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第六十六話 サンキュー

 ミンガナス王国では、熾烈な猛攻の末悪魔たちの防衛戦を次々と突破、最早城まであと十キロというところにまで猛進撃に沸いていた。随分と苦戦と犠牲を強いられた戦いではあったものの、ようやく大きく戦局が動き始めたことに、王を始め司令部では安堵の声が上がっていた。

 これならば開戦しばらくずっと怒り心頭であった王の顔に笑顔が戻るであろうと。

 もちろん、この人間の快進撃は悪魔たちによって仕組まれたものであった。数を減らし補充人員が減ったところに急速に戦線が前進、最前線と後方では最大で六十キロもの隙間ができてしまっていた。彼らは勝利に逸り、自分たちが孤立しているということに気づいていない。悪魔たちに弄ばれているということに。しばらくの間彼らには楽な戦いが続くであろうが、司令部が落ちたら最後、一転して起きるのは地獄ですら天国に思えるほどの惨劇である。誰一人として生きては帰るまい、そして残されたミンガナスに住まう女子供老人すらも、生きては……

 


 ヘクゼダス達は治療所で急速治療を応急処置として施されてすぐに休む間もなく戦いへと駆り出される。

 


 かくして召集された第十一突撃部隊の面々は、あのゲームやらアニメやらでよく見るような巨大な魔法陣の中に立っていた。直径はおよそ三十メートルそこらはあろうかという巨大さだ。模様も決して大味にはなっておらず、その細部外郭に至るまで細かく模様と悪魔の言語が刻まれていた。魔法陣が紫にほんのり灯り始めた頃、ヘクゼダスは隣のキウヴォッカルに魔法陣について尋ねた。

「この魔法陣はすごい奴なのか?」

「魔法陣?……あ、セケレヴィジャカイアのことね」

 セケレ何なのかはいいとして、魔法陣という言葉は通じないらしい。通じる言葉もあれば通じない言葉もある、奇妙な世界だ。

「ん~、まあそれなりってとこかしらん」

 それなり、この規模で。こんなの描けと言われても、十年位はかかりそうな気がする。

「どういう意味とかあるのかこれは」

 そう言って適当に足元の三本指の腕に茨が巻き付いた模様を指す。するとキウヴォッカルは首を横に振って驚きの言葉を述べた。

「これただの飾りね。描いたやつの趣味でしょ。別に意味なんてないと思うケド」

「飾りってのかよ。これで。はー暇人、いや暇悪魔だねえ……」

「これだけの数一気に転送させる分大きく描かなきゃいけないからね。規模は変わっても描く内容ってそこまで変わらないの。だから大きくなるとその分余白が増えて寂しくなるからじゃないのかしら」

「へえー」

 ちょっと感動して損したと思うヘクゼダスであった。

 彼はキウヴォッカルにちょっと、と断りを入れるとひしめく悪魔たちの体をかき分けてガイウストのもとへとむかう。用はただ一つ、サイカのことを尋ねるためだ。結局あの後キエリエスのことやティリスのことではっきりさせることが出来ないままサイカはいずこかに運ばれ、自分はこうして召集を受けてしまった。

 ヘクゼダスがみえる前に既に臭いと気配とで気づいていたガイウストだったが、わざと気づいていないふりをして他所を向いていた。

「なあガイウスト」

 声をかけると彼は耳すら反応もさせずに聞いているのかすらわからなかった。仕方なくヘクゼダスはそのまま話し出す。

「キエリエスじゃなかった、サイカは結局どうなったんだ?ヴェッチェが連れてったりとかしたのか?」

 それでも沈黙を貫くガイウストにイラついたが仕方がない。

「知らないのか……あっそわかったわーったはいはい」

 勝手にしやがれとばかりに手をひらひらとさせてキウヴォッカルのほうへ戻っていく彼を横目で見ながらガイウストは鼻をフンと鳴らして軽く唸った。

「知るかよ……」

 彼とて知らなかったのだった。知らないものを答えようがない。知らないときは口を開くな、というのが彼の一族の風習の一つである。不用意に憶測で情報を乱し、被害をもたらさないようにという配慮のためだ。

「ダメだったでしょ」

 何をするかもお見通しだったようで、キウヴォッカルは悩まし気にウインクして体をくねらせると、ヘクゼダスが上げた右手に細い尾を絡ませくっついた。ヘビの不思議な感触にはまだあまり慣れない。蛇なんて子供のころ動物園で少し見たくらいの経験しかないのだ。

「い、いや……まあな」

 魔法陣がより強くひかり、周りの悪魔たちが静まり返る。いよいよ転送の時らしい。彼も背筋を伸ばして転送に備えると、魔法陣の外、前方に蜘蛛の悪魔が現れて曰く、

「これから先は一方通行。戻りたければ大将の首を持って帰ってこい。逃げたるものは、終身刑ぞ」

 終身刑という言葉を聞いて、かつてヴェッチェからちらっと耳にした裏切者の、数千年だか数万年だか拷問され続けている天使のことを思い出し、背筋を震わせた。

(敵前逃亡は銃殺刑、みたいなもんか)

 聞いていた話だと敵の中心はがら空きで楽勝とかだったが、まあいいか。

「手、握ってあげようか?」

「サンキュー」

「サンキュー?」

「あ、ええとこれ」

 説明の途中で、森が光に包まれた。

 

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