第七十五話 見下ろして住まう
村に入ると、人々の視線が一斉に自分たちに注がれているのを剛紀たちはひしひしと感じ取っていた。その眼は好奇だとか侮蔑だとかそういった特別なものではない、ただ少し賑やかに村に入ってきたことによる注目のだけのようだ。
彼らにとって自分たちのような様々な出で立ちをした人間はそう珍しくはないのだろう。その証拠に、村に入ると耳の長い人間や美優のような獣人、漫画に出てくるような二メートル以上もある筋骨隆々の男などがちらほらと見えていた。ここに元から住んでいる住民たちは、他の人間と変わりはないようだが、もしかすると、目には見えない違いということがあるのかもしれなかった。
「天使様だー!」
無邪気な声が、彼らの背後から聞こえてきバタバタと土を蹴る音が二、三聞こえたかと思うと、振り返った玲奈の足元にちいさな者たちがしがみついた。
「わあっ」
突然子供たちにしがみつかれたものだから、玲奈は驚いて子供がくっついたまま後ずさりする。転生前の彼女なら、子供の頭が胸辺りにあったであろうが今の彼女は身長が高くなっており、鎧込みで百八十弱はあったため、子供たちは腰当の高さに頭が来ていた。
「コラッ、失礼だぞ!」
村長のフラオが、玲奈に集う三人の子供たちをしかりつけると子供たちは楽しそうに悲鳴を上げながら散っていった。
「申し訳ございません。何しろこの村にシャーメイゼの方がいらっしゃるのは初めてのことでして。私も実は内心動揺しておるのです」
シャーメイゼという聞き慣れぬ単語に、四人は首を傾げた。玲奈に言ったということは、そのシャーメイゼというのが彼女の転生した種族なのかもしれない。四人に対してそのシャーメイゼと呼ばれた玲奈本人だけはそのシャーメイゼという言葉の意味を知っていた。
「シャーメイゼってのはね」
いつになく真剣な眼差しで突如語り始めた玲奈に四人は若干引きつつも、雰囲気を感じ取って黙って真剣にその話に耳を傾ける。
「ピレイマに住まう神々によって作り出された有翼騎士。古くは九万千年より続く正当なピレイマの戦闘部隊。五十万のシャーメイゼが常にピレイマに常駐して他界からの侵攻をその存在をもって牽制している。私はそのシャーメイゼの一人として生み出されたけど、生まれてすぐに悪魔によって力を奪われ弱っている……みたい」
一気に話し終えた彼女は、どこか疲れた様子でため息をついた。それは単に話疲れというようには見えず、どちらかというと精神的な落ち込みを見せていた。彼女は自らのもう一つの記憶の断片を思い出し、落ち込んでいたのだ。彼女のここでの記憶は完全ではなく、パズルのピースのように細かく砕かれており、断片的にしか脳内には残されていない。これも、悪魔による被害の後遺症の一つであった。シャーメイゼは一体一体が悪魔で言うグライバと同等或いはそれ以上の力を備えている強力な存在であるが、そんな彼らでも生まれたばかりの状態はまだ非常に無防備でか弱い存在であった。そこに偶然にもピレイマの偵察に訪れていた悪魔に目を付けられた彼女は、不幸にも悪魔によって攻撃を受けてその力の大部分を奪われてしまったのだ。
彼女を襲った悪魔は強力な力を得るとそのまま行く手を阻む者たちをものともせずにまんまと逃げおおせてしまったのだという。いずれ会う機会があったなら、必ず恨みは返すと彼女の中のシャーメイゼがそう意気込んで、魔力を体中に巡らせていた。
(その内ね、そのうち……)
玲奈としての彼女は、そこまでそう言ったこだわりは感じられなかった。何せ本当に体験した記憶ではないのだ。
「さて、お手数ですがこちらを昇ってくださいますかな」
フラオがそう言って太い木の幹を指した。木からはこれまた太い蔓が三本垂れ下がっており、それを見た五人はその根元を辿って上を見上げた。
「ツリーハウスじゃん」
弘之が呟いた。
このベルベッタイアンという村はほぼすべての建物が高い木の樹上に作られており、家々は蔦や木の橋が渡されているのでそれで通じる。地上とはこうした蔓や縄梯子などを用いて行き来をするのだ。なんともお年寄りや運動が苦手な者には優しくない作りだと一様に感じていた五人だったが、目の前でフラオがすいすいと蔓を昇っていく姿を見て呆然と彼を見上げていた。
「ささ、いらっしゃいませ」
「どうする」
弘之が振り返る。
「うーん、前の俺たちならダメだったかもだけど、今ならもしかすると行けんじゃない?」
俊の言葉に、彼らはそんな気がしてきたので、まず弘之と剛紀が登ることにした。手でしっかりと蔓を握り、足裏で木の肌を踏みしめ感触を確かめつつ、ゆっくりと登り始めた。最初は不安であった二人も、思いのほかすいすいと登れることに自分たちの力が転生によって数段増しているということを実感して、感触を掴むと速度を上げて登り始めた。
「気を付けてなー」
地上から俊の声が届く。二人は振り向かずに進んでいたが、ふと鳥の羽ばたきがすぐ近くで聞こえたので、そちらを向いた。
「うわっ、飛んでる!」
二人の眼には、背中の翼でばっさばっさと飛んでいる玲奈の姿が映っていた。今まで怖いからと飛んでいなかった彼女が実際に飛んでいるのを見て、どうして今飛ぶ気になったのかは気になったが、兎に角人間が自分の力で飛んでいるということに戸惑いを隠せない二人であった。そんな二人に更に追い打ちをかけるように驚かせる存在が反対側から上がってきた。
「田中さん!?」
つい剛紀は裏返った声を上げてしまう。二人の横を四つん這いになり駆け上がっていく美優の姿が、あっという間に通り過ぎていった。
「猫型だからってそんなのも出来んのかよ」
弘之がぼやく。
「俺も飛べたらなあ」
剛紀も同様に残念がるが、彼は残念ながら体はほぼほぼ普通の人間の作りと変わらないので、美優のように強靭な手足と軽やかな身のこなしで木を素手で駆け登ったり玲奈のように翼を生やして飛び上がることもできないのだ。
「……っし、ついたあ……」
ようやく上に着いた二人は、肩を回しながら地上を見下ろした。二十メートルくらいはあるだろうか、とても遠くに見える俊の蔓を掴む姿がを見て、二人は身を震わせその場から離れ家の中に招かれることにした。
「おーい、引っ張り上げてくれたっていいだろー?」
せっせと上りながら愚痴る俊の声を無視して二人は家の中に入った。
「おーっ」
家の中を目にした二人は、落ち着いた驚きの声を上げる。家の中は当然だが床も木も天井も木でできている。床には模様が織り込まれた絨毯が敷かれ、壁には絵画や弓矢などの武器といったものが飾られており、特別元いた世界に出てくるような外国の民族的な家との違いということは感じられなかったため、なんとなく新鮮味を感じられなかったので、そんな曖昧な声を上げたのである。
「お二人とも、さ、こちらにお座りになられてくださいませ」
既に先に上がった玲奈たちは座布団のようなものに腰を下ろしており、玲奈は鎧を外してアンダーアーマーの姿となっていた。
「鎧って座りにくくてさあ」
と、愚痴る彼女。確かにあんな鉄の板で座るのはあちこちが引っかかって難しそうである。鎧はフラオの家の者がうやうやしく抱えて壁際の方に持っていったので、玲奈は頭を下げながら謝った。
「やっと着いたよ」
遅れて俊も到着し、五人はフラオやジェーガたちと一緒に大きな円卓を囲んで向かい合った。
「この度は村のものを救ってくださり、誠に、誠にありがとうございました」
深々と首を垂れ、フラオが感謝の意を述べた。




