第八話 マヨルドロッタ城
「それでは次にここマヨルドロッタの位置について話しましょうか」
ヴェッチェは歴史書を閉じると、もう一冊の本を開く。紺色に金字で装飾のなされたそれは、歴史書には並ばないものの、それなりの分厚さを誇っている。
「位置?地理的ってこと」
「くだらない。それもありますがこの城の意義という意味でもあります」
この女はいちいち罵倒しなければ気が済まないのだろうか。彼女の棘のある言葉はヘクゼダスの神経を逆なでするも、彼は決して口答えも手を上げることもしなかった。別に女は殴らないとか気取ってるわけじゃない。単に処刑されたくないためである。いくら悪魔になって人間とは比較にならない強靭な体を手に入れたとはいえ、精神まで強化されたわけではなく、また痛いものは嫌だ。
「このマヨルドロッタ城は人間の命名に従えば、スキウラ大陸北東部、ミンガナス王国領の最北端に位置します。建築されたのは三千五百年ほど前になりますね」
「三千?新しい……?のかな」
「そりゃあニフェリアルの歴史と比べればそのようなものでしょう。ここは少し前にも話したように旧世界とニフェリアルを結ぶ要所となっています。勿論、覚えていますね?旧世界とはあまり繋がらないほうが良いのは当然ですがやはりどうしても繋げなければならない事情もあります。ここはそういった行き来をする者たちの訪れる場所です。こういった関門は他にも複数存在します」
これを聞くと、彼はゲームに出てくる魔物はこういったところから世界に広がっているのだろうかとふと思いついた。何かこういい感じの返事や質問を返したいが、生憎彼の頭脳ではそういった粋な返事は望めなかった。
「それでまあ、単刀直入に言いますと、こういった役柄、この城はちょくちょく勇者ご一行や軍隊の襲撃をうけます」
「え?何それ嘘」
「嘘などではありません。当然でしょう、人間からしてみればにっくき敵が湧いて出てくる上にその本拠地へと繋がる場所なんですよ。当然襲ってくるでしょう。我々とてそうしますよ。馬鹿ですねえ」
それはかなりやばいところにいるのではないだろうかという不安が脳裏をよぎるが、まさにその不安はど真ん中に的中していた。
「しかもわりかし強めのが来るんですよ。で、あなたは当然ジュルですからそういった者たちと戦って退けなければなりません。命に代えても」
恐る恐る、抱いていた懸念を尋ねる。震える手を握りしめることもできず、ただ彼はか細い声でこう尋ねた。
「し、死ぬのか?」
「ええ、死ぬ可能性は十分あるでしょうね」
ものすごく素っ気無く自分の生き死にを返されたヘクゼダスは、口をあんぐりと開けたまま固まってしまった。ああ、ありえない、勇者になりたかったのにまさか勇者に殺される雑魚敵の役目となるなんて。彼は現実を受け入れたくなかった。
「ど、どれくらいの頻度でくるんだ?」
「さあ」
彼女にとっては人ごとあであるから、素っ気無くそう答えるヴェッチェに彼は改めて彼女が冷血な悪魔であることを思い知らされたのであった。もし彼女の目の前で自分の命が危機に瀕していた時、果たして彼女は自分を助けてくれるのだろうかという疑念を抱かずにはいられなかった。恐らく彼女のことだから、きっと……
「さあ、それでは訓練と躾に入りましょうか」
そう言って立ち上がった彼女はやはり、笑ってなどいなかった。