第八十七話 悪魔ころりん
「ドラグロが、ドラグロがぁ!?うっそ!」
突然の事態にあたふたと混乱しているロバトは、やりなれているグムデアテルの始動方法すら忘れてしまっていた。
「えっと、まずえっと!!」
「何やってんだまずストーを右に二回ひねる!!」
思わず手順の最初を怒鳴る男。そうだったとロバトは操縦桿の横に刺さっている透明な緑の直方体の石を右に二回捻るとこれで冷静さを取り戻し始めたようで、そのまま正しい手順でグムデアテルを始動させた。
「早くー!」
ギダリアド族に急かされるものの、既に巨人は動き始めており、大きな揺れが彼らの進行を阻んでいる。巨人に乗っている際に感じられる歩行によって起きる揺れは、地震のように立て続けに起きるのではなく地面が大きく速く何十メートルも動くタイプの揺れで、特にこのドラグロの起こした揺れは、数千数万年ぶりの歩行であるために実に大きく遥かなる一歩であった。
地面が一瞬にして前に動いたために、重心を安定させていなかったヘクゼダスは、高身長であることも相まってまるで左腕にワイヤーでしばってその先を大砲で撃ちだされたかのごとく一瞬で巨人の後方へと吹っ飛ばされた。
「どおおおお!!??」
キエリエスの前を掠めるようにして彼の巨体が飛んでいき、そのまま彼は突き出た岩にぶつかって止まった。岩は砕かれ大きな痛みが伴ったが、そのおかげで振り落とされずには済んでいた。だが、どうやらその時の衝撃で左腕が折れたらしく、彼は左腕と全身を走る猛烈な痛みに声も出せずにうずくまっていた。彼に対してヴェッチェとキエリエスはしっかりと地面に掴まっていたために飛ばされずにすみ、グムデアテルのほうも間一髪のところで離陸していたために巻き込まれずに済んでいた。
「ヘクゼダス!何をしているのですか行きますよ!」
珍しくヴェッチェが声を荒げていたが、今のヘクゼダスには届かない。何故なら巨人が更にもう一歩進んでいたために彼はもう一度後方に吹っ飛ばされたためだ。
ヘクゼダスは抗うこともできずに後方に飛ばされたかと思うと、ヴェッチェたちの視界からパッと消えてしまった。まさか落ちたのだろうかと思われたが、落ちたにしてはまだ背中までもうすこしだけ距離があった。考えられるとすれば、巨人の体に開いている穴に落ち込んだかというところである。ヴェッチェは探してやるか迷ったが、彼女にとっても今は捕まっているのが精いっぱいでとてもじゃないが探してやることはできなかったし、探してやる気も起きなかった。
ヴェッチェはキエリエスに掴まると、キエリエスは一気に上昇し巨人から離れる。残るはヘクゼダスだけ、に思われたその時であった。ついヘクゼダスの方に気を取られたキエリエスは前方から迫る肩から突き出た大岩に気づかなかった。
「アギッ!?」
嫌な音がしたかと思うと、キエリエスはヴェッチェごと吹き飛ばされ飛ばされてしまった。キエリエスは巨人の体に引っかかったまま気を失っており、ヴェッチェは巨人の表面にバウンドすると背中の方から落ちていった。
「……まったく、痛いのは久々ですねえ」
落ちながらもヴェッチェはいつもの顔でそうぼやいていた。あれほどの衝撃を受けていながら怪我一つしていないのは流石と言ったところだろうか。彼女は脚と頭から随分と大きな花弁のような形のものを脚の外側に二枚ずつ、頭に二枚の計六枚を出現させると、それでゆっくりと羽ばたいてグムデアテルのほうへと上昇していった。
「どうしましょうか……」
彼女の頭にはあの二体の悪魔の安否の心配ではなく、この事態を招いてしまったことの失態が浮かんでいた。別にあの二体が失われようともサイカロスの軍勢には何の痛みもない。だが、巨人に乗りたいと言った自分のせいであの二体を巻き込んでしまったのは己のプライドとして許せなかった。
歴戦の勇士すら一目で睨み殺せそうなほどに鋭い目つきで遠ざかりゆくドラグロの背を一心に見つめていたヴェッチェは、グムデアテルのコックピット横の外壁にとりつくと、未だ混乱が冷めきっていないロバトに、ドラグロの後を追うように命じた。
「追うのです、生憎と私の飛行速度ではドラグロに追いつくどころか引き離されてしまいますが、この船なら追いつけるはずです」
そうは言われるものの、巨人を見慣れたギダリアド族だってあんなもの追いかけたくないのが本心だ。ロバトは頭でも狂ったのかというような目で彼女を見て断った。
「無理ですよ!何千年も動かなかった奴がいきなり動き出したんですよ!こりゃ悪いことの予兆に決まってる!誰が行くもんか!」
巨人に詳しい彼らが言うのだからそうなのだろうが、だからといってハイそうですかと引き下がるヴェッチェではないのは明らかであった。彼女は同じように彼をにらみつけ、手のひらにゴード=ヴァンダンという死の術を生成させながら彼を脅迫すると、さすがにこちらの方が命の危機が大きいと感じたようで、ロバトは半泣きで機を前に進めた。
「ロバト正気か!」
後ろで席にしがみつきながらギダリアド族の大人たちが引き返すように促すも、脅されている当の本人からしてみれば後でこっぴどく叱られる方がマシなのです。つまり、生きていることの証なのだから。
グムデアテルは半ば自棄を起こしたように著しく速度を上げると、その見た目からは想像できないほどの速度で前進してあっという間にドラグロの前方三百五十メートルほどに到達した。
「どうするんです!」
彼は問うた。後ろではトットットが自分も降下するために搭乗口を開いて真下を覗き込んでいた。
「トットットは……キエリエスを頼みます」
そう言うと、ヴェッチェは足の花を消失させると、頭の花弁だけを使ってゆっくりふんわりと降下を始めた。トットットもいつでも飛び出せるように構えている。大きな歩幅で迫ってくるドラグロの迫力はすさまじいもので、彼女も未体験の領域にあった。
「フフッ、やはりフォルタニッツァは美しく、強靭で何物にも巻かれぬ個を感じさせますねえ……ぜひともサイカロスの軍勢に加わってもらいたいものですが……意思を持たないのでは洗脳も出来ませんからね」
巨人には意思とはっきりいえるようなものが存在しない。なにかしらの目的をもって移動などをしているはずだが、いくら探っても彼らの意識の欠片さえ釣り上げることができないのだ。また、物を操る術も効かないという特性も持っており、いかなる手段をもってしてもそれらを操ることなど、それは例えシセリアナク級のサイカロスですらも不可能とされている。何故わかるかと言うと実際にシセリアナクの等級を持つサイカロスの一体、ヴァド=メラーリアという女将軍が直々に赴いて大小いくつかの巨人にありとあらゆる操る呪術をかけたが石一つ動かなかったという結果が三千二百十一年前にサイカロスの歴史に記録されているからだ。ちなみに性別もない。
ヴェッチェは風圧に煽られながらもピンポイントでドラグロの頭付近、丁度ヘクゼダスが消えたと思わしき地点にぴったし着地すると、風の抵抗を受ける花弁を消し表面を歩き始めた。視界の端では一瞬だけ真っ逆さまに降下していくトットットの姿が見えたものの、あまりに高速であったためはっきりと確認することはできない。
「さてさて、あなたはいずこにいるのです間抜け」
この状況でも罵倒をしながら背中の方へと向かっていくと、彼女の背丈ほどの高さではあったものの表面にこんもりとした場所を見つけ、そちらへと方向を変える。たどり着いてみると、直径二メートルほどの穴が下に向かって開いており、なるほどどうやら彼はここに落っこちてしまったようだ。ヴェッチェは実に面倒臭そうな口をしながら何の躊躇いもなく穴に飛び込んだ。
「まったく……」
仕事が忙しいのでちょっと遅れています。
でも連載は続けていくのでよろしくお願いいたします。




