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第七十八話 33/37

「ありがとうございます、こんなに色々と」

 翌日、村を後にする剛紀たちは村からいただいた食物や衣類、生活用品を前にして礼を述べ頭を下げた。確かに命は助けたが、こんなにも沢山しかも村中から感謝の品をもらう程のこととは思えず、いくらか過剰にしか思えなかった。それでも、これからの旅がいつまでかかるかわからない以上、この品々はありがたいものであった。

「もし、また近くにおいでになったなら是非ともいらしてください」

 ジェーガは妻に支えられながらほほ笑んだ。

「ありがとうございます」

 村人たちに贈り物をキューロンの中に運び込むのを手伝ってもらいつつ彼らは最後の話を交わしていた。

「ほんとうに魔王を倒すおつもりで?」

 ジェーガを支えていた男、フルイは心配そうに玲奈にそう尋ねた。悪魔というものは人間ではなすすべなく一方的に殺されてしまう程強力で強かである。五人は確かに強かったが、それも一般人よりは、である。いくらシャーメイゼである玲奈がいたとしても、悪魔を相手に戦い続けるのはそうとう厳しい筈だ。途中命を落とす仲間が出るかもしれない。それならば、いっそ元の世界に戻るのをやめこの世界の住人として暮らしたほうが安全ではないかというのが、彼の思うことであった。

 そんな彼の心配に対し、玲奈は不安げな表情を浮かべつつも決意を胸に語る。

「……怖い、あんなキモいモンスター相手にするなんて嫌だし二度と見たくない。でもやっぱり元の世界に帰りたいのは皆同じだから。それに家族も心配してると思うから、だから頑張るとしか言えないかなって」

「そうですか」

 本人がそう決めたのなら仕方がない。彼はその聖なる有翼騎士たちの無事を祈ることしかできなかった。大切な兄を守ってくれた彼らに命を無駄にしては欲しくないから、彼は祈った。



「それじゃあ、またお会いしましょう。ベレディア・レンキレ(旅に光を)」

「さようなら!」

「ありがとうございました!」

「あざっしたー」

 ベルベッタイアン村と別れを告げた剛紀たちは、キューロンを浮上させる。今回のパイロットは弘之である。彼は横から口出ししようとする俊を黙らせると慎重に機体を浮上させていく。外殻が枝葉に擦れ艇内にこういう時に特有の雑音をならしている。

「じゃ、次はどこいこうか」

「えーっと、ここは?」

 とりあえず前に向かってキューロンを飛ばす弘之の後ろで、玲奈たちが地図を広げて次なる目的地を決めていた。この近くにある大きな街というと、バイアレストルを除くとこれよりキーゼイン山脈を越えた先にあるランベ=アータ王国の港街ンザイアンである。発音しづらいその名前に彼らは互いに発音しあって盛り上がっていた。歩きならばかなり遠い道のりだが、このキューロンがある限りはどんな長い旅も楽々飛んでいける。このありがたみをいつまでも享受できることを、彼らは無意識の内に望んでいた。

 彼らの旅の終わりは、いつ来るのか……




 剛紀たちが村を離れた頃、そこからいくつもの山を越え海を渡った先、バルゲッテン大陸の洞窟の中で一人の男が這いずっていた。男は藍色の旅衣装を纏っていたが、真新しい一張羅も今ではボロボロに破れ、体に刻まれたいくつもの傷から青い液体を流していた。

 彼は涙と鼻水で顔をグチャグチャにして、息も荒く何かを呟いていた。

「ッグウ……なんで、ハア、ハア、なんでこんな目に合わなきゃいけないっ……んだあ……いやだ、死にたくない。家に帰り、いよお……なんでこんな知らない世界で……いやだ」

 洞窟の出入り口はもう三十メートルもない。既に二百メートルは這いずってきた男は、向こうから差し込む光に一縷の希望を見出し、地面を掻く手を速めた。

「ふう、ふう……」

 体の痛みも、心の傷も今は忘れ、一心に光に向かって進む。せめてあそこに出れば隠れられる、そう顔に期待を浮かべた男の前に、一人の女が立ちふさがった。その姿は逆光で子細にはわからないが、少なくともそれは人間の女というには、少し腕が多かった。

「おんやあ?逃げられるとでもお?」

 女は含みのある声で目の前に這いつくばる男に向かってそう言った。その姿をみた男は、一瞬にして顔を絶望に染め止まる。

「あ、あ、ど、どうして……」

 どうして、後ろにいたこいつが自分より先に入り口にたどり着いているのだろうか、あの場所からここまでは一本道、先に回り込むこと等できるはずがないのだ。しかし現にそいつはそこにいた。

「どうしてえ?どうしたもこうしたも、ここにいるじゃなーい?ウヒヒ、アハァ」

 女は恍惚の笑みを浮かべながら、口の端からとめどなく唾液を地面に垂らすとおもむろに男に歩み寄る。彼女が足を進める旅、踏みしめられた砂利が音を立てより近づいて来る恐怖を演出させる。

「やめ、やめて、殺さないでくれ!頼むからさあ!」

 男の懇願にも彼女はまったく反応しない。だが、直後に女は鬼のような形相で彼の方、正確には彼より少し上の方を睨みつける。

「わああ!!!!」

 男は突如何者かに背後から体を掴まれると体が宙に浮く。体を掴む力はとても強く到底逃げられそうにない。それに体を掴んでいる手は明らかに人間のそれより大きい。彼は体を掴む手が濡れていることに気づいた。それはとても嫌な臭いを放出させ、腕にべたついた感触を染み込ませてくる。

「ヴァーロ!!!」

 女は何かの単語を口に出した。その直後に男の胸を切り裂て巨大な角が突き出した。男は声もなく絶命すると、その角に突き刺されたまま手足を宙にぶらつかせた。その足からはとめどなく血が流れて地面に滴り落ちて血だまりを作る。

「ヴァーロ!!それは私の獲物だろうが!!!」

 女は激高したまま男を殺した主に歩み寄り、ヴァーロと呼ばれた者は男をぶら下げたままどすの効いた声を上げた。

「お前がさっさとヤらないからだろう。遅いんだよ」

「お前!!」

 堪忍袋の緒が切れた女は、頭の先から三本の角を生やし腕からとげとげしい触手を出すとヴァーロにとびかかろうとする。それをさらにヴァーロの後ろから別の声が静止させる。

「フォーキシェ、やめろ。お前にはあとでいいものをやる」

「ザガーリィ……クソ!!!」

 フォーキシェと呼ばれた女は飛び掛かるのをやめると、ヴァーロがぶら下げている死体を引き抜いて何度も洞窟の壁に叩きつけ殴り、踏みつけて行き場をなくした怒りをぶつけた。その様子を二人は黙って眺めている。

「ハアー……」

 彼女が一旦の怒りを発散したことでザガーリィは頷くと、二人を伴って洞窟の外に出る。彼らが去った後には、原型を完全に失った男だったものがこびりついていた。それだけではない、洞窟のさらに奥にはあと三人の種族の異なる男女の遺体が酷い有様で転がっている。彼らは何者だったのだろうか。それはもはや誰にもわからない。だが、彼らが生きているうちに仲間と出会えば、あるいは。

 洞窟を出た男たちのもとに、空から何か大きなものが舞い降りてきた。それは背中に大きな翼を生やした女騎士で、もう少し綺麗にすればそれは紛れもなくシャーメイゼと言える姿をしていた。だが彼女の眼は闇に淀み、顔にはセイケビエントに似た刺青が刻まれていた。鎧にも、悪魔文字の刻印が為され神聖なる力を打ち消して邪悪なる呪いを宿している。

「終わったみたいだな」

 彼女は洞窟の奥に目をくれると、彼らに向かってそう言った。

「レッヴァリッキド、どうだ。向こうから何か来たか?」

「いんや、いないね。気配すらしなかったよ」

 それを聞いたザガーリィは、何か思うところがあったのか、険しい顔つきでレッヴァリッキドの見た方向を見上げた。

「そうか、ピレイマの奴らは別にあいつらを見守っているなんてことはしていないということか」

「みたいだ」

 男はまた頷くと、三人を集めて直後、消えた。悪魔らしき彼らの目的は一体……

 異世界転生をした一年二組の生徒たちに降りかかる災いが彼らをどう苦しめることになるのか。その時はまだ神ですらしらなかった。


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