第七十話 The Scarface
まんまと罠にかかり大爆発に飲みこまれた第十一突撃部隊の悪魔たち。その場にいた者は皆逃げることも守ることも間に合わなかった。爆心地にいたヘクゼダス、ガイウスト、キウヴォッカルはどうなったのだろうか。それは爆風により巻き上げられた土埃が止むころに判明する。
テント周辺の地面は大きくえぐられており、その場にいた悪魔の内十体は跡形もなく消し飛んだ。それらは複数ある爆心地に運悪く立っていたか、もしくは体の比較的やわらかい者たちであった。そうでない者たちも、体の半分近くを失ってなお生きている者もいたが、当然のように耐えがたき苦しみに血反吐を吐いていた。
「なんと、いう……」
幸運にもテント周辺におらず、周囲を偵察飛行していたため、地面に落とされる程度で済んだコッフェルニアが、テントのあった場所に駆け付けその光景に言葉を失っていた。ここにいた悪魔たちは転送されてきた部隊の七割に達するはずだ。それが今はどうだ、何もないではないか。生き残った者たちも人間なら確実に死んでいるような損傷を受けており、あの爆発の威力を物語っていた。ただの人間の仕掛けた爆薬による爆発ならここまではいかない。つまりこの爆発は呪術によるものとしか到底思えないのだ。
「ヘクゼダス、ガイウスト!キウヴォッカルよ!」
見知った悪魔の名を呼ぶ。
彼らは一体どこへ。彼は地面に降り立つと、触角を使い彼らの位置を探る。反応は三体とも確認でき、彼はホッと胸を撫でおろす。生きているならばまだどうにかなるはずだ、損傷の具合によるが修復槽にぶち込めば時間はかかるが治るであろう。
「キウヴォッカルか」
彼は一番近くの反応に近づき、地面に転がっている黒く長い塊の下にしゃがむ。黒焦げの表面のところどころに彼女の黄色い肌が見え隠れしており、この特徴的な体もドルゴームのものだ。この部隊にドルゴームは彼女しかいない。
「生きているな」
そう語り掛けると、顔の右半分が吹き飛んだキウヴォッカルの残り半分が微かに動いた。美しかった彼女の面影も今となっては見る影もない。顔だけでなく右腕を失い、体の右側を大きく失っているため彼女の体からは内臓が流出していた。思っていたよりも重いらしい。このままでは彼女は一時間ともたない。
「レガーラヴ」
コッフェルニアが呪文を唱えると、彼の手から放たれた術は彼女の内臓を地面から拾い上げ元の位置に押し込むと、再び飛び出してしまわないように肉の代わりとなって蓋をする。これならばいくらかは。
続いてガイウストの元へと駆け寄る。もしかすると彼女のようにあとの二人も危険な状態かもしれないからだ。ガイウストはすぐにみつかった。彼は体中にテントの建て材を突きさされながらも生きており、弱った彼は座ることもままならず横たわったまま静かに息をしていた。彼の黒い毛並みのせいでいまいちどこが焼けているのかわかりづらかったが、焼けている部分は毛がチリチリになり大きな面積で皮膚ごと毛がむしり取られてしまっていたため、怪我の場所が分かった。
「トーテリヒ・サルカムナン、ザキリー」
ここでは二つの術をかける。前者は彼の焼けた器官を治す術、もう一つは呼吸能力を上げる術。ガイウストの一族は呼吸が重要で、呼吸をしっかりすることにより不思議と怪我の治癒が高まるのだ。他にも恩恵はある。
「耐えろ」
そう言い残すと最後の一人、ヘクゼダスを探しに行った。彼は少し遠くに飛ばされてしまったらしい。こちらも先ほどより弱っているようだが、遠くまで飛ばされているにもかかわらず未だ生きていることに、彼の生命力の高さに舌を巻く。
「いたな、恐らくあれだろう」
彼らしきものを見つけたコッフェルニアはゆっくりと降下していくが、正直言って彼と考えてよいのか判断をためらっていた。触覚は確かに彼の臭いを検知しているが、目で見る分には彼とは判断しずらい。
何故なら彼の損傷は三人の中でも一番ひどかったからだ。
まず彼の特徴的な白く硬い顔面は失われ、焼けた肉と頭蓋骨とが完全に露出してしまっている。目玉は片方だけがかろうじて残っているようだが、果たして見えているのかどうかすらわからない。体も肩甲骨辺りから両腕を失っており腹部には直径ニ十センチほどの大穴と右の脇腹に深くえぐり取られた跡がある。内臓はおおよそ無くなっているようだ。運よく心臓は一つ残っていた。彼の心臓は三か所にあったが、一つは消滅、もう一つは爆発により破壊されていた。一番大きな心臓は体のどの部分よりも強固な骨によって守られていたため無事であった。ちなみに心臓がない悪魔は当然沢山いる。足は右脚が完全に失われているが左脚なら膝から上が残っていた。だがそれでも肉は完全に喪失している。
「ヘクゼダス」
呼びかけてみるが、ピクリとも動かない。彼はどの術をかければいいのか決めあぐねていた。何せここまで酷いと、上位に来る処置がわからないのだ。
「コッフェルニア」
背後から彼を呼ぶ声がする。振り返ると体中棘だらけの悪魔が立っており、その悪魔も爆発の被害を受けたのか百本くらいは棘が折れてしまっていたが、これくらいなら大丈夫なようだ。
「トーライゼ。回収班を呼んでくれ。私は他の者を見て回る」
棘の悪魔トーライゼは頷くと、四本の腕を天に高く上げた。これが彼の交信のポーズである。彼は遠くの悪魔とこうして交信することができるのだ。
「………………そうだ」
そのままの体勢で彼に伝えることを思い出したトーライゼは、コッフェルニアに伝える。
「キウヴォッカルが死んだ」
「……わかった。私が伝えよう」
コッフェルニアは頭を抱えた。いったいこの状況で誰に彼女の死を伝えようというのだ。見ての通りヘクゼダスとガイウストはそのような余裕はない。彼女の親類であるサイカはいまだ固まったままだ。ドルゴームの知り合いなど二体のほかに知る由も無かった。
「来るぞ」
彼女が回収班が転送されてくることを伝える。
「ジャイクレアド」
試しに肉体回収の術をかけてみたが、集まったのは小石サイズの骨片と肉片くらいで、最大でも指一本程度のものしか集まらなかった。ヘクゼダスは体の殆どを新たに構成する必要がありそうだ。間に合えば、の話であるが。
彼は先ほどの宣言通り、他の悪魔たちの様子を見に行った。しかし生きている者はかなり少なく、助かったものもほどなくして息絶えていった。この爆発によって第十一突撃部隊の悪魔の内九割が命を落とし、残り一割も重傷を負っているものが多かった。テント周辺に近づかなかった無傷の悪魔たちはコッフェルニアを含めて僅かに二体であった。
「これは酷いですねえ」
状況を知らされるや否やフィーリアを捕まえて回収班及び医療班と共に転送してきたヴェッチェが、その光景を見るなりそう口にした。何において酷いと口にしたのかはわからないが、まず彼女が悪魔たちの怪我や亡骸を見て悲しみをもってそう言ったのではないであろうことは予想できる。
「コッフェルニア、出頭いたしました」
跪いて彼女に挨拶を述べるコッフェルニアにフィーリアが言う。
「フラー様はヘクゼダス様にお会いしたいとのことです」
「こちらです」
彼は立ち上がると、二人の肩をつかんで飛翔する。二人をぶら下げたままコッフェルニア低空飛行でヘクゼダスの倒れている場所まで飛行すると、慎重に二人を降ろして彼もその隣に降り立つ。
「よくあれで生きていたものです。キウヴォッカルですら死んだというのに、ヘクゼダスは彼女よりも重体であるにも関わらず」
そこまで言ったところでヴェッチェは話を制すると、転がるヘクゼダスの下へと歩み寄った。
「しぶといですね。貴方が死ねば私もこの任務から解放されたものを……」
トーライゼ:人型で四本腕、体中に無数の棘を生やしたサイカロス。人格は一応女性。身長は1m60cm。




