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第九十五話 イミテーション・ハート

 グムデアテルの墜落地点からしばらく東に行ったところにある町、ポラー。ここはかつて元々は流刑地として使用されていたこの小さな島に、生き残り続けた罪人たちが小さな村を作り、それが時を経てやがて地図にも載るほどの規模へと成長したのであった。かといって、それは町が秩序だって運営されているというわけではなく、暴力、薬、殺人、誘拐、策謀……そういった汚れ切ったもので支配されている街であった。

 そうとは知らない二人もとい一体と一人は、村の入口へと進んでいた。

「ああ?」

 やけにガラの悪い奴らばかりがすれ違っていくことに恐怖の色を隠せないロバトは、足をがくつかせながら変装したヴェッチェの後をついていく。

「やばいよ、やばいよこの村マジでヤバいですって」

 遠回しに離れようと彼女に伝えているつもりではあったのだが、ヴェッチェはというと全くものおじすることなく常に偽善の沁みついた、彼女の嫌いな作り笑顔を崩さずにすれ違うものすれ違うものに会釈をしていたのだ。そんな彼女たちをどういうわけか彼らは襲うことは無くガンを飛ばしながら通り過ぎ去っていくのだった。

「門ですよ、タート・ロバト(※1)さん落ち着いて行動をお願いいたしますね」

「そ、そうは言っても……」

 そう怯え切った眼で門に目をやるロバトが一層怯えていたのは門の横に立つ門番であった。二人の屈強な男は、筋骨隆々そこかしこに傷があり手にはそれぞれロバトの首から下までありそうな剣と彼の頭ほどの大きさのある鎖付き鉄球が握られており、あんなものを奮われれば一撃で死ぬことは違いない。できることなら今すぐ逃げ出したくて仕方がなかったのだが、彼の気持ちに気づいていたヴェッチェが先手を打っていた。彼女は聞こえるか聞こえないかくらいのか細い声で囁く。

「今突然逃げ出したら確実に追われて殺されますよ」

「ウヒッ……」

 確かにその通りだろうと理解したロバトは、逃げ出したい気持ちを抑え歯を食いしばり恐怖をかみ殺しているつもりで前に向かって歩いていく。そうして門の前に着いた二人を当然のように門番は止め見下ろしながらこう言った。

「お前らぁ、ここがどこかわかってんのかあ?」

 剣を持った方が柄にもう片方の手を添えながら問いかけるのだが彼の脅しもまるで通用していないヴェッチェは笑顔を崩さずにこの町にきた訳を話し始めた。

「ええ、私たちは大いなるベラミナムの意思とご加護を皆様方に知っていただこうと海を越え遥々と参りました。そうですわ、ではまず逞しいお二方に天よりの御言葉をお耳にいれたく」

「ええい黙れやあ!!ここがポラーだと知って来てんだろうがああ!!!」

 彼女の説明を途中で遮り二人の門番は唐突に怒髪天を突く勢いで怒り狂い始めたのだ。彼らは得物を地面に叩きつけ威嚇しながら大声で怒鳴りつける。

「ここがポラーだって知ってて来るクソベラミナムの馬鹿はてめえらで十人目だぜ!!!」

(やはり)

 ヴェッチェは予想通りと踏んでいた。ベラミナム教をはじめとした宗教を蔑んでいるヴェッチェは確実にこの町にも理想を胸に馬鹿な宗教家たちが教えを授けるだの救いをだの馬鹿なことを抜かしてここを訪れていることは知っていた。これなら説明は省けるというものだ。彼女はうやうやしく首を垂れると街の中に入れてくれないかと頼み込む。

「どうかお怒りを沈めてくださいませ。私の言葉の至らぬこと、誠に申し訳ございません。どうか、どうか不躾なお願いとは存じますが町にいれてはいただけないでしょうか」

 こんな姿、ヘクゼダスが見ればさぞかし大笑いするのだろうというような態度であろう。隣にいるのが奴でなくてよかったとため息をつきたくなるヴェッチェであったが、今は彼らの心を支配するのが先決だ。

「入れるわきゃねえだろぶっ殺してやるぜこの腐れアマァァアア!!」

 二人は武器を振り上げヴェッチェとロバトを二人まとめて叩き潰そうとした、ロバトは足がすくみその場から逃げることも敵わずヴェッチェは笑顔も崩さずにその場から動こうとしない、絶体絶命の状況に彼女のそのフェイクスマイルが歪んだ。

「では……これではどうでしょう」

 一瞬だけ、彼女は衣服を一部はだけさせ肌を露出する。それを目にした二人は振り下ろそうとした腕を止め、顔に一瞬のほころびが生じた。ロバトはそれに気づいていなかったのだが、これを狙っていた彼女はここぞとばかりに能力を使った。彼女の一族が得意とする心支配の力を。

「情けないその劣情に隙間が大きくできましたねえ……まあ、元から隙しかなかったのですが」

 術をかけるまでと効果が作用したまでの時間は一秒となかったであろう。二人の門番の眼は一瞬にして黒く濁ったかと思うとすぐに元の色に戻った。そして振り上げた腕を降ろすと、なんと驚くべきことに二人を通したのである。

「さあ、通るがいい」

 完全に落ち着きを取り戻している以外は、特に変わった様子は見られないが何をしたのだろうか。ロバトはちびったことも忘れて三人の様子を見ているとヴェッチェは礼を述べその後に言葉を続けているのを耳にした。

「…………いいですね」

 何を言っていたのか内容までは聞き取ることはできなかったのだが確実に神の言葉だとかそういうものでないことは確実だった。こうして無事門を通ることが出来た二人は悪の町ポラーへと足を踏み入れた。

「あんなこと出来たんですね」

 悪魔の力を間近で見たロバトは横にいる彼女にそう声をかける。彼女はええ、と答えながら驚きの言葉を述べる。

「もう少し早くやっても良かったのですけれど、楽しみが減ってしまうので」

 その言葉にロバトは絶句した。

 それはさておき、町の中はかつては整っていたこともあったのだろうという歴史を思わせるのだが、その悠久の時も遥か彼方採ったようすであちこちの建物は崩れ清潔という言葉とは無縁のようであった。町に入って一メートルもしないうちにすぐ横の建物の陰で男が両腕を失った姿で倒れており、反対側の建物の隙間には、廃人とかした男女が折り重なって蠢いていた。

「あ、ああ……」

 まるでこの世の地獄を見た気分のロバトは、その衝撃に吐かないように気を張ることで精いっぱいであった。こんな俗世の荒廃とは無縁であったギダリアドの村は若い者には幾分つまらなさがあったのだが、これを見るともうそんなこと二度とあこがれたくないという気持ちでいっぱいになってしまう程、精神面の未熟な彼にはあまりにも厳しい悪の現実というものがあった。

「情けない町ですねえ、こうも荒廃してはどうやって秩序を保つのか。我々のほうがよっぽどよいですよ、一度遊びに来ますか、おっといけませんわ……つい地が出てしまってウフフ」

「い、いやっ……遠慮しときまっす……はい」

 絶対に行きたくない、例えどれだけ美しい街並みを誇っていたとしても絶対に。行けば五秒と持たない気がしていた、命も精神も。

「そうですか」

 いつもなら口ばかりが感情を表す彼女も、今ばかりは顔全体で残念がって見せていた。

「それで、どこ行くんですか」

 向こうで強盗が起きたが見ないふりである。

「こういう時人間ど、人間の方々には幾つか候補があるそうですわ」

「へえ、そうなんすか」

「そのうちいくつかはここにはないと思われますが、最後の一つは確実にあるでしょう」

 もったいぶるなあ、と出かかった声を押し込めて愛想笑いをする。

「酒場、というゴミ溜めらしいですよ、タート・ロバト」

「はあ」

 こうして二人は酒場に向けて歩き出す。周りで起きている惨事に目もくれずに。

 前話で何故か改行が大量に出現していたので修正しました。



※1 タート:ベラミナム教における修行子の名前の前に付けるもの。ベラミナム教の始祖ラタリアの息子の名。

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