第七十七話 足跡を行け
「それは既に用意があるのです」
と答えたフラオの言葉を訳す剛紀の声に、弘之は耳を疑った。彼のもう一つの記憶によればベルダーモ鉱石は手に入りにくい鉱石だ。この鉱石は鉄などの金属に混ざりにくいという欠点のために長い間見向きされてこなかったものだ。しかしそれがあるとき、特殊な魔法をかけるのに悪魔やトゥートリット(エルフ)たちが使っているということが人間や他の種族に知られると、採掘がおこなわれるようになったのだ。だが、ここでも問題が発生した。ベルダーモ鉱石の主要産出地の多くは既に悪魔やトゥートリットに占領されてしまっているか、或いはたどり着くことさえ困難な危険地域に埋蔵されていることがわかり、他種族たちはその獲得に苦労していたのだ。実はミンガナス王国の目的の一つにマヨルドロッタ城の領内にあるベルダーモ鉱石の産地の獲得があったのだ。ただマヨルドロッタの産出地は城の真下にあり、城を抑えなければならなかったが。
「どうやってあんな貴重な鉱石を……」
とても購入できたとは思えない。弘之がおおよそで計算した量でも、国家予算分はいるはずだ。そんな大量の金をこの小さな村が拠出できるはずがないのだ。だとすると、非合法な手か。弘之は険しい眼でフラオを睨み問いただす。
「それはどうやって手に入れた?まさか、輸送中のキャラバンを襲ったんじゃないだろうな」
と弘之に対し、彼は驚いた顔で首を横に振って見せた。
「まさか!我々に厳重な輸送隊を襲える力などありません!そんな力があるならまずケルマーなんて必要ありませんから」
「……だってさ」
確かに彼の言う通りだ、ベルダーモ鉱石の産出地を持っている国なら確実に大国だ。そして彼らもベルダーモ鉱石の重要性と価値は痛いほどよくわかっている。であるから鉱石を運ぶ輸送部隊はこれ以上ないくらいに精鋭部隊によって厳重に守られている。この村の者たちが全員で奇襲をかけても一キロも奪えずに皆殺しされるだろう。
「じゃあ、どうやって」
フラオは困ったように眉を掻くと、他の者たちと顔を見合わせる。村人たちも顔を見合わせると、やがて頷き始め、大体の者が彼に向かって頷き返した。すると彼は大きくため息をついた後、どうやって手に入れたかについてを語り始めた。
「ある不思議な若い男があるときこの村にやってきて見たこともない魔法を見せてくれました。男は言うのです、私は使命を授けられし者。全ての生きとし生ける者を残虐な悪魔の手から守るために天より遣わされた、と。当然私たちはまた変な宗教が流行ったかと冷めた目で見ていたのですが、彼の使う魔法ははったりにも見えませんでした。彼が手を一振りすると、枯れた巨木はまるで若木のように生い茂り、川はより清らかとなり、病に臥せっていた者たちを立ち上がらせて見せたのです。これには我々も信じざるを得ませんでした。彼は言うのです、ケルマーの術をかけなさいと。しかし当然ベルダーモ鉱石のような大層なものがこの村に一かけでもあるはずもなく、無理だと断ったのです。ですが男は突然空中から綺麗な深緑色をした石を取り出したのです。それも沢山山のように。これはベルダーモ鉱石の原石だ、すぐに村の周りを調べて術をかけるために必要な計測をしなさいと。そして私たちは準備を始め計測にとりかかったのです」
五人はその話にしっかりと耳を傾けていた。俊と美優には玲奈が訳してくれている。フラオの真剣な口調と顔つきがどうにも嘘に聞こえなかった。剛紀は彼に尋ねる。
「その男は今どこに?」
すると彼はまた首を横に振ってここにはいないと答えた。
「いない?」
「ハイ、彼は我々に計測をするように言いつけるとすぐに消えてしまったのです。比喩などではなく本当に、パッと」
「消えた?……弘之、この話どう思う?」
弘之も顎に手を当てて考え事をしているようだった。彼には少しだが心当たりがあるらしく、彼の知っている断片的なことを話し始めた。
「名前は知らないし見たこともない。特徴もしらない。だけど聞いたことはあるんだよ、噂を。そいつは空を飛び回ることが出来る不思議な男で、国に雇われた魔法使いですら知らない魔法を知っている正体不明の魔法使いだって。何を目的としているのかはわかんねえけど、皆はそいつを不思議人と呼んでるらしい」
「不思議人?」
聞いたことのない言葉に、彼らは首を傾げた。
「その人の名前ってわかりませんか?」
玲奈が尋ねると、フラオは一つの名を口にした。
「確か、ホルスとか言った気が……」
「ホルス……」
やはり聞いたことのない名前だった。五人の誰も知らない名前に、得も言われぬ不安感を覚えていた。大概今までは誰か一人は一つのことを知っていた。だから知らないものに教えることができたが、今回は違う。弘之がかろうじて知っている曖昧な情報でしかその人物についてを掴めない、そして名前を聞いても誰もピンとこない。初めての体験に、剛紀は四人を集めた。
「今まで誰かしら何かを知ってたのって多分あの声の人が俺たちが困らないように記憶を植え付けたんだよな。つまりだよ、それでも誰も知らないってことはつまりあの声の主も知らないことなんじゃないかな」
「え?ヤバくない?」
玲奈が目を丸くする。
「ヤバいマジヤバ」
俊も頷いて口早にそう返事する。
「多分聞いた話の限りじゃ悪い人って感じもしないけど……」
「でも、敵じゃないって決まったわけじゃないし」
「それは、そうかもだけど……」
話が進まない五人に、美優が声を上げた。
「とにかくさ、一回会ってみない?」
彼女の提案に、俊はその方法を尋ねる。
「どうやって会うのさ。行先なんて知らないぜ。弘之の話しぶりだとどうもそいつ世界中を回ってるみたいだしさ」
「それはそうだけどさあ、どうせ私たちこの世界回らなきゃいけないんだよ、多分。いろんなところで話聞いたり嫌だけど戦って強くならなきゃ魔王なんて倒せないよ」
もっともな意見を言われ四人は言葉に詰まった。こうも正論を言われては、何も言い返せないではないか。彼女の言う通り、これから自分たちはRPGの主人公よろしく見知らぬ土地を回り力を付けて、時には伝説の装備なんかもゲットしちゃっていかねばならない使命が課せられているのだ。帰ると決めた以上、旅を続ける以外の道はない。他のクラスメイトも恐らく自分たちと同じように魔王討伐に向け旅をしているだろう。だからといって他人任せにするのではなく、自分たちが魔王をやっつけるという気概でやらなければ、きっといつまでたっても終わらないだろう。それならば、やろう。ホルスという不思議人を探しつつ世界中を回れば、きっといろんな情報を得られるだろうし、よしんば会えるかもしれない。そうしたら、これは出来ればだがその力をもってして魔王討伐に加わってほしいと思っていた。噂通りの人物なら、きっと強い筈だから。
「どう、されましたかな」
フラオは、彼らの話し合いが終わったとみると、静かに口を挟んだ。五人は彼の方に向き直るとこの世界のいろいろなことについて尋ね始めた。街、自然、悪者、気を付けるべきこと、食べ物、悪魔……そういったことをフラオだけでなく村人に尋ねてはメモに残して五人でその内容を共有した。情報の共有が、このちぐはぐな世界では重要だと考えたからだ。読めない文字があったとしても、もしかすると共有した内容に関連しているかもしれない、五人の力だけでなく個人の力しか頼れない場面に遭遇したときに、先に進むためであった。こういうポジティブさというものをヘクゼダスこと山口功が持ち合わせていたのなら、このような悲劇は起きていなかったのかもしれない。
少し前話を改訂しました。




