第八十四話 若き空篭の舵取り
青年は様子を調べると踏み台から降り、年配の男性の所に向かうと何やら話していたが恐らく施設が一部破損したこととその具合についてを報告しているのだろう。きっと悪魔に壊されたとも報告しているに違いない。そう思うとヘクゼダスは怒られるのではないかという恐れを抱き、ギダリアド族とヴェッチェ双方に叱られる様子を想像して身震いした。
とりあえず謝っておけば少しは心象が良くなるかもしれないと考え、青年が戻ってくると彼は目線をあちらこちらに移しながら口を動かす。
「あの、その……」
「なんだよ」
青年は足で踏み台を戻すと、ぎこちなく呻いている悪魔に対し睨みつけるように見上げた。本当にこの男は悪魔に対して恐れというものを抱いていないようだ。
「壊して……すまない」
彼はどうか怒られませんようにと祈っていたが、彼の謝罪を受けた青年は驚いた様子でこちらを見上げていた。
「なんだ、謝れるのか……まあ、悪いってわかってんならいいってことよ」
彼は一転笑顔でヘクゼダスの腰あたりをパンパンと叩くと手をひらひらとさせて仕事に戻っていった。あまりにもすっきりとした彼の性格に、いつもならいわれのない恨み言をこねているはずのヘクゼダスの心にいくらかの清涼感がもたらされ、彼のねじ曲がった腐れ根性には良い薬となったのかもしれない。やはり、ああいった明るい性格をした人物と一緒にいることが、自身の心に良い影響を与えるのではないだろうか。
「許してくれたの?」
「みたいだ」
「いい人間だね」
もう港に興味を亡くしたのか、さっさと港を後にして村の方へと戻っていくキエリエスの背中をゆっくりと追いながら彼はあの青年のことを考えていた。もし自分がああいう性格をしていたならば、したらば……いや、考えるのはよそう。
キエリエスに遅れてヘクゼダスも広場へと戻ると、ヴェッチェとキエリエス、そしてカジキ頭の悪魔が三人のギダリアド族と話し込んでいるのが見え、彼はそこに向かう。
「あー、フォルタニッツァは増えたり減ったり、いろいろだけれど減ること自体稀ですからねえ。フォルタニッツァの寿命は万もあるとか聞いたことがありますが、私自身もあれらの生死をこの目で見たことはありませんよ」
ギダリアド族の成人男性が、朗らかにそう三体に話している。どうやら巨人について彼らの知見をヴェッチェたちに話しているようだ。彼もそれについては興味があったので、さりげなく加わって耳を傾けることにする。
「フォルタニッツァは死ぬと山となると聞いたことがあります。この場所もそうなのですか」
ヴェッチェは実におだやかな声でそう尋ねた。彼女のあそこまで落ち着いた柔らかみのある声を聞いたのは初めてだったヘクゼダスは、彼女の眼が一割くらい輝きを増しているのに気づき彼女はああいった特殊な生物の生態について興味があるのだろうか、と意外な一面を垣間見ていた。彼としては悪魔の生態の方がむしろ気になるのだが。
「よくご存じで。確かにそうです、ここは遥か昔に二体のフォルタニッツァが重なってできた場所と言われています。戦いの中相打ちとなったのか、偶然に同じ場所で命を終えたのか……遠すぎて計り知れませんよ」
二体と聞いたヴェッチェは、更に興味を惹かれたらしく、(いつもの彼女と比べると)とても頷いて彼の話に反応している。
「素晴らしいですねえ」
だが彼女と違いヘクゼダスの方は別のことが気になって口を開いた。
「あの巨人同士って戦うのか?」
「ええ、普段はそんなことないのですがごくまれに殴り合ったり体をぶつけあって互いを削り合っています、私も今まで二度しか見たことはありませんが」
そう男は述べて、丁度近くを悠々と通り過ぎて村全体に影を落としている一体の巨人を見上げていた。この巨人は右腕が左腕に対して大きく、頭頂部には大きな木が三本も聳え立っており巨人が一歩足を出しても決して折れることなく力強く生えていた。
「あれはダグビジュード(大きな右腕)と私たちは呼んでいます」
今度は隣にいた女性が彼らの言葉で巨人の名を教えてくれた。
「名前で呼んでも向こうは反応などしてはくれませんが。そもそも彼らの眼には我々など映っていないのかもしれませんね」
「フォルタニッツァも、我々サイカロスにとっても実に大きく無視の出来ない存在です。我々は人間よりもはるかに強力ですが、あれらを相手にするには小さく、そして弱い……もちろん殺せるものもいますが、サイカロスは巨人を殺したりなどしません。得などないですし、我々は彼ら我らよりも古代より続く存在をおろそかになどしません」
ヴェッチェはそう述べると目を瞑って何かを呟いた。
「巨人ってサイカロスの歴史より古いのか?……ですか?」
ヘクゼダスは彼女の発言に驚いて思わずそう尋ねた。彼女は目を開けると実に残念そうに溜息をつくと資料室に通っていないのかと問いただす。
「貴方は転生者、サイカロスの歴史を知らぬのですから自発的に暇があれば資料室に通いなさい。前も話ましたが、貴方の空っぽの頭では覚えていないかもしれませんがね、ニフェリアルはその成り立ち故に必然的にピレイマよりもシラバルサンサよりも新しい世界なのですよ。サイカロスの歴史は非常に新しいのです」
そういえば皇帝が元々ピレイマにいたとかなんとか聞いた覚えがある。つまり神よりも悪魔は新しい存在であるのは明らかであるし、シラバルサンサに遣わされたのだからそれもそうなるのだ。
「す、すみません……」
まさかこういうことで怒られるとは予期していなかったヘクゼダスは、大きな体を幾分縮こませて謝った。ヴェッチェはもう一度ため息をつくとギダリアド族に話を中断したことを謝りあることを尋ねた。
「私、以前より興味があったのですがフォルタニッツァに乗ることは出来ないのでしょうか」
随分と子供っぽいお願いなのはさておき、彼も興味があったので黙って頷いて話を聞いてみた。すると彼らが言うことには、
「出来ますが、あまり気持ちのいいものではありませんよ。何せあの大きさですから地面全体が動いているような感覚に囚われるので恐ろしさの方が上回りますから」
彼らはそう警告したがそれはヴェッチェには逆効果で彼女は乗りたいという思いを強めてお願いをする。
「どうか、乗せてはいただけませんか」
「はあ……」
彼らは困ったように顔を見合わせると頷いて了承してくれた。
「あなた方とは長い付き合いですし、それくらいのお願いでよければわかりました。ではグムデアテルを用意いたしますのであちらの船着き場にてお待ちください」
彼らはそう告げるとヘクゼダスたちが散策していた方向とは別の方を指さす。
「ご案内いたします」
三人目の男が四体の悪魔をいざなって船着き場へと向かっていった。
いったいグムデアテルとはなんだろうかと想像していると、やがて船着き場らしき場所へと着いた。そこは先ほどの港のように入り組んだ施設があり、その周りには港ほどではないものの、雨風はしのげるような屋根が建てられていたのでそこで彼らは待つことにした。それから談笑をしながら待っていると崖のふちを沿うように箱状のものが空を飛んでやってきた。近づいて来るとそれの詳細が良く分かってくる。
ただの箱かとおもったそれは、下の方に細長いポテトチップスのような羽が四対もついており、それらから緑色の光の尾を揺蕩わせながらふんわりと空を飛んでいる。それはやがて船着き場の前に来ると速度をかなり落として慎重に入港した。扉が開き、中の様子が明らかとなる。
「グムデアテルです。これが我々の他の土地との連絡手段なんですよ。乗り手が一人で動かしています、これを動かしているロバトは若いですが腕は一流です。ロバトー!」
彼がそう名前を内部に向かって呼ぶと、やがて見覚えのある青年が奥から出てきて顔を出した。
「ロバトです、よろしあっ」
挨拶の途中でヘクゼダスとキエリエスに気づくと彼は声を上げて二体を指さした。
「あっ」
「港にいた人だぁ」




