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第六十八話 撃滅

「おらあ!」

 ヘクゼダスの掛け声とともに振り下ろされた斧は、十人目の頭を砕いたところで柄からへし折れ、あらぬ方向へと飛んで行ってしまった。彼は舌打ちをし不機嫌そうに足元に斃れた死体を蹴り捨てると唸り声を上げながら新たな集団へと突進する。もう数百人も殺害されている精鋭部隊は、既に戦意を喪失しており戦列を離れ逃亡する者もちらほらと見え始めた。そんな臆病者を見て部隊長たちは始めはその場で切り捨てていたのだが、それをやっている間は愚かにも背を悪魔たちに向けることになっていることを彼らは忘れていた。背を向け逃亡者を処罰しようとしたところで、部隊長の頭が泡のようにはじけ飛んだ。脳、血、肉、骨が辺りに飛び散り、頭を失った体はその場に倒れてしまい体の一部は痙攣していた。部隊長がやられたとみるや、堰を切ったように逃亡者が増えた。戦いの最中というのに逃げ惑う彼らを目に悪魔たちは首を傾げてどうして逃げるのだろうかと純粋に疑問を抱いていた。

「そりゃ逃げるだろ」

 ようやく意識がはっきりとし出したヘクゼダスが、呟いた。仲間が惨殺されているのだ、しかも敵は異形の悪魔ときた。普通の人間よりも目に見えて恐怖というものが分かりやすい。しかし、それでもやけに人間たちの士気が低いことにヘクゼダスも違和感を覚えていた。彼らが特殊な部隊だというのは、中心部を守っていることと、今まで相手にしてきた兵士よりは衣装が少し凝っているためになんとなく察してはいた。

 つまり彼らは司令部を守る精鋭なわけで、士気も特別高いのが当然であろう。だが彼らはその逆で今まで戦ってきた一般兵たちの方がむしろ士気が高かったようにも思える。

「オエッ、鉄だ」

 兵士の頭を丸かじりしているガイウストが、悪態をつきながら口から血の塊を吐き出した。吐き出され地面に転がったそれには、血の中に鉄片のようなものが紛れていることから、兜の破片でも間違えて一緒に口にしてしまったのだろう。食事を再開したガイウストが今食べているところに皺のよったピンク色の塊を見たヘクゼダスはえずいて目を背けた。

 ヘクゼダスは、意識がはっきりしている時や平時、戦いの中でもふと冷静になった時には元の人間の感覚が支配しているが、興奮状態の時や先ほどのようにぼんやりとしている時は、自分ではない自分が体を動かし、見聞きした物事を処理しているような気がしていた。それを彼は気のせいだと自分にいい聞かせていく。

「兵士の士気が低いのは、指導者が愚王であるかあるいは下々にも目に見えてわかるほどの敗北が待っているかのどちらかだろう」

「ああ、なるほ」

 口調からしてコッフェルニアだと思い振り返ると、おどろおどろしい姿をした化け物が立っていたため思わず彼は悲鳴を上げて十センチほど跳びあがると、着地できずに地面に倒れこんだ。彼の反応を見てその悪魔は何をやっているのかと手を貸して彼を立たせようとする。

「お、えっ、あっ、ありがと……」

 物凄くスプラッター映画のようなおぞましい見た目をした手を差し出されたものだから、その手を握るか躊躇したが、それも流石に失礼が過ぎると考え、握り返して引っ張り上げてもらった。その手は思った通りぬめっており、気持ちの悪さにしばらくヘクゼダスは右手を震わせて動かせなかった。

「だ、誰だよ」

「俺はグーラン。よろしく」

 と、彼が名乗った直後に彼の頭に矢が一本突き刺さった。耳の真横で空気を切り裂く音を聞いたヘクゼダスは目を丸くして固まったが、脳天に矢を受けた当のグーランは瞬き一つすらせずに矢が刺さったままなんの反応も見せなかった。

「おま、お前、頭」

 そう言って自分の頭を指して矢が刺さっていることを伝えたが、グーランは意に介した様子もなく抜こうともしなかった。

「痛くないのか?」

「ああ」

「たまげたねえ」

 痛覚がないのは羨ましいことだと表を向き直り、身を屈めた。まだそれなりに戦いを続けている人間たちはいるものの、やはり当初の待ち伏せの時の威勢と比べると実に情けなく頼りない防衛線であった。

 グーランは彼のように身を屈めることもなくそのままヘクゼダスに話かけていた。

「敬うに値しない王か、討ち取るにしても価値がないものだ……」

 そう声のトーンを落とし気味に言った彼に、ヘクゼダスは答える。

「でも、王だぜ」

 そうだな、とグーラン。グーランにはそれでも腑に落ちないところがあるらしく、少し面倒くさそうに前方に向かって体から噴き出させた緑色の粘液の玉を連続で放っていた。粘液を喰らった兵士は、当たった場所を中心に見る見るうちにどろどろに溶けていく。その溶け方は塩酸をかけたような溶け方ではなく、チョコレートを湯せんにかけたようなそんな溶け方であった。それを見たヘクゼダスは空気を吸い込むような悲鳴を上げると、先ほど握手した手を必死に地面にこすり付けた。

「これは違う」

 そんな彼の醜態を見たグーランが言う。

「これは別の体液だ。いつも出しているのは保湿用のものだ。何分俺は皮膚がないんでな。こうして体を守らなければいかん」

「そうか、なるほど、よかった……」

 ひとまず安心し、体勢を低くしたまま前進する。

「後ろに気を付けろ。サイカロスでも当たれば同じだぞ」

「滅多なこと言うんじゃねえよ!」

 誤射でもしないだろうかとおびえつつ、彼は進んだ。グーランはその場で一歩も動かずに粘液やらなんやらを放出し続けていた。五十メートルも離れるころには、彼の体にはいくつもの矢が刺さっており、いつ抜くのだろうかと思いつつ別れの言葉も交わさないまま彼とは別れてしまった。

 ガイウストは別の方へと言ってしまった。キウヴォッカルはそもそも反対方向。コッフェルニアはどこだろう。わからない。転送の時から一度も目にしていないのに、これだけ会わないとなると、若干不安を覚えるというもの。まさか死なないだろうと思いつつも、フラグを立ててしまった気がすることに後悔したが、してしまったものが仕方がない。彼は他の名前も知らない悪魔たちの後を追いながらテントの方角へと進んでいった。

 悪魔たちの輪が、セルバニオの森の一角から広がっていく。その輪は悲鳴を共に森を血で濡らしていった。人間たちにとっては悪魔の狂乱も、悪魔にとってはただの火遊びに過ぎない。それが例え大勢の味方の命が、自らの命が失われるようなものであったとしても。悪魔は、悪魔であった。

 


 同時刻、ニフェリアル各所から集められた大小様々六百もの悪魔がマヨルドロッタ城内にある転送陣よりとある場所に送り込まれた。それは人口二十万を誇るミンガナス王国の首都セキアノであった。セキアノの中の一番活発なエリア、ダモス市場に突然おびただしい数の悪魔が出現したその阿鼻叫喚の様子は容易に想像出来よう。しかも運の悪いことに、この日は市場に大勢の他所からの商人が集う日でもあったために、更に被害は増してしまった。

 老婆が頭を砕かれたのを皮切りに、大虐殺が始まった。血の池地獄すら生ぬるい、閻魔大王も裸足で逃げ出す凄惨の光景が広がる。六十メートルはあろうかという巨大な悪魔が足で礼拝堂の尖塔を蹴り飛ばすと、レンガと漆喰造りの建造物の一部は大きく空を飛び、先端は城の中心部、玉座の間に落着した。その距離実に五百メートル。その悪魔は人間も建物も意に介さずに城に向かって歩き続けた。人がその足に潰され地面に張り付く。そのあとを悪魔たちが行進で続く。死の百鬼夜行ここにあり。

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