸を覆い隠すように身体にへばりついた。
「胸……バストサイズだ。残念なことにメジャーがないからな、俺が触って測ってやる」
「な……」
ムニュムニュ
総冶は真剣な顔でおっぱいを揉みしだいた。逆手に腕を回転させると、たわわな胸を持ち上げるように撫で回し、再び指を上にすると乳房全体をくまなく触り、こねくり回した。
「ちょっと、イタっ!」
「いいねぇ優衣ちゃん。Eカップはあるよ。揉み甲斐がある。感度はどうなのかな~?」
「……殺すわよ」
「おっと、逆らっていいのかな~。枯れ井戸スコープのリーダーに逆らって暴力ヒロインの悪名を広めるつもりなのかな~。主人公は任せられないな」
「あ、あの……わた、わたし……」
「優衣ちゃん、わかってるよ。初めてなんだろ? 大丈夫、俺も興奮してきたから。今夜一緒にオトナへの階段を昇ろう」
ムニュムニュ
「顔が赤くなってきたな。感度も良いようだ。だが服が邪魔だな……ってイテテテテテ」
優衣は総冶の両手を引き剥がすと、片腕を握って高く捻り上げた。総司の右手に激痛が走る。
「いててて……。おい、いいのかよ。主人公ヒロインの座がほしいんだろ?」
優衣は顔どころか全身に赤みが差し、湯気が肌からたちのぼっていた。
「おい、ボンクラ。よく聞けよ……。わたしね、ずっと自分が時代遅れのツンデレヒロインじゃないか心配してたの。だからビックリしてすぐに反応できなかったんだけど、アンタのニヤけた外道面を拝んでいたらどうでもよくなったわ」
「何? ゆ、優衣さん?」
「わたしは寛大だからな。ハリセン一撃で許してやる……かわいい仕事仲間のお仕置きなら許せるでしょ?」
「ハリセン?」
「そうなの。ちょっと試してみたくって……総冶さんなら受けてくれるわよね」
「君の腕力でか……まあ紙なら大怪我はしないだろう」
優衣は捻り上げていた腕を離すと総冶の身体をハカセと竜三のところまで突き飛ばした。
「おめーら、わたしが合図するまでボンクラをつかまえとけ!」
「ハイ」「はいっ」
ハカセと竜三は総冶の身体を両脇から捕まえるとそれぞれ左右の腕を両手でつかんで拘束した。
「おい、2人とも! 俺を枯れ井戸スコープのリーダーだとわかっているのか?」
「あねさんの命令には逆らえません」「サカラエマセン」
ハカセの力は弱い。だが竜三は違う。背は高くないがファンタジーに出てくるドワーフのようにいかつい身体を持つ彼は2人分の力をこめて総冶を捕まえていた。
「ちくしょー! ラッキースケベな展開がないから勢いでオッパイを揉みに揉んだ代償がハリセンの刑かよっ! ま、存分に感触を楽しめたことを考えれば役得だったけどな」
総冶は言葉を吐き捨てた。チームの紅一点は冷ややかな眼差しで3人の中央にいるセクハラ男を眺めていた。
「女の子のバストを測るのにメジャーがなくて残念だったみたいね。今度はハリセンを作る紙がないみたい……残念だけど別のもので代用するしかないようね」
優衣は車だった鉄くずの後ろ側に回ると、人の気配が全くない家の入り口から何やら板状のものを引っ張り出してきた。
「じゃーん、トタン板がありました。WWWW状になっている鉄製の板。今日はこれで工作をしまーす」
優衣は1メートル四方あるトタン板のギザギザになっている一辺の両端をつかむと、ふん~~っと力を入れて中央に押しつぶしていった。四角が三角に収束してゆく。彼女の脳には筋肉のリミッターをはずす能力がある。カレイドスコープ社にアルバイトで事務仕事をしていたところ、次々に机を破壊してしまい、弁償を兼ねて問題児の仲間入りをしていた。
ミチミチミチミチッ
金属が悲鳴を上げながら一辺が両端からプレスされていく。彼女の手のひらが合わさるころには扇状に変化した鉄製ハリセンが誕生した。
「できた~~っ! 我ながら見事な出来前じゃない?」
彼女が握りつぶしたところがちょうど持つ場所になったハリセン。厚さ5ミリはあるだろう。
「いい? よけずに飛び込んできたら顔面に一撃で終わり。よけようとしたら量を十倍にしちゃうかも……覚悟決めて飛び込んできてっ!」
総冶を両脇から捕まえている2人に目配せした。
「じゃあ、ハカセ、竜三。そのゴミを思いっきり投げ込んでっ!」
「い、いや……やめて……」
「さあ、綺麗なお星様になりなっさい!」
ハカセと竜三は反動をつけて総冶の背中を突き飛ばした。彼女まで10メートルほどあった距離がみるみる縮む。総冶は勢いのままハリセンを野球のバットのように構えた優衣のところへ、もつれるように走って行った。
「やめっ! やめ――あ、あべ死っ!」
スパ―――――――――ンッ!
「ワッハハハハハ」
「いやー面白いね、このテレビ。日本の番組だっけ?」
「そうアル。確か手に持っているのはハリセンとかいう道具アルよ」
中華包丁を持った大柄な料理人が客のひとりと談笑していた。レストランの天井近くに備え付けられたテレビを眺めている。
「スパーンとハリセンってのは良い音するアルね」
「それはそうとマスター。さっきから外が騒がしくないか?」
「朝からマフィアの連中が空港の方にたむろしているアルよ。物騒なことね。外にいる連中もきっと一味よ。さっき車が壊れる音がしたから相当野蛮なやつらアルよ。なんか叫んでいるみたいアル」
――さあ、綺麗なお星様になりなっさい!
「たぶんマフィアの私刑ね。お客さん、窓に近づいちゃダメよ」
――やめ、あ、あべ……
ズバキゴキュキュゴバスビシャ――ッ!!! ――ボトンッ……プシュ――ッ
――あ、ゴメーン。グロくなっちゃった……。モザイクかけないと。2人とも急いで掃除しましょ。退散、退散っと……。
「……私刑は終わったみたいアル。お客さん、食欲なくなるから見ない方が良いね」
俺は暗闇の中にいた。名前は、丹羽総冶だったかな。そうだ、90度後ろに曲がった首の先にあるだろう頭脳がそう告げている。とりあえず、頭を元に戻そう。
よっと……。どこかわからないが、痛みを全く感じないぞ。あっ……また視界が上を向いてしまった。もう一度首を元の位置に戻さないと……。よっと……しばらくじっとしていないと直ぐに後ろに折れ曲がってしまうな。……ムチャクチャしやがって。だが、結局俺が主人公であることには変わらないようだ。俺視点なんだからな。
……ん? 誰もいないのに声が聞こえる。……えっ? 死んだ? まさか俺が……。えっ? 首が折れて頭の一部が飛び出したって? あいつ馬鹿力で思いっきりやりやがって……。あれ? 俺なんでこんなんなってんの? 何かすごく昔のことのような気がする……。
……え? あまりにグロい死に方して可哀想だから、もう一度やり直すチャンスくれるって? それはいい。でも、そんなことできるの? ……ふむふむ、暴力にまみれた世界から解放してくれるというのか。その異世界とやらで今度はメチャクチャ良い思いをさせてくれるんだな? よし、頼む。
あ、身体が浮かんで前に進むようになった。向こうに光が見えるな。そこに別の世界があるのか……。
ああ、光の間近までやってきた。そうして俺は……異世界で別の人生を送ることとなった。(次回へ続く)
次回、異世界編です。押忍っ!