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第七話 ニフェリアル・シラバルサンサ・ピレイマ

 ヘクゼダスとヴェッチェはギゼと分かれ、廊下を再び歩いていた。相変わらずすれ違う魔物たちの視線は突き刺さり、今にも八つ裂きにされるのではないかという恐怖に駆られていた。今ならインプにもやられそうな気がする。やがて自室に近づき彼は部屋に戻ろうとしたが、ヴェッチェはそのまま扉を通り過ぎてしまった。

「あれ?戻るんじゃないの?」

 彼女は立ち止まることなくこういった。

「これから躾を始めます。ついてきなさい」

「あ、もうなんだ」

 躾といわれると犬みたいに扱われているようで良い気分はしない。マゾヒストなら興奮材料となるのかもしれないが生憎そんな性癖は持ち合わせていなかった。せめてまだ美女ならいいが、こうもあからさま化け物じみた見た目をしているとどうもそそらない。中にはこういうのに燃えるのもいるのだろう。人外娘とかいう奴か。

「今日はまず簡単に歴史を教えます。覚えなさい」

「はいはい」

 歴史、考えたことはなかったが、当然この世界も何千何万という年月が過ぎて歴史を紡いできたのだろう。ファンタジー世界といえど、過去がなければ今もない。当然こんな城もないだろう。しかし一体どれだけの歴史があるというのだろうか。元の世界の歴史はどれくらいだっただろうか。もう少し真面目に授業を受けていればよかったと後悔した。だが、そんなものこちらで生きていくには不要なのだ、と彼は勝手に合点し正当化してしまった。こういうところが彼が他の異世界転生主人公のようにうまくいかないことの原因なのだろう。しかしそんな彼らもまじめだったのかというとはなはだ疑問なのだが。

「ここです。ここを下ります」

 右折し、下へと続く階段を下りていく。地下へと続く階段といえば狭そうなイメージがあるが、案外広々と取られており、巨躯である彼も窮屈な思いをすることなく悠々と侵入することができた。

 中は先ほどまでとは違い、窓はなく一定の間隔で設置された松明の明かりだけが階段を照らしている。まさに悪魔城といった雰囲気を醸し出している。こすれるような音と、爪が石にぶつかる音が何度も反響している。彼は自分も悪魔だということを忘れ、恐ろしい雰囲気に慄いていた。やがて階段も終わり二人は重そうな鉄格子の扉に立った。隙間からは広い部屋と机、それにたくさんの本を収納した本棚がいくつも見えた。甲高い金属音を軋ませ二人は中へ入る。

「そろそろ換え時ですね……ガタが来てる」

 大きな目を細めて扉を小さく何度も開閉させながら彼女はつぶやいた。

「閉めなさい」

「あハイ」

 ヘクゼダスは扉を閉める。

「ではまずこのニフェリアルの成立をかいつまんで話しましょうか……これがいいでしょうか」

 ヴェッチェは何やら本棚の前でうろうろすると、2冊の重たそうな本を取り出し、近くの机にそっと置いた。こういったものは大概タイトルも読めないくらい埃が積もっているのだが、思いのほか綺麗で、というより全く埃のない状態であった。彼がそう思っているのに気づいたのか、彼女はその理由を教えてくれた。

「エッゲガラ、先ほど話しましたね。ああいう雑用のための者には、物を傷つけることなく埃を掃除する役目を持つものもいます。書物は重要ですからね、特に丁寧に扱っているのです」

「意外。悪魔ってもっと蜘蛛の巣とかだらけの場所で暮らしてんのかと思ってた」

「人間界での我々はどういう見られ方をしているのかわかりましたね。我々は綺麗好きなのですよ」

 これまた意外なことである。ファンタジーで語られる悪魔とはイメージが若干変わってきた。先ほども、廊下を歩いているときてっきり元人間だとか新入りだとかでくってかかられると思っていたのに、そんなことはまったくなく、それどころか全く口喧嘩の一つさえ目にしなかった。じゃあ皆が抱いていた悪魔のイメージはいったい誰が作り出したのだろうか。

「悪魔、というのは気にかかりますが、まあ聞かなかったことにしてあげます」

(悪魔もダメなのか。まあ悪って入ってるし悪魔からしたら気分のいいものじゃあないのかもな)

 ヴェッチェは一冊目の表紙を開く。

「それでは長くなりますよ。眠ったら腕をもぎますからね。ん、ではニフェリアル、それは我々が住む世界です。最初は旧世界、正しくはシラバルサンサ。そしてピレイマ、これは人間の言う神の住む世界、この二つが存在しました。この二つは決して交わることなく、そして今もほぼその状態が保たれています。かつてエッシャザール皇帝陛下はピレイマにお住みになられていらっしゃいました。ええ、神の一人でした。ある時陛下は神の命によりシラバルサンサへとお降りになられ残忍なクスティマ族を裁こうとされました。この時陛下は四人の僕をお連れになられていました。クスティマ族はかつてシラバルサンサに生息していたヴァルフェグ族の一つで、毎日十人の生贄を、内臓をまき散らして殺すような下劣な生き物です。陛下はクスティマ族の長を捕らえようとお力を振るわれようとしたその時、突如ピレイマより一筋の閃光が陛下のお体を貫いたのです。そう裏切りです。神々の裏切りによって力を失った陛下はクスティマ族の儀式によって生贄となります。おいたわしや……ですが陛下はその程度ではお斃れにはなられていませんでした。残っていた力を使いクスティマ族を道連れに周囲の空間をお体に取り込まれたのです。クスティマ族の命と力を元に陛下は力を取り戻され、ピレイマに復讐を誓われました。しかし陛下と四人の僕では到底ピレイマの神々にはかないそうもなく、そこで得た力を使いもう一つの新しい世界をおつくりになられたのです。そう、それが今我々が住むニフェリアルです。そして四人の僕の体のそれぞれから新しい僕をおつくりになられました」

 ここで一旦話を止めると、ヴェッチェは首を回して体を解した。パキパキと骨の両腕が鳴る。

「質問、いいすか?」

 恐る恐る、彼は手を挙げて尋ねた。

「ええ」

「皇帝陛下は一度もピレイマ?に攻撃してないんですか?」

「なさって、です。……それはこれからお話しします。では続けましょう。ニフェリアル創造から2800年、陛下はついにピレイマ侵攻を決断されます。しかしここで薄汚い卑劣なピレイマと裏切者の手によって挫かれます。四人の僕から作られたうちの二人、シウとクーベチュが内通していたのです。それをご存じでなかった陛下は敵の手によって190万の軍勢の殆どを失われます。ああ、憎い……。そして陛下御自身も深手を負われ、止むを得ずピレイマ侵攻を断念なさいました。それだけでなく同時に五組もの陛下討伐に来た人間たちの集団が更なる追い打ちをかけたのです!卑劣!きわめて下劣!まあ傷ついたお体でも一瞬でゴミどもを血祭りにあげられた陛下は傷をいやし、そして軍団の再建のために再びニフェリアルへとお戻りになられました。それからおよそ十二万二千年の時が経ちました。本来ならその十分の一の期間で再侵攻もかけられたそうですが、神々の指図で勇者を名乗る人間どもが軍団を殺したりし続けたもので、中々数を安定してそろえることができなかったのです。それが再建中の今です」

 恐らく彼女は随分とかいつまんでくれたのだろう。その証拠に今の話だけでも二十センチはあろうかという本の最後のページを今彼女は開いていた。しかし、十二万年もの歴史があるとは思わなかった。しかもそれはこのニフェリアルというこの世界だけのことで、ピレイマのことも含むと更に長い歴史があるのだろう。

「ちなみに裏切者は処刑中です」

 今さらっと引っかかる言葉を彼女が口にした。どういう意味だ。

「ああ、裏切ったシウ、クーベチュは十二万二千三年間ずっと処刑が行われています。私はそのうち百九年と四日処刑の任についていました」

 背筋に冷汗が流れるのを感じた。少なくとも彼女が百九年は生きていることも衝撃だが、そんなことはどうでもいいと思えるような、言葉にできないおぞましさをこの世界に感じていた。

「ずっと?」

ええ、と彼女。

「裏切者の二人は無限の空間の中で破壊と再生を繰り返されます。千五百年かけて最高の痛みを与えられ続け、体が滅びる前に体を完全な状態へと戻します。再生がすむと再び千五百年かけて破壊されます」

「ですから、あなたもそうなりたくなけれな裏切るような真似は決してなさらないよう」

 そういっておどけて見せた彼女の顔は、まったくもって笑っていなかった……

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