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第九十一話 Suicide

「ここ?ここはサマノニアの青き森だよ」

 と、ユーリィが親切にも答えてくれたのだが、サマノニア自体が何なのかわからないのでどうしようもない。せめてどの大陸かだとか、国だとかを教えてくれればいいのだが、それ以前にこの世界の地理についてはまったく知識を持ち合わせておらず、完全にいわゆる「詰み」の状態となってしまっていた。

「すまない、わからない……」

「えっ、あっそう……えーっとじゃあどこに住んでたとかわかる?」

 メナースはこのグループで地図持ちを務めており、行く先々のおおよその街や森などの位置関係を把握しているどころか、今現在手に入るこの異世界の地理情報は七割以上は記憶していた。彼女ならば、いくつか地名を言ってもらえれば彼の故郷がわかるはずだ。

「えっと……マヨルドロッタ城っていうサイカロスの城だ」

 その名を聞いた途端、メナースはサッと血の気を引いていくのを感じていた。その名は悪魔城の一つだと聞いたことがある。深い森や沼に囲まれた深淵の城で、一度踏み込めば髪の毛一本も帰ってくることは無く沼に沈むという噂がもっぱらのものだ。彼女は改めて認識した、この目の前に腰を下ろしているのは本当の悪魔なのだと。

 彼女自分の知っている情報を元に、この森とマヨルドロッタ城の大まかな位置関係を彼に教えてあげることにした。

「マヨルドロッタ城は確か、スキウラ大陸の北東にあったはず……で、ここはヴァルドロッカ大陸の南西にあるゲズンタ島ってところ……あー、地図、地図があるから待ってて」

 言葉だけで上手く説明するのは難しいと判断した彼女は、懐から折りたたまれた革の地図を取り出すと、彼の前に広げて見せた。

「ここが多分、マヨルドロッタ城?のあたりかな。でここが私たちが今いるところ、ゲズンタ島。わかった?」

 地図をまじまじと見つめていたヘクゼダスは、徐々に事態の大きさを理解して口をあんぐりと開けてその距離を実感した。

「と、遠すぎる……」

 尺度はわからないし、元の世界とこの世界の広さの違いもわからない。だが、どう考えても大陸一つ分は入りそうなほどの隙間の海が二つの大陸の間に流れていた。

「じゃ、じゃあ」

 と、彼はもう一つのキーワードを思い出し問う。

「ギダリアド族ってわかるか?巨人フォルタニッツァが何体も生息するところ」

「フォルタニッツァ!?」

 今度は全員が驚いていた。

「フォルタニッツァって、ギダリアド族ってあの?」

「どのかはわからないが、多分それだろう」

「フォルタニッツァが住む場所なんて限られてる、特にギダリアド族ときたら……」

 ジェイラスとメナースが顔を合わせて地図に目を落としたので、彼もつられて地図に目をやると、ユーリィが地図のある点を指した。そこはスキウラ大陸であったが、マヨルドロッタ城の正反対数千キロは離れていそうな場所にあるだけでなく、その周囲は灰色でまだ記されていない。つまり、あそこは未踏の地ということになるのだろうか。

「驚いた、悪魔ってだけじゃなくギダリアド族の村に行ったことがあるなんて……」

「でも」

 とメナース。

「なんでここにあなたがいるの?」

 それは一同が気になっていたことであった。どうもこの悪魔は話を聞く限りではマヨルドロッタ城やギダリアド族の村にいたようだ。ならどうやってこんなあまりにも遠くに離れた地にいるのだろうか。そういったことがらを含め、彼らには小さいが恩もあるのでことのあらましを彼らに出来る限り説明した。




 ところどころ曖昧な部分もあったが、大体の話の要領を得たジェイラスたちは各々反応を示す。ジェイラスは謎の三人組の悪魔たちと、ドラグロに興味を示しており彼は今まで見聞きしたことの記憶をたどり一人でぶつぶつと何やら呟いている。メナースはヘクゼダスに少しばかりの同情をするとともに、ミンガナス王国が滅びたことに心を痛めているようだった。ユーリィは話が終わってから立て続けに質問攻めにしてくるので、ヘクゼダスが困っていると毛皮の男が彼女を止めてくれたのでこの男はいい奴だという認識に固まっていた。だが、この男の名は何なのだろうか。彼は少しこまったような反応を示していたが、それが好奇心なのか悲しんでいるのか、それとも恐怖しているのかさっぱりなのである。何せ顔が鹿角の生えた狼のような生き物の皮で覆われているのだから。

「それで、つまりあなたは別の世界からきたってわけ?」

 と、メナースが確信を突いた問いかけをしてきたので、ヘクゼダスは動揺しつつうっかり頷いてしまう。

「へえーあなたもなんだ。それにしても大変なことになったのに悪魔の世界に放り込まれて悪魔にされるって大変よね」

「も?」

 どういうことだ、転生者が他にもいるということなのだろうか。彼はついうっかり忘れていたが、彼がクラスごと異世界に飛ばしたため少なくともあと三十七人は転生した者がこの世界に入るはずだ。しかもそれだけではないかもしれない。もしかすると他の世界、つまりパラレルワールドはここと彼の元の世界以外にないという確証がない以上、更にまた第三、第四からの転生者が存在する可能性もあるというわけだ。それならば、何百人という転生者がこの世界にまだまだいるのかもしれない。そう考えると、自分はそこまで特別な存在ではないのかもしれないと彼はアイデンティティと自信を失いつつあった。

 そこに、続けて彼女が衝撃的な言葉を言い放ち、そこから彼らに対するヘクゼダスの言動は更に警戒をもって行われることとなる。

「ユーリィとノルも転生者だよ。あ、ノルはこれね」

 と毛皮の男を指す。

「え、本当?」

「ホントだよ。ユーリィは名前が……なんだっけ」

 彼はある疑念を一瞬で抱いた。それは恐らく彼が今最もそうであってほしくない予想であったが、彼の願いは空しく現実を突き付けられることとなる。

「私の本当の名前は二ノにのみや侑里ゆうり。日本っていう国の北川市ってところから来たの」

 戦慄する。北川市はまさしくヘクゼダスもとい山口功の出身地であった。それ以前に、二ノ宮侑里という名前には嫌という程に聞き覚えがあった。彼女はまさしく自分のクラスメイトであった二ノ宮侑里その人に違いない。どうしてこうも望まないタイミングでクラスメイトと出くわしてしまうのだろうかと、彼は頭を抱えていた。本来ならばクラスメイト全員に彼は謎の恨みを晴らすべく彼らに力の差を見せつけ屈服させるという目的があったが、今はまだ自分は力をつけている最中であったし、今戦ったところで四対一の勇者御一行様に勝てる自信など皆無に等しかった。絶対にばれてはいけない、兎に角自分を特定できるような情報が答えとなる質問には絶対に真実を離さないようにしなければならなかった。

「へ、へえ~知らないなあ……」

 彼は首を傾げながらそう答える。

(もしかしてノルって奴も……)

 彼の予想はドンピシャだった。

「あ、ノルは同じ北川市の高山稔っていうのね」

「ふ、ふうん。同じところからか……」

 声が上ずっていなかっただろうか。

 うっかり何故こっちにと問いそうになったものの、余計に話をつづけさせないためにぎりぎりのところで言葉を飲みこむ。が、彼が問わずともユーリィは転生した理由を話し始めてしまった。

「実はさあ、同じ学校に通ってた山口っていうオタクが何かして皆飛ばされちゃったんだよねー。ほんとあいつ見つけたら殺してやるし」

 明らかに殺意の込められた声に、彼は息をひそめるが内心ではまたあらぬ過ちを産んでしまっていた。

(やっぱり俺のこと馬鹿にしてやがった……!クソッ!)

 言及しておくが、彼女が山口功に恨みを抱いているのは彼が異世界転生に巻き込んだからであって、本来ならば別に気にもしていなかったほどであった。そう、彼はクラスメイトから特に悪く思われていなかったにも関わらず、彼らの人生を滅茶苦茶にしたせいでクラスメイトから憎まれるようになってしまったのである。彼自身が、彼の被害妄想を現実のものとしてしまったのだ。その過ちに彼が気づく日がくることはあるのだろうか……

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