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第六十九話 Trick on Trick

 一時間ほどでミンガナス軍司令部テントにまでたどり着いた悪魔たちは、我先にとテントに殺到した。バリケードはあっという間に打ち砕かれ、閉じられた入り口はあっけなくぼろきれのように切り裂かれ雪崩れこんだ。誰が敵将を討ち取る名誉を手にするのか。

 しかし、悪魔たちは動きを止め辺りを見回した。

「なんで誰もいない」

 ユデュメシが呟いた。彼らの視線の先には空っぽの司令部の地図台があり、周辺に乱雑に散らばったままの鉛筆やらなんやらを見るに、大慌てで逃げ出したのだろう。それもそうだ、既に悪魔たちがここに来ることはわかっていたのだから、どっかりと座って待ち構えるなどという馬鹿な真似をするはずがない。当然司令部をどこかに後退させたのだろう。文字通り人っ子一人いないテントで、悪魔たちはやる気をそがれたのかその場に座り込んだり、怒りに任せ椅子を地面に叩きつけたりしていた。

 なにやら様子がおかしいと遅れてテントに入ったヘクゼダスとガイウストは、ケルヘムタウという真鍮でできたカマキリの悪魔から話を聞き、顔を見合わせた。

「どこに行ったんだ」

 ヘクゼダスは、このあたりの地理には疎いのでガイウストになんとなく尋ねてみた。だが彼も同じようで首を横に振って返す。

「つまり、あの人間どもは何もないものを守って死んだってのか」

「ああ、そうさ。戦いなんてそういうことよくあらあ。俺たちサイカロスにだってそういう作戦はよくある。まさか死んだこいつらは自分たちが時間稼ぎに使われただけだとは思わなかっただろうがな」

 そう言いながら、彼は足元の兵士の体を足で押した。頭の上から半分を失ったその死体は、口をあんぐりと開けその向こうに本来見えるはずの口蓋ではなく真っ赤な地面を映していた。

 まだ温かみのある椅子を触りながらヘクゼダスは聞く。

「普通の人間でも転送呪術は使えるのか?」

「俺の知ってる限りじゃあ、まず無理だな。人間は王宮でそういった能力のある術士を抱えていたりはするらしいが、ミンガナスについては知らん」

「そうか」

 集団で転送してしまったのなら追うことはまず無理だが、もし足で逃げているとしたら追いつける可能性も十分にある。彼らはあまり早くは動けないであろう。馬を使っている可能性もあるが。

「ふうん……」

 尾はあるが羽はない彼では飛んで上から探すことも出来ないが、他の悪魔には羽があるものもおり、彼らに探してもらえば見つけられる可能性はある。

「あらあら」

 キウヴォッカルもようやくテントに入ってきて、開口一番おっとり系お姉さんキャラ鉄板の台詞を口にしたので、ヘクゼダスは思わず吹き出しそうになった。彼女にそんなキャラはあまり感じられなかったところに不意打ちでそうきたものだから、彼は口を押さえ咳き込むふりをして凌ごうとした。

「あらあ、笑った?」

 速攻でばれた。

「うぐっ、ふ、いや、気管支に唾が、入っちゃってね。ほらよくあるでしょ」

「そうかしらん……ま、いいわ」

 ごまかしきれたような気がしないが、彼女もそれ以上追及する気もないようなので、墓穴を掘らないように黙ることにした。彼女は一通りテントの中を見て回ると、中央の部屋の真ん中に不自然な点があることに気づいた。そこには豪華な赤色の絨毯が敷かれており、その上に立派な地図台が置かれている。

「何がおかしいんだ」

 ガイウストは何も変わったところなどないと言ったが、キウヴォッカルはそれを否定すると、ほぼうつぶせのような状態になって絨毯のある一角を指さした。

「ほら見て、ここくらいしかわからないけどこの絨毯微妙にへこんでないかしら?ここ」

 と、彼女がそう言いながら指さしているのを真面目にみているのはガイウストだけで、ヘクゼダスはというと、うつぶせになって形を変えている、絨毯と彼女の体に挟まれた豊かな胸に目線が釘付けになっていた。絨毯を見ているふりをしつつ目は完全に彼女の胸を見ている。

「ヘクゼダス、聞いてるの?」

「えっ、あっ、ハイハイ絨毯ね。聞いてるよ聞いてる」

 慌てふためいて笑顔でそう答える彼の不自然さに、彼女は目を細めると再びうつぶせになって同じ場所を指さした。

「なんでだと思う?ここに重いものがさっきまで載ってたからよ。例えばそう、この台とか」

 そう彼女は真横にある台を指さした。

「だったとしたらなんなんだ」

 ガイウストの意見も最もである。台くらい動かすことなんてあるだろう。ヘクゼダスもとりあえずよくわかっていなかったが頷いて見せた。すると彼女はあきれたと言わんばかりにため息をついて二人の頭を叩こうとしたのだが、サイカよりも少し小柄な彼女の腕ではヘクゼダスの頭には届かず、仕方がないのでガイウストの頭とヘクゼダスの腹をノックするように叩いきながら馬鹿にするようなことを言う。

「全く、貴方達の中身は魂しか入ってないのかしらねえ。ヴェッチェ様がお嘆きなさるわあ」

「てめえぶち殺すぞ」

 とても犬みたいに牙を剥きだしにして唸りながらガイウストが怒る。彼の顔の中央に集まる皺を触りたちと疼くが、腕を食いちぎられたくはないのでグッと堪えてされるがまま腹をノックされていた。

「ホラ、見て?わざわざこんなもの動かすと思う?」

「そりゃあ、まああり得るんじゃないのか」

 ヘクゼダスの発言に、再びため息をついたキウヴォッカルはじれったくなって尋ねるのはやめ答えを言うことにした。

「逃げる直前に動かしていったのよ。何か下にあるからね!」

 そこまで言われてようやく理解した二人であったが、それよりも彼女が初めて見せる怒りの表情のほうが少し驚きの度合いが強かったことを顔に出さないようにした。また怒られるのは嫌だ。

「じゃあどけてみるか」

 と、ガイウストが両手で台を握ると、一人で持ち上げて動かしてしまった。人間であれば六人くらいは大の男がいるんじゃないだろうかというものを。

「はい」

 促され、ヘクゼダスも絨毯を引っぺがす。

「あ、ヤバ」

 キウヴォッカルが呟いた理由は、絨毯を剥がして出てきたものの正体に気づいたためであった。剥がしている途中でそれが爆発術のセケレヴィジャカイアだと感づいたが、時すでに遅し、彼女が止めようと考える間もなく彼が絨毯を剥がしてしまい、その途端術は発動した。

 大爆発、大爆発を起こすトラップの術が絨毯の下には仕掛けられており、その術が発動すると同時にそれに呼応してテント内に仕掛けられた爆発術が一斉に起爆した。その一帯の地面を大きく揺らす爆発が起き、周辺の木々はなぎ倒され術を描かれた地面は深くえぐり取られてしまった。

 そこから少し離れた場所でその爆発を聞いた者たちが。

「ううお、なんとも巨大な爆発だな」

 煌びやかな鎧に身を纏った人間の男、そうそれはミンガナス王国の国王エリオムス三世その人であった。ヘクゼダス達が司令部前に転送されてくる一時間ほど前、彼らが急襲してくることを知らされた人間たちは、部下たちに気取られぬよう、しかし迅速に撤収準備に入り、その上まんまと爆発魔法を仕掛けて逃げおおせていたのだ。ここに関しては、完全に悪魔たちの敗北と言えよう。エリオムス三世は大きく高笑いすると、横を歩くある男を褒め讃える。

「いやはや、貴様が知らせてくれなければ予は悪魔どもの餌食となっておったわ。しかしそれも貴様のおかげで助かっただけでなく、一泡吹かせてやれるとはな!アッハッハッハ!」

 褒められた男はにっこりと微笑んで謙遜をすると、またもや王は笑って彼の肩を叩いた。男は帽子を触って空を見上げてこう言った。

「伊達に不思議人とは言われていませんよ……」

どこかにサイカなどの年齢を書いたような気がしたのですが忘れました。

ヘクゼダスの身長もところどころ変わっているかもしれません。

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