第八十二話 巨人フォルタニッツァ
「皆さん揃いましたね」
翌日、城外にある倉庫前に、ニ十体の悪魔たちは大量の物資を持ってヴェッチェの前に集まっていた。荷物は実に大量にあり大小さまざま形もそれぞれ異なっている。荷物を運ぶのはそれに適した姿をした悪魔たちで、荷車には牛や馬の姿に似た悪魔たちが繋がれており他には幾つもの腕を持った五メートルくらいはあるであろう悪魔が沢山の荷物をすべての腕に抱えて立っていた。ヘクゼダスは大きな袋を一つ持たされており、彼はそれを体の前に抱えていた。重たいが何が入っているのだろうか。どうも持った感じでは粉状の物体が詰め込まれているようだが、粉の正体までは流石に外からでは読み取ることはできなかった。
「楽しみだねえ」
隣に立っているキエリエスは、畳まれた服を抱えておりすぐ彼らの後ろにいるガイウストとジューヴァルナスもそれぞれ荷物を抱えていた。
「なんでこんなに行く必要があるんだろうか。こんな沢山で人間の村に押しかけたら大変なことにならないか?」
彼は脳裏に突如現れた悪魔の一団に人々が逃げ惑う様子を想像していたが、ジューヴァルナスはそれを笑って否定した。
「はっはっは、それはない。我々が行くことは既に向こうは知っている。これらは全て交易品のようなものだ。これで重要なものを取引するのだ」
「へえー」
悪魔は物々交換で商いをしているのだろうか。そういえば、お金やその代わりになるものを見たことがない。食堂でもお金を払った覚えもなければ、給料をもらった記憶もなかった。
「では、参りましょうか」
前方に立つヴェッチェがそう言うと、何もなかったところから別の悪魔が現れ転送用魔法陣の前で蛸のような手を振るった。すぐに陣は輝きだし、その中にいる悪魔たちは光に包まれていき、そして一瞬のうちに消えたと思うと、次の瞬間にははるか二千キロ遠くの場所に立っていた。
「おお……おおおお……」
光が収まった陣から外の景色を目にしたヘクゼダスは、その光景にただただ感嘆の溜息をもらすばかりであった。
「ここがギダリアドの村か」
目の前に広がるのは、ただひたすらに眼下に広がる森と、そこに間隔をあけて乱立するほど長い岩山であった。高さはかなりあり皆同じくらいの山であったが、どれもほぼ九十度に近い傾斜をしておりところどころや山頂にのみ緑を纏っているその姿は、まさにRPGの世界であった。鳥がその間を飛び交い、変な鳴き声をあちらこちらに木霊させていた。
「地震?」
絶えず地面が微かに揺れているのを感じる。気のせいではない、足元の小さな小さな小石が誰も触れていないのに徐々に動いていき、縁に近づくと消えた。
「……おわっ!」
彼はあることに気づき、足元を見降ろした。今、彼らがいる場所は彼の予想通り同じような山の頂上であったのだ。もしここから落ちれば、地面に勢いよく叩きつけられ今度こそ死んでしまうはずだ。そのためか、あまりの高さに彼は高度の恐怖を感じることすらなかった。
「すっごーい!」
いつのまにか隣に立っていたキエリエスは、素晴らしい景色に目を輝かせて声を上げる。普段は城の中にいるため外の様子をあまり知らない彼女は、拠点間を行き来している悪魔たちに外の話をよくせがんでは、その面白い話に耳を傾けていた。この広い世界での出来事は聞くたびに違う話が聞けたためにとても彼女の好奇心を刺激し続けていたのだ。そんな彼女の無邪気な笑顔に彼は荒んだ心を洗われていた。
そこに、ヴェッチェが遠くから呼びかける。
「そこのあなたたち、来るのです。殺しますよ」
「やっべ」
「いかなきゃ!」
二体の大小の悪魔は慌てて集団に戻ると移動し始めた彼らの後をついていった。よく見ると、いつの間にか二人、人間の姿をした老人と若い男がヴェッチェの隣で彼女と話をしていたのに気づいた。外を見ている間に現れたのだろう。会話は喧騒で聞こえなかったが、様子から見るにどうやら彼らはあのヴェッチェに対しへりくだった様子も敬意を必要以上に払った雰囲気も感じられずに話していた。彼らは一体どういう関係なのだろうか、ギダリアドという部族の立ち位置とは。
ヘクゼダスは、もう一つあることを思い出し思わずつぶやいていた。
「巨人じゃないなあ」
ヴェッチェと話している二人のギダリアド族は、彼女と並んでいるために遠近法は効かない。が、それでもどう見ても体格は大きくなく、寧ろ日本人よりも小さいように見える。老人はヴェッチェよりも小さく若い男の方でもヴェッチェとならぶくらいであった。もしかすると男の方はまだ子供なのではという考えもあったが、時折こちらに見える横顔を見るに、その線は無いと見てよさそうであった。
「巨人?まさかギダリアドのことか?」
ジューヴァルナスは首だけこちらに向けてそういった。
「頼むから首だけこっちに回すのはやめてくれ」
とヘクゼダスは思わず目を背けてしまう。真顔で百六十度くらい真後ろを首だけ向かれても気持ちが悪いだけだ。
「巨人とは彼らのことではない。あれだ」
と、彼は左上の腕で遠くの方を指し示した。
「え?」
彼はその方向に顔を向け最初はどこにいるのか探していたが、徐々に大きくなり始めた振動に、彼は全てを理解して口をあんぐりと開けた。大きな影が、彼らを覆いつくす。
「おっきぃ……」
ぜひとも録音したかった声色でそう呟いたキエリエスの声すら耳に入らないほどに驚いている彼の前を、岩山が通り過ぎていく。その岩山は先ほどまでそこにはなかった、そう、巨人とは動く岩山のことだったのだ。彼らの立っている山と同じくらいの背丈のそれは、彼らには見向きもせずにすれ違い、百メートルばかり向こうを通り過ぎていくが、大きさ故にそれだけ離れていても近すぎるように感じられた。因みに一番近い左腕から数えて百メートルである。
巨人は人の形をしていた。頭、体、両腕、両足。はっきりと指があるわけでもないし肩が棘のように天に向かってそびえており、頭も胴体と一体となっており尖っている。
そしてそれらを彼らの体格からしてみれば実に小さく動かしてはいるものの、その先端は音速へと達している。それに一歩が二百メートルはあるのだ。彼らが歩いた後にはプレスされた森の残骸が残るばかりだが、驚くべきことに森はすぐさま再生していった。長い年月をかけてではない、ヘクゼダスの見る前で潰れてしまった木々が元のように再生して何事もなかったようにそこに茂っていた。
なんど言えばいいのか、最早彼に紡げる語彙は無かった。かわりにジューヴァルナスが簡単に巨人について教えてくれた。
「巨人はフォルタニッツァと呼ばれることもある。意味は我らの言葉で大地の魔人だな。巨人はこの地方くらいにしか住まない、いや住めない生物だ。様々な物体で体を構成しているが、どれにも共通しているのが、皆山のように高いということだ。巨人はこの世界に数十体いる。そのほぼすべてがこの周辺で過ごしている。ほら見ろ、あっちの方に橙色の宝石の原石を纏った巨人がいるぞ。さっきのは石だが、私は石には興味がないのでわからん」
なんということだろうか。あんな馬鹿デカい物体が何十体も存在するなんて。精々二十メートルくらいの化け物を想像していた彼は、まさか巨人というものが千メートル単位の、地形と呼ぶのが相応しい存在だとは思わず、戸惑うばかりであった。
「俺こんなところに住みたくねえなあ」
どうやって移動しているのだろうか、ここの人々は。水だってあるのかすらわからないし、こんな岩肌では畑も耕せないだろう。一億積まれても、こんなぶっとんだ場所には住みたくなかった。




