第七十三話 煌く切先
「まず、俺が魔法で相手の気を引くから、その隙に後ろからあの人を掴んでいる奴を背中からやってくれ。そしたらもう一発俺がぶち込んで止めを刺す。一体になったところでもう一体を囲んでボコす。どうだ」
弘之の提案に、皆は黙って同意する。剛紀は美優と俊に背後に回ってもらうことにすると、自分は弓矢での狙撃を名乗り出ることにした。彼はこの世界では猟師として育っている、その記憶を生かしもしもう一体の方がこちらに向かっていく或いは二人の方に向かった場合に相手の足を狙って動きを止めるのだ。うまくいくかはわからないが、とにかくやるしかないのだ。因みに玲奈にはヴァルキリーの人間よりもはるかに優れた体とヴァルキリーアーマーを用いての盾役になってもらうことにした。女子にそんな役を担わせるのは心苦しいところがあったが、全員で協力しなければ生きてはいけないのだ、この死と隣り合わせの異世界では。
「頼んだ」
「うん」
二人が身を屈めたまま回り込んでいく。化け物の方に目をやると、二体は別のほうを見て指を指したりジェスチャーを交えながらの会話を続けており、そのどことなく人間らしさを感じて剛紀はなんとも言えぬ感覚に囚われていた。もっと化け物じみてくれていたら何の躊躇いもなく攻撃できたものを。
彼は弓を握ると背中の矢筒から一本の矢をつがう。矢じりは石、矢羽はよく知らない恐らくこの世界の鳥だろう。矢の経験はもう一つの記憶が持っており使うことができるが、本来の記憶では弓を持ったことすら初めてであったため不確かな経験よりも確かな不安の方が勝ってしまっていた。練習はしてきたし、獣を狩るのにも使ってきた。いける、はず……
「剛紀」
弘之が彼の名前を呼んだ。どうやら向こうにたどり着いたという合図があったようだ。彼らの初めての悪魔との戦いが始まろうとしていた。
「ゾイフォンデ」
草むらから突き出された真っ赤な手のひらから、ハンドボール大の火の玉が、双胴悪魔の顔面に向かって放たれた。奇襲は成功であった、が、彼らは重要なことに気づいていなかった。人間を捕まえている化け物は頭が二つあるのである。つまり二つの異なる方向を見ることが出来、二つの異なる考えを持つことが出来るのだ。左側の頭は向こうを向いていたが、もう片方の頭はこちらのほうを偶然にも向いていたのだ。時速百五十キロで放たれたそれは、すんでのところで躱されてしまったものの、化け物の胸を軽く焼いた。
「ギジュヴォオオオアアア!!」
背筋の凍りそうな叫び声が、二つの頭から放出され五人は縮み上がってしまった。その怯みが連携攻撃を崩してしまったのだ。俊は飛び出すのが遅くなってしまい、美優に至っては恐怖に竦み上がってその場から動けないでいたのだ。無理もないだろう。あんなにおぞましい化け物を相手にするのだから。
「うおおーー!」
俊のこちらでの記憶は剣士。十歳の頃よりマルティリーゼという流派を学んでいた。まだまだヒヨッコであったが素人よりは十倍は強い。
鍛えられた脚力が彼の体を勢いよく撃ちだし、逞しい腕が振り下ろした鉄の刃は化け物の右腕をばっさりと切り落とした。
「グッボボボボアアア!」
苦しそうな怒っているような二つの感情が混じりあったような叫び声を上げよろめく化け物、切り落とされた腕は掴んでいた男の襟元を握ったまま離そうとはしなかった。
「美優なにしてんのさ!バカー!」
俊一人だけが出てきたことに怒った玲奈が、怒りに任せてその辺にあった石を化け物目がけて投げつけた。石は何故かもう一体のほうの化け物の頭に命中し、そちらは頭から血を流しながら明らかにこちらに怒りを露わにして振り返る。
「やっべ……」
「ノーコンすぎ!」
などと突っ込んでいる場合ではない。剛紀は矢を一旦双胴の方に撃ち俊から牽制させようとすると、そのあとに剛紀がもう一発火球を放つ。今度は背中に直撃をし、化け物は炎に包まれた。
「よし!」
命中に喜んでいる彼に向かって、トカゲ頭の化け物が棍棒を振り上げ襲い掛かってくる。
「マズイ!喜んでる暇ないよ!」
素早くつがえた矢を今度はトカゲの方の膝目がけて放つ。至近距離で放たれた矢は深々と化け物の右ひざに突き刺さり、膝をやられたために化け物はその場に片膝をつくと、矢を力任せに引っこ抜いた。
「うわあ!」
実に痛そうなことをするもんだと剛紀はヒキながらも更にもう一発、今度はもう片方の膝に放った。この距離なら外さないが、今度は弓を引く力が弱かったようで、矢は膝に当たりはしたものの化け物の表面を覆う粘液によって受け流されてしまった。
「キモイんだよこっちくんな死ね!」
玲奈は罵倒しながらも、メイスを振りかざして勇ましく立ち向かっていく。
「こんがりウェルダンに焼いたらあ!」
剛紀は三発目のゾイフォンデを放ち、追い打ちをかける。炎は更に勢いを増していくが、化け物は倒れそうもない。そこに俊が素早く胴体と胴体の隙間を切り上げた。細く小さな内側の腕はいとも容易く切り裂かれると、化け物は互いの体重を支えきれなくなり、外側にしなってしまった。肘から先の無い腕が、空しくもう一度手をつなごうと宙を掻く。
「コンチクショー!」
俊は止めを刺す。別れたところに今度は切り上げたままの腕を振り下ろして切り下げたのだ。双胴の化け物は完全に真っ二つになって地面に臥す。流石に片足ずつでは立ち上がれないようで、悪魔は炎に包まれたまま蠢いていたが、やがて傷口から炎が浸蝕していきいつしか動かなくなっていた。
「やああー!この!死ね!この!」
実に勇ましく罵倒をしながらメイスを何度も力任せにトカゲ頭に振り下ろす。最初はそれを防御していたトカゲ頭だったが、十発ほど受けたところで体勢を変えると棍棒を持っていないほうの腕を強く振るい、玲奈の胸に向かって勢いよく振った。咄嗟のことであったために盾での防御が間に合わなかった彼女は、胸に拳の直撃を受け何メートルも後方に吹っ飛ばされてしまった。もし生身であの攻撃を受けていたらひとたまりもなかっただろうが、彼女はヴァルキリーの鎧によって守られており、体がバラバラに砕かれることだけは免れた。だが、この一撃で彼女は気を失ってしまっていた。
「よくも!」
玲奈がやられたことに腹を立てた剛紀と弘之は、トカゲ頭に集中砲火を浴びせた。トカゲ頭は炎を粘膜で防ぎながら彼らの方に向かって歩み寄ってくる。もうかなり近くにいるため、剛紀は弓から鉈に持ち帰ると両手で力いっぱい柄を握りしめ構えた。構え方は完全にど素人の構えである。
「防御魔法は、ダールゲレン!だめだ、クソ、出ねえ!」
弘之も、自身の前に半透明の壁を創り出す防御魔法を使おうと唱えてはいたが、上手く壁が生成できずにいた。もう弘之の目の前に立ちはだかっていたトカゲ頭は、棍棒を振り上げる。
「あっ」
万事休す、弘之は防御もできずに立ち尽くしていたが、その時唐突にトカゲ頭の胸から鋭い刃の先が、緑色の血と共に現れたのだ。何が起きたのかはわからないが、化け物は振り上げた腕を降ろすことなくその場に立ち止まった。そしてゆっくりと膝から崩れ落ち、膝立ちの状態でこと切れた。
「ま、間に合ったあ……」
「俊!」
トカゲ頭の背後から現れたのは、額に汗をにじませた俊であった。彼は双胴の化け物を倒した後に一度美優のもとに戻り動けそうか確認し、まだ動けそうにないということが分かったところで戻ってみると二人が危機に陥っていたのを目にし、半ば無意識的に走り出すと、剣をまっすぐ突き出して背中を貫いたのだ。
「助かった……」
「お前、見直したぜ」
二人は腰が抜けてその場にへなへなと座りこみながらも、今日のMVPを称えた。




