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第九十話 言の葉の芽吹き

「うう……ベアリングは半熟で……」

 どこかわからぬ国の、どこかわからぬ森のどこかで、一体の長身の悪魔が寝言を発していた。四メートルはあろうかというこの悪魔は、つい先ほどはるか遠くの異国の地にて巨人の中に存在する大きな紫水晶の爆発に飲みこまれてしまい、今彼はこうしてここに眠っているのだ。

 嘔吐でもしているのだろうかと耳を覆いたくなるような小鳥のさえずりが、突然途絶える。

「ヴァッジャ(※1)ってほんと鳴き声最悪よね~」

 若い女の声が、さえずりのあった方角から近づいて来る。彼女は行動を共にしている仲間たちと会話を交わしながら、悪魔の倒れている方へと知らず知らずのうちに近づいていっていた。

「まあ、でもこいつの胃石は万能解毒薬に使えるんだから仕方ないさ」

「そうそ!だからあと五羽だね、依頼の数まで」

 今度は別の男女の声が聞こえてくる。どうやら話の内容からするにヴァッジャという鳴き声の汚い鳥を狩って回っているようである。計四人の集団は森の中をかき分けていくと、不自然に森の中に草木が紫色を帯びていることに気づき、一転賑やかな雰囲気から戦闘に備え殺気立った。

「メナース、探知魔法」

 男がヴァッジャの鳴き声に愚痴っていた女に周囲一帯にシフスや生命の反応を探知する術をかけさせると、短い詠唱の後見えない光の輪が彼女から放たれ周囲に音もなく広がった。

「ちょい待ち、ジェイラス。あんたの右斜め前なんかおっきいのがいる」

 その反応の距離を逆算すると、本当に彼らから五メートルと離れていない場所に反応があったのだ。すぐに異変に対し探知魔法をかけたのが功を奏した、これなら先制攻撃ないし敵の奇襲に防御ができる。彼らは騎士ジェイラスを先頭に、小柄で植物を纏った女性、そして体中を毛皮で覆った男、最後にメナースが続いた。

「……あ、悪魔だ……」

 紫の一層深い中心に、巨体の悪魔が倒れているのが見えた。

「死んでる?」

「死んで……るのか」

「でも死んでたら探知に引っかからない」

「なら死んだばっかりか、それとも」

「罠か」

 彼らは様子を見るために少し距離を取り、倒れている悪魔を五分ほど観察していた。緊張の五分間は一時間のように感じられたが、彼らが見たのはまるで人間のように寝相をとったり、言葉はわからないが寝言らしきものを発しているという意外な姿であった。そんな謎の悪魔に、彼らは距離を詰め、ジェイラスが銀に煌く槍の先で悪魔の頭をちょいちょいとつついた。

「うっ……」

 悪魔がビクンと痙攣し、彼らは声を上げたくなるのをこらえつつ踏みとどまり、もう一度頭をつついてみた。

「ヒイッ!新作がソシャゲで……!?」

 一体どんな夢を見ているのだろうか。そんなことはともかく彼らはこの眠れる悪魔への対処に悩んでいる様子であった。

 ジェイラスの主張では、

「悪魔は悪魔だし、退治しておくべきだよ。寝てるところをやれるのは最大のチャンスだ」

これに小柄の女性ユーリィは首を横に振ってひとまず生かしておくべきだと訴える。

「もしかしたら裏切者の悪魔とか、追放された悪魔かも!重要な情報を持ってるかもしれないし、もし、もしだよ、仲間に出来たら?」

 この主張にメナースも同調に近い意見を述べた。

「殺すのは後にしない?なんかこの悪魔ちょっと変だし……可能性は低いけどさ、悪魔に呪いで変えられた人間とかかもしれないよ?大きいからバグマナン(※2)かも」

 四人目の毛皮男は迷っているようで、逞しい体に反し気の弱い彼は、三人からの熱い視線に戸惑ってしまい結局女性陣の視線に負けて、一応起こしてみるという判断を下すこととなった。

「どうなったって知らないぞ!」

 ジェイラスは悪態をつきながら、悪魔に目覚めさせる魔法を唱える。

「ホート!」

「うおおおっ!?」

 跳びあがるように起きた悪魔を見て、この術が悪魔にも効くのか半信半疑ではあったが無事効いたので安心すると同時に、すぐさま盾を構えて戦闘態勢をとった。悪魔は周りの状況が把握できていないようで、あたりを何度も見回しては口を開けたまま固まってしまっていた。どうも彼らの姿すらよく認識できていないらしい。

「寝ぼけてる?」

 とメナース。

「やっぱり人間みたい……」

「うん……」

 危険かそうでないかにしろ、この悪魔は今まで見てきた悪魔の中では非常にというよりも初めてのケースの悪魔であった。これまでは、あまり数は見てきたわけではないため言い切れるわけではなかったものの、どの悪魔も皆おぞましい姿でこちらを見るなり襲い掛かってきた。かつて悪魔に滅ぼされ血の海に沈んだ村も見てきた。だからこそ、このどこか情けなさを感じる悪魔には思うところがあったのだ。

「……あ?」

 ようやく頭がはっきりしてきたようで、悪魔は目の前で槍と盾をこちらに向けている戦士の姿を捉えて十秒ほど経過してようやく今自分の目の前に勇者の一団がいることを認識し、叫び声を上げながら物凄い勢いで後ろに飛び退ったために背中を木にぶつけてそれにも驚いて腰砕けになりながら逃げようと這いつくばっていた。そんな情けなさすぎる悪魔を見た彼らは、戦闘意欲も削がれてしまい警戒を解いて悪魔に迫った。

「く、来るな!てかここはどこだっ!ホントどこだよ!ヴェッチェー!」

 悪魔は木を背にして何やら叫んでいるが、少なくとも五十メートル圏内にはどこにも悪魔などの反応はないため、この悪魔は単騎であった。

「どうしたものかね……」

 ジェイラスは頭に手をやってこの状況を打破する策を考える。せめて言葉がわかればいいのだが、残念ながら悪魔の血を引くような呪われた血筋を持つものはこのパーティには在籍していなかった。

「うーん……悪魔の声かあ……あ、あれは?」

 メナースはふとついこの間に手に入れた道具を思い出し、ユーリィに身振り手振りを交えて示す。何のことを言っているのかと眉間に皺を寄せていたユーリィだったが、すぐにアレのことを言っているのだと理解すると、手を叩いて声を上げた。

「あれね!ハイハイ!」

 そう言うや、彼女は腰の袋をまさぐると貝殻のようなものを取り出し掲げた。巻貝らしきそれは、巻きにそって青い光をほのかにはなっており、何らかの道具であることをうかがわせる。

「なるほどぉ、天使の言の葉か!」

 ジェイラスが天使の言の葉と呼んだ道具は、二週間前に旅先である男を手伝った時にそのお礼としてもらったものだった。なんでも男が言うには、魂を持った異形の者の言葉に耳を傾けることが出来るという代物らしい。内容から察するに、翻訳機であることはなんとなくわかっていたが、その後使ってみても全然翻訳などしてくれなかったので騙されたのかと思っていたのだが、まさか悪魔のような更に特殊な存在用だとは思ってもみなかったので、あの時ガラクタ市に出さなくてよかったと思った一行であった。

「ほいっ」

 ユーリィがうろ覚えで起動の言葉を述べると、青い光が緑に変わった。それ以外は音が鳴るでもなく、周囲が光のオーラに包まれるでもなく佇んでいたので彼らは本当に使えているのか疑いつつも、試しにジェイラスが話しかけてみた。

「お前の名前は?」

 一同は息を飲む。悪魔は少し迷った様子で視線を動かしながらやがて名乗った。

「ヘクゼダス・アグログアール……サイカロスの一員だ……つまり、あー、悪魔だな」

 初めて理解できた悪魔の言葉に、彼らは静かに感動していた。こうして悪魔と落ち着いて対話をしたのはもしかすると自分たちが初めてなのではないだろうか。そう思えるほどこの遭遇は彼らにとって重大な出来事であった。

「すっごい……すごいよ」

 こうして一喜一憂に忙しい彼らに対して、ヘクゼダスは自分が旅の戦士たちに囲まれているという危機的状況と、だのに攻撃されず寧ろ話しかけられた上に向こうがこちらの言葉を理解しているという不思議すぎる状況に、再び混乱しかけていた。だがまず状況を理解するために、彼は一番気になっていたことを彼らに尋ねる。

「ここは、どこだ……」

※1 ヴァッジャ:この地域に生息する小さな鳥。羽は青で腹側の羽は銀色でとても美しく、その姿は小柄だが美しい。しかしそれらをすべて打ち消すように鳴き声は酷く、ヴァッジャは現地の部族の言葉で悪魔の屁という意味である。


※2 バグマナン:サルトルという地方に住む原住民。体は大きく女性でも平均三メートルはあるほど。肌は緑色で頭には角が生えている。力強く心優しい一面を持つ一方で、好奇心や探求心が強く、原住民という書き方ではあるが、少数民族のため小さい規模ながらも文明は優れている。


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