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第九十九話 戦列騎士

 無事処置の終わったメナースが病室で眠っている間、ジェイラスはユーリィとノルを起こして彼女が無事であることを伝えると今後についてを話し合いたいという提案したが、二人は真剣な眼差しで頷いて話に乗ってくれた。というわけで医院で話す内容でもないので三人は場所を借りている宿に移す。

「戦力増強は確かに賛成かも」

 ベッドに腰かけているユーリィは、己の武器の一つである二枚刃のナイフをぼろきれで磨きながらそう肯定した。彼女の考えとしてはジェイラスの言うより強くというよりも味方が増えることで一人一人の負担を減らして少しでも仲間が傷つくことを防げるのなら、という仲間の安全のためという考えを根底にしている。彼女も長くはないが非常に濃密であった旅の中で仲間が傷つき斃れていくのを目にしそのたびに心に傷を負っていた。血と悲しみとがいっぱいに心を埋め尽くすのならば、元の世界へ戻ることを諦めたっていい、人が傷つくのを可能な限り見たくないというのが彼女の主張である。

「ああ、俺ももう仲間を失うことは嫌なんだ。だから俺としてはまず防御に長けた者、つまり歴戦の戦士乃至戦闘の経験をある程度積んだ奴を仲間に迎え入れたい。それか、最悪死んでしまった時や酷い怪我を負ってしまった時に復活術や高度な治療術を使える魔法使いがいいと思ってる」

 このパーティには死者を復活させられる術を使える者はいない、蘇生術というものは実に高度で尚且つ適正というものがとても重要な気難しい術なのだ。誰でも習えば使えるというものでもない。こればかりはまず才能がなければいけないのだ。メナースもそこそこ優れた魔法使いではあるが残念ながら彼女にその才は無かった、代わりに防御強化術や攻撃術を用いての戦闘スタイルを持っているためあまり回復の支援を行うことは出来ないでいた。それでも、彼女がこの四人の中で唯一の回復魔法を使える存在であった。それでは、もし最悪彼女を失った時誰も傷ついた他の仲間を助けることが出来なくなり、全滅する危険性もある。そう、これはあくまで皆のためを思っての考えであったのだが、当然ながらユーリィは彼の発言にいい顔はしなかった。

「なんで死ぬこと前提なわけ?」

「えっ?いや別に前提というか、あくまで最悪の事態を想定しての」

「だからさあ、そうならないようにすればいいんでしょ?何考えてんのこんな時にさあ」

 こうなったら彼女はしばらく機嫌を直すことはない、この世界でも男という生き物は、女という生き物に対し口で対抗することは実に困難なのであった。やむを得ずそのまま会話を進行させていくしかないジェイラスは、続いて前衛を務められる仲間を探すことについてを述べ始めた。

「えーっと、俺としては従軍経験のあるものが望ましいと思ってる。敵と間近で戦わなきゃならない前衛はやはり経験の差が物をいうし、反射的に判断を下せるものじゃないときっと務まらない……うん。それに、俺と連携するためにもね」

 ジェイラスの職業は旅人ではあるが、戦闘面においては前回説明したように戦列騎士という役目を負っている。ただの騎士とどう異なるのかというと、戦列騎士とは陣形を組んだ状態で敵の攻撃を受けつつも前進し続け前線を押し上げるという役目をもった兵だ。事の起こりは二百年前、スキウラ大陸に存在していたマド=ラータンという帝国において編み出された戦術の一つで、それまで馬や徒歩で遊撃を仕掛けていた騎士達に、試しにファランクスを組ませて見たところ、全身をアーマーで覆った騎士たちが密集陣形を組んで突き進む姿は見栄えが良く国内外への誇示によく効果を発揮しただけでなく、戦闘面においても、それまで歩兵たちが担ってきた戦列を、より戦闘能力に優れた騎士たちが務めることで防御力と攻撃力を増したのである。

 ただ、欠点も多かった。まずそれまで孤軍奮闘を良しとする騎士たちに協力して戦列を組ませることになかなか首を縦に振ってくれず説得に時間を要したこと、次に騎士の機動力が数段落ち兵法の根本的見直しが必要となったこと、そして騎士自体の数が少なかったことであった。とりわけ、一般的に騎士とみなされるまでに生き残り武勲を立てつづけられる者は全体の一割にも満たず、或いは騎士に相応しい家柄を持つ名家も同様に多くはないということが戦列騎士という概念の構築に大きな弊害となっていた。

 それでも、ようやく一人前の戦列騎士部隊が出来上がるとその効果はすさまじく発揮された。適材適所に送り込めばたちまち敵の戦線は食い破られそこから主力の歩兵部隊がなだれ込みあとはあっという間に敵を殲滅できたのだ。

 そんな戦列騎士は二百年弱が経過した今も、以前ほどの流行はないものの世界のいくつかの国で依然として採用されており、よく訓練された騎士たちは活躍の場を与えられている。

 そんな高尚なものに何故ジェイラスがなれたのか、厳密に言うと彼は騎士の称号を持っているわけではないので戦列騎士ではないのだが彼は以前偶然にも移動中であった某国の戦列騎士の部隊を敵国の罠から救い全員の命を救うことに寄与していたので、その武勲を称えられ、特別に騎士たちから簡易的ではあったが一時期の間本物の戦列騎士たちから戦列騎士のノウハウを学んでいたのである。

 白兵戦のプロから戦い方を学んでいたジェイラスは、未熟ではあったものの騎士のように戦うことが出来、たった一人で三人の前衛を担うことができていたのである。

 だが、やはりもう一人騎士か戦士くらいの仲間を迎え入れたいのが彼の望みであった。

「ユーリィ……どう思う?」

 恐る恐る彼女の顔色を窺いつつ尋ねてみたが、彼女は感情のこもっていない声で短く知らないとだけ答えるとナイフを磨き続けていた。

「は、ハハハ……」

 もう一つ、彼は新たな仲間の案を計画していた。それはあまりにも危険で前代未聞であり、気でも触れたのかと思われても仕方のない内容であった。自分でもつい先日まではこのような考えを持つこと等一生無いはずだったのだが、あの出来事を経験したときから彼の考えに少しずつながらも変化の兆しが見え始めていた。もし、これを三人が聞いたらどう思うだろうか。メナースならきっと目を丸くして黙って首を横に振るだろう。ユーリィは……罵倒してくるかもしれない、ノルだったなら、もしかするとショックで大声かつ饒舌になるかも。だが、自分がおかしくなったと思われたとしても、仲間を守り魔王を倒すためならば少しくらい道を外れたってかまうものか。

 そして、彼は重々しく口を開いた。

「もう一つ……仲間の案がある」

 雰囲気が変わったことに気づいたユーリィは手を止めて彼の方を向きノルもいつになく真剣な眼光を毛皮のほっかむりの中から覗かせていた。

「あの時の悪魔……ヘクゼダスっていう奴を仲間にする」

 素っ頓狂な彼の奇策に最初に反応を示したのはユーリィであった。彼女は開口一番

「はぁ?」

 と声を漏らす。

「いや、これは」

 と咄嗟に弁明しようとする彼を黙らせるように彼女はまくし立てる。

「あのさぁ!確かにあの悪魔は変わってたし私たちを助けてくれた!でもいくらなんでも悪魔だよ?悪魔仲間にするなんて絶対あり得ないでしょ!大体ジェイラスだって私とメナースの意見に全っ然乗り気じゃなかったのにさあ!何今更あの悪魔信じるわけ?はーもうほんと頭イカレてんじゃないの?死ね!」

 まるで矢を百連射されたかのような勢いにジェイラスもノルもたじろいで目を剥いているしかなかった。彼女の言い分はそれだけではあったものの、わずかそれだけの攻撃で沈黙せざるを得なくなった彼は、うつむいて黙っているほかなかった。部屋に流れる気まずい空気に、ノルの放屁の音が悲しく響いた。

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