第七十九話 皮肉な運命
五人を乗せたキューロンはキーゼイン山脈の山肌を低空飛行で昇っていく。
これはバイアレストルを離れてわかったことだが、この飛空艇はバイアレストルでしかその性能を発揮できないらしい。バイアレストルの効果範囲内では数百でも数千mでも上昇をできるが、その外に出ると最大でも高度百五十そこらまでしか上昇することが出来ないのだ。ただし、下部に地形センサーでもあるのか、真下にある物体から数えてのことらしく、例えば現在のように標高二千m以上はある山に差し掛かると、その斜面の上昇に合わせて限界高度が変わってくるようなのだ。
「こういうのって、ゲームでもある行動範囲制限みたいなやつなのかな」
剛紀は白いナッツをボリボリと噛みながらつぶやいた。
「んー、あ、なるほど……」
俊は上昇しすぎるとエリアオーバーという表記の壁が出てくるシーンを思い浮かべながら剣を磨く。弘之にも一応わかったようだが、やはり滅多にゲームなどしない女子二人には全然ピンとこなかったようで、説明を受けてなんとなくわかった気がする、というのがせいぜいであった。
「おっきな山だよね」
玲奈は正面の風防の向こうに広がる果てしなく続く山脈に悩まし気に息をついた。日本も見渡せば大都会の真ん中でもなければ必ず山が広く見えていた。だが、この山はそれとは規模が違いすぎる気がする。皆もそれを感じていたようで、俊が地図を見て山脈の終わりから始まりまでを確認して声を上げた。
「こ、この山めっちゃ長い!大陸の上から下まで貫いてる!」
「えっ?」
剛紀たちが地図を覗き込むと、彼の言う通り一本の山脈が途中別れることもなくほぼまっすぐ南北に通じて貫いていたのだ。
「流石は異世界……って感じ」
こんな山邪魔で仕方がないだろうな、と玲奈は思った。元の世界なら山をくりぬくなり高速道路を通して交通の便を図るだろうが、この世界にはこんな不思議な飛行機はあっても車は今のところ見たことがない。馬車はあっても。
「一つの国が治めてるわけじゃないから、かもしれないな」
「どゆこと?」
「ほら、山の両脇に国があるでしょ?するとどっちの国がそのお金を出すかとかで揉めると思うし、通じやすい道が出来るってことはその道を使って敵がなだれ込んでくるかもしれない。だから便利なものでも作れないのかもしれないね」
剛紀の講釈に、彼らは感嘆して頷いていた。
「めんどくさい世界だな。皆で一致団結すりゃいいのに」
「そうだな……この世界は戦国時代って考えた方がいいかもしれない。ひとまとめにする大きな政府がつくれないから皆自分たちが支配しようと野望を巡らせてるのかもね」
戦国時代とは言いえて妙なのかもしれない。実際にこの世界ではいたるところで領土争いの血なまぐさい戦争が繰り広げられている。ミンガナス=マヨルドロッタ戦争もその一つだ。この世界で元の世界と違うことは、人間同士が争う戦争だけでなく、悪魔などのような異種族間戦争が行われることだろう。
「おじいちゃん山登り好きだから、こんな山登ってみたかっただろなあ」
美優が不意にそう呟き、艇の空気が一変した。皆、一様に元の世界の家族のことを思い出した。
「皆どうしてるかな」
「探してくれてるかな……」
「無理だろ」
「でも多分どっかにいるかもって探してるとは思う。でもまさか別の世界に飛ばされてるなんて思わないよね普通」
「他の皆はどうしてるだろう」
「怪我とかしてないといいけど」
「多分神様的なあの声が守ってくれてるよ……きっと」
家族のことも気がかりで仕方なかったが、同時に他の三十三人のクラスメイトと先生のことも気がかりであった。自分たちは序盤にしてはしっかりとした待遇を受けていたが、皆がそうなのかはわからない。この世界でも恐らく人は死ぬだろう。死んだらゲーム機の電源を落として元の世界にはいお帰りではないはずだ。
「皆と会えるかな」
玲奈は小さくつぶやいた。すると剛紀は温めていた自分の考えを述べだした
「探せば会えるよ。だって多分皆俺たちみたいに魔王退治に向かうはずだから、魔王退治の勇者の話がいろんなところで出てくるはず。特に大きな街ならそういう人たちは多く集まるし情報も得やすいはずだ。だから必ず会える!全員に会えるかはわからないけど、でも、きっと」
当然確証はない、しかし彼がこうやって鼓舞することで他の者たちは自信をつけることが出来たのだ。信じる、それが彼らの共通のテーマになろうとしていた。
そのクラスメイトの話題になると必然的にあの男のことも話題に上がってきた。
「山口のクソったれはなにやってんだろうな」
弘之は前を向いたまま尋ねた。山口功は彼らを巻き込んで異世界転生を企てた張本人である。彼はクラスメイトにいわれのない憎しみを抱き、異世界でチート能力を手に入れてクラスメイト達を見下そうと考えていたのである。彼の試み通り一年二組はほぼ全員が異世界へと吸い込まれた。だが、移動中の光の渦の中で、その山口だけが別の方向へと吸い込まれて行ってしまったのを彼らは目にしていた。彼の様子からすると彼も予想していなかった出来事のようだが、そんなことはどうでもよかった。
「なんだっけ、山口のことなんかいってたような」
俊は転生する直前に声の主から聞いた言葉をうっすらと思い出していた。確か山口がどうたらとか言っていたのは覚えていたのが、内容までは覚えていなかった。
「魔王の手下になったとかいってなかったけ」
剛紀も自信は無かったが、そう言っていた気がすると答えた。
「あ、それかも」
「じゃあ何、あいつ悪魔になったってこと?」
「だとしたら……もしかして昨日倒した奴だったりして!」
多分違うだろ、と俊。
「そんな簡単に出てくるとは思えないけどなー。それじゃちょっとがっかり過ぎる。どうせならボコしてやりたいよな。あのクズ」
「ほんとムカつくわあいつほんっと最低、キモイ死ねほんと」
今までは悪い扱いも受けていなかった功だったが、自らの犯した過ちによってクラスメイトからの信用は地に落ちたどころか地獄のように地底に向かって真っ逆さまであった。彼らが怒るのは当然でしかなかったが。彼らはよくある、許すという選択肢を持ち合わせてはいなかった。少なくともボコボコにしなければ気が済まないという考えが共通の認識として存在していた。弘之なんかはぶっ殺すといきり立っているが、恐らく本当に殺すとなり目の前にすると、恐らく殺すことはしないのではないだろうか。そこまでの度胸は彼らにも無かった。
もし彼らが今の功、つまりはヘクゼダスの姿を見たらどういう反応をするのだろうか。その姿に嘲笑うだろうか、それとも恐怖して逃げだすだろうか、はたまた信じないであろうか。
いずれにせよ、一年二組の生徒の内誰かはヘクゼダスと出会うことになるだろう。その時、クラスメイトは罰を与えるのか、加害者たるヘクゼダスは目標であったクラスメイトを屈服させるのだろうか。
例えヘクゼダスが死のうと、クラスメイトが斃れようと、笑うのはエッシャザール皇帝ただ一人だろう。彼の目論んだこの一連の転生劇に秘められた意味とは。
彼らを乗せた飛空艇キューロンは、雪の残る岩肌を眼下に急な斜面を登っていく。傾いた艇内で崩れる荷物を玲奈と美優が片付けに追われている。尾根はもうすぐそこにある。そこを抜ければ目の前にはきっとランベ=アータ王国の街が見えてくるはずだ。そのすぐ近くに入り組んだ入江と港町ンザイアンがあるだろう。そこで彼らは仕事や訓練、装備品の調達に情報収集、場合によっては仲間を引き入れるかもしれない。
彼らの元の世界へと戻るための旅は、まだスタート地点を発ったばかりだ。




