第八十一話 静寂のジューヴァルナス
「え?巨人?私も行きたい!」
偶然にもキエリエスと出会ったヘクゼダスたちは、明日巨人のいるところに行くという話をしたところ彼女は目を輝かせてそう言った。彼女は治安を乱した悪魔に馬乗りになって、持っている警棒のようなものでしこたましばきつつも満点の笑顔でそう答えたので、ヘクゼダスは引くとともに、キエリエスの尻の下になっている悪魔を少し羨ましいとも思っていたが、決してその表情を出さないように気を付けていた。
「だが、いいのか?」
彼女は治安維持の仕事があるはずだが、休みがあるのかは知らないがあったとしても突然明日休みますなんて言って通じるのだろうか。
「大丈夫、明日普通にお休みだし。三日間はお休みだから遠出も出来るよ」
「へえーサイカロスって結構ホワイトなんだな」
思えば、自分は普段働いていない。自分は毎日ぶらつくか訓練場で訓練の毎日である。もしかすると自分もしばらくすればそういった何らかの職場に着くことになるのだろうかと考え、働きたくないという思いで頭はいっぱいになった。
「どういう意味かよくわかんないけどお休みはいっぱいあるよ」
「いいねえ」
日本の方がよっぽど悪魔の国な気がしてきた、高校生の彼には社会人の労働状況など詳しく知ることは無かったのだが。
それはともかく、明日からキエリエスが同行してくれるということに喜んだヘクゼダスは、挙動不審になりつつも彼女と別れ訓練場へと向かった。今日は呪術の訓練を行う予定でガイウストともう一人、抜けているサイカの代わりとして入ったジューヴァルナスという悪魔がつきあってくれることとなっていた。
「とりあえずお前は攻撃術を覚えようぜ。距離があっても使える奴の方がいいだろ」
二体は会話を交わしながら階段を下りていく。薄暗い明かりは最下級悪魔たちが体に光を灯して作らたもので、注意を払わなければ気づかないが実に気味の悪い装飾として城内を飾っていた。
「だが、ゾイフォンデも使えなかったからなあ」
と、以前呪術についての座学を受けた時のことを思い出して彼は落ち込んで見せる。基本中の基本といわれた術が使えず、辛うじてヴァール・グラオラスが使えたという程度であった自分に一体どんな術が使えるとでも言うのだろうか、と思い悩む。
「俺は術が使えねえからなんとも言えねえが、呪術ってのは何百通りもあるらしくてな、幾つもの高度な術を使える奴が基本的な回復術を使えないということもあるとかよ。そういうわけだ」
「そうか……」
何百とあるなら、可能性は開かれたままといえるが、その全てにおいて適性がなかったならば本当に才能がないということの証明にもなるだろう。気が上がらないままに訓練場に着いた彼らは、ジューヴァルナスと落ち合った。
「や」
ヘクゼダスが手を上げて挨拶すると、こちらに背を向けていたジューヴァルナスは、首だけ百八十度回転させてこちらを向いた。
「やあ。来たか」
四本腕の悪魔ジューヴァルナスは見た目は女のようだが、心は男でしかもゲームならボスクラスの雰囲気を醸し出していると来たものだから、初めて彼を見た時ヘクゼダスは気圧されて跪いてしまったほどだった。
「予定より五分ばかり早く来たな。よろしい、では始めようか」
ジューヴァルナスは下の二本の腕で腕組みをしながら上の二本の手に持った分厚い魔術関連の書物を開き、テーブルの上に置いた。
「『光呪術における攻撃術への転用とその導き』の第三章メナリアの術 一点集中による拡散 の項目だ」
彼は本を見もせずにすらすらとその内容を読み上げていき、ヘクゼダスは次々と飛んでくる専門用語に頭を混乱させつつもどうにかついていこうと必死で、とりあえず頷いて見せていた。
「ここだ、メナリアを転用したローバロニェールは使用者の指先にシフスを集中させ、呪術適正の低い者でも少ない力で高い威力を持つ術が放てる、とある」
それを聞いたヘクゼダスは、手のひらを広げて誰も使っていない標的人形へと左の手のひらを広げたまま指先を向けた。
「こうか?」
「そうだ。それで指先にシフスを集中させるとよい。そして念じるか、唱えるのだ」
「ローバロニェール」
唱えた瞬間、指先に不思議な力が宿るのを感じた。それはヴァール・グラオラスに似てはいたが、あれは手のひら全体に渡っていたのに対し、これは本当に指先にのみ感じられる感触であった。彼はそれに喜びを覚えたが、一つ彼の考えていたことと違ったのは、それは人差し指だけに感じられたのではなく、広げた指先全てであった。
「あっ」
と言うが早いか、次の瞬間には目にも止まらぬ速度で黒い光線が彼の指先から放たれた瞬間には人形とその後ろの壁に直径二センチほどの穴を五つ開けていた。
「おお……」
彼が術を放てたことに驚きを隠せない本人とガイウスト。ジューヴァルナスだけは初めからわかっていたようにただただ黙ってそれを見ていた。二人は光線が当たったところに駆け寄ると、標的人形を貫通してなお後ろの空き樽と壁を貫通する穴を作っていた。
「威力がやべえな」
と呆れるガイウストにヘクゼダスは頷いた。
「ここまでだとは……」
五本全部から放たれたことに危機感を覚えた彼は、うっかり人差し指だけ伸ばして後は握っていなくてよかったとつくづく思い知ったのであった。もし手を握っていたのなら、今頃自分の手のひらは穴が空いていたことだろう。そう思い手を握ってみると、親指は外を向いていたが中指から小指まではなんと自分の腕に平行に並んでおり、これは穴が空くだけでなく場合によっては腕が肩まで自ら放った攻撃で失われていただろう。
「こ、この術は怖いな……」
暗にあまりローバロニェールは使いたくないという考えをジューヴァルナスに伝えるヘクゼダスであったが、彼は聞く耳持たずといった様子で本をめくって次の術を読み上げていた。
「ヴェラ=サーヴェラにゾイフォンデの構築第一列を元に再構築して作り上げられた合体術。名をポーリアス・テテと呼ぶ……やってみろ」
「え?」
「やれ」
彼にそう凄まれてはやらないわけにもいかない。褐色肌で黒ギャルとエジプト人の中間みたいな可愛い顔をしているくせに、中身が男なせいで可愛さの微塵も感じられないどころか時折高圧的で恐ろしい悪魔にしか見えないところが、ヘクゼダスはあまり気に入っていなかった。
(早く戻ってきてよサイカ~)
泣きたいのはやまやまだったが、ここで泣き言まで見せたら次は手を出してくるかもしれないので泣く泣く従った。
「口を開け」
「え?ほ、ほうは?」
「念じろ。ポーリアス・テテ」
(ポーリアス・テテ)
口に意識を集中させ脳内詠唱したが、うんともすんとも言わず沈黙が流れた。
「もう一度」
「わかった」
(ポーリアス・テテ!)
やはり何も起こらない。どうやらこの術は使えないようだ。彼がこの術を使えないとわかるや、すぐにジューヴァルナスは次へと移行する。彼は分厚い本にも関わらず、一発でそのページを開くと迷うことなく読み上げていく。
「しかるべくシフスの流れを―――」
まだやるのか、と今日は一日これだろうなと諦めたヘクゼダスは彼の言葉に耳を傾けつつ、明日会えるかもしれない巨人に思いを馳せていた。いったいどんな姿をしているのか。サイクロプスのような見た目なのか、それとも人間をそのまま大きくしたウスノロの低知能の顔をしているのか……
妄想は膨らむばかりであったが、彼の意識が集中していないことに気づいたジューヴァルナスが振り下ろした杖が頭に強かに打ち付けられると、ヘクゼダスは変な声を上げた。
「アゲッ!?」
「集中しろ」
こうしてジューヴァルナスの呪術訓練は続き、なんとそれから十時間もの間彼らは拘束され続けた。
もう二度と彼に訓練の付き添いを頼むものかとヘクゼダスとガイウストは心の中でそう誓ったのであった。




