第七十二話 現実
功のクラスメイトの内、岸本弘之、葛西剛紀、小山俊、田中美優そして中島玲奈の五名はあの後目覚めた地点から、飛空艇キューロンに乗り込むと地上へと慎重に降りていた。地表は上に広がる空間と比べ思った以上に狭く、四連の背の高い山を切り崩して作られた自然の塔状の街であった。そこで得た情報によると、その街は南西の四連都市バイアレストルといい、この山の不思議な力によってこの上方だけの重力は周囲と異なり、巨大な家やちょっとした巨大隕石レベルの物体が浮遊できるのだそうだ。人々はそれを利用し空に住み、飛行可能な乗り物で下と上を行き来しているらしい。
目の前に広がる異常な風景にかなりショックを受けた五人であったが、落ち着いてすこしずつ慣れるように努めることが出来たのは、しっかり者の剛紀のおかげであった。彼はここでリーダーシップを発揮し自身も酷く混乱しながらも四人を上手く統率し続けていた。
彼らはまず世界を理解するために街を歩き回り、二週間もかけこの環境に慣れようとしていた。幸い、転生時にいた家にはこの街のお金は沢山用意してあったため、彼らは衣服や消耗品、食料などを買い込むことが出来たのであった。
そんな彼らがようやく魔王討伐という実に王道RPGらしい目的を思い出した。彼らは悩み、言い争い、怒った。しかし、元の世界に戻るため、光の中で聞こえたこの言葉を聞くと、嫌がっていた者も従わざるを得なかった。この世界が思っていた以上に魅力的であることを理解し始めた頃であったが、やはり戻りたいのである、自分の世界に、自分の体に。
彼らは飛空艇に乗り旅に出ることにした。はじめはゲーム経験者の男子三名の考えで地道に周辺の敵を倒し力を付けることになった。五人は傷つきながらも慣れない戦いを続けた。敵とはいえ、動物たちの命を断つという現代社会に育った彼らには実に残酷な決断を迫られた。できなかった者の代わりに別の者が止めを刺す、彼らの口は堅く結ばれていた。
レベルという概念が当然無いこの世界で、例えるならレベル10くらいになった頃合いであろうか、彼らは遂に外の世界へと飛び出す決断を下した。荷物を整え、食料や水を用意し手に入れた毛皮や角などを売って手に入れた金を元手に装備品を揃えると飛空艇をいつものルートから外れ、山のふもとよりさらに向こうのベルジュバファーダ川の近くの林に船を降ろした。
理由は、川の傍に煙が立ち上っていたためであった。何か事件が起きたのかと思い、船を降ろした彼らは、恐る恐る煙の方へと進んでいった。五人は身を寄せ合い、盾や鎧で防御の陣形を取っている。これは五人の一番の方針である命を落とさないという目標によるものであった。恐らくこの世界でも死ぬものは死ぬ。復活魔法もあるのかもしれないが、少なくとも今そういう高度な術は使えないし、出来ることなら一度も死なないほうがいい。クラスメイトが傷つく姿を見たくない。そのため彼らはこのようにいつ突然狙撃を受けても大丈夫なような構えを見せていたのだ。
「ん、あれ、あれなんだ……」
目の良い弘之が盾の隙間からある方向を指さした。四人の視線が一斉にそちらに向けられる。煙の原因より少し手前に人らしき姿が立っているのを彼らは認めこそこそと話し合いを始めた。
「んー、人間っぽいけど……なんか変だなあ」
どことなくその様子に嫌悪感を感じていた玲奈がそう呟いた。
「どこら辺が?」
と、剛紀。玲奈は根拠は無いけど、と返答した。獣人に転生していた美優は鼻を手で覆うと目を細めて嫌悪感を露わにしており、それに気づいた玲奈がどうしたのと尋ねた。
「臭い……」
「やっぱ鼻いいなあ」
「臭い?そうかな、ただの煙の臭いじゃない?」
そう答えた剛紀に対し、彼女は首を横に振って否定した。
「ただの木とかが燃える臭いじゃないもん。なんか鉄とか、生臭い肉とかそういうのが燃える感じ……」
「や、やめてよ、なんか怖いよ」
彼女の発言に嫌なものを想像した玲奈。続けて俊が何か言おうとしたその時、弘之が彼らを黙らせもう一度先ほどの人影の方を見るように促した。
「なんか持ってる!」
人影は手に何か自分の背丈の半分ほどのものを持っており、それを自分の頭よりも高くに持ち上げると、それはその影と重なり始め、手はどんどん降ろされていった。
「なにやってんだろ」
「さあ」
人影が降ろしてしまった手にはもう何も握られてはいない。それを見て感づいた俊が、予想を口にした。
「何か食べたんじゃないか?」
その言葉に四人は固まる。何か、とは何か。少なくとも、人が何かを食べるにしても、自分の背丈の半分もの大きさのものをああして一気に食べてしまえるものではない。おそらく八十センチはあっただろう。この世界は異世界であるため、そうできる食べ物があるのかもしれないが、ただあまりそういうような雰囲気には見えなかったのである。
「とにかくもう少し近づいてみよう」
剛紀に促され、パーティはじわじわと静かに謎の人影へと歩み寄って行った。時間をかけてようやくその姿が見えるようになったところで、既に見えていた弘之以外は息を飲んだ。
「モンスターだ……」
「ヒッ……」
「コワすぎでしょ……ヒクわあ」
「やべえ、めっちゃこええわ。帰らね?」
「ダメだ……」
そのモンスターの姿は、今まで亜人やエルフのようなもの、動物くらいしか目にしてこなかった彼らには目新しく、そしてあまりに恐怖をそそる出で立ちをしていた。その恐ろしさに時間差で悲鳴を上げそうになった女子二人を弘之と俊で口元を押さえなければならなかったほどであった。それほどに恐ろしい見た目をしていたのである。既にヘクゼダスの物語を読んできた皆さんは察しているかもしれないが、今彼らの目の前にいるのはサイカロス、悪魔の一族の一体である。大きなトカゲの頭にぬめった濃緑色の体、二又の尾はとても骨ばっていた。
「マジやべえよ……帰りてえよお」
泣き言を漏らす俊に、弘之は脛を小突いて黙らせる。
「シッ、静かに……もう一体来た」
剛紀の指摘通り、向こうからこれまた恐ろしい見た目をした悪魔がのそのそと現れたのである。悪魔は赤黒く、下半身は一つだが腰から左右に胴体が二つ、頭も二つ。だがそれぞれの腕は外側だけが長く、内側の腕はまるで赤ん坊のように小さくその上それらは互いに手をつなぎ合っていた。しかも日本で言う恋人繋ぎで。
二度と恋人繋ぎをしたいなんて思わないと玲奈が決め込んだ一方で、五人はその新手が右腕に何かを引き摺っているのにも気づいていた。それを見た五人は目を見張る。
「だずげで……や、めでえ……」
俊と美優にはその言葉が理解できた。涙と鼻水に顔を濡らして命乞いをしているのはどうみても人間である。若い人間の男は、傷つき汚れており、最早抵抗すら出来ないようで、悪魔が立ち止まって何やら会話をしている間でも、腕一本動かさず、襟元を掴まれたまま地面に寝そべっている。
「た、たす、助けなきゃ……」
震える声でそう提案した俊に、弘之が否定する。
「馬鹿言え、あんなんぜってえ勝てねえよ」
もっともな意見に、玲奈が反論する。
「でも、これ例えるならゲームの序盤なんでしょ?なら敵が弱いってのもよくあることなんでしょ?」
「でも、あれのどこが弱そうなんだよ。ヌメヌメトカゲは三メートルはあるし、合体悪魔だって二メートルはあるぜ」
恐怖で足がすくむ。助けなければいけない、こんなところで立ち止まって戦いを避けているようでは魔王討伐なんて到底出来っこない。ならばここで二体くらい倒さねばならない。恐らくここで見て見ぬふりをすればあの男はモンスターに食われてしまう。それを見過ごせるほど、彼らは臆病者になり果ててはいなかった。




