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SHOW煙たちこめる枯れ井戸スコープ(株)  作者: くら智一
序章 激闘! 血しぶきが舞う香港
1/3

部屋とフライパンとあべし①

 シャーーーー

 白いシャワー噴出孔から水の雫が湯煙の中に消えてゆく。

 女性がひとり浴室にたたずんでいた。服は……残念、着ています。紺色のタンクトップに軍隊の兵卒が身につけているような迷彩色のロングカーゴパンツ。長いロングヘアーを腰まで下ろし、細身だが締まった肢体に色香を匂わせていた。


 彼女、朝比奈優衣あさひなゆいは浴槽の栓を抜いたまま、お湯を意味もなく流していた。水の無駄遣いなどは気にもとめず、長い鉄製の棒を縦に並べるように組み立てていた。


 1.5メートルにもなる長い銃身。米国で試作中のM37564ライフルだ。射程距離は1kmと呼ばれる長物を開けっ放しにした窓から銃口が外を向くように完成させる。銃身の欠片を持ち込んでから3分。結構時間がかかってしまった。戦闘用の衣装に着替えるまで2分。銃を組み立てるまで1分だった。


 組み上げたライフルの望遠レンズから窓の外を眺める。窓は地上20メートル。安いホテルの最上階だ。目の前にはビルが並び、窓の位置からはちょうど隙間の向こうを眺めることができる。大通りの向こうは建物がなく500メートル先に香港国際空港のロビーが見える。


「……おーい。いつまで待たせるんだよ。そんなにキレイに磨かなくても気にしないからさぁ」

「ごめん、待ってて!」


 優衣は浴室の外、ベッドで裸になって仰向けに寝転んでいる男に返事をした。男の名前で部屋を借りるためだとしても、どこぞのオッサンが未成年をホテルに連れ込むかーー?


「仕事だから、つらいことも我慢しなきゃ」


 手練れのスナイパーとはいえ、射撃位置を選定するためには身体だって張らなければいけない。がんばれ、優衣!


 彼女は決して殺し屋ではない。勤めるカレイドスコープ(万華鏡)社も裏家業だが、野蛮なことは請け負わない。殺し屋から依頼者を守ることが使命なのだ。今回の任務はマフィアのボスを狙っているという暗殺者の魔の手から、メタボリックな体型をしたボスを守ることだ。腕時計の時刻は12:33を指していた。


 覗き込んだ望遠レンズの向こう、空港のロビーに体重100キロ以上はありそうな恰幅かっぷくの良い男が現れた。周囲を数人の偉丈夫が目を光らせて守っている。暗殺されそうな隙はないが、おそらく余程の暗殺者を相手にしているのだろう。優衣はしばらく目を光らせていた。


「……おーい。オジサン待ちきれないよぉ」

「ごめんなさい、あともうちょっとで終わるから、ホントにあとちょっとだから!」

「え~~? ナニしているのぉ? 気になっちゃうな~」


 ナニもしてねぇよっ! ……と言いかけて利き腕の手のひらで口を塞いだ。左手は銃身を支えている。まったく試し撃ちしてほしいならそう言えよっ! ……優衣ちゃん、心の声でも地がでちゃってるよ。え……うるさい? ごめんなさい。


「もう少し待ってて! こちらの都合もあるんだから……」


 優衣は右手の人差し指を引き金の周りを囲む金属部分に当てた。セミオートの銃口は、引き金に少しでも触れれば激流のように鉛玉を噴射する。


 望遠レンズを覗き込むとマフィアのボスが呑気に談笑していた。右に左に銃身を動かしつつ、不穏な人物がいないか確認した。


「いた……」


 太っちょボスの背後から包丁を持った男が近づいていた。今時、包丁で親分を仕留めようとする暗殺者がいるとは珍しいが、さすが香港。料理屋の主人なら皆カンフーを使えるだけのことはある。


 照準を男が持つ刃物に合わせる。500メートル程度なら優衣の技量スキルにかかれば難無く拳程度の大きさを狙い打つことができる。人差し指をゆっくり引き金に当てる。


 バンッ、バンッ、「おぉーい、まだ……」、バンッ!


 サインレンサーがついた銃口から3発の銃弾が飛び出した。至近のビルの隙間を抜け、1発目はロビーのガラスにヒビを入れ、2発目はヒビの中央に弾丸より一回り大きな穴を開けた。3発目……は照準の下、男の足元に着弾した。


 急にロビーの中があわただしくなる。刃物の男に全く気づいていなかった役立たずのボディーガードが矢面に立とうとしたのか、ガラス側に集まってきた。


「ちょっと、正気なの? 殺し屋は後ろにいるのに!」


 優衣の声も空しく、ボスはこちらに注意を向け、先ほど背後に近づこうとしていた男は全く意に介していなかった。


「……お~い、おじ」

「こんの~! 大事なところで邪魔してっ!」


 足の裏で浴室の扉を蹴った。細い足に衝撃を加えられた扉は留め金が剥がれ、外に吹き飛んだ。


「いたいっ!」


 ベッドの上で仰向けで寝ていた男は5メートル吹き飛んだ扉の下敷きになると呻き声を漏らした。


「狙撃失敗しちゃったじゃないの! こうなったら奥の手を使うしかないんだからっ!」


 優衣はホテルの部屋の入り口付近に留めてあったルームサービスの調理セットの中からフライパンに飛びつく。右手でフライパンを持ち、左手で鍵をはずして部屋の窓を全開にした。狙撃地点とズレているため、目の前のビルの隙間からはマフィアたちの姿は見えない。


「角度45度ぐらいか……。斜めからロビー内に進入させるコースなら外への出入り口から内部にカーブをかけて、そのまま標的までたどりつきそうね」


 数歩下がって目の前のビルの右側、道路の上を見るなり一呼吸した。


「どぅりゃぁあぁぁぁぁぁ!」


 優衣は助走をつけてホテルのベランダへ飛び出すと、右手に持ったフライパンをサイドスローで投げ放った。


 キュルキュルキュル


 フライパンは取っ手の部分を横に回転させながら、ビルの右側に逆時計周りのカーブを描きながら飛んでいった。同時に窓ガラスやらガラスのテーブルやらが一斉に割れる。一瞬にフライパンを視界から消した投擲の初速が早すぎたために発生した音速衝撃ソニックブームだ。


 右手を添えて耳を澄ませる。ベッドの上の男も扉で衝撃をやり過ごしたのか、同じく右手を添えて耳を澄ませた。


 キュルキュル…………バリッ、カラーン、ドサッ。


「やったっ!」


 優衣は両手を口に当てて飛び上がった。フライパンはロビーの入り口から室内へ斜めに侵入し、刃物を持ってボスに近づいていた男の頭をかすめて、奥の壁にめり込んだ。刃物は床に落ち、暗殺者は頭髪の半分を摩擦で失い、仰向けで倒れた。


 Trururururururu……


 懐の携帯電話が鳴った。優衣が応答すると、受話器から困った声が聞こえた。


「優衣ちゃん、困ったことになったよ。マフィアの部下どもはこちらの狙撃が暗殺の本命だと思って狙撃地点に大挙向かっているようだ。車を回すから一刻も早くホテルから出るんだ!」


「わかった。1分でお願い」


 優衣は浴室へ戻すとライフル銃を一気に解体した。外に持ち出し、ゴルフバッグのような長いリュックに詰め込む。


「……なぁ、これってオレだまされたんだよな!」


 中年男が全裸のまま立ち上がった。鍛えているのか肉付きは良かったが、股間にぶら下がったものを見て辟易とした。


「あんたねぇ、私が未成年だってことわかってて連れ込んだでしょ。そうでなくても出会って1分後には部屋のキー見せてきたよね。これって犯罪なの、わかる?」


 そらをつかう裸の男に対してさらに言い募った。


「今からここに怖いおじさんたちがたくさん来るけれど、少しお灸をすえてもらった方がいいかもね。とりあえず、さよなら」


 リュックを左肩に抱えながらホテルのドアを開けて廊下へ飛び出した。


 優衣が向かったのは非常階段だ。扉を開けると、踊り場を通じて1フロアずつ、つづら折りになっている階段の手すりに腰をかけ、するするとすべり降りていった。2階と3階との踊り場に着いたところで、赤いシボレーが非常階段から10メートル離れたところに急停車した。


 ふんっ、と力を入れると彼女はリュックを抱えたまま跳躍ジャンプした。踊り場の手すりを踏み台にし、ほぼ平行に飛び出した彼女の身体は100メートル短距離の世界記録よりも早いスピードで空を滑空していった。


 ドスンッ


 どんぴしゃでシボレーの屋根の上に着地すると車の右側のドアを開け、リュックを詰め込んで地面に一度も足をつかず、助手席へと滑り込んだ。運転手にいる男の方を向くと可憐な口を開いた。


「時間通りね。ありがと……」


 彼女は紅潮した顔で礼を言った。優衣ちゃんのためなら安いもんだ。


「それと、今回のナレーション、上手だったわよ。途中1回カチンときたけど……」


「あ、ごめんね。そう言いながらも優衣は相棒の仕事っぷりに感銘を受け」

「受けてないからっ! しゃべっている暇あったら早く車出してよ」


「ツンデレな優衣ちゃんは、心にもないことを呟きつつ相棒に命を託してマフィアたちからの逃走劇を続けるのだった。次回に続く」

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