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第六十五話 風見鶏

「さ、せ、る、かああーー!!」

 ティリスは手を翳し、両者の間に強固な壁を魔法で創り出す。

 魔法壁に激突したヘクゼダスは、よろめきながらもその壁に重たい蹴りを喰らわせるが、ビクともしない。壁は単に硬いというだけでなく、攻撃を受ける瞬間にとても柔らかく受け止めるのだ。そのため弾かれるというよりはむしろ優しく受け止められるような感覚で、彼はその奇妙な感覚に背筋を震わせて間合いを取った。

「フウー、フウー……」

 息も荒く涎を口の隙間から垂らしている悪魔と、傷を負いながらも悪魔に立ち向かおうとする勇者、誰がどう見ても勇敢な青年が悪魔と戦っている姿にしか見えない。

「クソ、まさかこんなところで……」

 ティリスは攻撃を仕掛けてくる様子はなく、何か別のことを考えているようだった。何を考えているのかはわからないが、とにかく倒すしかない。ヘクゼダスは尾で牽制しながら一気に飛び掛かった。

 が、それとほぼ同時にティリスは魔法を唱えてその場からそっくり姿を消してしまったのである。

空しく宙を切る鉤爪。着地したヘクゼダスは神経を研ぎ澄ませどこから現れるのか待ち構えていたが、現れたのはよく知る冷たい女の声であった。

「ヘクゼダス・アグログアール、まあ貴方にしてはそれなりにやったのではないですか?」

「……フラー……様?」

 そのままの体勢で顔を上げると、目の前にヴェッチェの木の根が絡み合った下半身が十センチという距離にあった。まったく気配も感じさせずに登場した彼女に驚いたヘクゼダスは一転、素の山口功の人格が出て後ろにすっころんだ。

「どうわああー!んな、あ、なんで………」

「なんで?出向いて具合の悪いことでもあるのですか?クズ」

「あ、いえ……」

 そうそうに罵倒され彼女らしさを感じると同時に開幕罵倒かという落胆で、彼はため息をつきながら立ち上がる。

 彼女は今回はフィーリアを伴ってはいないようで、集団の中にたった一人でここに現れたようである。

「しかし、一体どういった事情で」

 彼女の背後から、ガイウストが跪いて彼女にそう尋ねた。彼のその様子を見て口元ばかり微笑ませると、ヴェッチェはこう答えた。

「それは今からお話ししましょう。ああ、もうあの人間はいませんよ。転移の術でグローミン寺院跡に逃れたようですね」

「いない?」

 てっきり瞬間移動の要領で移動しながらヒットアンドアウェイでもしてくるのかと思っていたが、まさかそのまま帰ってしまうとは。がっかりというか、安心というか。

「耳は飾りですか?」

 声色を変えずに彼女は彼の頭を掴み、ミシミシと指で締め上げながら持ち上げる。平均的な女性の背丈しかない彼女が三メートル以上の大柄のヘクゼダスを片腕で軽々と持ち上げている姿は、まさに漫画のようであった。

「ごめんなざいいいい!」

 先ほどの雄々しい姿とは真逆に情けない姿を晒すヘクゼダスは、この姿をキエリエスにみられていなくてよかったと安心する。

「そうだ、キエリエス!」

 思い出したように彼は愛しいセイケビエントの名を叫ぶ。そんな彼を煩いとばかりに地面に叩きつけると、手を払って彼女の無事を伝えた。

「落ち着きなさい。キエリエスは生きています。三日もすれば復帰できるでしょう。セイケビエントの生命力をご存じないようで」

「あだだ……そ、そりゃそうでしょうよ……あ、ごめんなさい。なんでもないです」

 冷ややかな殺意の視線を後頭部に浴びながら、彼はそそくさと後ずさりし、彼女から離れていく。

(良かった、本当に……よかった)

 キエリエスの無事を知り、彼は嗚咽を漏らした。あれほどの一撃を受け血の海を作っておきながら、それでも生きているだけでなく三日もすれば回復しきるという彼女の生命力と治癒力には驚きを隠せない。自分はマシンを使って表面的な傷を治すのにも時間を要したというのに。

「さて、本題ですが……戦果を挙げた第十一突撃部隊は配置転換。明朝より転送呪術で敵本陣裏に転送し、そのまま敵本丸を破壊してください」

 彼女の伝言に、あたりは静まり返った。一体どうしたのだろうと不安に駆られるが、彼らはその急な配置転換に理不尽さを覚え、抗議したがっているのかとはじめは思った。だが寧ろ彼らにとって実に喜ばしいことであったらしい。あちこちで歓声と、それをうらやむ声が悪魔の集団から上がった。戸惑うヘクゼダス。

「ヘクゼダス、これは実に名誉なことだぞ。何せ敵の王を手にかけられるかもしれんのだ。この上なく名誉ある命令だと思わないか?」

 コッフェルニアが足取り軽く駆け寄ってきて肩に腕を回してそう言った。声からも喜びようが感じ取れた。

「そんなにいいことなのか。というか急だなあ」

「急?まあ仕方あるまい。どれもステフェ様のご気分次第だからな。それに人間どもも調子に乗って血統者やらなんやらを持ち出すからだ。それに興が冷められたのだろう。うむ」

「気分でそんなことやっちゃうのか……」

 悪魔というものは、実に理解し難い。

「わざわざそのようなことをお伝えになるためにフラー様自ら?」

 キウヴォッカルが彼女に尋ねた。

「ええ、たまにはこうして血の匂いを嗅ぎたいときもあるのですよ。フフフ」

 血の匂いはここではどちらかというと悪魔のものの方が強い気がするが、まさかな……

 ヘクゼダスは余計なことを考えないように頭から追い出し、仲間と一緒に喜ぶように努めた。




 これから起きるのは、一方的絶滅である。

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