第六十四話 The Devil Tale
(勝てる)
はじめは押されていたものの、攻撃を当てていくにつれ徐々に動きが鈍くなり始めた目の前の悪魔に勝機を見たティリスは、一気に畳みかけようと強力な技を立て続けで繰り出し始めた。
「ハア!ハッ!ラアアアーー!」
彼の剣から繰り出される巧みな剣技に、ヘクゼダスは上手く捌くことができない。三段突きが彼の右腕、胸、右肩を傷つけ痛みに唸り声を上げる。右腕が上手く動かないのを感じる。これは剣が彼の腕の筋肉を傷つけてしまったために起きた現象で、そんな経験のないヘクゼダスは単に痛みで動かせないのだと思っていたが、いずれにせよ動かせないことに変わりはなかった。だが、情況は変わる。
右腕が使えない分攻撃の手数も防御の動きも大きく削られてしまい、ヘクゼダスは左腕だけで防禦をしなければならなくなった。しかし不幸中の幸いか、彼の利き腕は左であるため左を失うよりはよかったのである。
「ハン、そろそろ止めを刺させてもらおう!」
「俺に止めを刺したところで生きられると思うな!!」
ヘクゼダスにこの世界の人間の言葉を理解できるが、ティリスには悪魔の言葉はわからない。一方通行の会話は、対話を生むことなど決してなかった。
ティリスがヘクゼダスの足に踏みつけるように一撃を加え、体勢を崩されたヘクゼダスは続いて振り下ろされた剣を防御することはできない、左腕は今地面に着いて体を支えていたのだ。ヘクゼダスもここまでか、そうガイウストが思った時彼の尾は遂に真価を発揮した。
「っにい!」
ティリスは肩に鋭い痛みを感じ、咄嗟に攻撃を中断し素早くバックステップで間合いを取る。その直後に何かが目の前の空気を切り裂いた。
「くう……」
左肩に手をやると、痛みと共に手にぬめる感触が。手のひらを見ると、手甲に赤い血が全体に付着していた。右肩の鎧は幅一センチ長さ六センチ程切り裂かれており、その威力に目を疑った。
「ピシェル……」
手のひらを傷口に当て魔法を唱える。回復呪文で傷を塞いだのだ。急速に傷を塞げる素晴らしい回復呪文ではあるが、万能ではない。ある程度まで傷を塞ぐことはできるが、失った血や受けた毒までは元に戻してはくれない。そういったものは毒であれば解毒薬や解毒魔法、血であれば肉を食うしかないのだ。
「やってくれる」
まだ残る痛みに、肩を回して傷が塞がったか確かめると再度ヘクゼダスを倒すために立ち向かう。
ヘクゼダスは自分の危機を救ったものの正体は当初わかっていなかった。てっきり悪魔の誰かが援護してくれたものだと思っていたが、そうではないらしい。何故なら自分の目の前を見覚えのある尻尾が揺らいでいたからだ。
「マジかよ」
尻尾は自分の思うままに動く、前後上下左右自在だ。彼はどうして今の今までこの尻尾を使ってこなかったのだろうと自分を殴りたかった。今までの自分にはなかったため仕方がないとはいえ、まるで第三の腕が生えたかのような感覚に、彼はワクワクをこらえきれなかった。
尾は自分の背丈ほどの長さを持ち、背中にある分正面に対しては少し短くなるもののそれでも十分なリーチを持つことが分かった。それに非常に強力な威力も。
思いがけず新たな武器を得たヘクゼダスは、先ほどまでの苦しい表情も嘘のように笑みを浮かべティリスに向かって駆け出す。
一方劣勢だった悪魔が途端におぞましい笑みを浮かべながら迫ってきたために若干の恐怖を覚えるティリスであったが、すぐにそんな感情は振り払って上半身は氷結閃の構えに移る。
「氷結閃!!ハアアーーー!!」
その名の通り、瞬きする間もなく素早い一撃が絶対零度の力を纏って横に切り払う技だ。氷系の技でも剣における技でもかなりの上級なスキルで、その習得は剣の達人であっても非常に困難な技だ。これを習得できたのも、彼の血筋と才能、そして体術だけでなく魔術にも力を持っていたためであろう。
それをヘクゼダスは早いと思う間も無かったが、目はそれを微かに捉えており尻尾とまだいくらか無事な両足を使って地面を強く蹴った。二十メートルは跳び上がっただろうか、高度を得た彼は、落下による加速と体重を利用し上からの一撃を狙った。
「避けた?馬鹿な!」
この悪魔はかなりやるようだが、まだ戦いになれていないようなのは感じていた。それ故に戦いで急速に成長に強敵とならぬうちに始末してしまおうと考えていたのだ。それで自身の持つ技でもトップクラスの技氷結閃を使用したのだが、いけると思った直後にあろうことか回避されてしまったのだ。凍てつく刃は空しく空気を凍えさせるにとどまった。
自信のあった技を避けられたのは癪だが、これは好機であると気づいたティリスは上空に向けてすぐさま切り上げの構えをする。それにヘクゼダスは一か八かの攻撃を加えようと腹を括る。彼らしからぬ決意は、悪あがきで避けようともがく選択肢を選ばなかったことで彼の命を救うこととなる。
左腕を突き出したヘクゼダスは、あの呪文をタイミングよく唱えた。
「ヴァール・グラオラス!!」
「オオオオ!!!」
彼の体を切り裂くはずだった一撃は、ヴァール・グラオラスによって受け止められ反対にヘクゼダスの体重で地面に刃先を深くめり込ませられてしまった。そのため、手首や腕を痛めたティリスは悲鳴を上げて剣を取り落とし転がった。何せ本気で真上に向かって腕を振り上げたのにすごい勢いで真逆の方向に押し込まれたのだ。いくら勇者とはいえ、体のつくりは大体他の人間とは変わらないため筋くらい当然痛める。
だがこれは筋を痛める程度ではないだろう。肉離れでも軽いのではないだろうか。想像を絶する痛みに彼は悪魔のような唸り声を上げて涙や涎を垂らして地面をのたうっている。
「ッグググググガガガガアアア!!!痛い!痛いいいい!アアアアアア!」
痛みをおして、無詠唱でピシェルをせめてものと右腕にかける。痛みはいまだ残るが、それでも右腕は使える。更に腰や体にかけていき体のダメージを少しずつ癒していく。が、ヘクゼダスが完全回復する余裕を与えるはずもなかった。彼が回復魔法を使っていることに気づいたヘクゼダスは、止めを刺すべく彼の元へと走り寄る。
「いいぞヘクゼダス。血統者を倒せばサイカロス内でも株は鰻登りだ。上の連中も一目置いてくれるはずさ。特にお前ならな……」
ガイウストは目の前で勇者に大打撃を与えているヘクゼダスに喜びと興奮を覚えていた。何故かはわからない。だがこの体に流れる血全部が沸きたつように熱いのだ。つい最近まで手を抜いたキエリエスの突きすらまともに受けられなかったような奴が、こうして血統者と互角に戦えている光景は、実に愉快であった。




