第七十四話 勇者への第一歩
剛紀たちは、助けた男を船まで運び傷の手当てをすると、魔法を使い力をほんの少しだけ分け与えて話を聞くことにした。どうして捕まっていたのか、あの化け物は何なのか、そして何者なのかを。
「あなた方は……一体」
正体を尋ねたかったのは男の方も同じだったようで、彼はまだ恐怖から解放されていないようでこちらを見る目には猜疑心が拭いされていなかった。
「あー、俺たちは……魔王討伐を目的とした異世界人といいますか……ね?」
どう説明したものかと、剛紀は四人に助けを求める眼差しを振り返って送るが、四人もまた同じようにうまい返答を思いつかなかったため、彼に続けるよう目で促し剛紀は眉間に皺を寄せると仕方なくたどたどしく説明を始めた。
「異世界から?」
「えっと、とあるまあなんだろう……学校に通っていたんですけどそのうちの一人がどうやったのか知らないんですが、俺たちと他三十人ほどを巻き込んでまったく見知らぬこの世界に連れてこられてしまったんです。それでですね、神様的な声が言うには、魔王を倒せば呪いが解けて帰れるとか言ってたんで、魔王を倒すたびに出ようか、と」
それを聞いた彼は、顔色が良くなったりかと思えば青くなったりと急変させながらも、実に困ったような表情でこう述べた。
「魔王を倒す……ですか。とても強大だと聞いていますが、何分誰も目にしたことがないのです」
「目にしたことがない?」
どういうことかと、彼は聞き返した。
「ハイ、魔王に出会って帰ってきた者は少なくとも一人もいません。そもそもあったことがあるものすら、悪魔以外にいるのかどうか……」
「悪魔?悪魔がいるんですか……」
そう尋ねると、彼は信じられないといった表情で彼を見つめ返した。
「悪魔、悪魔なら皆さんが先ほど倒したじゃあありませんか……」
「あ、あれが悪魔!?」
動揺した彼は、思わず大きな声を上げて後ろを振り返る。四人も先ほどの化け物たちは二体とも悪魔だったということを理解し、互いに顔を見合わせて言葉を交わし始めた。
「悪魔ってあの聖書とかに出てくる?あの?」
「そうじゃ、ないかなあ」
「でもよ、こっちの常識は俺たちのと違うんだぜ。もしかするとまったく別の意味かも知れねえぜ」
「ええー……でも、怖かったし気持ち悪かったよ」
「確かに、じゃあやっぱあれ悪魔なのか?」
まさか自分たちが相手にしていたのは悪魔だったということを知ると、途端に先ほどの恐怖が蘇り四人は肩を震わせていた。
「そういえば、お礼をしていませんでした。本当に感謝の言葉もございません……あなた方が来てくださらなければ私は……」
男は涙を流して両手で何やらジェスチャーをした。剛紀はそれを恐らく彼らの感謝の時の身振りなのだろうと考えた。男は自分の自己紹介を始める。
「私はジェーガ・ヴォー・ラクロローフといいまして、バルートナ川、先ほど近くにありました川を北上したところにあるベルベッタイアンという村に住んでおります。ぜひとも皆様をお招きしてお礼をしたいのですが」
「い、いえ、お礼なんて……」
手を振って謙遜する彼に、美優が尋ねる。
「何て言ってるの?」
彼、ジェーガの言葉を理解できるのは剛紀と玲奈のみであった。弘之は簡単な単語しか理解できなかったが、後の二人は単語一つすら理解不能であった。こういった言語の障害が多いことに、彼らは一抹の不安を覚えていた。目覚めてからすぐ、そして降りた先の街、この男の言葉といいこの異世界は言葉の壁が多すぎて困る。今のところ五人のうち誰かが少なくとも理解できているからどうにかなっているものの、旅を続けていくうちに誰もわからない言語に遭遇した場合どうすればいいのか。言葉が違えば人種も種族も文化も違う。日本という一つの言語ですべてが通じ、外国人に滅多に触れることのない国が育んだ彼らの日本人らしい気質が、こういった違いを認めるのに実に面倒な壁を築きあげてしまっていた。おまけにこの壁はそう簡単に崩せそうなほど柔には見えない。
「あー、村に招いてお礼がしたいってさ」
「お礼かー」
内容を伝えられ、五人は迷っていた。ここでも日本人の気質、遠慮するという効果が発動してしまっている。どうにもこういったものは遠慮しなければいけないような気がしてならない。例え異世界人になったとしても、見についた習慣や感覚というものは抜けそうにない。
「でも、情報が色々聞けるかもしれないよ」
そこに上がった俊の提案が、鶴の一声となった。五人は、ジェーガから見ると不気味な愛想笑いを浮かべながら、どこか遠回しにお世話になるという旨を伝え、ジェーガに道案内をしてもらうことにした。
「あっちです、あの木々が開けた場所。あそこの周辺に我々は住んでいます」
「えーっとハイハイ……あそこね……」
キューロンの操縦桿を握るのは俊である。五人で何度か操縦を後退した結果、一番適していたのは彼であったのだ。仕方なく男子たちは彼をメインパイロットに据えると、自分たちが彼に代わって操縦桿を握る時を待ち望んでいた。
「あ、ほんとだ……木の間に家が見えたぞ」
一同はガラスの向こうから下を覗く。確かに少し開けた(と言っても他に比べて少々森の密度が低いだけだが)場所に家の影をちらほらと見た。
「飛行船はあの場所に降ろしてください」
彼が指定した、それから二十メートルほど離れた場所に俊は慎重にキューロンを降ろした。どうにかこうにか、枝を何本もへし折り機体をこすりながらも着陸したときには、振り返るとジェーガ含め五人が腰を抜かしたようにへなへなと座りこんでいたのを見た時には、彼はしまったといわんばかりに口を開けていた。
「さ、さあ出ましょうか」
六人が外に出ると、十人の男女が彼らを待ち構えていた。男と同じくらいの女、小学校高学年くらいの男の子、老夫婦らしき男女、他六人が心配そうな目つきでこちらを見つめていたが、ジェーガを見た途端その表情は一気に明るくなり、ジェーガも彼らを見るや先ほどの疲れ切り恐怖によってゆがめられた顔から一転、とても安らいだ表情でそしてこの上なく嬉しそうに彼らに駆け寄ると、抱きしめ喜びあっていた。
「助けられてよかったよ」
弘之のつぶやきに、四人は黙ってうなずいた。
「メリエン、あの人たちが悪魔から僕を助けてくれたんだ」
ジェーガは恐らく妻であろうか、同年代の女性にそう伝えてこちらを見た。同時に周りの人間も一斉にこちらに視線を向けて、そのあとに船を動かす前にジェーガがやっていたジェスチャーを一斉にした。やはりあれは感謝のジェスチャーだったようだ。
彼らは剛紀たちの周りに集うと、皆口々に感謝の言葉を述べ何度も感謝のジェスチャーを繰り返していたために、人生でこれほどまでに感謝をされた経験の無かった剛紀たちは体が熱くなってなんだか恥ずかしく感じていた。
「いや、そこまでのことは」
「いえ、いえ……あなた方勇者様たちが現れてくださらなければ私たちは大事な家族を失うところでした」
メリエンが涙ながらに剛紀の手を握りそう伝える。一人の老人が彼らの前に割って入る。まるで枯れ木のような老人であったが、決してか弱そうには見えず、しっかりとした生命力を感じさせる人物であった。
「貴方たちにはお礼をせねばなりません。私はこの村の長をしております、フラオというものです。もし貴方がたが少しお時間をお許しくださるなら、我が家に招いてお食事でもいかがでしょうか」
その提案に、五人は目くばせしあうと剛紀が代表でそれを快く受けることにした。これほどのことを言ってもらっているのだから、ここで断るのはむしろ失礼に当たると判断したためだ。
「それでは、お言葉に甘えて」




